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    HimaginsamaDa

    @HimaginsamaDa

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    HimaginsamaDa

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    フィールちゃんの軽い過去とミールちゃん

    二度とない この世界には神がいる。平和、空気の神だと聞いた。詳しいことは検閲対象らしく、書店勤めの一国民たるフィールが、人生を賭けようと目にすることは叶わない。
     棒付きキャンディを舌の上で溶かす。家の外、だいぶ遠くに離れた人間が銃で撃たれて弾けて遺体となったのを視界の端で捉えた。
     弟は志願兵として、平和の為に特攻をかけて死んだ。一丁前に葬式の案内状が届いたのだけど、フィールを強制的に志願兵に仕立て上げる画策を失敗し、勘当した挙句に、代理として弟を死地に行かせたのは、紛れもなく家族達だった。勘当の意味を知らないのだろうかと、疑問が浮かぶ。
     ディストピアの体現を目にした。
     神はいる、それは事実、誠の真実だ。
     賃貸の扉を強く叩かれ始めた頃、棒付きキャンディが溶け終わり、ゴミ箱に投げ捨てられた。
     必要最低限の持ち物を服のポケットに入れ、一等気に入りの本を一冊、小脇に抱えた。
    「フィールっ、フィール!! 恥知らずめ、平和のために命を賭けた弟を見習えぇっ!!」
    「フィール、まだ遅くないの! お願いだから、お願い! もう軍部と政府の方々も連れてきているの、これ以上引きこもってないで出てきて!」
     右の翼を畳む。
     賃貸とはいうけども、大家や他の住民は皆が皆志願した。勤めていた書店は爆破され、跡形も残らなかった。
     扉がこじ開けられ、両親や親戚、恐らく軍部や政府だろう人々が部屋へ雪崩れ込んだ。
    「フィールちゃん、もう下手なことしないで……」
    「私たちだってこんなこと言いたくないけど、でも、平和のためなのよ?」
    「さ、早く行こう、フィール。天国で弟も待ってるよ」
    「フィールさん、志願して下さいますね」
    「連れて行け」
     腕を掴まれた。
    「出ていってください。刑法百三十条、二百六十条、二百六十一条に該当します」
    「な、なに、何言ってるの? 私たちは貴方のことを思って来たんじゃない、犯罪者扱いだなんて心外!」
    「下手な抵抗をやめろ! 志願は国民の義務だ!」
    「今すぐにでも行かないと拘束させてもらうぞ」
    「法律は生きているでしょう、政府がラジオで言ったことです。政府が決めたことですよ、法は施行されていると、政府、軍部関係者だろうと関係なく」
     腕を捻り上げられる。
    「ふんっ、それを決めるのは警察と裁判所の奴らだ」
    「お願い、もう恥の上塗りをしないで!」
    「私たちは家族だろう!? お前のことは許してやるし、家族の縁も戻してやるから!」
     分籍は既にされていたと記憶している。
    「そう」
     腕を捻り上げた軍部の人間の顎目掛けて蹴りを入れると、腕から離れていく。
    「家族なら、そこに沢山いるだろう」
    「な、あ、おま、えっ」
     殴りかかられたのを避けると、人々が一斉に捕まえようと躍起になり、魔法を展開した。間を潜り抜けるようにして外に出ようとするも、立ち止まる。
    「よ、ようやく志願してく――」
     親戚の一人が、外から放たれた銃弾で弾けて死んだ。そこから外へと出て、空へ羽ばたいた。
     視界の端で、戦車の砲撃により、住んでいた賃貸が木っ端微塵に破壊されたのが見えた。
     しばらく空を飛び回っていると、戦闘機と飛行部隊に捕捉されたらしく、銃弾の雨が向かってくる。それを避け続けていると、ふと、光に包まれた。
     光が明けると、誰かがいた。
    「ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさい! 私のせい、私のせいで、わたしが、わたしが、わたしが……」
     肩を掴まれる。袴と頭上、背の輪。
    「貴方だけでも、貴方は、あなた、あなたは……」
     手を握られた。
     ぽお、と魔力――に近しい力を込められたと思いきや、彼――彼女、判断の付かない誰かは、はるか上空を指差した。
    「行って、生きて」
    「……ありがとう?」
     小首を傾げる。どうも誰かは大変そうに見えた。
     翼を羽ばたかせて、誰かの指した天上へとひたすらに突き進む。
     しばらく、しばらく、延々と突き進む。どこかで雷鳴が轟いたような音がして――気付けば落下しており、バシャンと深い水に落ちた。本ばかりは腕を精一杯に上げて、水面の上へいる。そのまま近くの陸に上がる。
    「空間識失調かな」
     本は濡れていない。
     随分と狭い島らしく、辺りを見渡して、目についた家に足を運んだ。コンコンとノックするも、返事はない。
    「……いない、か」
     扉に触れると、ぽお、と先程誰かの手に伝わった魔力とよく似たそれが、流れていった。
     かちゃり、扉が開かれる。
     そこは広く、人のいないだろう、しかし家具の並んだ部屋だった。
     矛盾と違和感の家だ。
    「どういうことだろう」
     本は濡れないように、近くのテーブルに置いた。そのテーブルにメモがあった。
    「……読者、ナレーター、読み聞かせ」
     それをしてくれ、といった文だ。どういうことだろう、理解が及ばない。
     ――フィールは、とにかく、濡れた服をなんとかしたいなあ、と思ったのである。
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