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    学パロのタル鍾つづき、の尻叩き ポイピクの動作確認を兼ねて ※先生不在です
    前編はこちら https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16004363

    #タル鍾
    gongzhong

    演劇部員の大学生💧と大学教授の🔶先生────岩王帝君とは何たるか。
     演目『帝君遊塵記』のオーディションまで数日となった今、タルタリヤが思いを馳せるのはそればかりであった。
     岩王帝君に関する伝説や逸話を調べるのは容易だ。璃月人の学友達に尋ねればある程度の足跡を推し測ることができ、神学の講義にこっそり忍び込めばその御業を窺い知ることができる。璃月港内の書店へ足を運べば、考古学者の知見をまとめた最新の専門書を手に取ることも叶うだろう。しかし、それらが語るのは全て岩王帝君の為した偉業に関してのみであり、岩神モラクス自身について言及されたものは皆無だった。
     かの尊神が民の前に姿を見せたのは年に一度、迎仙儀式と呼ばれる祭事のみ。璃月が執り行うべき今後一年の方針を、商人の代表である璃月七星と港に集った群衆に啓示することが岩王帝君による統治の在り方だった。その姿は璃月という巨大な船舶の船頭、或いはその航海士のようなもの。一切の私情はなく、ただ国を繁栄させるために神勅を下すばかり。その所業はいっそ機械的ですらある。故に、数々の書物や伝承から岩王帝君がどのような考えを持っていたかを測ることはできても、どのような感情を抱いていたかまでは捉えようがなかった。
     ところが、物語での岩王帝君は溌剌と感情を持って言葉を語るのだ。空想と言ってしまえばそれまでだが、原題となった小説は岩王帝君の統治時代から現代まで受け継がれてきたものである。おそらくは岩神もこの物語に目を通したに違いない。真偽のほどはさておき、長きにわたり親しまれてきた作品にはどことなく帝君の息遣いが宿っているかのようだった。
     偽物にしか興味がないと語った彼の表情はどうだろうか。偽りと分かっていても骨董屋の店主と議論を交わす彼の心情は如何程だろうか。玉札を買ったときの彼の笑顔はどのような美しさだったろうか。文面だけでは足りない、舞台だからこそ表現できる余白をタルタリヤは演じたかった。
     しかし、その感情の機微が掴みきれないまま幾日も悪戯に過ぎてしまったのだ。
    「はあ……もう一度図書館に寄るしかないか……」
     希望する本がないことは知っているが、それでも他に当てがない。人物像を全く描けないわけではないが、自分の演技がどこか求める存在に及ばないような違和感がどうしても拭えなかった。後一歩、自分の演技には何かが足りない。けれどそれが分からない。焦燥感ばかりが募っていくが、思いつく限りの策はとうに尽きていた。
     ひとまずはゼミが始まる前に適当な本でも借りておこうと藁にもすがる思いで石段を登るが、昼過ぎの図書館は混み合う頃合いだというのに人気が一切感じられなかった。
    「…………あれ?」
     扉の前に大きく掲げられたのは『臨時休館』の文字。珍しいなと首を傾げれば、あの、と控え目な声が背後から聞こえてきた。
    「ごめんなさい、設備に不具合があって急遽閉館しているんです。もし返却等のご用件でしたら私が代わりにお預かりしますよ」
     鈴の音にも似た細く高い声に思わず振り返る。タルタリヤはその声に聞き覚えがある。
    「…………事務員のお姉さん、だよね?」
     そこには淡藤の髪をふわふわと柔らかく靡かせている女性が立っていた。タイトなシルエットのオフィススーツが小柄ながらによく似合う、知的という雰囲気をそのまま纏った彼女の顔には見覚えがある。左右対象になっている大きな二つの髪飾りが印象的だったことを今になって思い出した。鍾離ゼミの試験監督を務め、あの魈が褒めていた事務員は他でもない彼女だ。
