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    seki_shinya2ji

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    seki_shinya2ji

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    前に書いてた完全オリジナルキャラクターのストーリーのやつ。
    本にするなら手直しする。

    共犯 承何度経験しても、朝とは空気が張り詰めるものだ。
    冬が本格的に近づいてきて空気の乾燥と一緒に冷たさが忍び寄ってきてきていた。そろそろ室内でも暖房が欲しくなってきた佐久間は今日からスーツの下にベストを着始めた。二課は基本的に二課に割り当てられた室内でその場にいる人間で朝礼を行う。その日に定時に出社する人間と、夜勤明けの人間。大体二種類いる。時々上層部の人間がいるが、年に2回あるかないかだった。そうだとしても近藤のいる室内はいつも空気が張り詰めていた。近藤が休みの時は近藤の次に権限のある原という人間が担当する。そうは言ってもほとんど近藤は登庁してくる。代わりに現場に出る回数が他より少ない。上層部というか、人事を管轄するということはそういう事なのかもしれない。佐久間は淡々とハキハキと、朝とは思えないほどしっかりとした口どりの近藤の姿を眺めていた。今日のスーツは何色だ、とかネクタイの柄は、とか、そういうことは興味のない佐久間だが、近藤の背後の窓から差し込む朝日が眩しいとは内心正直思っていた。
    朝出勤してきた佐久間は昨日書いたノートを広げることから一日が始まる。昨日のことだから覚えているのは当然だが、家に帰宅してから考えてみることや、気になっていたことを個人的に調べてみた結果をノートに追加する。因みにオレンジ色のインクのボールペンで記入する。
    朝の空気も署内の空気も張り詰めていたが、近藤が「今日もよろしくお願いいたします。解散」というと短い野太い返事と共に閑散としていった。

    【東部大学にて、新しいボランティアサークルを確認】
    その文字をボールペンで書いた時、下の行に『南藤ミナが関係している可能性有 動向を確認すること』と記載した。ここで佐久間は「男が絡んでいるのか」と思った。この字は前日の佐久間の文字だ。
    以前から南藤ミナについて、別件にて存在が浮上していた。学生と夜の繁華街で揉めている所を厳重注意されたのだ。南藤は学生と口論の末に殴られてしまい怪我をしていた。その日当直だった刑事たちが到着した時、両者とも「プライバシーについてのデリカシーのないやり取りの末にトラブルになった」と言って内容について口を割らなかった。また南藤は殴られたことに被害届を出さず「私にも非があった2人で解決する」と言った。学生も自らに非がある事を理解した上で被害届が出されないことから大人しくなり、一夜警察署にお世話になった後釈放された。
    しかし現場に到着した刑事は一課での現場対応の後、なぜか二課に南藤についての情報を寄越したのだ。その刑事によると、その口論自体はかなり大きな声だったらしく、どうやら金について揉めているようだった、と周囲の目撃情報から明らかにされていた。また学生にも取り巻きがいたらしく、会話は「金の取り分が提示されていた条件と異なっている」といった内容だったそうだ。そもそも警察は金銭が絡んだトラブルは扱いにくい。やり取りの延長で起こった傷害や詐欺を捜査するのは警察の仕事だが、金銭トラブル自体の善悪を判断するのは裁判所の仕事だからだ。そのため刑事も「金に関する知人間トラブルか」と解決しようとしていたそうだ。
    しかし警察署で一夜過ごした大学生に警官が言ったそうだ。
    「金はトラブルの元だってことだ。もうああいう女とは付き合うなよ」
    諭すことが目的で言ったんだ、と田島の先輩刑事は言っていた。しかし学生はこういったのだ。
    「そうですよね、ボランティアなのにアルバイトで報酬があるのもおかしいですよね」
    注意喚起は行なっているが、詐欺集団も慈善団体と騙って報酬を出す場合がある。その場合、金が国から補助金として出て活動している。しかしそれは団体が口で勝手に言えば良いだけだ。それに大学生が就職活動時のために活動をすることに「ボランティアしてました!」というと心象が良くなるのはいつの時代も同じだ。注意喚起をいくらしても、学生は若さ故にリスクを冒すのだ。失敗は金に変えられない経験になるかは、その時判断した自分次第なのをまだ知らない。
    学生のこの発言がきっかけで、その結果事案が二課にスライドしてきたのだ。元々被害届などが提出されていなかったため一課でも取り扱われない事案ではあったのだが、「お仕事だぞ〜」と言いながら貴島が元同僚から貰ってきたというのが顛末だ。
    当時担当した刑事から報告書を見せてもらって簡単な事情を聞いていた。そこから学生と南藤の前科を調べる。学生は前科がなかったことが確認されたため、在籍している大学について調べた。大学自体には何もなかった。そのため学生の捜査は終わった。
    「また、若い男数人と夜の繁華街に繰り出していたことも分かっています。」
    この情報を聞いたのは貴島の口からだ。貴島は夜は直帰するのだが、その後は街歩きを趣味としている。基本的に警察官とは逆恨みをされる生き物だ。佐久間達が送っているマンションは元奥方が住んでいるマンションであることを佐久間は知っている。しかし貴島の本当の住所は誰も知らない。因みに佐久間も住所は基本的に伝えていない。全ては自衛のためだった。逆恨みされないように、ストーカーされないように、自己が安全でないと他己を守ることなんてできないのだ。
    そんな貴島だが、南藤の姿を見たのはその傷害案件の2日後だった。報告が来たのは傷害案件の日の朝。学生が朝釈放されているところを横目に出庁した貴島を一課の元同僚が捕まえたのだ。その日のうちに報告が上がりあれよあれよという間に退勤時間。その後珍しく誰の迎えも希望しなかった貴島は、夜の繁華街に行き、全く同じ顔をした女が昨日とは全く違う顔の男の腕に絡みついているところを見た、ということだ。
    女性が首謀する詐欺で有名なところを挙げると結婚詐欺がある。結婚、という心を赦し愛を誓い合った相手から金を巻き上げる詐欺だ。相手の心理を突いて弱いところを詰めていけば人間は最も簡単に陥落する。そこを手玉にとる卑劣な犯罪、と人は分かっていても被害がなくなる事をはない。
    しかし今回は前提が違う。あの学生と南藤は「金を巻き上げる側」だったことが会話からわかる。何かの金儲けの報酬の比率がおかしい、というのならば、結婚詐欺とはあまり思えない。集団だとしても、「ボランティアで結婚に関するアルバイト」ということになる。最近では婚活パーティーをボランティアの人間が主催することもある。人の世話を焼きたがりだったり痴情が好きな人間は首を突っ込むのが好きだとか。性格を逆手に取った無賃労働ではあるが、参加者本人たちは好きで活動しているのでこの点を突っ込むのは野暮の限りだ。
    南藤がこの結婚詐欺に関わっている可能性はあった。しかしボランティア活動との関わりが考えられないような過去の行動だ。どちらかというと結婚詐欺の方がお似合いな遍歴であった。そういうことから「ボランティア活動に熱心な外面」と「そこで知り合った年下を誑かす内面」がある、という二面性があると考える方が自然だ、と結論になった。
