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    @Chome_va

    絵は全て「らくがき」カテゴリにいれてます。
    小説は「供養」です。モブシンは「自主練」。

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    ※誤字とか見返してない
    前に読んでくれた方は、あれからエロシーン追加出来てないのであまりあれかもしれないです(追加したかった……)

    【没】庵53 途中で出てくるシンジとカヲル以外の登場人物は便宜上名前が必要だったからなんとなくその名前にしたってだけなので、名前が同じそっくりさんだと思ってください。
     
     庵53です。謎パロです。何パロっていうんだこれは。
     年齢は1211です。
     ショタショタです。自分の好みです。
     いつもの如く濁点喘ぎです……。自分の好みです……。
     
     
     ーーーーー
     
     
     例えばそれは桜の精だったり。窓を開けると強い風と共に散った桜の花弁が部屋の中に入り込んで、白い髪を靡かせる彼はこのまま桜に攫われてしまうのではないかと思った程儚く見えた。
     例えばそれは青空から舞い降りてきた天使だったり。大きな綿あめ入道雲の下、緑の葉が生い茂る木陰で柘榴石の瞳を伏せ本を読む彼は、窓枠を額縁にした1つの作品のように思えた。
     例えばそれは金木犀の香りだったり。日当たりが良くても悪くてもすぐに体調を崩すところが自分とそっくりで共感するのだと前に彼が言っていたのを覚えている。
     例えばそれは雪の輝きだったり。太陽光を反射しキラキラと輝くましろの雪を見て、その大地に足を踏み入れられないと彼が悲しそうにしていたので小さな雪だるまを作って見せたら喜んでくれた。とても嬉しかったのを覚えている。
     
     
     

     
     
     「シンジくん」
     桜の精が、青空の天使が、金木犀の香りが、雪の輝きが、自分の名を呼んだ。それだけで心臓が大きく跳ねて指先が痺れる程全身に血が巡った。
     図書室の端の端の誰も来ない隅っこで、僕と彼は一緒に隠れるように息を潜めて身を寄せて。ぴとりとくっついたところから伝わる彼の体温は生温くてこんな暑い夏の日でもなんだか心地良かった。
     「カヲル、くん」
     シンジがその少年の名を呼ぶとカヲルと呼ばれた少年はニコリと笑って、シンジの手に自分の手をそっと添えた。シンジはその白くて細い、下手するとこのまま折ってしまいそうなカヲルの手を受け入れ、さながら恋人繋ぎのように指と指の隙間に絡みついてぎゅ、と握った。
     「嫌だったらすぐに言うんだよ」
     そう言ってカヲルはシンジの顔にゆっくりと自分の顔を近付けた。シンジは恥ずかしくて今すぐにでも逃げ出したい衝動を必死に抑え、目をぎゅ、と瞑る。そしてゆっくりと唇に熱が触れて、ゆっくりと離れた。
     初めて知った。キスとはする前よりもした後の方がずっとずっと恥ずかしいのだと。
     「ふふ、シンジくん顔真っ赤だね」
     ああ、彼は意地悪だ。折角目を閉じて何も見えないようにしているのにそんな事言われたらもっと恥ずかしくなるじゃないか。シンジは真っ赤になった顔を両手で隠して縮こまる。
     「見ちゃ、ヤダ」
     「ヤダ、だなんて、いじらしい。じゃあやめる?」
     彼は自分がそんな選択をしない事を分かって聞いてくるのだと声音で分かった。やっぱり彼は意地悪だ。いつもは優しいけれど、たまに意地悪。
     シンジは自分の顔を隠していた手をゆっくり降ろしてカヲルをチラリと見る。カヲルの綺麗な顔を間近で見る機会なんてそうそう無いものだから、あまりの美しさにさっきよりももっと顔が熱くなって、あの大きな2つの柘榴石の瞳でこの真っ赤な顔が見られているのだと思うと恥ずかしくて泣きそうになった。
     「ふふ、シンジくんまるでりんごみたいだね。禁断の果実を食べたアダムとイヴは神の怒りを買い楽園を永久追放されたと聖書には記されていたけれど、君という禁断の果実を食べれるのなら楽園の永久追放なんて全然苦にならないな」
     シンジがカヲルの難しい言葉に首を傾げると、つまりシンジくんがとても美味しそうだということさと言われまたキスをされた。美味しそう、とは人間に使う形容詞では無いと思うけれど、不思議と嫌な気持ちにならなかったのは相手がカヲルだからだろうか。シンジがそんな事を考えていると再びカヲルから口付けがされ、シンジは唇から伝わる熱を必死に受け入れた。
     
     
     
     
     
     
     「先生」
     シンジは自身がお世話になっている施設の職員に話しかける。施設の皆が彼を先生と呼んでいるのでシンジも右にならえと先生と呼んでいた。
     「どうしたんだい?」
     先生はシンジが話しやすいようにと少し腰を降ろして目線を合わせてくれる。シンジは小さい頃から人見知りしやすく頼れる大人などいないに等しいが、先生だけは違って何でも話せた。
     「今日友達の家に泊まりに行きます」
     「おや、それは良いね。楽しんでくるんだよ」
     「はい」
     シンジがそう言って笑うと先生もニコリと笑ってシンジの頭を撫でた。昔から1人でいることが多かったシンジを何かと気にかけてくれていたから、きっと自分に泊まりができるほど仲の良い友達が出来た事に喜んでくれてるのだろうと思うと、シンジは心が暖かくなった。
     「ああ、でも一応友達の家の場所だけ教えてくれるかい?出来れば連絡先も」
     何かあったら困るからねと先生はポケットからメモ帳とボールペンを取り出す。シンジはカヲルのいる場所を素直に言うと、途端に先生の顔が歪んで、さっきと打って変わって険しい表情になった。
     「シンジくん、そこだけは駄目だ」
     先生は必死な顔でシンジの肩を抱いてもう二度と出入りしてはいけないと言った。シンジはどうしてかが分からず、そこには友達がいるんですと言うと先生は悲しそうに眉を下げた。
     「シンジくん。あそこは君が思ってるよりもずっと危険な場所でそのお友達も危ないんだ。折角君に友達ができたのに残念だけど、もうその子に会いに行ってはいけないよ」
     そう言って先生はシンジの手を強く握った。いつも自分の味方をしてくれていた先生が初めて自分を否定した事が信じられず、それがとても悲しくて、シンジは首を横に振った。
     「……ああ、どうして、すまないシンジくん、すまない……」
     大好きな先生が頭を抱え困ってしまったので、シンジはもう行かないから先生ごめんなさいと嘘をつく。すると先生は気を使わせちゃったねとまた頭を撫でてくれた。先生がどうしてカヲルに会いに行ってはいけないと言うのかがシンジには分からなくて、ただ今すぐにカヲルに会いたい気持ちが大きくなった。
     
     
     
     
     