     どうして彼女が図書館にいるのだろう。タルタリヤが首を傾げていると、彼女は少し驚いた様子で目を丸くした。
    「あら? あなたは……鍾離先生のゼミの『公子』さん、ですね。お久しぶりです、お会いするのは試験の日以来でしょうか」
    「ああ、うん。そうだね……ええと」
    「……ああ! そういえば自己紹介がまだでしたね。甘雨、といいます。普段は事務員として勤めていますが、今日は図書館に人手が足りなくて」
     甘雨は曖昧に苦笑して、閑散とした図書館の出入り口を振り返った。図書館司書や他の職員は中で職務に当たっているのか、この場にいるのは甘雨一人のみだ。よほど大掛かりな不具合が生じているらしい。
    「へえ、そうなんだ。返却じゃなくて借りようと思って来たんだけど……復旧するまでに大分時間がかかりそうだね」
    「ええ、どうやら地下の書架と……管理システムに障害が発生したようでして。私も詳しくは分かりかねますが、どこに原因があるのか判別できないとのことで、全面的に点検を行うことになったのです」
     すみません、と眉を下げる彼女にいやいやと手を横に振る。当然ながら甘雨に非はなく、タルタリヤとしても別に借りる本が決まっていたわけではないのだ。謝られてしまっては却って申し訳なさが勝ってしまう。
    「気にしないで。また改めて立ち寄ればいいだけの話だから」
    「ありがとうございます。復旧の目処が立ち次第、構内放送でもお知らせするようにしますね」
    「助かるよ」
     利用できない以上は致し方がない。講義の時間には少し早いが、一足早く教室に向かってもいい頃合いだろう。それじゃあ、と立ち去るべく踵を返すが、あの、と振り絞るような声がかかる。
    「うん?」
     躊躇いの滲む甘雨の視線が宙に泳ぐ。しかし彼女はもごもごと言い淀むだけで他に何も語ろうとはしなかった。
    「あの……?」
    「……いえ、何でもありません。呼び止めてしまってごめんなさい。午後からの授業も頑張ってくださいね」
     そう言ったきり、甘雨はぱたぱたと足早に去っていってしまう。不可解な様子に首を傾げながらも、タルタリヤはその後ろ姿を見送ることしかできなかった。



     図書館に立ち寄れなかった分、予想した通り普段よりも早くゼミの教室に着いてしまう。同じ時間に講義を控えている隣室も未だ学生は誰もいない。タルタリヤは一番乗りするつもりで意気揚々と扉を開ける────が、そこにはすでに魈の姿があった。
    「……いつも思うけど来るの早いよね、君。ちゃんと昼食摂ってるのか心配になるよ」
     すっかり定位置となっている窓際の席に腰掛ける少年を見る。黄金の大きな瞳が一瞬剣呑な雰囲気を放つが、それもすぐになりを潜めた。教材をぱらぱらと捲る手が止まる。
    「あまり食べる必要がないだけだろう。我には無用な心配だ」
     ふん、と鼻を鳴らした魈が手にしていた本から視線を外す。律儀に目を合わせてくれるあたり、どうやら機嫌は損ねずに済んだようだ。
     少食だと語る彼が嘘を言っているとは思えないが、実際に食事をしている姿はついぞ見かけたことがない。部で懇親会を開催しても魈が参加した試しはなく、互いに昼食に誘い合うような性格でもない。同世代にしては適切に食べているのか不安になるほど小柄だが、当人の身体は至って健康的でしなやかに鍛えられており、栄養失調や虚弱体質といった様子ではないため本当に問題ないのだろう。故郷の弟妹達とは似ても似つかないが、兄としてのタルタリヤの性分がそうさせるのか、時折気にかけてしまうことは許してほしい。
    「ま、具合が悪くないならいいんだけどさ。そうそう、この前の選抜会はどうだった?」