    「ここまでで、南藤ミナについての進捗はあったか」
    「はい」
    手を上げたのは沢田だ。一緒に行動させてください、と言っていた佐久間も報告予定のことは知っていたが、先輩が責任を持って報告するのが筋となっている。
    「まず南藤ミナですが、やはり男遊びが激しいことと、金に関してのトラブルを複数抱えているようでした。南藤ミナ自身の口座には金の出入りがかなり激しいという捜査結果が出ています。しかし身なり装飾と出金記録に釣り合いが合わない点があります。具体的にはかなり身なりの装飾が華美なようです。つまりどこか別の金の流出所があるかと考えられます。交友関係的に、男から金を貰っている、という前提がありますが、現在事情を聞いているボランティア詐欺に加担した学生からは、南藤の名前に聞き覚えがあるようで、金は一度南藤の元に集められていることが分かりました。」
    「つまり集金係ってことか」
    「はい」
    返事をした沢田に近藤が腕を組んで応える。閉鎖的な空間にいるだけで息が詰まる。防音性を高めた結果、排気口が三か所しかない。冬が近づくこの頃。暖房が恋しくなるが、暖かい気がする。それもこれも排気口を開けていない防音室だからだ。そのため排気口は開けたくない。暖気が逃げていくためだ。しかしどうにも息苦しい。雰囲気も重く苦しい。換気をしたい限りだ。
    「学生から「南藤に金を渡していた」という証言がありますので、南藤の上に更に人間がいる可能性があります」
    「目星はついているのか」
    近藤は一番の核心についた。以前より核心が近づいたことは間違いない。ボランティア詐欺についての相談が増えて、関係者に事情を聞くもかなり下っ端の人間で手がかりが皆無に等しかった。しかし南藤たちが傷害事件を起こし、ボランティア詐欺の核心に詰めていくことができた。そこから口座情報が開示されて金の流れを把握する事が出来たことで、上下関係を把握する事ができた。佐久間は基本的な情報が揃うまであと少しというところまで来たことに安心感を覚えた。しかしまだまだ道のりがあるような気がして気が遠くなる思いも確かにある。眉間の奥が痛む気がして指を添える。そのままこめかみへスライドさせてツボを押す。沢田は近藤の言葉に一枚コピー用紙を捲って答えた。
    「関係があるのかは不明ですが、羽鳥名誉教授の前の旦那が判明しました」
    「誰だ」
    近藤は基本的に人の情報を頭ごなしに否定することはない。とりあえず聞く姿勢はあるが、なにぶんゼロ距離からのぶっきらぼうな質問の投げ方を投げ方をするため、少し怖がられている。本人が1番自覚しているところだ。沢田も怖がる、というか喉仏にナイフを押し付けられて尋問されているような気がして気が気でない人間の1人だ。ごくりと喉仏が上下して言葉を繋げた。
    「警視庁捜査三課警部補の馬場隆典という男です」
    警視庁には佐久間のいる警察庁の何倍もの人間が働いている。そんな一端の男のことなんて知るはずもないし、関連性があるとはまだ言い切れない状態だ。しかし犯罪に加担した人間の元身内が警察関係者となると、思った以上に気が重たく感じられるのは近藤だけではないし、この情報を掴んだ沢田はもっと落ち込んだことだろう。佐久間は必死になってメモを取っていたがペンの進みが遅くなった。雰囲気に飲まれてしまったのは間違いないが、周りの影響を肌で感じるほど、会議室はさらに空気が澱んだ。
    「馬場警部補には現在妻子が確認されておりますが、どうやらご子息は馬場の連れ子のようです。本日より私とどなたかで、警視庁の馬場の元へ聞き取りを予定したいと思っています。馬場に関連性があるのかは、そのお話を聞いてから判断できるのでは、と考えています。」
    「分かった。行く時は失礼のないように」
    これは市警や県警と警視庁の間にとてつもない上下関係があるからではない。多少はもちろんあるのだが、今後警視庁と合同捜査などが行われるとなった時に確執のないようにするために必須のことだった。警察学校で学んだチームワークというやつだ。煩わしいものであるのは間違いないが、基本的にワンマンワークができない仕事の仕組みになっているため、スムーズな仕事のためには失礼がないようにしなければならなかった。
    「他にあるのは」
    「はァい」
    少し間延びした挙手は貴島からだ。小さく挙げられた腕から少しだけよれたシャツがスーツから見えていた。佐久間は基本的によくメモをとるし、経験を積みたいと言っていろんな人の後ろをくっついて行動している。加えて今の二課はボランティア詐欺事件で手一杯だ。学生が絡んでいるということもあって学生と年齢の近い佐久間が重宝されていることもあって、貴島からの報告となると話題は一つしかないかと思った。
    「今日の午後は、大学での講義となっていますぅ。えっと、内容は……」
    間延びはしているが怠そうではあるが、必要なことは報告するつもりらしい。紙を捲る音が数回聞こえたことから資料にメモをすることなく聞いていたようだ。
    「先の件のボランティア詐欺をはじめとした【学生が関わる可能性のある詐欺犯罪について】ということです。参加者は貴島と佐久間と、生活課の宮本花梨巡査部長となっております。」
    この宮本という巡査部長は佐久間より少し年上だが生活課の中では若手の方。いつもニコニコしていて背筋の伸びた女性だ。生活課の課長にお話を持っていったかなり若手の佐久間の姿を見て、ホウホウと言って上機嫌になり宮本巡査部長を指名した。彼女自身、普段から小学校や保育園などで交通安全教室に同行している警察官であったため、快く依頼を受けてくれた。季節が秋冬ということもあって暇なんです、とバッサリ言ってしまっていたのが佐久間の印象だ。
    「出発は本日正午、帰庁は本日16時過ぎを予定しております」
    「遅いな」
    「講演会後に情報収集を兼ねて学生との相談会を企画してます」
    「了解した。お願いします。あと、お前は髭を剃ってからいけ。酒焼けの声は隠せないか」
    ウッと声を詰まらせた貴島だがへーいと返事をしていた。佐久間は少し背筋が伸びて、伺うように上目で状況を見た。しかし近藤は呆れているし貴島は鼻をほじりそうな姿のため杞憂のようだった。
    「よし、では解散。各自動け」
    その言葉で一斉に退散となった。
    バディという概念は確かにあるのだが、それより大きな括りもある。各担当の事件によって動くグループが異なるのだ。例外的に近藤は全てのグループの進捗状況を管理しなければならないためグループの垣根は越えるが、二課には他の人間が存在する。そしてその人間は例えば「オレオレ詐欺担当グループ」「企業横領事件担当グループ」「選挙違反取締担当グループ」などの事件内容で別グループとして大勢の警察官が二課に所属しているのだ。佐久間達はボランティア詐欺、もっと大きな括りでいうと「未成年者詐欺事件担当」だ。内容は佐久間、沢田、貴島、この3人で近藤が統括する形だ。
    「貴島さん、今日はよろしくお願いします」
    「ウーッス」
    身だしなみに指摘をもらったにも関わらず頭をボリボリと掻きむしりぶっきらぼうだった。朝の廊下は人の出入りが激しい時間だ。夕方より多い。「お疲れ様です~」と夜勤明けの人間がドロドロと足を溶かしながら帰路についているのが見える。何度やっても夜勤が疲れることには佐久間も同意だ。