     
     「やあ、また来てくれたんだね」
     カヲルは弾いていたピアノの手を止め、シンジのいる窓へと歩み寄った。シンジはいつまでもカヲルのピアノを聞いていたくて話しかけなかったのだが、話しかけなくてもカヲルが自分に気づいてくれた事が嬉しくなった。
     「カヲルくんに会いたくて」
     「ふふ、嬉しいな。ほら入っておいでよ」
     カヲルはいつものように踏み台をクローゼットから持ってくるとシンジへ手渡し、シンジはそれを使って窓から無機質な部屋へと入った。今まで何度もカヲルの部屋へ通っているが玄関から入った事は一度も無く、いつもこうして窓から出入りしていた。
     「昨日はごめんね泊まりに来れなくて。どうしてか先生がここに来てはダメだっていうんだ」
     シンジが口を尖らせそう言うとカヲルはシンジの手をぎゅ、と握った。シンジがその手の体温にドキリとして柘榴石の瞳を見ると、カヲルはシンジにニコリと微笑んだ。
     「なに、君が気に病む事は無いよ。きっと君を心配しての事だろうからね。良い先生だね」
     「……うん、先生は良い先生だよ」
     だからどうして自分に友達と会ってはいけないと言うのかが分からなかった。先生はカヲルのことを危険だと言ったけれどカヲルはこんなにも優しい。
     シンジがぎゅ、と握っている手に力を入れるとカヲルも同じようにぎゅ、と強く握り返してくれた。その事に胸の内がぽかぽかと暖かくなる。
     「ね、シンジくん。昨日の続きしようか」
     昨日の続きと聞いてシンジの胸がドキリとする。続きとはこの御屋敷の冒険の続きだろうか、それともあの甘くて痺れるようなキスの続きだろうか。それならば後者が良い。でもそれを口に出して言うのは恥ずかしくて、シンジはぎゅ、と目を瞑ってこくんと頷いた。
     「シンジくん、今キスの事考えた?」
     「えっ、ち、違うよ!」
     「違うのかい?でも耳まで真っ赤になってるよ」
     「こ、これは……!」
     実際その通りだった為上手い言い訳が思いつかずシンジが口をパクパクとさせてると、カヲルはくすくすと笑った。彼にはあの柘榴石の瞳で全て見透かされてるのだと思うとシンジの顔がまた赤くなり、カヲルはそんなシンジに顔をゆっくりと口付けできる距離まで近づけた。
     「……っ!」
     「ふふ、そんなに力をいれたら歯が当たって痛いよ。別に取って食おうとしてるわけじゃあないんだ。ほら、深呼吸して」
     シンジはカヲルの言う通り深呼吸をする。吸って吐いて、吸って、そして吐こうとすると唇へ柔らかいものが触れる。それがカヲルの唇だと気付くのに時間はかからなかった。触れて離れて触れて、また離れて。離れる度に熱が引くのが少し寂しいと思ってると途端カヲルに唇を舐められ、シンジは驚いて1歩後ろへ下がった。
     「な、なんで今舐めたの……?」
     シンジが恐る恐る聞くとカヲルは、ふ、と笑って、自分の唇に指を当てて艶やかに微笑んだ。
     「昨日の続き、知りたくない?」
     続き、とはこの甘く痺れるようなキスの先があるということだろうか。シンジはいつの間にか溜まっていた唾をゴクリと飲み込み、カヲルを物欲しそうに見つめた。
     「……しりたい」
     「じゃあ、口を開いて」
     シンジはドキドキとする心臓を必死に抑え、口を薄く開いてカヲルを待った。カヲルはシンジが離れた分近づくと自分の上唇をぺろりと舐め、シンジに再び口付けする。
     「……ん、ふぁ、」
     唇の隙間からカヲルの舌が侵入し、シンジの口内を優しく犯してゆく。触れた箇所からびりびりと電気が走って、背筋がゾクゾクと浮いた。舌が絡まる度に走る甘い痺れがシンジの脳を混乱させ、体の奥から擽ったさにも似た倦怠感が全身を襲う。
     「ふ、ぅ……、は、ッ」
     段々と舌の絡みが激しくなり、歯茎の裏、上顎、舌の裏をなぞられる度にゾクゾクと身体が跳ねる。何度も何度も角度を変え、深く甘く長いキスをするカヲルに身を任せることしかできず、シンジは襲ってくる快感を必死に耐えるように目をぎゅ、と瞑った。
     「……ふふ、シンジくん、腰砕けちゃったね」
     しばらくして、離れた唇からどちらの唾液か分からない糸が引いた。シンジが足に力が入らずふらりとカヲルへ体重をかけると、カヲルは優しくシンジを抱きしめた。その上可愛いねなんて言いながら額にキスを落としてくるものだから、シンジは恥ずかしくてどうしたらいいか分からずカヲルの服をぎゅ、と握った。
     「カヲルくん……、」
     シンジの濡れた黒曜石の瞳がカヲルを見つめると、カヲルはふふと笑ってベッドの上にシンジを腰掛けさせ、また額へキスを落とした。
     「お望みのままに、お姫様」
     そう言って天使の王子様はリンゴの少年に口付けをした。
     
     
     
     
     
     
     「先生、さようなら」
     「はい、さようなら」
     帰りの会が終わり、クラスの皆がそれぞれの色のランドセルを背負って教室から出てゆく。早い者は既に校庭でボールを持ってはしゃぎ回っていた。シンジはそんな笑い声を聞きながら自分の黒いランドセルへ教科書を入れると、忘れ物が無いかと机の中を覗く。
     「シンジくん、ちょっといいかしら」
     先生は先生でも施設の職員でなく担任の先生から声をかけられる。シンジがはいと返事をすると先生は少し言いづらそうにしながらシンジへ質問を投げかける。
     「今度の土曜日授業参観があるじゃない。その後保護者会が行われるのだけれど、貴方のところの先生は来れそうかしら」
     「はい、来てくれるって言ってました」
     「そう、良かった」
     先生はそう言って嬉しそうに笑った。シンジは先生がどうしてそんな事を気にするか分からなかったが、今は1秒でも早くカヲルのところへ会いに行きたかったので疑問をそのままにする。シンジは少し重たい黒いランドセルを背負うと先生の方を向いて手を振っていつものお別れの挨拶をする。
     「先生、さようなら」
     「はい、さようなら」
     シンジは笑顔で教室から出て、急いでカヲルの元へ向かった。
     
     
     
     
     
     
     今日は夕ご飯がハンバーグだから早く帰ろう。カヲルくんもハンバーグ好きかな。カヲルくんの好きな食べ物はなんだろう。あれ、そういえば僕カヲルくんの事何も知らないや。そうだ、今日はカヲルくんの事沢山知っちゃおう。そんな事を頭の中でぐるぐる考えて歩いていると、いつの間にかカヲルの家へ辿りついていた。
     「カヲルくん」
     コンコンと窓を叩くとカヲルはピアノの手を止め、また来てくれたんだねと土台を持ってきてくれる。去年より身長は伸びたけれどまだこの土台無しでは窓から入れそうにない。
     シンジは部屋に入るとランドセルを床に置いてカヲルに話しかける。
     「ね、カヲルくん。カヲルくんは何が好き?」
     「シンジくん」
     「あ、ち、違くて……!」
     シンジは自分の質問の1番大切なところを端折った事の恥ずかしさと、直ぐに自分の名を言ってくれた嬉しさで顔を真っ赤にする。カヲルはそれが分かっていてからかっていたようで、くすくすと笑った。
     「で、本当はなんと言いたかったんだい?」
     「えと、カヲルくんは好きな食べ物ある?」
     「好きな食べ物?」
     カヲルはそう言うと困ったように目を伏せ、顎に手を当てる。
     「無い、かも」
     「え、無いの?」
     「うん」
     好きな食べ物が無い人がこの世にいるとは思わずシンジはショックを受ける。そうだ今度自分の好きな食べ物持ってこよう。おやつのクッキーや給食のきなこ揚げパンとか、自分の好きな物のどれかひとつは気に入ってくれると嬉しいな。そんな事を考えているといつものようにカヲルから手を握られ、問いかけられる。
     「突然そんな事聞いてきてどうしたんだい」
     「あのね、僕カヲルくんと会ってからだいぶ経つのにカヲルくんの事何も知らないなと思って。だからもっと知りたくなったんだ」
     シンジが黒曜石の瞳をカヲルに向けそう言うとカヲルはそうだったんだと微笑み、じゃあ教えてあげると立ち上がってシンジの手を引いた。
     「こっちおいで」
     シンジはカヲルの手引かれるまま部屋を出る。この間の冒険では右に曲がったけれど今日は左に行くんだとシンジはワクワクする。カヲルの住んでいる屋敷はとても広い。外からひぃふぅみぃと数えて5階もある事に驚いたのは記憶に新しく、更に地下へと続く階段もあるのだからシンジにはゲームの中のダンジョンのようにも思えた。
     「あれ」
     シンジはふと立ち止まる。一瞬カヲルによく似た女の子が見えた気がしたのだ。廊下の奥の奥の奥の方、目を擦りもう一度見るともうその子はいなくなっていて、ガランと広い廊下がただ窓枠の影を伸ばしていた。
     「どうしたんだい」
     「カヲルくんに似た女の子がいた気がして」
     「ああ、それはファーストだね」
     「ファースト?」
     「この家に最初に来た子。だからファースト。綾波レイっていうんだ」
     「綾波……?」
     その苗字は知らないはずなのにどこかで聞いた事あるような気がした。シンジは必死に思い出そうとするがやっぱり思い出せなくて、うーんと大きく唸る。
     「因みに僕はフィフス。5番目だよ」
     カヲルは自分の手をパーにしてシンジにそう言う。
     「じゃあこの家にはあと3人いるの?」
     「どうだろう。僕はセカンドとは仲が悪いからここ何年も会ってないんだ。まだいるのかもういないのかすら分からないや」
     「へえ」
     優しいカヲルにも嫌いな人がいるのだとシンジは驚く。でもそれ以上にカヲルの事をまた1つ知れた喜びでシンジはえへへと笑みをこぼした。
     「ついたよ」
     階段を降りたり登ったり、そんな大冒険の末に辿り着いた場所は重たい茶色の扉の前だった。それがなんだかあまりにも不気味なものだったから、シンジは握っていたカヲルの手をぎゅ、と強く力を込めた。
     「大丈夫、怖いものなんて何も無いよ」
     「でも……」
     「僕がいるじゃないか」
     カヲルはそう言うと握っていた手を見せつけるように目の前へ持ってきてニコリと笑った。そうだ僕にはカヲルくんがいる。そう思うと不思議と先程の不安が和らいで、シンジはコクリと頷いた。
     「じゃあ、開けるよ」
     カヲルはそう言うと重たい扉をギィ、と音をたてて開いた。シンジはドキドキと鳴って痛い心臓を抑えながら部屋の中をそうっと覗いた。
     「……え、」
     部屋の中には大きな肖像画が飾ってあった。それは短い茶髪の女性がこちらを見て微笑んでいる絵だった。立ち竦んでいるとカヲルに手をひかれ部屋の中へと足を踏み入れてしまい、改めて見る女性の肖像画の大きさに圧倒された。……あれ、この顔どこかで見た気がする。ふとそんな気がして、シンジは肖像画とにらめっこをし、そして気づいてしまう。
     「……僕……?」
     その肖像画の女性は自分の顔とよく似ていた。それがどうしてだか分からなくて、シンジはカヲルの方を見る。
     「あれは君のお母さんだよ」
     「お母さん……?でもどうしてここにお母さんの絵が……、」
     「……まだ、思い出せない?」
     カヲルはシンジに顔を寄せては握っているのとは反対の手でシンジの頬を撫でた。シンジはドキリとして頬を薄く紅に染めると、何を?と小さく問う。
     「この家は僕の家じゃなくて君の家だよ。サードチルドレンの碇シンジくん」
     それは、一体どういう事なのだろう。シンジは首を傾げる。シンジにはこの家に住んでいた記憶も無ければこの肖像画の女性も知らない。でもあの女性は確かに自分とよく似ていて、じゃあカヲルは、カヲルは何者なのだろう。
     「ならどうしてカヲルくんはここに住んでるの?」
     シンジがそう言うとカヲルは笑って、
     「君のお父さんに連れてこられたんだ」
     「とう、さん……?」
     その単語を口にするとズキリと頭が痛んだ。いつもこうだ。父親のことを思い出そうとすると頭が痛くなって体がそれを拒む。前に学校で両親について考える授業があったが、その時も何かに無理やり記憶を押さえつけられてるような、そんな気持ち悪い感覚が襲って一日中魘された。あまりの痛さにシンジは頭を抱えその場に蹲ると、カヲルの温い手によしよしと頭を撫でられ、そのおかげか少しだけ痛みが和らいだ。
     「今日はここまでだね」
     カヲルのその言葉を最後にシンジは頭がぼうとして、それからの記憶は曖昧だった。いつの間にかシンジは施設へと帰っていて目の前には大好きなハンバーグが並べられていた。大好きなはずのハンバーグ。大好きなのに、なぜだか今日は残してしまった。先生からどこか悪いの?と聞かれてもシンジは痛む頭を抑えながら首を横に振ることしか出来なかった。
     