     記憶が正しければ、弓術大会への出場選手を決める試合がつい先日開催されたはずだ。時間があれば少しでも覗いて行こうと思っていたものの、図書館に入り浸ってしまい結局足を運べず仕舞いだった。
     しかし魈は一切表情を変えず、ただ「問題ない」と一言、淡々と自身の勝ち星を語るばかりだ。期待を裏切らない答えに自ずと笑みがこぼれた。
    「ハハッ! やっぱり聞くまでもなかったか」
    「我が選抜から落ちるはずもないだろう…………ああ、そうだ。これを忘れぬうちに渡しておく」
     お前にと預かっていたものがある、と言った魈が思い出したように鞄から取り出したものを投げて寄越した。落とさないよう既のところで掴み取るが、それは鮮やかな布地で作られた小包のようにも見える何かであり、タルタリヤの知るものではないようだ。
    「何これ?」
    「稲妻土産のお守りだと顧問が言っていた。曰く必勝祈願のものらしい。部員の皆に同じものが配られている」
    「へえ」
     道理で見たことのないものだと思ったが、稲妻のものと聞いて納得する。最近は顔を出していないタルタリヤの分を代わりに魈が受け取ってくれたのだろう。試合どころかすっかり幽霊部員になってしまった自分にまで用意してくれるとは、何とも親切な顧問だ。
     お守り自体はシンプルなものだが、布地は織目が細やかで稲妻由来の優麗な紋様が見事な品だった。白い紐が満開に咲いた花弁のように飾り立てられ、結び目には美しい翡翠色の珠がくくりつけてある。その珠玉が窓から差し込む陽光を受けてきらきらと反射していた。土産にしては随分と豪華だと感嘆する。
    「ありがとう、綺麗だね」
    「……せいぜい落とさぬよう懐に仕舞っておくことだ」
    「あはは、そうするよ。図書館には入れなかったけど、お陰でいいものもらっちゃったな」
     神頼みは性に合わないがオーディションの必勝祈願として使わせてもらおう、と弓術部の顧問に内心で手を合わせておく。ごめんよ、演劇が落ち着いたら顔を出すから。そう念じてみれば、魈が不可解そうに眉を寄せた。
    「図書館に入れなかった?」
    「ん? ああ、うん。ここに来る前に寄ったんだけど臨時休館になっててさ。なんでも設備の不具合だとか何とか……そういえばあの事務員の、甘雨って人がいたよ」
    「……」
     甘雨の名前を聞くなり魈は難しい表情を浮かべて黙り込んでしまう。前に言っていた事務員とは甘雨のことでなかったのか、などと首を傾げていると、いやに深刻そうな顔で黄水晶の眼を鋭くさせた。
    「……昼前、偶然ながら鍾離先生にお会いしたが、我に『図書館で用を済ませてからゼミに向かう』と仰っていたのだ」
    「え、先生が?」
    「休館しているならばとうに来られているはず。その様子だと……先生には会わなかったようだな」
     少年の剣呑な雰囲気に思わず唾を飲み込む。先刻立ち寄った図書館に人の気配はなく、当然のことだが鍾離の姿も見えなかった。あの場にいたのは甘雨のみ。タルタリヤが鍾離のゼミ生であることは知っているのだから、仮に鍾離が何らかの事情で図書館にいるのであれば一言声をかけてくれただろう。
    「第一に、多忙な甘雨がわざわざ図書館に出向く理由がない。彼奴はなぜ……」
     訝しげに魈が呟いた、その刹那。
    「────ッ!?」
     ドンッ、と突き上げるように部屋が大きく揺れた。一体何が起きたのか。そう思案する間も許さないとばかりに、けたたましい轟音を引き連れた強烈な地響きが二人を襲った。
    「ッ、公子!」
     咄嗟に伸ばされた魈の腕を無我夢中で掴んだ。驚くほど強い力で引き寄せられてうっかり舌を噛みそうになる。タルタリヤを連れた少年はそのまま素早い動作で扉に駆け寄り、あろうことかそれを蹴り破って廊下に飛び出した。