    「ああ今日」
    佐久間の隣を歩いていた貴島が佐久間に声をかけた。
    「南藤の元旦那のとこに警視庁行くんだろ、アイツ」
    アイツ、とは沢田のことだ。「そうですね」と佐久間は頷いた。
    「馬場って言ってたよな」
    「そうですね」
    ここで貴島は欠伸をひとつして腕を伸ばした。また車内で居眠りを始める未来が見えてきた。しかし貴島は意外としっかりした目線でどこかを見ていた。
    「つまりアイツって、昔『馬場ミナ』ってことだよな」
    「そうですね」
    「んで、南藤の息子の名前って「タツヤ」って奴だよな」
    「……ん?」
    佐久間は不意の登場人物に足を止めてしまった。目が大きく開いているような気がした。急に足を止めた佐久間は先をスタスタと歩いて行ってしまっていた。しかし廊下の端で突っ立ってしまっている佐久間に貴島は怪訝そうな顔をした。しかし自分の発言を思い出したようだったので怪訝そうな顔から真顔に変わってしまい佐久間を置いて歩き出した。
    警察署は朝は免許証の更新のために人が殺到する時間だ。もちろん免許証の更新場所は色々あるが、どうしても朝は人が溢れかえっている。例えば昨日の夜に落とし物をした人、朝になって朝イチで相談にきた人など。色んな困った人がいる。その声がガヤガヤと聞こえる一階に近づいていたが、足が動かない。しかし貴島が少し小さくなるまで歩いていたことに気が付いた佐久間は小走りで貴島に近づいた。
    「ま、ってください。どこからその情報。というか、どうしてさっきの報告で」
    「ちょっとお前手伝え」
    一階のフロアに下りるために階段を一段ずつ飛ばした佐久間と、一段ずつ面倒臭そうに下りていく貴島。徐々に複数人の声が大きくなる。佐久間はてっきり貴島が外に出て警察車両に乗ってどこかで外回りをするのだと思っていた。しかし貴島は人の流れをつっきぬけて奥の廊下に進んでいった。その先の扉には「警察関係者以外立ち入り禁止区域」という張り紙がされている。頭上には「資料室」と書かれていた。部屋に入っていた貴島は佐久間の入室を確認したのち、扉を後ろ手に閉めた。
    「だいぶ昔の話なんだが、10年以上前。昔一課にいた時に何回か夜勤の時に子供の保護をした事があったんだよ」
    貴島は話しをながらスタスタと、目的があるのか真っすぐ棚に向かっている。佐久間はただただ鴨の子供のように着いて行きながら歩いて着いて行くのが精一杯だった。
    「昔は意外とあったんだよ、子供の置き去り。当時びっくりするような不景気があって、急にリストラされた親共が子供を公園とかスーパーとか児童館とかに置き去りにしてたんだよ。そこにそういえば馬場ミナっていう人間がいた気がしたんだよ」
    貴島が特別記憶力がいい訳ではない。佐久間の他己評価ではない。普通だ。これは佐久間の他己評価だ。つまり「南藤ミナ」という名前より「馬場ミナ」という名前の方がフラッシュバックを覚えた、ということだ。
    資料室は25年前の事件まで保存している。25年は、日本の刑法で時効の最長の25年だ。この長さに合わせて資料を保存する方針となっている。
    「しかし何年前か覚えてないんだ。10数年前。時期は真冬、そう2月だ。警察署でガキにチョコやったの覚えてる。」
    任意の調書は基本的に紙で残されている。そしてその調書は毎月ラベリングされてファイルされる。それが資料室に残されている。貴島は佐久間に目線を寄越した。感情は少ないが、要望は目線に乗って佐久間に伝えられているように感じる。佐久間は口角を痙攣させた。
    「ちょっと探せ」
    そう言われた佐久間は「はい」と覇気のない声で答えた。

    どれくらい時間が経っただろうか。
    資料室には組み立て式の長机が置かれている。何年前のものか分からないが、ところどころ錆があり、動かすと妙な音がする年季物だ。そこに広げられたのは23年も前のファイルだった。埃を被っていて経年劣化がかなり進んで紙には痛みが見られる。その資料を見つけたのは貴島だった。2月という日時は間違いなく、そこには幼児置き去りに関する報告調書が残っていた。
    内容はこうだった。2月18日、午後11時25分に通報があった。場所は警察署最寄りの駅のホームだった。3歳の幼児がホームに置き去りにされている、と警察に駅員からの通報があった。名前はきちんと言えているが寒さのあまり軽度の衰弱が見られる、ということで救急車も出動していた。子供の名前は「タツヤ」と自らの口から言われた。この現場に到着していた警察官には貴島と矢野、という名前が書かれていた。矢野は機動捜査隊の先輩警察官の1人だった、と貴島が付け加えていた。タツヤと言った子供は2月という割には薄着で履いていた靴がかなり擦り切れていた。また爪が伸びている指と途中で爪が折れている指があって、頭髪がかなり乱れていてフケが付いていて不衛生であったという報告もされている。背負っていた小さなリュックサックには小さなハンカチと小さなミニカーが値札シールが貼られた状態で入っていた。食べ物や飲み物も確認されず、身元が分かるような持ち物も無かった。リュックサックの記名欄も無記名で親の連絡先も無かった。
    駅にある交番の若い女性警官が子供に声をかける。
    「お名前、言えるかな?」「タツヤ」
    「上手だね。1人で来たの?」首を横に振った。
    「ママと来たのかな?」首を縦に振った。
    「分かった。ママの名前分かるかな?」首を横に振った。
    それ以上の会話は出来なかったそうだ。子供の反応が徐々に鈍くなったため、救急車が呼ばれたのだ。救急隊員からは栄養失調と軽度の低体温症が認められて病院への搬送が決まった。しかし身元の分からない子供であると分かった途端、子供の入院は認められない。当時は病院側が簡単に人を入院させるような法制度が無かった。そのため、警察署で朝まで保護されることになったのだ。そこで体を温めて顔色が戻った子供が馬場が差し出したチョコレートを食べたのち、眠ってしまったという報告書があった。
    そして朝の3時頃だ。閉鎖された駅の前で大暴れしている女性がいるという通報があった。その通報に対応した駅の交番の男性警官の報告からその女性の主張も記録されていた。「駅に預けていた子供を引き取ろうとしたら駅が閉まっているではないか」「子供が死んでいたらお前らに責任がある」「慰謝料寄越せ金寄越せ」ということだったそうだ。だがかなり酒の匂いが強く、足取りもおぼつかない様子だったため、不明瞭で支離滅裂であることも記載されている。そしてその場にいた男性警察官を突き飛ばそうとした、ということで、馬場と子供のいる警察署に任意同行されてきた。そして警察署の待合室で矢野警官の腕の中で眠っている自分の子供を見て「誘拐だ!」「公務員の癖に!」とまた斜め上の発言をして暴れたのだ。
    この手の母親はいつになってもいる。様々な理由で金が無かった場合や、望まない妊娠の末にできた子供など。子供を手放したい、誰かに擦り付けたい、子供のダシに金が欲しい。20年前でも20年後の今でもこういう親はいるのだ。
    貴島は資料を見ながら言う。
