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    mr53qp

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    mr53qp

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    pixiv投稿用に書きましたが限界を感じたので供養します。
    ⚠️何でも許せる方のみの閲覧をお願いします
    ⚠️エバの設定とやや違ったり辻褄が合ってない場合があります、雰囲気で読んでください
    ⚠️イメージ時間軸は貞と庵の間くらいです。

    途中で終わるしメモから起こしてたので展開急だったりします、推敲終わってないくせに二万字あるので暇つぶしに使うてください....。

    カヲルくんが自分の為に全てを壊す話【1.永劫回帰】


     昔から人と接するのは苦手だった。人から褒められようと貶されようと相手の真意が分からない限り本当の意味で自分の心は満たしてはくれないから。
     それでも傷付くような事を言われれば簡単に傷付いたし、褒められればそれがその場限りの建前であっても嬉しかった。
     相手の真意が自分には分からないと分かっているのに、分かりやすい表面上の良し悪しを結局は求めてしまう自己矛盾をずっと抱えながら生きてきた。
     誰かの良い子でいればまず傷付かない、居場所を用意してもらえる。最低限人の役に立っていればこんな僕でも生きていても良い、それが両親に捨てられた僕なりの生き方だった。

    「父さんが、ですか」
     僕にあてがわれた小さなプレハブ小屋にはベッドと机と、幼い頃新品で買ってもらったチェロ、教科書と貰った本と参考書と...数えればそれくらいしかなかった、買って貰えなかった、と言うよりはそれくらいしか強請った事がなかった。
    「そうだよ、昨日久しぶりに連絡があってね、シンジ君に話したい事がある、場合によっては引き取るって話になったんだよ」
     そういって小屋に入ってきた母親の兄、叔父に当たる男は僕が信じられないと思ったのか携帯の着信履歴を僕に見せてくる。
     ─碇ゲンドウ、電話帳に登録されている文字を見た緊張で軽い吐き気を催した。
    「....そんな、急に言われても....学校だって、ありますし」
      馴染めていない学校の事なんか本当は全く気にしてはいなかったが言い訳の様に引き合いに出した。
    「それは安心して良い、引き取る場合の転入先ももう目星は付いてるそうだ、血の繋がった者同士、やはり近くに居たいもんだろう?」
     そんな事は一言も言った事はない、それに父に最後に会ったのだって何年前の事だったか。
     母亡き後、父が僕を押し付けたのは叔父夫婦の家だった、歳の近い従兄弟は何かと僕に闘争心を燃やしては癇癪を起こし、事ある毎に僕が怒られるものだから何事も上手く出来すぎない程度に、でも出来が悪いとそれはそれで良い顔はされない、何事も平凡に、言われた事はきちんとこなす。
     自分でも言ってしまうが昔から歳の割に落ち着いた子供だったと思う。
    「それに、うちの子はもうすぐ受験だろう?」
     ─だから?と口にはしなかったが顔には出たらしく、叔父の眉間には皺が寄った。
     成る程、これを機に僕は厄介払いされるんだな。僕に聞く体をとったけれど既に決定事項って事じゃないか。
    「.....父の所に行きます、今まで、ありがとうございました」
     俯いて叔父の求めるままに頭を下げる、この世界に僕の居場所は本当にあるんだろうか。








     少ない荷物をボストンバックにまとめ父の元に戻る連絡をした後、すぐに写真付きの葉書が届いた。父の部下を名乗る変な女の人、待ち合わせ場所と時間が書いてあるから僕を迎えにきてくれるつもりなんだろう。
     叔父の家を出た日、僕は誰にも見送られる事なく数年を過ごした街を出て行った。
     街も僕に冷たかったが僕も街に冷たかったらしく、電車の窓から見えた学校や商店街、見慣れたコンビニも遠ざかっていくのになんの感情も湧かなかった。引越しの準備も簡単にして、机やベットを捨てた時でさえ何も思わない、僕を数年間守ってくれた小屋にさえ愛着がなかったんだと思う。
     希薄な人生、穏やかで何もない。これからどうなるんだろうという不安さえない、きっとどうでも良かった。だから僕はノコノコと死地へ足を踏み入れたんだと、今はそう思う。