     
     
     
     
     
     
     土曜日。授業参観が終わるチャイムが鳴る。親と一緒に帰るために保護者会の終わりを待つ子供がちらほらと教室に残っており、シンジもそれに例外では無かった。といっても先生に事前に一緒に帰りたいと言ったわけではなく、ただ他の子が親と一緒にいるところを見て人恋しくなり、今日ぐらい大好きな先生と手を繋いで帰りたくなったのだ。そんな大好きな先生には先に帰っててね、気をつけて帰るんだよと言われていたが、周りの親子を見たせいでどうしても1人で帰る気にはなれなかった。シンジはしばらく今日出た宿題をしながら待っていたのだが、その宿題がおわっても教室の最後の1人になっても、日が傾いてきても先生が荷物を取りに戻ってくることは無く、流石に遅すぎるとシンジは教室を出て先生を探しに出て学校中を回った。
     保護者会が開かれていたPTA室は人は残っておらず職員室にもいない、念の為学校の男子トイレを全て確認したが先生はどこにもいなかった。もしかしてすれ違ったのだろうかと教室に戻ろうとした時、担任の先生の声が聞こえてシンジは振り返る。ここは校舎の4階でPC室と空き教室しかないことから普段から人気がなく、シンジですらここに来たのは数ヶ月前のローマ字の授業以来だった。どうしてこんなところで担任の先生の声がするのかと聞こえてくる声を辿り、それが女子トイレから聞こえてくるのだと気づく。
     (……なに、この声)
     ザワりと嫌な予感がした。頭の中で見るなと警告音が鳴るも、担任の先生がいるなら施設の先生もいるかもしれないと思うとどうしても中を確認しなければならないと思った。シンジは胸の内でごめんなさいと謝りながら女子トイレの中へそろりと入り、目の前で繰り広げられる光景に目を疑う。
     「……っ!」
     あれは、何だ。頭が理解を拒む。あれはオスとメスだ。先生と先生がオスとメスになって、己達の体をひとつにしていて、聞いた事もない上擦った声をあげて、それで……。
     視覚と聴覚と臭覚がぐちゃぐちゃになって脳みそを大きく揺さぶり激しい吐き気がシンジを襲った。人間ってあんな風になるの、知らない、知りたくないと口元を抑え、叫び出したい衝動を必死に我慢しながらその場から逃げ出した。担任の先生が執拗に施設の先生が来るのを気にしていた訳が分かってしまった。分かりたくなかった。人はあんな風に耳に張り付く声を出す事を、知りたくなかった。シンジは溢れ出てくる涙を拭いて必死に走る。どうして自分が泣いてるのかが分からなかったけど、ただ怖かった。脳内にいつまでもこびりついて離れない肌色が怖くて堪らなくて、あの2匹からできる限り遠くへ逃げたかった。
     
     
     
     
     
     「シンジくん?」
     気づけばシンジはカヲルの家に来ていた。足が自然と向かっていたと言えばいいか、シンジにとって頼れるのは先生とカヲルの2人だけで、その先生が怖いならばカヲルの元へ走っていくのは必然だった。
     「カヲル、くん……」
     涙でぐちゃぐちゃな顔を腕で拭う。カヲルは急いで土台を持ってシンジを部屋へと招き入れると、嗚咽を漏らすシンジに無理に話を聞くことはせず、優しく抱きしめてよしよしと背中をさすってくれた。
     「ごめん、ありがとう……、」
     シンジは深呼吸をして息を整える。1人だったら耐える事は出来なかっただろうショックがこうしてカヲルがいるだけで和らいでいく事にとても安心した。
     「今日は授業参観日で来れないって言ってたから僕としては会えて嬉しいけれど、その涙は少しいただけないな。君が泣いていると自分の事のように悲しいよ」
     カヲルはシンジの黒曜石の瞳から溢れ出る雫にキスをする。シンジが何から話そうかとえっとと間投詞を零すと、ゆっくりでいいよと頭を撫でてくれて、カヲルの優しさにシンジの頬が薄く紅をひいた。
     「あのね、怖いものを見たんだ。先生と……、僕の施設の先生と担任の先生が裸になって抱き合ってるところ。肌色と赤色がぐちゃぐちゃに混ざって、声とか匂いとか、僕の知らない2人がそこにいてね、それでね……、」
     シンジは話し出すとまたボロボロと涙が流れてしまい、カヲルはその雫を袖で拭った。怖かったねもう大丈夫だよと慰められ、その優しさに安心してまたシンジの黒曜石から涙が溢れた。
     しばらく泣き続けて呼吸が落ち着いた頃、カヲルからもう大丈夫?と聞かれてシンジはうんと頷いた。良かったとカヲルは涙と鼻水で濡れた袖をティッシュで拭うために長袖のボタンを外した。前にこんなに暑いのに長袖は暑くないのなんて聞いたことがある。その時は冷え性だからこれでいいと答えていたが、チラリと見えた手首の赤い筋がカヲルの白い肌を痛々しく蝕んでいて、幼いシンジにはその傷の意味が分からなかったが、ただ痛そうだと思った。シンジが痛みを慰めるためにカヲルの手首をそっと撫でると、カヲルは見られちゃったねと表情を変える事無くそう言った。
     「痛くないの?」
     「こんな時に僕の心配?優しいねシンジくんは」
     「優しいのは、カヲルくんだよ」
     突然来たというのにそれに文句も言わず涙を拭ってくれた彼に自分がどんなに救われたか。他に頼る人がいないシンジにとってカヲルとは世界そのものだ。カヲルがいなければ自分は生きていけないのだと思うほどシンジはカヲルに心酔していた。
     「……じゃあ君に教えてあげる。僕の優しくないとこ」
     カヲルはそう言ってシンジにちゅとキスをする。すぐにシンジの顔が真っ赤なリンゴになり、カヲルは笑ってまた触れるだけのバードキスを2、3度繰り返す。
     「こないだの続き、しよっか」
     柘榴石の瞳が黒に染まり、じ、とシンジを見つめた。きっとこれは冒険じゃない方の、あの甘くて痺れる時間の方の続き。ドクンと心臓が強く動いたのが嫌でも分かった。キスだけでもあんなに気持ちよかったのにあの続きがあるのかと、シンジはゴクリと唾を飲みこんでこくんと頷いた。
     
     
     
     
     