    「こういうキチガイみたいな親はいる。いるし当直の時に児相に相談を送って児童養護施設に流れた事例も、何回かある。コイツも結局ミナのネグレクトが認められたから養護施設に行ったんだよ。ただ、調べたらコイツには戸籍はないし、父親とは連絡が取れないし、結構手間取ったんだよ。でもまあ、こういうことは、数年に一回あるかないかだな。俺も機捜にいた間に3回あったか、だ。」
    児相とは、児童相談所のことだ。20年以上警察官をしていると、そういう事案に対応する機会はあるそうだ。しかし佐久間にはピンとくる話ではなかった。交番勤務をした後すぐに2課に来た佐久間はほとんど対応することはなかった。当たり前のことで、無いことに越したことはない案件だ。毎日のようにあってはならない。しかし佐久間が対応したことがなかっただけで、数年に一回はあるにはあったのだ。
    「でも強烈だったのは、児相に送ったあとのことでな」
    貴島はまた違うファイルを広げた。それは14年前の9月のファイルだった。
    「また別の駅のことなんだけどな、高校生が駅前の交差点でトラックにはねられた事故があったんだよ。被害者は即死だったんだけど、ソイツの名前が馬場タツヤだったんだよ。」
    「つまり、このタツヤって子はもう死んでるんですか」
    「そうそう。まあ最初俺も記憶がぼんやーりで強烈な母親のことも忘れてたんだけどな。んで、緊急連絡先が養護施設になってて、電話したんだよ。そしたら施設側が俺のことを覚えてて、タツヤって子供の事も思い出したんだよ。あーそんなことあったな、って。基本的に警察は民事不介入だからな、その先のことはなんにも知らなかったんだよ。で、施設の方から、一応母親に連絡するか判断する、ってことになって。その子供の遺体は警察で焼却して骨は身元不明人用の墓に入れられたんだよ。なんか、タツヤって子供の最初の方から最後まで縁があったから、何となく印象的だったな。それで今回のボランティア詐欺があって南藤が浮上してここで絡んでくるのか~って。自分が腹を痛めて産んだ息子の死亡連絡があっただろうに、あのアマ、年甲斐もなく男遊びして傷害まで起こして。キチガイだなぁ、とは思ってたが……やっぱり警察に一回世話になった奴は戻ってくんだな」
    埃っぽくかび臭い室内が余計に沈んでいく。そんだけ、と言った貴島はそれだけらしく黙ってしまった。
    「タツヤって子の交通事故はどんな事故だったんですか?」
    そういった佐久間は自主的に捜査資料を覗き込んだ。当然なのだが、交通事故現場の写真や遺留品の写真が残されている。被疑者は至って普通のトラックのドライバーだった。脳内にも体にも大量の出血があり、脚や腕が妙な方向に曲がっていたと報告されている。救急隊員の措置の前で死亡が確認されており、そのまま司法解剖に回されたという。着ていた茶色のブレザー制服は赤黒く変色しており、持っていたスクール鞄には血が滲んでいなかった。遠くに吹き飛ばされていたという。
    佐久間は交通課からの報告を見て、疑問を投げかけた。
    「え、信号は赤だったところに飛び出してきたんですか、タツヤくん」
    「ん?」
    貴島もそこまで詳しく見ていなかったのだろう。興味無さげにパイプ椅子に座っていたが、身を乗り出して資料を覗き込んだ。その資料には「運転手や周りにいた人は、歩行者専用信号機が赤の所に被害者が飛び出した」と書かれている。指を指したところを貴島はなぞるように文字を追った。
    「おーほんとだ。自殺ってことか?」
    貴島が顎髭を撫でる。佐久間は近藤に髭を剃るように言われていたのを唐突に思い出した。しかし貴島は気にしている様子がないし、近藤の指摘なんて初めから聞いていなかったのか、顎を撫で続けている。
    「まーあれだな。死んだ人間には口がないから。事件だとしても目撃証言がなかったりすると事故処理でしか前に進めないし決着つけられないんだろ。」
    結局報告書の内容は「被疑者は、被害者が歩行者用信号機が赤の時に飛び出してきたことが認められたため不起訴処分となった」で締めくくられている。実際に証言などや後から出てきた防犯カメラの映像なども、裁判の際に証拠として提出された模様だった。そのため被疑者の不起訴が確定した、というのが一連の流れだったようだ。
    腑に落ちないというか、限界点に気持ちが追いつけないことは多々ある。しかし諦めないことは固執することで、固執するということは前に進めないということだ。被害者やその遺族であったら諦めないことはよいことだとしても、警察官としては不適だ。1人の被害者にこだわれば、他の被害者を犠牲にすることに繋がりかねない。もちろん全ての人間を守ることは大前提だ。しかし人間故の限界点は警察官自身が承知して、1人を犠牲にして9人を守ることを選択しなければならないのだ。その結果、警察官は弁護士とは少し違う恨まれ方をするのだ。
    「とりあえず、このことは一応近藤さんに報告してくれ。」
    つまり今日も直帰するということだ。佐久間は感情が顔に出ないようにしたが、少し自信がなかった。しかし嫌な顔をしても感情を出さなくても貴島は何も気にしている素振りがない。もし嫌な顔をして貴島が嫌な思いをしたのなら、今この言葉が出る前に電車で帰宅するだろう。佐久間はため息より早く「はい」を口に出すことができた。
    よく考えたらこの事件よりも目の前の講座を無事敢行することが先決だ。思考を切り替えないとならないと佐久間は頭を振る。
    貴島がパイプ椅子から立ち上がり「よし行くか。頼むぞドライバー」と言ったので佐久間はまた「はい」と返事をした。



    広い教室が人で埋まっていく。
    たくさんのことを話し合って相談したが、緊張するのが人間として自然なのかもしれない。大学生とそこまで年齢が離れていないと分かっていても、なんだか若さを感じた佐久間は目を細めた。準備に関わっていた加藤は貴島と楽しそうに会話している。年代が近いのだろう、ニコニコと笑っている。加えて生活課から来てもらった宮本巡査部長もニコニコと笑っている。隣の男たちもまんざらではない。それを言うと大学生と佐久間も年齢は近いはずなのに近寄りがたいと思っているのは一体。謎の劣等感に佐久間は更に目を細めた。
    別に目が悪い訳ではないが、目を細めたことで生徒1人1人の顔がよく見えた。向かって右から流すように目線を送っていると、見知った姿を見つけた。
    その生徒は目線を机に向けている。手元が少し動いているように見えたので、事前に配布された資料を見ているのだろう。因みに資料の中には警察官募集のチラシも入れている。大学生から警察学校に入ることができると宣伝するのは、広報部からのお願いだ。
    しかしこういう場で警察官が1人の生徒に固執している姿は客観的に見なくても異様である。現にその生徒の周りには他の生徒がいない。それにこの後個人的に相談を聞く予定がある。わざわざ関わりに行く必要はないと判断した佐久間はスライドショーの準備を行っていた。
    「あの」
    声は佐久間の背後から、女性の声だった。肩が大袈裟に跳ねた気がしたが、女性は気にしている様子はない。むしろクスクスと声を殺して笑われてしまい顔が無駄に赤くなった感覚があった。
    「相談したい生徒って言ってた子、来てる?」
    宮本巡査部長は小さな声で佐久間に尋ねた。佐久間は目線を席に向けることなく場所を伝えた。
    「向かって左、後ろから三列目、教室壁側から二番目の、白いシャツに黒髪ボブっぽい青年です」
    「おー……綺麗な顔だね。そういうところかな」