     窓硝子にひびが走り、照明は割れ、ありとあらゆる調度品が次々に揺れて倒れていく様子がひどくゆっくりと視界に映る。それほどまでに魈の動きが速かった。比喩などではなく彼が数歩駆けるだけで風切音が聞こえるほどだ。タルタリヤの手を引く華奢な身体が、人間離れした俊敏さで思い切り床を蹴り飛ばすのをどこか他人事のような気持ちで見た。
    「……っ、は」
    「……」
     どうやら外に出られたらしい。広い場所に向かっているのか、一頻り構内を走ったかと思えば魈がぴたりと足を止めて動かなくなった。すう、はあ、と深呼吸をして息を整える。学生の戸惑う声が四方からざわざわと上がっていて、周囲の建物は外壁やら屋根やらが時折ごろごろと音を立てて瓦礫を落としていた。かなり大きな揺れだったが何も倒壊していない様子を見ると、かつて頻繁に生じていた地盤異常に耐えるべく璃月の建物は耐久性に優れているんだ、といつぞや聞かされた鍾離の蘊蓄が一人でに蘇ってくる。はっとなって振り返るが、やはり鍾離の姿はそこにない。
    「げほっ……ねえ、鍾離先生は? やっぱりいない?」
     頻りに周囲を見回す魈に声をかける。かと思えば、刃のような双眸が一点を見つめて動かなくなった。
    「……いや、いない。しかし」
     収縮した瞳孔が鋭く見据える先には、つい数十分前にタルタリヤと言葉を交わした相手の姿があった。職員と思しい人々に何やら指示を出して、付近の学生達を遠くへ誘導しているようにも見える。
    「甘雨」
     その相手────甘雨は、魈に短く呼ばれるや否や素早く振り返った。
    「こ、降魔大聖……!」
     聴き慣れない言葉が甘雨の口から飛び出した。緊張した様子で小さな肩を強張らせている。随分と重苦しい名前で魈を呼ぶんだな、と何のことか分からず呆けていると、彼女はタルタリヤを見るなり「あっ!」と短く声を上げた。
    「す、すみません、私……」
    「構わん。それよりも鍾離様は中にいらっしゃるのか? ……まあ、お前が此処にいるということは十中八九そういうことなのだろうが」
     ふい、と魈が豪奢な建物────璃月大学図書館を見上げる。我武者羅に走っているうちに図書館前まで連れて来られていたらしい。かつての黄金屋、堅牢であるべき造幣局の建築物だった所以だろうか。あれほどひどい揺れだったというのに、その外観には傷一つないようだった。
    「はい……鍾離様は中で教団と戦っておいでです」
     何気なく告げられた言葉に「えっ」と声を上げる。
    「戦っているって……どういうこと?」
     額面通りに受け取れば、鍾離は図書館内で『教団』と呼ばれた何者かと交戦しているということになる。彼は一介の大学教授だ。千岩軍でも何でもない、ただの人間に過ぎない。助けにいかなければ、と駆け出そうとするのを魈に制される。
    「やめておけ。今のお前のままでは瞬きの内に死ぬ」
    「ッ、でも」
    「甘雨」
     続きを、と少年が努めて冷静な声で促した。それに彼女が小さく頷きを返す。
    「私は此処で万が一に備え、構内の人間の安全を守るようにと命を承りました。降魔大聖……非常時にはあなたにも対応してもらいたいと、あの御方より言伝を」
    「要は外敵の侵入を阻め、と」
    「その通りです」
    「……委細承知した」
     そう短く告げるや否や、魈が思い切り地面を蹴る。どこからともなく突風が吹き荒れたかと思えば、次の瞬間には近くの街灯の頭へと身軽に飛び移っていた。厳めしい異形の仮面越しに、刹那、タルタリヤと視線が合う。
    「────為すべきことを為せ」
     それだけを鋭く言い残して、魈は疾風のように去っていった。
    「……」
     タルタリヤと魈は決して長い付き合いではない。彼については知らないことの方がきっと多いだろう。人間離れした身のこなしに、不測の事態に直面してなお崩れない異様な落ち着き。今日目にした彼の様子だけでも十二分に驚いているほどだ。それでも、絶対の自信を持って語ることのできる魈の一面も確かに知っている。