     「……シンジくん?」
     暗くなった教室に男の声が響く。自分の荷物を取りに教室へ戻ってきたはいいが、そこにはシンジの黒いランドセルも一緒に置かれていた。もしかしてまだ残っているのだろうかと懐中電灯で照らしながら教室全体を見回すが誰もおらず、教卓の下や掃除ロッカーの中まで確認してもシンジはいなかった。
     「おい葛城。シンジくん知らないか」
     「あたし今まであんたとずっと一緒にいたのよ?知るわけ無いじゃない……、って、シンジくんがどうかしたの?」
     「ランドセル、置きっぱなしなんだよ」
     男がそう言うと女はまさかと昇降口へと走り出す。シンジの名前を探して靴箱を確認すると土足はあるのに上履きが無い事から、まだこの学校にいるのかもしれないと背筋が震えた。もう時刻は21時を回りとっくに月が昇っているのだ。男が今日は他の職員に施設の子供達を任せたからと言っていたのを鵜呑みにしていた自分の浅はかさに女は舌打ちした。
     「加持は校舎を探して!あたしは職員室に行って誰か知らないか聞いてみるから!」
     「わ、分かった!」
     お願いだから無事でいて。女はそう願いながら胸に下げたペンダントを握りしめ、廊下を走りだした。
     
     
     
     
     
     「……っは、ふ、ん……、」
     ぴちゃぴちゃと水音がカヲルの無機質な部屋に響く。舌が絡む度に走る電気が全身を襲って、気持ちのいいふわふわがシンジの頭をぼうとさせた。
     「んっ!」
     カヲルがシンジの小さな蕾に触れるとシンジの体がピクリと反応する。この口から漏れ出る甘い声が自分から出てるのだと信じられず、それがなんだかとても恥ずかしくてこの甘い声を出したくないのに、手で抑えようとするとすぐに口付けをされてしまって抑えることが出来ないでいた。
     「シンジくんはもう精通してる?」
     「せい、つう……?」
     「ふふ、その様子だとまだのようだね。でも安心して。精通前の方が気持ちよくなれるって話も聞くし、天国に行かせてあげる」
     そう言うとカヲルはつう、とシンジの体を撫でて下半身に手をかける。シンジはドキリとして待ってと制止するが、カヲルは構わずシンジのズボンを下げた。施設の共同風呂で皆の前で裸になっても恥ずかしいと思わなかったのに、カヲルにはどうしてかそこを見られるのが恥ずかしくて、他の子よりも小さい自分がなんだか酷く情けなく思えた。
     「み、見ちゃやだ……!」
     「大丈夫、可愛いよ」
     そういう問題では無いとシンジは叫びたくなるが代わりに口から出るのは自分の上擦った声で、どんどん自分が情けなく思えて目尻に雫を浮かべた。
     「や、あ……ぅ」
     カヲルが揉むようにシンジの陰茎に触れると体の奥がずくんと疼いた。用を足してる時や洗ってる時に触れてもこんな感覚にならなかったのにカヲルに触れられると体がどんどんおかしくなってゆく。知らない自分が彼によって暴かれていく事がシンジは怖くなる。
     「カヲルくん、怖い……、」
     シンジがぎゅ、とカヲルの袖を握るとカヲルは優しく触れるだけのキスをしてくれる。長い睫毛が擽ったくて身を捩るとカヲルはどこからかボトルを取りだした。そしてその中から液をとろりと取り出すとしばらく手で揉んでそれをシンジの陰茎に擦り付けた。
     「ふぁ……っ」
     「ごめん、まだ冷たかったかな。僕の体温がもう少し高ければ良かったのだけれど」
     「だ、大丈夫……、」
     確かにヒヤリとした感触にも驚いたが、それ以上に滑りが良くなったせいで増した快感に驚いたのだ。快感の原因が液体にあるのではと思いそれは何と聞くと、カヲルはただの潤滑剤だよと答えた。
     「さっき僕の優しくないところを教えてあげるって言ったね。これはその1。君をずっとこうしたいと思って前からこれを準備してたんだ」
     「あっ……!」
     カヲルがまだ皮を被っているシンジのペニスを上下に優しく扱きだす。感じたことの無い快感にシンジは身を捩らせる。腰が浮いて、心臓も破裂しそうなぐらい激しく動いて、口からは嬌声が漏れ出てしまう。変なところをカヲルに触られるのが凄く恥ずかしくて、その手を退けようとしたいのに体が全然言う事を聞いてくれず、その上腰から気持ちのいいふわふわが全身を襲ってくるせいで頭が上手く働かない。
     「や、ん……っ!あっ……!」
     ゾクゾクと体が震える。足先に力を入れてなんとか快感から逃れようとするが暴力的な快感から逃れる事ができない。
     「シンジくん、恐れることは何も無いよ。皆大人になったらする事なんだ。君は皆より一足早く大人になるってだけさ」
     「は、あッ!あ……っ!」
     どんどん激しくなる手の動きにシンジはおかしくなりそうになる。カヲルの手の動きと卑猥な水音と生温い体温がぐちゃぐちゃに混ざりあってシンジの頭の中を酷く混乱させた。そして腰に鈍い快感が募り甘い痺れが手足にまで走り、
     「……っんん!!」
     途端、シンジの体がビクリと大きく跳ねた。まるで全身に甘い電気が走ったような不思議な感覚に戸惑いながらシンジは呼吸を整える。なに、今の。体験した事の無い強い痺れにシンジがぼうとしてると、カヲルは軽く口付けをしよく出来ましたと微笑んだ。
     「気持ちよかった?」
     「……今のが、気持ちいいってことなの……?」
     「そうだよ。男の子は成長したら精通してここから精液を出すようになるのだけど、シンジくんは精通がまだだから必然的にドライオーガズムになってて、何度でも気持ちよくなれるんだ」
     「……?」
     カヲルの言っている事は難しくていまいち分からないけれど、あれが気持ちいいって事だと自覚するとシンジの心臓がドクンと動いた。
     「ふふ、この絶頂の感覚をよく覚えておくんだよ。じゃあ続いて僕の優しくないところその2を教えてあげる」
     まだ呼吸も整わぬうちにカヲルに体勢を変えられ、シンジは恥ずかしいところを見せつけるような姿にさせられる。あまりの恥ずかしさから嫌と抵抗するがカヲルはその手を簡単に払い除け、シンジの孔に自身の指を添えた。
     「僕の優しくないところその2。こうしてシンジくんが嫌がっても、やめようだなんて微塵も思わないところ」
     「や……ッ!そこ、汚い……!」
     「汚くないよ。シンジくんの体は全部綺麗だから」
     冷たい液と共にカヲルの細い指で自身の秘孔をこじ開けられシンジは酷く混乱する。どうしてそんなところを触れるのか分からないうえに、先程と打って変わって気持ちよくも無ければ異物感が拭えずむしろ気持ち悪かった。それでもカヲルくんのする事だからとシンジは自身の中で蠢く指の不快感に必死で耐える。
     「ひ……ッ」
     ただひたすらに1箇所を攻められる事に少し恐怖を抱きながら耐えていると、前を一緒に触れられた事でお腹に力が入りカヲルの指をきゅうと締め付けた。気持ち悪いはずなのにビクリと甘い痺れが底から湧き上がってきて、自然と声が上擦ってしまう。
     「んッ、ぁ、や……ッ!」
     「ふふ、声が甘くなってきた。良くなってきた?」
     「わ、かんな……ッ」
     変なところを触られて気持ち悪い、気持ち悪いはずなのに。前を弄られカヲルの指を締め付けてしまう度に、中から押された箇所からじんわりとした何かが腰全体を甘く痺れさせ、どんどん良くなってゆく感覚にシンジはまた酷く混乱した。
     「ど、して……?」
     「ん?」
     「どうしてカヲルくんは、こんな事を……?」
     震える手でシーツを強く握りそう言うと、カヲルは手の動きを止める。一瞬柘榴石の瞳が悲しそうに揺れた気がしたがすぐにいつもの優しい微笑みに戻った。
     「じゃあ僕の優しくないところその3。君の大好きな先生達がしていたことを思い出してごらん」
     先生、と聞いてすっかり忘れていた事を思い出す。確かあの時先生達は女子トイレの水道に手をついて、担任の先生が自分と同じように汚いところをこじ開けられていて、自分と同じように上擦った声を出して、自分と同じように……、
     「思い出した?」
     「……ッ」
     声にならない恐怖がシンジを襲い顔から血の気が無くなる。近所の猫が覆いかぶさってぶにゃぶにゃ鳴いているように、自分も今カヲルに担任の先生と同じように人間からメスにされていたのだとシンジは理解してしまった。
     「その3はね、君が先生達のしていた行為に怯えてると知ってる上で今から君にしようとしてる事。その4はその理由を言わない事。その5は、そんな嫌がる君を見て酷く興奮してる事」
     カヲルの言っている意味が半分も理解できない。思えば自分の口から開かれてる場所も口から漏れ出る吐息も全てが先生と同じだったと今更気づいて、恐怖から目尻に涙が貯まる。
     「は、……あッ!んッ」
     ぐじゅぐじゅと卑らしい水音が響いて、これもまた先生達のたてていた音と全く同じという事に気づけば、シンジの心がまた大きくザワついた。怖い気持ちを必死に抑えるために口元を手で覆い、叫び出したい衝動を我慢しているとそんなシンジを見てカヲルは指の動きを止めた。
     「……どうして君は逃げようとしないの?」
     柘榴石の瞳が濁った気がした。シンジは逆にどうしてカヲルがそんな事を聞くのかが分からなくて、ゆっくりと口を開く。
     「カヲルくんだから……、」
     「僕だから?」
     「うん。カヲルくんだから逃げるなんてしないよ。確かに先生達のしてた事は怖かったし、今も怖いけれど、でも僕、カヲルくんになら何されても嬉しいから、いいんだ」
     どんなに怖いことでも君となら。そう言うとカヲルの表情が小さな子供が親に叱られた時のように下唇を噛んでしかめっ面するものだから、どうしてそんな顔をするのと聞こうとして口を開けば、それより先にカヲルがシンジの中から指を抜いた。
     「どうして……、」
     カヲルは眉を八の字に下げてシンジを見つめた。今にも泣き出してしまいそうなカヲルを見てシンジの胸がチクリと痛む。彼はどうしてだなんて聞くけれど、そんなの決まっている。
     「だってカヲルくんは優しいもん。今だって僕の事気持ちよくしてくれてるじゃない。だから怖いけど、嫌じゃないよ」
     そう言ってシンジはカヲルをゆっくり抱きしめる。しばらくするとカヲルの体が震えはじめ肩が冷たく濡れた。あの優しいカヲルが泣いている。シンジはカヲルに元気になって欲しくて強くぎゅうと抱きしめた。どうして彼が泣いてるのか分からないけれど、今度は自分が慰める番だとシンジは思った。
     「ね、カヲルくん。僕に教えて」
     シンジは体を離しカヲルの柘榴石の目を見つめてそう言うと、カヲルは何を?と聞きたげにシンジを見つめ返した。
     「君を気持ちよくしてあげられる方法」
     そう言って、今度はシンジからカヲルへキスをした。
     