    「遠いからじゃないですか?近くで見ると……綺麗でしたね」
    「まー、顔は、原因の一つでしかないか。誰にでも優しい博愛主義者とかは簡単にターゲットにされちゃうよね」
    肩を竦めていると、後ろから加藤が「宮本さん、どうぞどうぞ」と椅子を持ってきた。佐久間にはパイプ椅子だというのに、クッションがしっかりとしたデザイン性のあるキャスター付きの椅子だ。あからさまに依怙贔屓しているが、それに嫌な顔はしないし上手く利用するのも大人だと佐久間は思っている。単純に加藤が気持ち悪いとは思っている。
    不意にチャイムが鳴った。腕時計を確認すると授業が始まるチャイムのようだった。途端にザワついていた教室が静かになる。小声でひそひそと話をする生徒も見えたがほとんどの生徒が背筋を伸ばしていた。そして同時に感じる人の数の2倍ある視線の数に、佐久間も背筋が伸びた。そういえばこの教室で授業を受けたことがある気がした。しかしその時はこんなに広い教室だと思ったことはなかった。通路には階段が数段あって上からも下からも視線を感じる。
    「はーい、講義始めるぞ〜」
    冒頭マイクがハウリングするまでが流れだ。加藤が気にする様子は微塵もないが、佐久間の鼓膜が揺れたが近くにいた宮本は微動だにせず直立不動であった。それは佐久間も貴島
    警察官は人前で起立すると、踵と踵を着けて、背筋を伸ばして、胸を張る。
    「今日は、あー。【学生が関わる可能性のある詐欺犯罪について】の講義です。昨今ね、大学生が詐欺事件に加担してしまう、ってことが増えてます。そう言うことで、うちのゼミ出身の現役警察官の佐久間くんに色々、心理面とか、どういう事例があったのか、とか。そう言うのをね、詳しく聞いていこうと思ってますね。はい。」
    佐久間が横からだというのに妙に顔から自信と自慢が滲み出ている。しかし加藤はこの後終盤の「質問コーナー」の皮切りの段取りまで一言も話さず佐久間に丸投げ予定だ。佐久間は気を引き締めてマイクを取った。少しだけ武者震いでマイクがブレた。
    「みなさん初めまして」
    ここからは完全に考えた原稿通りだ。
    「先ほどご紹介に預かりました、東部警察署二課巡査の佐久間と申します。私もこの大学の法学部刑法学科犯罪心理コースを卒業しました。今日は皆様が素敵で安全、我々警察に頼らることのない生活ができるような情報をお伝えできたらと思います。また講義最後は時間の限り個別相談を行いますので、今日は、最後までよろしくお願いいたします。」
    そう言って頭を軽く下げるとまばらな拍手が起こった。拍手が起こらない状態で練習をしていた佐久間にとってはかなり心が軽くなった瞬間だ。いそいそと着席した佐久間に合わせて貴島や宮本が着席をした。ちなみに宮本は後半発言のタイミングがあるが、城島に関しては何も発言する予定がない。「俺は完璧なタイミングでスライドを変えるのが仕事だ」と少し怠惰を見せただけだ。
    「それでは早速ですが、始めます。」
    そう一言前置きした佐久間は背筋を伸ばして、「そもそも」と切り出して話し始めた。



    老人が目的ではないから危険なのだ。
    佐久間達は今回ボランティア詐欺を中心に詐欺の実態を説明した。
    まず初めに金を巻き上げる対象を大学生にしている目的を話した。まず高齢者との違いは知識が浅いと言うことだ。何が善で何が悪なのかを学び始めている人間に「悪であることなのにこれは善である」ことを目的としている、と前提した。
    「善悪の判断なんて、と皆様はお思いでしょうが、意外と世の中は複雑です。刑法や憲法をグレーゾーンを利用するのが詐欺行為です。あやふやな知識や偏った知識、何がグレーゾーンかを正しく理解できていない場合にできる「これって本当に正しいのか?」と言う不安を、詐欺師は敏感に察知します。そうですね、例えば、」
    佐久間はぐるりを会場を見渡して、一際派手な髪色をした女子生徒に目をつけた。
    「突然指名させていただきますね。こちらから見てこちら側のブロックの」
    佐久間は右手を挙げて女子生徒がいる席の周辺に手を向けた。すると女子生徒はと完全に目があった佐久間はにっこりと微笑んだ。すると女子生徒は隣にいた女子生徒にこそこそと話をし始めた。その様子に周りがザワザワとし始めたが加藤が躊躇することなくマイクを届けに言った。受け取った女子生徒は戸惑いがちに席から立ち上がり顔を赤らめた。
    「ありがとうございます、こんにちは」
    「こんにちは……」
    声が尻すぼみで蚊の鳴くような小さな声になっていく。晒しものにされているような心地なのかもしれない。佐久間は女子生徒に少し同情したが、男子生徒はこの後選出される予定だったので、少しの間だけ我慢してほしい。
    「急に指名してしまってすみません。そして突然で申し訳ないのですが、今ボランティアとかされていますか?」
    「え、っと。してません」
    「なるほど。因みにボランティアをされている方のことをどう思っていらっしゃいますか?」
    「えーーっと……。優しくて、積極的な、社交的な方だと思い、ます」
    「はいはいなるほど。ではボランティアやってみたいですか?」
    「あ、それは……」
    彼女が即答した答えに教室内からクスクスとした笑いが漏れる。明らかな拒否の感情に起こった笑いはどちらかというと「分かる~」と手を叩いて頷く感じの笑いだった。少なくとも彼女を嘲笑するかのような笑いではなかったことに少し安心した。佐久間は次々と矢継ぎ早に質問を続ける。
    「それはなんでですか?」
    「え、っと……労働の対価のお金が貰えないから……」
    「じゃあ新しいアルバイトとして有償のボランティアならやってみたいですか?因みに大体相場で一案件6、7万円くらいなんだけど」
    「え、っと……まぁ、はい」
    「分かりました。ご意見ありがとうございました。」
    佐久間は笑いながら頷き、彼女に着席を促した。そうすると教室からまばらでも聞こえる拍手の音が聞こえた。彼女はまた少し顔を赤らめたまま着席し、隣の女子生徒と小声で話してクスクス笑っていた。
    佐久間はその姿を見渡しながら次の生徒を探した。
    「じゃあ次、反対側の通路の前から5列目、中通路側の子に」
    「歩かせるなぁ」
    加藤の気の抜けた言葉がマイクを通して聞こえた。学生がドッと湧いて会場が和む。正直助かった思いの佐久間は加藤に頭を下げそうになってしまった。
    佐久間のお眼鏡にかなってしまった男子学生はサッパリとした髪型でも深い茶色が照明に輝いていた。肩幅も広く、俗にいう「体育会系」と言われるような見た目の生徒だった。意気揚々と立ち上がった生徒はマイクを受け取って佐久間に向かって「こんちわ」と先に挨拶をした。
    「こんにちは」
    佐久間はその学生の印象から違う質問を投げかけた。
    「急に申し訳ないんだけど、アルバイトは何してますか?」
    「えーっと、居酒屋と、フットサル場です」
    「じゃあサッカー?とかフットサル?とか好きなんだ」
    「はい!」
    元気よく返事をする青年に佐久間はニコニコと笑いかける。「自分の表情は人に移るんだよ」と言ったのは佐久間が通っていた小学校の校長先生だった気がした。
    「そういえば今、低所得層の子供たちとか、学校に行きづらい子達とかと一緒にフットサルする慈善活動があるんだけど、知ってた?」