     魈は無口だ。故にこそ、意味のないことは話さない。それは何も「為すべきことを」と去り際に残した意味深長な台詞だけではない。それよりも遥かに前、彼に聞かされた言葉がある。
     こほん、と甘雨が大袈裟に咳払いをした。
    「さぁ、此処は私に任せて。あなたも他の学生達と一緒に安全な場所へ────」
     彼女は急かす口振りで中央体育館を指差す。早く此処から遠ざけたいという気持ちが見え隠れするようだった。それをどこか冷や水を被ったような心地で眺めながら、声色を低めて言い放つ。
    「全部『図書館の仙人』と関係があるんだろ?」
    「ッ!」
     この言葉を聞くや否や立ち所に甘雨が表情を変えた。大当たりだ、と内心で手を叩く。彼女はおそらく嘘が得意な性分ではない。そうだとすれば後は簡単だ。
    「……何のことだか分かり兼ねます。ほら、あなたも早く避難を……」
    「仙人……仙人かぁ。うん、鍾離先生って正しく仙人のような人だからね。人間じゃないって言われた方がむしろ納得もできるよ」
     大袈裟に戸惑う素振りで溜息をついて見せる。彼女の柔らかな髪がぶわりと一気に逆立った。
    「あ、あの御方は『図書館の仙人』などではありません! それよりも遥かに高貴な────」
     激昂する甘雨に、しい、と人差し指を向ける。幼子を宥めるように、限りなく穏やかな声を作って耳元で囁く。
    「ああほら……駄目じゃないか、そんな簡単に動揺を見せるなんてさ」
    「……!」
    「誤魔化すつもりならもっとちゃんと否定してくれなきゃ。先生はただの人間で、かつ『図書館の仙人』なんていませんって、ね?」
    「っ、あなたは……!」
     自身の失言に気付いた甘雨が赤面してタルタリヤを睨んだ。しかしそれも意味のないことだと諦めたのか、荒ぶった感情を落ち着かせるように乱れた髪にさっと手櫛を通した。
    「…………はぁ、口達者ぶりは相変わらずですね。その話は降魔大聖────魈様から聞いたのでしょう?」
    「やっぱり関係あるんだね。この図書館も、先生も」
     魈は無駄なことについて言及しない。真偽がどうであれ、図書館に仙人がいる噂などという些末な話を何の意図もなく聞かせはしないのだ。そこには彼なりの意図があるに違いない。それが何であるのかは当人のみぞ知る話ではあるのだが。
     念を押すつもりで尋ねたタルタリヤの言葉に甘雨は小さく頷いた。
    「ええ。しかし私から詳しくお話することはできません。いえ、より正確に言えば……私も事の詳細を把握していないのです」
    「……把握していない?」
    「これは……かつて鍾離様が交わした『契約』に関わること。内容について知っているのは鍾離様と契約相手、そして契約を見届けた立会人だけ。しかしその契約相手は既に故人です」
     それだと聞き出せないじゃないか、と頭を抱えたくなる。彼女の言う『契約』が今回の騒動に繋がっているのなら是が非でも知りたいところだが、肝心の鍾離には聞くことができず、その契約相手とやらはとうの昔に墓の中だという。死人に口無しとはまさにこのことだろう、と天を仰いだ。
    「ですが、この『契約』は……あなたにも知る権利があるでしょう。少なくとも私はそう思います」
    「俺が?」
     そんな大仰な契約に関わった覚えはない。しかしそんなタルタリヤに甘雨は力強い頷きを返すだけだ。
    「……あなたにこれを」
     彼女は懐から取り出した一枚の書面をタルタリヤに差し出した。テイワット共通語ではなく璃月の古い言葉で何かが記されているようだが、当然それが意味する内容は読み取れそうにない。
    「なに、これ」
    「法学部の学舎に煙緋という者がいます。とある客卿が往生堂と結んだ契約について、あの子に尋ねてご覧なさい。これを渡せば私の使いだと分かってもらえるはずです……もちろん、あなたにその意思があればの話ですが」