     
     
     
     
     
     「加持!やっぱりシンジくんあんたを探してたみたい!職員室に夕方来たって言ってる人がいたわ!」
     女が男へ駆け寄りそう言うと、男は参ったなと髪をぐしゃりとかきあげた。校舎をいくら探し回っても見つからなかった。かくれんぼをしてても呼んだらすぐに出てくるような良い子が意地悪く今も息を潜めて隠れているとは考えにくい。眠りこけてる可能性も無くはないがシンジは眠りが浅く、声をかけるとすぐに起きてくれていた。探している時何度も大きな声で名を呼んだのに彼が起きてこない事も考えにくい。と、なると……、と先程からずっと考えないようにしていた最悪の自体を考慮しなくてはならないなと男は溜息をついた。
     「なあ葛城。シンジくんは俺をさがしてたんだよな」
     「ええ、そうね」
     「ならいくらあのトイレに人が来ないっていっても、俺を探してたシンジくんがあそこに行った可能性もあるわけだ」
     「……まさか」
     女も男と同じ事を思ったようで、顔が青に染まる。あれはちょっとした出来心だった。ココ最近お互い忙しくて中々会えず、少し口付けをして会話をするだけにしようと思っていたのに気づけば体が火照り、少しだけならばとどんどん境界線が緩んでいった。教師失格ねと女は言葉を零す。
     「俺らのしていることにショックを受けたシンジくんが荷物を置いたまま靴も履き替えずに出てったとしたらひとつだけ、行き場所に心当たりがある」
     男が苦虫を噛み潰したようにそう言うと、女は本当に!?と声を荒らげた。
     「あたし今すぐそこに行くわ!どこなのそこは!」
     「……シンジくんの元の家さ」
     男がそう言うと女は有り得ないと言いたげに眉をひそめる。
     「そんな、でもあの子には記憶が……、」
     「渚カヲル。多分彼のせいだ。君も報告書で読んだろう」
     「渚カヲル……?」
     確かシンジの1つ上で、ホムンクルスによくいるタイプのアルビノ型の男の子だったかと思い出す。備考欄には体が弱くあの家からは出られない事が書かれいた為、そこまで警戒する事も無いと記憶していた。
     「どうして彼のせいだと?」
     「シンジくん、前に友達ができたと嬉しそうに言っていたんだ。その友達の家に泊まりに行くと言うから場所を聞けば前の家を言うものだから酷く驚いてね。あの家でシンジくんと友達になれそうな男の子の見た目をしているのは渚カヲルしかいない。どうやって彼に近づいたかは知らないが、人見知りの激しいシンジくんがどこかへ行くとしたらあそこしかないと思う」
     「……やっぱりシンジくんはあの家から離れたところに住ますべきだったわ。いくらシンジくんの記憶が碇ゲンドウを追い詰めるために必要で監視が必要だったとしても、あの施設に住まわしてたのはあたし達の都合でしか無かったもの。あたし達の都合なんて彼の無事に比べたら全然重要じゃなかったのに。……それに、あの家へ足を運ばせた原因があたし達のせいならば、彼にいくら謝っても足りないわ……」
     女は悔しさから親指の爪を噛み、男と共に走って昇降口へと向かう。途中で他の職員に電話をかけ生徒が1人居ないことを伝え一緒に探すように呼びかけた。まだ校舎にいるかもしれない事も考慮し警備員に事情を説明してから車に2人で乗り込むと、女は飛ばすわよとペダルを思い切り踏み込んだ。
     
     
     
     
     
     
     