    「いや、知らないっすね」
    「もし参加できるなら、参加してみたい?因みに終わったらジュースとかお菓子とか貰えたり、お酒飲める打ち上げとか、あとは今のアルバイト代くらいの報酬はあるって聞いてるけど」
    「あー、それはちょっと興味あるっすね!」
    佐久間はその返事にウンウンと頷いて「質問に答えてくれてありがとう」と返事をして着席を促した。男子学生は隣の学生に小突かれてニヤニヤしていた。
    「因みにさっきの質問は全部ボランティア詐欺の誘い文句でした。」
    そういうと教室が一瞬静まってしまった。佐久間は笑顔を少しだけ収めて言葉を続けた。
    「皆さん何も違和感ないかと思います。警察官の自分が言ったから警戒はしたと思いますし、今日の講座の内容から身構えたと思いますが、お二人のような応え方に違和感を覚えた方は少ないかと思います。この応え方をすると間違いなく詐欺に加担させられてしまいます。」
    佐久間が淡々と話していくと、スライドが淡々と変わっていく。学生たちはブルーライトのスライドを浴びながら真っすぐスライドショーを見ているのが8割ということだ。2割は肘をついて聞いているような感じだ。大学生の頃は「見えないだろ」と思っていたが、こちら側に立つと「見えないだろ」は「見えているじゃないか」になってしまったが。
    「詐欺というものは、人の善意や負の感情に漬け込むような犯罪が詐欺というものです」
    スライドには大きく『詐欺とは』と書かれている。丁寧に作られているしデザイン的にもすっきり見やすいものになっている。これを作ったのが貴島なのが不思議である。人は見かけによらないものだ。確実に目の前の生徒達は誰が作ったのか分からないだろう。更に言うと学生は横にいる女性警官が作ったものだろうと思っているだろう。
    「『お金に困ってる?』と直接的に聞かれると警戒すると思います。それこそ皆さんが思っている通り、風俗街のキャッチだとお思いになるかと思います。ですが、『ボランティア活動』と言われると少しだけ印象が変わるように感じられませんか?これは『ボランティア活動』という言葉に、特に大学生が前向きな印象を抱きがちだからです」
    するとパチリとスライドが切り替わる。フェードインのモーションまでしっかり入っている。「こういうのはテンプレに乗っとればいいんだよ。それ通りに打っていればいい。簡単。あと、改行に気を付けて、画面の情報はシンプルに。耳からしか入らない情報があった方が画面も見てよく聞く。」とのこと。妙なところにルーティンがあって几帳面なのだと思われる。
    「皆さんは就職活動の時に『ボランティア活動をやっていました』と隣の就活生が言うと少しだけ焦りませんか?自分がそうだっただけかもしれませんが、『ボランティア活動をしていた』というと面接側にも良い印象を持たれるのは事実ですし、大学の就職課の先生方からも推奨されているかと思います。」
    一部の学生の顔に少しだけ星の図が浮かんでいる。中には就活中の生徒や就活に関するカンファレンスを受けている生徒がいるのかもしれない。佐久間はまた同情して過去を思い出した。
    「大学生の皆さんは、義務教育を終えてある程度自力で生活をしている方が多いかと思います。自信があったりしても小さな不安や疲労、あと最近ではSNSなどの発達の関係から自己顕示欲や承認欲求などから、お金の無心をする大学生が、以前より増えている傾向にあります。欲求が悪いのではないのですが、その欲求を満たすことでしか自己を保てない依存状態の方は、犯罪に巻き込まれやすい人の特徴ではあります。」
    画面に書かれている情報と耳からしか得られない情報がある。それに気が付いた生徒は配った資料にメモを残している様子が見て取れた。佐久間は読むスピードを自らの資料にメモを残していたため、腕時計で確認して進行具合を確認した。今のところ時間通りのようだ。安心して心の中で「ゆっくりめに話す」と二回呟いた。
    「詐欺師は殺人犯とは全く違う人間です。詐欺を企む人間は、半永続的でシステム的に自身が働くことなくお金を回収できるシステムを欲しがります。そのシステムとして、同じ考えを持つ人を集めたがります。これには心理を操る詐欺組織ならではの仕組みがあります」
    画面が切り替わった。そこには二色の四角があった。片方は緑で、片方は赤。まず緑色の前に文字が浮かんだ。
    「この場合、共有しておく前提として 『お金を稼ぎたい』という欲望が学生と詐欺師の相互にあります。ここに『金儲けをしたい』と考える詐欺師がいたとします。そこで自分だけでなく他に協力者がいた方が効率よく金銭を集める事ができると考え付いたとして考え方が2パターンの学生が目の前にいます。」
    佐久間は赤色のレーザーポインターで指示した。
    「両方とも、学生さんは新しいアルバイトを探しています。詐欺師は両者に『うちのアルバイトに興味はないか?これくらいの報酬なんだけど』と、金額を提示して声をかけます。その金額はなんと案件一つで20万円という破格の金額です。緑の学生はそこまで金額が欲しい訳ではなかった訳ですが単発アルバイトとしては高額であるため、「一回だけなら」と参加します。内容は、簡単にいうと子ども食堂の食事配膳係です。そしてボランティア後に20万円を受け取ると満足して組織から離れてしまいました。詐欺組織としてはこれでは赤字で組織運営は立ち行かなくなります。ですが、」
    すると赤色の四角に文字が浮かび上がった。
    「赤の学生は20万円と聞き、アルバイトに参加後『次回もよろしくお願いいたします』と言った。赤の学生はボランティアのような高額アルバイトを手放したくないと考えています。赤の学生は次々にこの詐欺師からアルバイトの依頼を受けてこなしていきます。こうして学生を、高額アルバイトと称する詐欺組織の一員として組み込んでいくのです」
    佐久間が言葉を切って学生を見ている。まだ寝ている生徒は少ないが、肘をついている生徒は増えた気がした。致し方ない。佐久間は話のプロではないし自分も大学生の頃は退屈な講義では眠気と闘っていた。少し昔を思い出した。
    「そもそも、提示した20万円という金額が一括で金額そのまま支払われるアルバイトは存在しません。日本の法律上、日給9300円を超える報酬の仕事は源泉徴収の対象となり、原則として労働契約を結んだ雇い主が労働者に代わって税金を払い、それを差し引いた金額を手渡すことになっています。そもそも、前述とした2人とも、労働契約を結んだという前提はありませんので、既に法的に違法性のある労働です。」
    画面ではフリーサイトで見つけたスーツを着た女性とラフな恰好をした男性を用いて法律について解説をしている。分かり易く、画面に文字情報を増やさないのが貴島流の画面構成だ。法律の話になった途端、学生がペンを走らせ始めた。法学部の学生が多いのだろう。加藤からの前情報では、1年生から4年生まで、学部不問として幅広く特別講義として募集をかけたと言っていた。そういうことから、法学部以外の学生もいるのだろうと予測していた。法学部の生徒は耳にタコの話なのかもしれないが、他学部の学生だと知らないことは多いだろう。急に資料への書き込みが増えたことを確認した佐久間はさらに声のスピードを落とした。
    「ただ、世の中には【有償ボランティア】という言葉が存在します」