    「はは……ここを通してくれるつもりはないんだろ? だったら行くさ。でなきゃ鍾離先生本人に聞きたい話も聞けなくなりそうだ」
    「……」
     甘雨はもはや何も言わなかった。
     これ以上留まったところで何も始まらない。彼女から受け取った書面を抱えて、タルタリヤは法学部の学舎へと足を向ける。「ご武運を」と、背後からか細い声が聞こえたような気がした。
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    K_0NN0_

    DOODLE踊るタル鍾と同軸の話。内容は繋がっていますが単体でも読めるはず。前作の踊る二人の話→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15901251
    踊り明かせよ月影にて 今は雲来の海に数多の客船が揺蕩う夜半。とりわけ豪奢な装飾の船舶に響く音楽を、雪国の武人はどこか遠い気持ちで口遊んでいた。部下の一人が落ち着かない様子でこちらへと向ける視線がむず痒い。心配しなくても直に戻るから、と後ろ手を振ればなおも恐縮したように身体を硬直させている。そう気を揉まずとも重客の接待を放り出しはしないのにと、自身の信用の薄さを溜息混じりにタルタリヤは嘆いた。
     今宵は晩餐会。あらゆるものから切り離された遠海で北国銀行の賓客を招いた夜会が催されている。表向きは銀行の名を借りているが、実際に招待されているのは誰もがファデュイを陰ながら援助している富裕人ばかり。スネージナヤの投資家からフォンテーヌの卸売商、スメールの老学者に璃月の海運業者等々、老若男女を問わずテイワット各地で名を上げるような資産家の面々が一堂に会していた。その親愛なる客人を真心込めてもてなしながら従前の支援に感謝の意を示しつつ、今後も良い関係を築けるようにと一層の援助を慎み深く促す。これこそが今回、執行官であるタルタリヤに下された命令であった。
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    K_0NN0_

    SPUR ME学パロのタル鍾つづき、の尻叩き ポイピクの動作確認を兼ねて ※先生不在です
    前編はこちら https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16004363
    演劇部員の大学生💧と大学教授の🔶先生────岩王帝君とは何たるか。
     演目『帝君遊塵記』のオーディションまで数日となった今、タルタリヤが思いを馳せるのはそればかりであった。
     岩王帝君に関する伝説や逸話を調べるのは容易だ。璃月人の学友達に尋ねればある程度の足跡を推し測ることができ、神学の講義にこっそり忍び込めばその御業を窺い知ることができる。璃月港内の書店へ足を運べば、考古学者の知見をまとめた最新の専門書を手に取ることも叶うだろう。しかし、それらが語るのは全て岩王帝君の為した偉業に関してのみであり、岩神モラクス自身について言及されたものは皆無だった。
     かの尊神が民の前に姿を見せたのは年に一度、迎仙儀式と呼ばれる祭事のみ。璃月が執り行うべき今後一年の方針を、商人の代表である璃月七星と港に集った群衆に啓示することが岩王帝君による統治の在り方だった。その姿は璃月という巨大な船舶の船頭、或いはその航海士のようなもの。一切の私情はなく、ただ国を繁栄させるために神勅を下すばかり。その所業はいっそ機械的ですらある。故に、数々の書物や伝承から岩王帝君がどのような考えを持っていたかを測ることはできても、どのような感情を抱いていたかまでは捉えようがなかった。
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