     「……そう、アイスを舐めるように、歯を立てないようにね」
     「……ん、」
     シンジは汚れるといけないからと上の服を脱がせられ生まれたままの姿になっていた。そしてカヲルの言う通りに歯を立てぬよう、自分のものより一回りも大きいカヲルのペニスを舐めていく。カヲルとは1つしか歳が違わないはずなのにソレはしっかりと大人のものになっていて、お風呂に入っている時に見る先生のものとはまた違う形のものにシンジは少し戸惑っていた。唾液を多く含ませながら先をちろちろと舐めると不思議な味と匂いがして、そういえば先生達もこんな匂いをさせていたななんて頭の隅で思う。
     「……っ、は、上手」
     カヲルの息に色気が増し感じてる事が分かりシンジは嬉しくなる。拙い動きで小さい口いっぱいに頬張るとカヲルがピクリと反応してくれるので、微妙なしょっぱさの不快感も全然苦にならない。むしろもっと気持ちよくなって欲しくてシンジは必死に舌を動かした。
     「ん、もういいよ。ありがとうシンジくん」
     そう言ってカヲルはシンジの口内からペニスを抜く。唾液がテラテラと光り大きくそそり立つそれは改めて見るとなんだかグロテスクで、でもカヲルの物だと思えばなぜだか怖くなかった。
     「シンジくん、横になって」
     シンジがカヲルの言う通りにベッドへ横たわると、カヲルはシンジと同じように生まれたままの姿になり、ギシリとスプリング音をたてシンジの上に覆いかぶさる。カヲルの綺麗な顔が上から降ってきてシンジの心臓がドキリと早くなった。
     「いい?今からする事はセックスと言ってね、大人になると皆がする事なんだ。君も大人になったら、今回と違って後ろでは無く前を使うのだろうけれど、好きな人と何度もする事になると思うからちゃんと覚えておくんだよ」
     そう言ってカヲルはシンジの足をあげ挿れやすい体勢に変えると、自身を入口へと当てる。シンジは今からする事にドキドキと心臓が破裂しそうなぐらい動いて、唾をゴクリと飲み込んだ。今からする事は先生達を見たから分かっているつもりだが、その前にシンジはカヲルに伝えたい事があった。
     「あのね、僕はカヲルくんが好きだから、これが好きな人とする事ならカヲルくんと以外はしないと思う」
     「……っ!」
     カヲルの柘榴石の瞳が大きく揺れた気がした。好きと伝えてどうしてそんな悲しそうな顔をするのかシンジには分からなかったが、苦しそうなカヲルがなんだか可哀想で少しでも安心して欲しくてシンジは微笑んだ。今からする事は2人がひとつになる行為。カヲルとひとつになれるならシンジにとっても喜ばしい事だが、先程指を入れた時の不快感を思い出してしまい、今からあの指とは全然違う質感のアレが入るのだと思うと背筋がぶるりと震える。でもそれ以上にカヲルの事を受け入れたいとシンジは思った。
     「……シンジくん、あのね、」
     「なあに?」
     シンジがぱちくりと黒曜石の瞳を瞬かせると、カヲルは天使のような微笑みを見せて、
     「僕も君が好きだ」
     そう言ってカヲルはシンジにキスをした。さっき君の舐めた口だけど、と一瞬過ぎったがふわふわとした気持ちいい感覚が頭をましろにさせた。
     「……あッ!」
     キスに蕩けていると途端に後ろに痛みが走る。やはり指とは全然質量が違う。潤滑剤の力を借りても中々入っていかない様子にシンジは痛みで目尻に雫を浮かべる。
     「シンジくん、痛いよね、ごめんね、でももう少し力抜けるかな……、」
     「んッ、あっ、む、むりぃ……ッ!」
     シンジは必死にカヲルの背にしがみつく。ギチギチと無理矢理広げられる痛みは今まで体験した事の無い辛さで気持ちいいとは真反対の感覚にシンジは身を捩った。
     「やっぱり、もう少し解すべきだったね……、」
     カヲルはまたごめんねと謝るとシンジにキスを落としシンジの中から自身を抜く。入口付近だけしか入っていなかったけれど抜けるとなんだかとても寂しくなって、カヲルに大丈夫だから入れて欲しいとお願いした。
     「うん……、僕もここで止める気はないさ。なるべく痛まないように努力するから、シンジくん頑張って」
     深呼吸をしてと言われシンジは言う通りに息を大きく吸う。そして次の吐くタイミングでカヲルが再び中へと入り、先程より深く入った事で痛みが伴いシンジは身を強ばらせた。カヲルもまた苦しそうに呼吸を整えていて、シンジがまた大きく吸って息を止めると、カヲルもそれに合わせて狭い穴を少しづつ開いていった。
     「……はあ、シンジくん、全部入ったよ。よく頑張ったね。えらいえらい」
     どれくらい時間をかけただろうか。しばらくするとそんな言葉が聞こえ、頬を濡らしていたシンジの涙をカヲルはペロリと舐めた。腰にある明らかな異物感と無理矢理開かれたせいの鈍い痛みとカヲルの体温と、それらがシンジの中でぐちゃぐちゃに混ざり合って、シンジはぎゅうとカヲルを抱きしめた。
     そして少ししていくらばかこの感覚にも慣れてきた頃、シンジはカヲルの息遣いが荒くなっている事に気づく。腕の力を抜いてカヲルの顔を改めて見れば、カヲルはその白く薄い頬を紅に染め、切なそうに眉を歪めていた。カヲルは先程のシンジのように何かに耐えるように深く息を吐くと辛そうにしながらもニコリとシンジに微笑んだ。
     「も、大丈夫そう?」
     「うん……、僕よりカヲルくんの方が辛そうだよ」
     「ふふ、シンジくんは本当に優しいね」
     優しいのはカヲルくんの方だとシンジは思う。多分彼は必死に自分が痛みに慣れるまで待ってくれたのだ。そう思うとシンジの心がきゅんと疼いた。
     「じゃあシンジくん、僕の優しくないところその6。……ごめんね、ここからは君がどんなにやめて欲しいと言っても止まれそうに無いや」
     「え……、」
     カヲルはそう言って自身を中からゆっくりと抜いていく。シンジは抜いてしまうのかと不安になったがそれも一瞬で、次の瞬間、
     「〜〜〜ッッ!?ッ!?」
     一気に奥まで付かれ驚きで腰をくの字に曲げる。さっきのゆっくりとした優しい挿入とは全然違う。乱暴に乱雑に欲望のままにこじ開けられてく自身とカヲルの肉棒の熱さにシンジはどうしたらいいか分からなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃにかき混ぜられてるような感覚に酷く混乱する。
     「ひっ、あッ!カヲルく、待って……ッ!」
     「ごめ、無理、かも……ッ」
     「あっ、ふあ……!や……ッ!」
     奥をゴツゴツと突かれる衝動で無理矢理口から声が漏れ出てしまう。下から上まで揺さぶられ気持ちいいとは少し違う、勢いだけの動きに戸惑いシンジは必死にカヲルにしがみついて、爪を立てる。
     「ふふ、そう、僕に君の傷を付けて、一生君の痕が僕に残るように、強く、」
     「ん……ッ!はあッ、ぁ……ッ!」
     カヲルはシンジの首筋へ歯を立てると、ぢゅ、と吸い上げた。シンジは痛みに顔を歪め目頭に涙いっぱい貯めるとカヲルを見つめる。そこじゃなくて、ここに。そう言いたげに口を開いてカヲルを待つと、カヲルはシンジに口付けをし舌を絡める。痛い、苦しい、気持ちいい。カヲルの唾液が媚薬のように甘く感じて、飲み込む度にズクんと体の奥が疼いた。
     「……は、シンジくんも、気持ちよくなろっか」
     「ッ!?まっ、あッ、……ッ!?」
     後ろの衝撃に耐えるだけでもいっぱいいっぱいなのに、カヲルに前を扱られシンジは生理的な涙を流す。暴力にも似た強い快感にきゅう、と後ろを締めてしまい、自分の穴がカヲルの形になっているのだと嫌でも分かってしまう。さっき前だけを触れられた時とは少し違う、内側からダメなところを押されて上り詰めてゆく感覚にシンジは本当にこれはダメだと本能的に悟った。
     「ッ、カヲルく、こ、だめ……!やッ、……!、ん〜ッ!!」
     強い快感に耐える為にシンジが自分の腕を噛むと、直ぐにカヲルがその腕を除けられてしまい、シンジを抱きしめるような体勢に変えられる。
     「シンジくん、ダメ、噛むなら僕にして」
     「ん……ふ、……ッ」
     シンジは必死にカヲルにしがみついて歯を白い首筋にたてる。その間もシンジの爪はカヲルの背をギリギリと引っ掻いているというのに、カヲルは笑ってシンジの名を呼んだ。
     「シンジくん、シンジくん……、あは、可愛いね……、」
     「ふッ、んッ!……ッ!」
     「ね、シンジくん、一緒にイこう、ね?」
     「ひっ、それ、やだ、ぅッ!!……ッかを、くッ!やぁッ!カヲル、く゛ッ!んん……ッ!゛カヲル、くん……ッッ!!」
     シンジもうわ言のようにカヲルの名を沢山呼んで、募る快感に必死に耐える。ぐちゅぐちゅと響く卑猥な水音と肌と肌のぶつかり合う乾いた音、不思議な匂いに熱い体温に、そして目の前の肌色。さっきまであんなにも怖かった象徴達だったのに、大好きなカヲルと一緒に体験すると全然違う怖いに変わってゆく。全身がふわふわに包まれて、気持ちよすぎて、そんな怖い。その不思議な気持ちを抱えながらシンジはカヲルに身を委ねる。
     「……あッ!……!」
     「……っ!……は、」
     途端、シンジの体が大きく跳ね、ぎゅうと後ろをキツく締めるとカヲルもビクリと体を震わせる。はあ、と甘い倦怠感に浸りながら呼吸を整えるとカヲルはシンジからずるりと自身を抜いてキスをひとつ落とした。舌を入れてくれなかったのが少し寂しくて、ぽかりと空いた穴がなんだか心が切なくなる。
     「シンジくん、凄く良かったよ。よく頑張ったね」
     「僕も、凄く気持ちよかった……、」
     「……初めてで?」
     「え?」
     カヲルの問いの意味がよく分からずシンジが首を傾げると、カヲルはなんでもないよと笑って誤魔化した。ふと、冷静になった頭でカヲルの姿を見ると首筋に赤い歯型が痛々しく残ってるのに気づき、シンジの顔がさあっと青くなる。
     「カヲルくん……!僕、あの、噛んじゃってごめん!」
     「え?ああ、気にしないで。むしろシンジくんの物って感じがして嬉しいな」
     「でも、手首の怪我を慰めようとしたのに、逆に怪我させちゃって……、」
     「全然痛くないよ。それに僕も君に、ほら」
     そう言ってカヲルは鏡を持ってシンジに見せる。するとシンジの首元には赤い痣がひとつ付けられていて、これは?とカヲルを見つめる。
     「これはキスマーク。この人は自分の物だという証さ」
     「……自分の、物」
     ならば自分はカヲルのものということだろうか。そう思うと心臓がドクンと跳ねて幸福感に身が包まれた。
     「僕も付けたい!」
     「おや、歯型と背中の傷跡じゃ満足できなかったかな」
     「背中……?」
     シンジが身を起こそうとする前にカヲルはくるりと自身の背中をシンジに見せた。そこには獣の引っ掻き痕のような痛々しい傷が残っていて、シンジはひえと小さく鳴いた。
     「ご、ごめんカヲルくん!」
     「良いのさ。キスマークよりもずっと情熱的で素敵だ」
     カヲルはふふと笑って愛おしそうに歯型を撫でるが、自分があのように野性的な痕を付けたことが信じられず、シンジはまたごめんと謝った。
     「……謝るなら、覚えておいて。君が僕に傷をつけたことも、僕が君を傷付けたことも」
     「……?う、うん」
     自分がカヲルを傷付ける事はしたけれど、彼から傷付けられた記憶がないシンジは首を傾げながら頷いた。その時のカヲルがまた寂しそうな顔をしたのでシンジは抱きしめようと少し身をあげた。
     「……んッ」
     こぽり、と中から何かが溢れ出る感覚がしてシンジは背筋を震わせる。見ると自身の中から白い液が流れ出ており、何これと目を見開く。
     「ああ、それは精液といって赤ちゃんを作る元さ。いつかシンジくんも出るようになるから怖いものじゃないよ。今中から掻き出してあげる」
     「僕、赤ちゃんできるの?」
     「え?ふふ、そうだったら良いんだけどね。シンジくんは男の子だからできないよ」
     「そうなんだ……」
     カヲルくんはなんでも知ってるなと思いながらシンジは身を委ねる。ティッシュを持って中を掻き混ぜるように精液を取り出される感覚を少しこそばゆいと思いながら、シンジはカヲルの長いまつ毛を見つめた。
     「……帰りたくないな」
     ぽつりと呟いた。日は既に落ちていて先生心配してるだろうなとか、帰ったら怒られるだろうなとか、もう二度と行っては行けないと言われてたのにここに来てることの後ろめたさとか、帰りたくない理由が沢山ある。それにカヲルともっとずっと一緒にいたい。
     「今日はもう暗くて危ないし、明日の朝帰ればいいよ」
     「でも、先生心配してるかも……」
     「シンジくんは良い子だからきっと明日沢山ごめんなさいしたら先生も許してくれるさ」
     カヲルがそう言ってぽんぽんと頭を撫でてくれると安心したのか、シンジに睡魔が襲ってくる。今日は沢山泣いて沢山走って沢山知らない事を体験した。体力も限界だったようでうとうとと瞼を落とすと、カヲルはそのまま眠って良いよとまた頭を撫でてくれる。
     「おやすみシンジくん」
     「うん、おやすみなさい……、」
     すぐにシンジの寝息が聞こえる。カヲルはシンジの全身を綺麗にし服を着させると、自分も新しいシャツに着替え部屋を後にする。
     「……さようなら、大好きなシンジくん」
     パチンと部屋の電気を消すと、カヲルは部屋を後にした。
     