    画面には大きく【有償ボランティア】とだけ書かれている。文字には赤い下線が引かれる。それに合わせて学生も蛍光ペンでラインを引いているようだ。様子が見えたそこには大きな文字があり、 意思を持っているかのように主張をしていた。誰かが息を呑んだかのような音が聞こえた。
    「ここが、法律的にグレーゾーンです。ボランティアにある3つの定義付けは【自主性】【連帯性】【無償性】が前提です。しかし有償ボランティアでも同じボランティアであるため、この3つは適応されます。」
    また画面が切り替わる。
    「では、詐欺と有償のボランティアの見分け方はどうつけたらいいのか、ということです」
    佐久間はレーザーポインターを画面から外して目線を学生に向けた。何人かが佐久間に目線を向けていた。奥にいるあの学生も佐久間を見ていた。
    「先程私がお二方に聞いた質問ですが、アルバイトの勧誘か、詐欺であるか、有償ボランティアか、判断できるでしょうか。みなさんはこの講義外で警察官である私以外の人間から同じようなことを聞かれて断ることはできるかと聞かれると不安に思うかと思います。ですが今日の講義は詐欺行為について詳細と対処法をお伝えすることが我々の目的です。毎日を安心して過ごすために知識を増やして対策をしていきましょう。」
    真っすぐとした視線を向けたつもりだ。そういえば自分が警察官を目指した理由を少しだけ思い出した気がした。
    佐久間を見つめていたその学生も、なぜ自分が法学部に転科しようと思ったのか、思い直していた。





    夏の海外はカラリとしていた。
    工藤は日本の夏を毛嫌いする外国人と何人と会ってきたが日本人の自分でも、その意見には同意だった。「ナリィ!」と自分の名前を呼んだ黒人は太陽が良く似合っていた印象だった。
    工藤は3年前、東部大学の外国語専門学科所属だった。専攻は英語だったが中国語や韓国語も学んでいた。父が外交官であった為か、昔から外国語が好きだった。小学生の時に両親が離婚して父子家庭となり父親に迷惑をかけないように生きていくつもりだった。
    「会話は学から生まれるて、学は会話を生む。」
    それが父の口癖で父が個人的に心がけていることだった。忙しいと口では言いながら家庭へのサービスとして、ホリデーには仕事のパートナーである外国人を家に招いてパーティをした。父親にとっては仕事の一環だったのかもしれないが、工藤にとっては間違いなくかけがえのない経験になっていた。
    その影響か、大学では外国語を専攻し、父親のように外国語を使う仕事に憧れた。その仕事に就けるよう、工藤は自らの手で経験を作ろうとした。それが大学を休学し、外国へホームステイする、というものだった。幸いにも学校からの募集に承認されたが父親の知り合いでも面倒を見てくれると言ってくれた人間がいた。ここは父親の面子を思って学校を休学し、父親の知り合いの元へ言った。
    世話をしてくれたのが、黒人の男だった。アボニーという男だ。母と父、そして妹と弟が3人という大家族で会った。母親が外交官、父は自営業という職業柄、多忙を極めていたところだったため、工藤にベビーシッター兼自営の店番をして欲しい、というのがホームステイの交換条件であった。アルバイトをする、という話もしたが、「そんなことをされるとこちらが困るのだけど?」と言われて敢え無く自力で稼ぐことは諦めた。
    しかし学校帰りだというのに3人の遊び盛りの子供の子守は過酷であった。家は広大な敷地だったが、そうでなくても遊ぶための自然は底なしにあった。店もそこそこの繁盛であった。近所の人間が何でも屋の父親を頼ってその仕事に同行した。アボニーも父親の手伝いをしていた。理由は彼の妹は看護師になりたく、そのための学校に通っているという。両親は働いているが自分も父親と二馬力で仕事をすればきっと2倍金を稼げて妹に良い教育を受けさせることができるんだ、と言っていた。
    「隣町の爺さんちの塀のレンガを積む仕事らしい。一緒に来てくれないか?」
    「もちろん。行くよ」
    隣町では、当時小規模ではあるが洪水が起こっており、各国からボランティアが動員されていた。しかし外国人が入り混じるというのは、治安整備が行われていないこの国では混乱を巻き起こす原因であった。そのため有り金を叩いてでも現地の何でも屋に依頼するケースはよくあることらしい。何でも屋であったアボニーの父も依頼が増えた、と張り切っていた。
    「ああ白人だ」
    「ボランティアかな」
    「日本には偽善者か分かるメカとかないの?」
    「あったら間違いなく鎖国時代に逆戻りだよ」
    「鎖国時代?」
    「日本は昔、あー、っと。外国との交流を一切遮断してたんだよ。200年間くらい」
    「正気?」
    「江戸時代っていうんだ」
    「嘘ついてない?」
    アボニーは日本文化に興味関心のある人間で、工藤はよく日本の話をしてやっていた。いつか貯金が安定したら、家族で日本に旅行したいという。アボニーのママは日本に仕事で行くことがあるそうだが、観光で来日をしたことがないという。そのためいつも土産はなく仕事の話が前提の日本の様子だけだったそうだ。それでもアボニーはママから聞いた日本人の気前の良さやよく聞く親切心とやらに深く感動したそう。それでママからホームステイを受けてみよう、という話を聞いて1番最初に賛成したのがアボニー本人だった。子猫並みの好奇心でなんにでも興味を持ち、得意げになんでも教えてくれてサポートしてくれる。良い子で活発なアボニーに工藤は「日本人よりよっぽど親切で優しいな」と思っていた。
    「じいさーん来たよー」
    「こんにちはー」
    声を大きくしても誰も咎めない。日本の田舎に行けばいいのかもしれないが、日本の田舎は陰湿で面倒だと聞いている。都会生まれ都会育ちにはかなり厳しい。でもここでは日本人の工藤のことなんて誰も知らない。その環境が心地よかった。
    壁を修繕するような単純作業でも、英語さえ通じればなんとか楽しくなる。学が会話を生んで、会話から学びを得ている。工藤はこのサイクルに感動して生きていると思えた。


    それから3年が過ぎた。あの時よくしてくれた外国人が来日する時に、不快な思いをしないような人間になりたいと思った。そこでテレビで知ったのが警察官という職業だった。警察官は時には日本語が通じない日本人の対応すらするような職業だが、最近ではそれに加えて外国人による道案内や犯罪に加担した・巻き込まれた件数が増えているため外国語を話せる人間を積極的に採用しているという。いつかアボニーが来日した時に空港カウンターにいるのもいいサプライズかな、なんて思っていた時期もあったが、警察官という職の方が競争率が低く需要があるのではないか、と思考を替えたのがきっかけの1つだった。
    昔から正義感が強い人間ではない、と自己分析をしている工藤。家庭面などで少し特殊な経験のせいで捻くれた考えをしている、とは口が裂けても言えない。特に父親の前では。しかし人より自己防衛の意識が強くあるのは気のせいではないと思っている。そろそろ復学しないとならないため父に頭を下げて「4月から3年生を始めさせてください」と言った時、工藤の父は言った。
    「誠、外国語学科でいいか?」
    「え?」
    「いや最近テレビの警察特集食い入るように見てたから。今なら全然転科の手続き間に合うだろ?」
    「ええ……」
    流石に自分の父親とは言え何とも言えない感情を抱いた。工藤の父はいつでも自分の息子をよく見ていた。仕事上、相手の表情をよく見ることがあるのか、それとも社会人になれば人の表情を見て言葉をかけられるようになるのだろうか。父親の言葉に自らの言葉を失ってしまった。
    「父さん」
    「ん?」
    「競争率高いけどチャレンジしてみたい仕事と、競争率低いけど自分に需要がありそうな仕事、結局どっちが幸せだと思う?」
    「分からん」
    即答だった。答えが欲しくて質問をしてみたため、即答されたことで安心した。父の事を盲信しているわけではないが、顔すらうろ覚え、名前も思い出せない母親よりかは尊敬している。そんな父が分からないのなら、分からないことなのだろう。この答えに対する父親からの理由を聞かせてもらえることは、今のところなさそうだった。それでも工藤は父親の答えを待つことなく自分の決断で親に頭を下げて、3年生から法学部で過ごすための勉強を始めた。
    究極、警察官は警察学校に進むための試験に合格できれば、警察官になるチャンスが巡ってくる。つまり法学部に入らなくても外国語学科のままでも警察官になることはできる。ましてや出世コースにこだわらなければ尚更だ。有名大学法学部出身であらなければならないのはエリート階級になりたい人間だけだ。そうなるとこだわることはないのだが、工藤には漠然とした不安はあった。2年間外国にいた自分が他より劣っていては、金をかけて世話をして経験を授けてくれた父やアボニー達に合わせる顔がないだろう、と。そのために先につけられる知識はできる限りつけたいと思った。外国語は座学で2年、ホームステイで2年。計4年間、濃密すぎるくらいの時間、外国語と向き合ってきた。それこそ大学4年分だ。なら院卒できる2年分は法律について死に物狂いで勉強をしても損はないだろう、と勝手に納得した。
    金と時間は無限湧きではない。それはシングルファーザーだった工藤の父を見ていたら分かる。今この水準の生活が出来ているのは父が家に帰っても仕事をしていたり、自分を置いてでも海外へフットワーク軽く飛んでいた結果だ。それでも背筋が伸びている父が誇らしいのだ。その背中しか知らないのだ。
    父とは違う職業を目指すことになったが、それでもその背中を見た子供らしい成長を見せたいのは、親孝行のつもりなのかもしれない。そう思うと背中がくすぐったい気になった。

    佐久間を見ていた工藤はその姿に「自分はああなりたいのか」と思った。感情の種類としては疑問ではなく、納得に近かった。教授室で会った彼は、自分と同年代だったため少しばかり嫉妬して焦って素っ気ない態度を取ってしまった。遅れている自分に焦った。そして同時に焦ってしまった自分の感情に激しく落ち込んで怒りが湧いてきた。遅れているはずがない。人とは違う経験をたくさん重ねたと自信を持っていたというのに、どうしてかその経験を足枷と思っている自分がいることに怒りを覚えたのだ。
    だからこそ、工藤は壇上で堂々と説明をしている佐久間を見ていた。その挙動と言葉を見て聞いていた。父と似た背中ではなかったが、胸を張っていて、例え虚勢を張っているのだとしても、それを覆い隠せる程の自信と土台作りに目を見張った。
    同時に怖気づいた。人の命や安全を担う気が自分にはあるのか、と怖くなって不安に思った。佐久間の言葉はどこまでも重くのしかかるようだった。
    勝手に勝ち負けを決めるなんて失礼極まりないが、負けた、と思ったということは勝てると思っていたということだ。本当に失礼な話である。自分が学生であることを深く自覚して恥ずかしくなった。同年代の初対面の人間に喧嘩を売ったことは間違いない。学生で良かったとも思えるがそこまで工藤はできた人間ではなかったため自分勝手に反省して後悔した。
    ペンが思った以上に進まない。気乗りしないのは当たり前だった。このあと、つまらないちっぽけな独りよがりの結果、勝手に嫉妬して自爆して猛省した相手に会わないとならないからだ。ストーカーに関しては工藤の感覚は間違いないようで、カメラに少しだけ人が映っていたことが何度かあった。どんな人相であるかまでは判別できないが、女ではあるように見えた。基本的に関わりのある女性はゼミ内の人間か、アルバイト先のパートのおばちゃんくらいだ。その中にいるのだとしても気持ち悪いし、そうじゃない場合はもっと気持ち悪い。男でもそうだ。ろくに空手も柔道も合気道も剣道もしたことがない。高校の体育の授業でやった柔道5時間分くらいだ。普通にプロにお任せしたいところだ。インターネットを見ていると、基本的に警察に相談すると良い、と書かれている。ここで相談されると相談実績というものが積み上がる。これは、最初「また何かあればご連絡を」と返された答えが、二回目の相談以降は「では防犯パトロールを増やします」という実際の警護に当たってくれる優れモノの実績だ。またこの報告は、同様の相談内容が一定地域内で頻発すると、例え初犯であっても逮捕に踏み切ってくれる可能性があるのだ。馬鹿にはならないモノだ、と工藤は理解した。今日はその実績を積むことで自己防衛が1つ安心に繋ぐ。柔道5時間の人間にとってはこれだけでも安心度合いが違うというものだった。
    この講演会が済めば、学生が直接彼らに質疑応答や相談に乗る時間があるそうだ。それが終わるまでは教授室で待つことになっている。その後佐久間と生活課の人が相談に乗ってくれる、と一週間前の佐久間の発言を思い出していた。
    「大学生のみなさんは、警察署に行く機会も少ないと思います。これは少ないことに越したことはありませんので、全くない方はそれはそれで大丈夫です。問題はありません。しかしいざという時に誰にどのような相談をすれば、というものに迷ってしまうかもしれません。」
    佐久間は丁寧に画面を切り替えてもらいながら、ハキハキとした口調で説明をしている。すごいなぁ、と工藤は漠然とそう思っていた。
    「そこで、皆さんがもし警察官から話を聞かれる場合、一番会う確率が高い課の方に来ていただきました」
    佐久間がそう言うと、佐久間の隣に座っていた女性が立ち上がった。
    「東部警察署三課生活課所属の宮本です。」
    テーブルに置いてあったマイクを片手に取って学生を1人1人見るかのように目線を配りながら口を開いた。
    「ご紹介いただきました、東部警察署三課生活課に所属、宮本花梨と申します。階級は巡査部長、上司は野々下です。ここからは佐久間巡査に代わりまして私が進行させて頂きます。皆さまが警察署に助けを求めることが少しでも抵抗のないものになる、そんな有意義な説明を心がけて参ります。」
    鈴が鳴るような声ではないが、芯のあるしっかりとした声であった。台詞は覚えてきた事なのかもしれないが、詰まる様子もなければ自信が満ち溢れている様子だった。これがオーラなのか、と思った工藤の脳みそには少しだけ眠気が侵食していた。
    「なにとぞよろしくお願いいたします」と頭を下げた宮本を見て、工藤は小さく頭を下げた。他の生徒も気迫に押されたためか、慌てて頭を下げていたりよそよそしく首を垂れたり。
    もう少しで公演が始まって45分。あと45分ある。折り返してきたことに気が付いた工藤は慌てて宮本の話をメモし始めた。



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