     
     
     
     
     「あった!これだよ葛城!」
     「なあによこんな時に大声ださないでよ!こっちは運転してんのよ?」
     「いいから、渚カヲルについてだよ!ほらこれ!」
     男は興奮したようにそう言うとパソコンの画面を女に見えるように角度を変える。女はチラリと画面を見るがそこには報告書の一部が映されており、その一瞬で読める分量では無いと男に読み上げてもらうように頼む。
     「渚カヲル。9月13日生まれの12歳。アルビノ型ホムンクルスのオス。ここまで綺麗なホムンクルスの生成は奇跡とまで言われており、多少健康面に問題はあれど他のホムンクルスは培養液から出る事も叶わないのが多数の中、魔力タンク適用範囲内ではあるが24時間歩き回れる。また人間と同じ速度で成長してる事、ここまで高い知能を持っている事全てが奇跡の存在と言われ、一部からは自由意思のタブリスと呼ばれている。ここまではいいか?」
     「ええ、前に報告書で読んだわ」
     「問題はここからさ。彼がどうやってシンジくんに近づいたのか調べてたら改竄の記録が見つかった。全くやられたよ」
     参った参ったと男は無精髭を触りながら溜息をつく。
     「……リツコね。あの子まだ碇ゲンドウと繋がってたんだわ」
     「まあ犯人探しは後にしよう。改竄されていたのはたった一文で、だから尚更気付くのが遅れたんだ」
     「なんて書いてあったの?」
     「渚カヲルは特殊能力として、人間の意識を操れるらしい」
     「……どういうこと?」
     女は話に集中する為に少しスピードを落とす。急ぎたい気持ちも山々だがこの話を詳しく聞かなければいけないと思った。
     「つまりだな。渚カヲルはシンジくんの意識を乗っ取ってあの家におびき寄せていたってことだよ。だから友達を作る事が苦手な彼が泊まりに行くほど懐いていたんだ。ホムンクルスは体が弱く寿命が短い代わりに、人間には無い特殊能力を持って生まれるくる事は常識だったが、それは高い知能の方だと思わせられるように報告書が作られていたのさ」
     「リツコ、本当にあの女はずる賢いわね……」
     親友ながら性格を疑うわと女は苦笑する。確かに報告書を読んだ時にそんな印象を受けた事を覚えている。2歳で読み書きを覚え5歳で数カ国の言語を操れるようになり、あの家に来た頃には大学教授でも頭を抱えるような問題をスラリと解けたことからこのホムンクルスの特殊能力は高い知能だと書かれていた。
     「意識を操れるならシンジくんの身が相当危ない。急げ葛城!」
     「そんなの、言われなくてもわぁってるわよ!」
     女は交通法も知ったこっちゃないとまた車の速度を早めると、男の方が小さく悲鳴をあげる。全く、いつからこの世界はSFになったのかしらねと皮肉を零しながらも女はシンジの無事を祈った。
     
     
     
     
     
     
     「……ん、」
     どれくらい眠っていただろうか。当たりはまだ暗く月明かりを頼りながらシンジは部屋の電気を付ける。
     「おはよう」
     「おはよう……ってうわ!?」
     暗闇から突然女の子が現れシンジはビクリと体を跳ねらす。確かこの子は前に屋敷の冒険してた時に見かけた子だと思い出す。青白い髪に赤い瞳、なにより綺麗に整った顔。やっぱりなんだかカヲルに似ているとシンジは感じた。
     「あれ、カヲルくんは?」
     そういえば部屋にカヲルがいないと気づき、シンジはキョロキョロと周りを見回す。カヲルの部屋は無機質で最低限な物しか置かれて無いため、隠れていることもなさそうだ。
     「いないわ」
     「いない?」
     「そう。いない」
     じゃあどこにいるの?と聞けば女の子は下とだけ答える。
     「私はフィフスに貴方を守るように頼まれただけ」
     「フィフスって、カヲルくんが?どうして?」
     「知らない。私は貴方が起きたら貴方の住む施設まで無事に送り届ける事を頼まれただけだもの」
     なんだか暖簾に腕を押してるような会話をする子だなとシンジは思う。でもそれ以上にどうしてカヲルがこの子に自分を任せたのか分からず、帰るより先にカヲルを探しに行こうと部屋を出る。
     「どこに行くの?」
     「カヲルくんのところ」
     「そう」
     シンジがそう言うと女の子は黙って後ろをついてきて、ぎゅと手を握った。
     「え、あの、綾波さん……だっけ?この手は?」
     「フィフスに守ってって言われたから、貴方は私が守るわ」
     「ふ、ふうん……?」
     よく分からなかったが、手を振りほどくのもなんだか酷い気がしたので握ったまま下へと続く階段を探す。握った手から伝わる温い体温まで彼と同じなんだとシンジは思った。
     「ねえ、君はこの家に詳しい?ならカヲルくんのいるところへ案内して欲しいのだけど」
     「分かった」
     そう言うと女の子はスタスタとシンジの手を引いて歩き出す。ただでさえこの大きな屋敷は未知の世界で怖いというのに、今は夜で月明かりだけが頼りなのだ。そんな速度で歩かれたら溜まったものじゃないとシンジは綾波を呼び止める。
     「何?」
     「あの、案内してくれるのは嬉しいんだけど、もう少しゆっくりがいいな……」
     「何故?彼の元へ行きたいならゆっくりする理由が無い」
     「……こ、怖い、から」
     カヲルにならすぐに言える事だが、自分より小さい女の子が相手だとなんだか恥ずかしくて、シンジは口をもごもごと動かしながら言う。すると綾波は握っていた手をぎゅ、と握り見せつけるように手を目の前に持っていくと、
     「貴方は何も心配いらないわ。私が守るもの」
     と、表情も変えずに言った。それがなんだか酷く情けなくてシンジはぎゅ、ともう片方の手で服を握った。それに前にカヲルに全く同じように握った手を見せられて安心するよう言われた事を思い出して、似ている2人に戸惑っていた。
     「ねえ、君はカヲルくんと兄妹なの?」
     「違うわ」
     「こんなに似てるのに?」
     「それは私も彼も人工培養液から作られた存在だから」
     えっと、とシンジが首を傾げるが、綾波はそのまま無機質に説明を続ける。
     「彼は完全なホムンクルスだけど、私はクローンでしかないからどんなに似ていても非なる者なの。……クローンといっても色素が薄くなってしまった上に性格まで似せる事ができていないから、私は完全なるクローンでは無いけれど」
     その時綾波が少し悲しそうに眉を下げた気がした。無表情な子だから本当に些細な変化で気の所為だったかもしれないけれど、シンジはどう声をかけていいか分からず、握っていた手に少しだけ強く力を入れた。
     「……君は、どうしてこの家にいるの?」
     シンジはふと、この家は昔自分の家だと言われた事を思い出す。まだその実感は無いが、何故彼女がこの家にいるのかが気になった。
     「私は貴方のお父さんに作られたの」
     「僕の父さんに……?」
     ズキリと頭に痛みが襲う。まただ。また、父さんの事を思い出すと頭痛がして目の前が暗くなる。でもここで倒れてはいけないとシンジは痛む頭を抑え、綾波と向き合う。
     「そう、やっぱり貴方は覚えてないのね。私は貴方のお母さんのクローンなの」
     「かあさん?」
     「顔だって、フィフスよりもどちらかと言えば貴方に似てるはずよ」
     綾波はそう言うとシンジに顔を近付ける。ふわりと香る良い匂いにドキリとして、シンジは一歩後ろに下がる。月明かりに照らされた綾波の顔は確かに自分とよく似ていて、あの肖像画の女性をそのまま幼くしたような顔をしていた。
     「……僕、何も知らない。どうして覚えてないんだろう」
     シンジがぽつりと言うと綾波は無言でじ、と見つめてくる。そして綾波が何か言おうと口を開いた時だった。突然近くの扉が勢いよく開いてシンジは驚いて綾波に飛びつく。
     「あ〜!もう!腹立つわね!どうしてあたしがこんな目に合わなきゃいけないのよ!」
     「お、女の子……?」
     「はあ?あら、バカサードじゃない!ひっさびさにその辛気臭い顔みた!あんたまだこの家にいたのね」
     長い赤髪に青い瞳。気の強そうな眉と口元にシンジは萎縮し綾波の服をぎゅうと握る。なんだろう、どうしてだかこの子が少し怖い。
     「セカンド、碇くんが怯えてる」
     「はあ?あんた男のくせにまだ女に守られてるわけ?だっさ〜い!」
     「ち、違うもん!」
     シンジは慌てて綾波から体を離す。手はしっかり握られていたからそこだけは離す事は無かったけれど。
     「そ、それより君は誰?」
     シンジがおどおどとしながらもそう聞くと、女の子は眉を顰めシンジの前に立つ。
     「何よあんた。数年会ってないだけでこのアスカ様を忘れたっていうわけ?」
     「アスカ……?」
     「セカンドチルドレンの式波・アスカ・ラングレー。私と違って完全なクローン。色素と性格まで本人そっくりに作られていて奇跡のクローンと呼ばれてるの」
     「まあね、あたしはあんた達出来損ないと違って完璧でパーフェクトでオリジナルよりもずっと優れてるクローンなんだから!って、バカサードってば本当にあたしのこと覚えてないわけ!?」
     「碇くんはこの家の事全て忘れてるわ」
     「あっきれた!バカもここまでくれば芸術ね!」
     そこまで言わなくてもいいじゃないかと心の中で思うも、それを面と向かって言うのはなんだか怖くってカヲルの事が恋しくなる。助けてカヲルくんと叫びたくなるもこの場に彼は居なくて。シンジは早く彼に会いたいと綾波の手を軽く引く。
     「ね、カヲルくんのところに早く行こう?」
     「あ!そうよ、フィフスよフィフス!」
     「わっ!」
     アスカが思い出したかのように手をパンと叩いて大声を出すものだから、シンジは驚いてビクリと体を震わせ、一々声の大きい女の子だなあと眉を顰める。
     「フィフスったら本当に腹立つわ!久々に出会ったと思ったらあたしをあの部屋に閉じ込めてさ!まあ扉ならこのアスカ様の手でぶち破ってやったけどね!」
     「どうして閉じ込められたの?」
     「あいつこの家を壊すって言い出したのよ。その為にはまずゲンドウ先生を殺すって言い始めてさ、この家の魔力が無ければすぐ死んじゃうくせにバカサードの為に命を張るなんてあんたばかあ?って言ったら怒って閉じ込めてきたの」
     「……僕のため?」
     シンジは嫌な予感がして身震いする。僕の為にゲンドウ先生という人を殺して、この家の中でしか生きられないのに家を壊すという。それがどうして自分のためになるのか分からなかったが、カヲルが死んでしまうかもしれない事だけは分かった。
     「早く行こう!カヲルくんを助けるんだ!」
     「分かった」
     「ちょ、待ってよ!あたしも行くからね!フィフスの顔ぶん殴るんだから!」
     3人は埃を舞わせながら屋敷の地下へと急ぐ。シンジはただカヲルの無事を祈った。
     
     
     
     
     
     
     「……なんだ」
     怪しげな雰囲気が漂う部屋に男が1人いた。緑や紫の液体が試験官の中でゴポゴポと音を立て、生命のなり損ないがズラリと並んでいる。常人ならば数分と精神が持ちそうにない部屋で、男は沢山の付箋が貼られた厚い本を閉じると振り向かずに後ろの人物に問いかけた。
     「申し訳ないけれど、この家を壊そうと思ってね」
     「そんな事をすればお前も死ぬ事となるのは分かってるだろう」
     「そんなの百も承知さ」
     「……愚かな」
     愚かなのはどちらかなとカヲルは口角を上げる。この部屋にはいつ来ても慣れやしない。自分の同胞達が様々な実験を施され、死んでゆく。24時間この部屋で非人間的な行為を続ける目の前の男はもう既に人間とは言えないだろう。
     「そこまでして奥さんを蘇らせたいのかい。自分の息子を、使ってまでさ……」
     「……」
     男は黙りを決め込む。そうやって大事なところは答えないところは相変わらずだとカヲルは呆れる。まあそんなことはどうでもいい。彼との会話よりも自分にはすべき事があると、カヲルは握っていたナイフを後ろ手で握りしめる。
     「そのナイフで私を殺すつもりか?」
     「……ふふ、今から殺す相手にいつまでも背を向けてるなとは思っていたけれど、成程ね、見えていたのか。本当に人間じゃなくなっているとは。貴方の執念がそこまでとは思わなかったな」
     後ろのナイフが見えているということは恐らくあの目と彼の目は神経が繋がっている。カヲルはチラリと部屋全体を見回す。神経を繋ぐ為には自分の神経を犠牲にしその生命体に混ぜる必要がある。これら全てに自分の神経を繋ぎ合わせていると思うといくら自分の体を傷つけてきたのだろうかとカヲルの背筋が少し震えた。
     「お前ならば、分かるだろう」
     「……何をさ」
     「お前がシンジに入れ込んでいるのは知っている。まさか人間の交尾の真似事までするとは思わなかったがな」
     「覗きとは悪趣味だなあ」
     確かにシンジが死んだとなれば、自分もきっと男と同じようにどんな犠牲を孕んででもシンジを生き返らそうとしていただろう。故の、お前ならば分かるだろうという問いかけがカヲルは不快だった。分かるからこそ腹が立つのだ。まるで自分の未来を見ているようで。
     「ホムンクルスの養成にクローン技術、更には死者蘇生なんて非人道的な実験をして、挙句には息子に妻の脳みそと臓器を移植させ体を乗っ取らせるだって。全く、馬鹿げた考えに最早笑ってしまうよ」
     「ユイの遺伝子を持つシンジが1番適してるからな。シンジが適正な大きさになるまで成長するのを見守るようにお前に任せていたが、どうやら失敗だったようだ」
     「遺伝子、適正、成長、ね。相変わらず息子を道具としてしか見てないようで何よりだ」
     じり、とゆっくり男に近づく。この部屋の中では奇襲をしても成功しそうにない。それに自分の体は酷く弱く、12歳の少年が成人男性に力で適う訳が無い。ならば自分にできることは……、カヲルはその時がくるのを伺いながら会話を続ける。
     「……向こうの部屋で奥さんが氷漬けにされて眠ってるのかい」
     「何が言いたい」
     「なに、死んでも冷たいところで眠らせられてるのなんて可哀想だなと思ってさ」
     カヲルがくすくすと笑うと男の声音が低くなる。妻に触れられ不快になってる事は明白で分かりやすい男だと思った。
     「僕なら死んだあとは焼いてこの星に返して欲しいもの」
     「ホムンクルスの骨は脆く焼いたら何も残らない。お前が死んでも遺体は残らず溶けて消えてくだけだ」
     「知ってるさ。冗談の通じない奴」
     今だ。カヲルは部屋の同胞に一瞬だけ意識を繋いで男から1部の視覚を奪う。自分の特殊能力が人間だけでなく生命体ならばどんなものであろうと意識を操れる事は自分以外誰も知らない。そうして隙を付いて、カヲルはずっと懐に隠していた火薬に火を付ける。
     「……愚かな」
     男の言葉を最後に、部屋に爆発音が響いた。
     
     
     
     
     
     多分続く。多分。
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