     僕の人生は唐突に動き始めた。



     第3新東京市、僕が新しく暮らし始めた街だ。
    「えーと、玉ねぎ、なす....あっ、納豆が安い、....でも、冷蔵庫に入れると匂いが移るからってアスカがうるさいんだよなぁ...。」
     ここに来てから本当に色々あった、突然父に謎の戦闘機に乗せられ転び敵を倒した、葉書の女の人....ミサトさんと一緒に住むことになって、学校では殴られて、仲直りして、綾波の家でやらかして、慣れてきた頃にやってきたアスカとも住むことになって。
     今までの人生が薄すぎたのかもしれないけれど、14年間の薄められていた分が一気に押し寄せてくる感覚だ。
    「でもミサトさんも食べるだろうし....」
     手に取った3パックセット52円、しかも僕のお好み小粒タイプ。
    「うん、料理するのは僕だし、安いし、美味しいし、安いから」
     そう独り言をつぶやいてカゴに放り込む。食費のことはそこまで気にしなくて良いとはわれているがそう言うわけにもいかない、同居はミサトさんから言い出したとしてもお世話になっている事には変わりないのだ、少しでも浮かせたほうがいい。
    「もうこんな時間か、急いで帰らないと」
     時計を見ると既に18時、赤髪の同居人は腹が減ると凶暴性が増すから早く帰宅して夕飯の支度をしないと。両手に買い物袋を持って小走りで帰る。
    「たしか、ここ曲がると近道だったよな」
     いつもなら大通りを通って帰る所だがなるべく時間を短縮したくて近道と思われる道を行く。
     方向音痴ではないが土地勘もないのに無謀な事をしたと気付いたのは20分ほど歩いて一向に家に付かないあたり、いつもの道なら10分で帰れたものをどうしてこうなるのか、と自分が嫌になる。
     垣根の角を曲がった時だった、そこは少し開けた場所で公園があった、街灯も大して明るくない住宅街の中にあるそこそこ大きい公園なのに、人気はなく遊具もどことなく錆び付いていて人寂しい場所だ。
     ただ1人、ベンチに座ってる人影はあった、後ろ姿だからよく分からないが髪が街灯に反射してキラキラと光を帯びている。
    (どんな人なんだろう......あ)
     開けた空にマンションの頭を見つけた、良かった、これで帰れる。
     安堵して視線を空から先ほど人影のあったベンチに移す。が、そこには誰もいない。
    「あ、あれ?今確かにここに....」
     突然携帯のけたたましい着信音が鳴った。直感的にわかる(アスカだ...!)弾かれるようにして再びマンションの方へと走り出す、後ろ髪引かれて横目で公園をもう一度確認するが、やはりそこには誰も居ないようだった。

    (なんだったんだろう、今の....)

     息を切らして走る。
     マンションに着く頃にはすっかり不思議体験の事は忘れ、結局アスカには文句を叫ばれた。
     

















    「大丈夫だって言ってるじゃないか!」
    「はぁ!?このアタシに心配させておいて何よその態度は!」
    「ちょっと、あんた達いい加減にしなさいよ!」
     ミサトさんが間に入ろうとするがアスカはその腕を押し退け机の上にあった水の入ったグラスを手に取って僕に引っ掛けた。
    「アスカ!」
    「これで少しは目が覚めた?アンタ1人がそうやって自分は苦しんでますって顔をしてもね、何の意味もないのよ!」
     制服にどんどん水気が吸い込まれて行って、気分と一緒に重くなる。この場に居るのが嫌になって、僕は玄関に向かって走り出した。後ろでミサトさんが僕を呼ぶ声がしたけれど、それはなんの抑止力にもならなかった。






     真夜中の公園は薄暗い、周りの団地や住居から聞こえてくる生活音が他人の気配だけは知らせてくれて、1人パイプのような遊具の中でうずくまって夜を明かすには丁度いい孤独だった。
     荷物もないし、携帯がないから連絡もできない、叔父の元には帰りたくないしと八方塞がりで、僕はまともに家出もできないのだなと悲しくなる。
     何処に行ってしまうにもマンションには戻らないといけないし、というよりは何処か遠くに逃げてしまおうと言う逃走熱もとっくに冷めてしまった、今の僕は何処にも帰りたくなくてここに居るしかないってだけだ。
    「......あぁ」
     情けなくため息が溢れた。


    「こんにちは」

     外から急に話しかけられて喉がヒュッと音を立てる、弾かれたように振り向いて叫び出したい気分になった。
     誰かが外から僕を覗き込んでいる、逆光で顔が見えない。
    「こ、んにちは」
    「急にため息が聞こえたから、気になっちゃって」
     シルエットでわかる細い喉元から放たれる鈴が転がるような声と、腰を屈めて此方に入って来ようと近づいてくる顔も分からない彼の存在が恐ろしい。
    「ま、待って!」
    「え?」
    「なんで入ってこようとしてるの....?」
    「君がそこに居るからさ、外と中じゃ話しにくいだろ」
     初対面の僕らで何故話したがるのか。
    「....僕が外に出るから、あの、.....そこに居て」
     少し話しただけで彼が少しズレた人間である事は分かった、僕の言葉に彼が穴を覗き込むのを辞めて立ち上がってからずりずりと尻をずりながら穴から出た。
     暗さに目が慣れていたから街灯すら少し眩しい。軽く尻を叩いて制服についた汚れを払う、そうしてやっと顔を上げて、彼の顔を見て驚いた。
     ヒトだ、でもヒトだと言い切るには嘘みたいに美しい。陶器みたいな白い肌に馴染む銀髪を風に靡かせて、優しい目元が印象深い。その顔立ちは何処由来かは分からないが何となく日本人離れしているような気がする。
     アーモンドアイから惜しみなく僕に注がれる視線には見られているだけでその熱に焼き切れてしまいそうだ。

     そして既視感、確か何処かで見たような。

    「?なんで濡れてるの」
    「え、いや、これは...」
    「立ってると疲れるよね、座ろうよ」
    「あ、うん」
     
     てっきりベンチに座るものかと思ったが、彼はそのまま別の遊具へと向かって行って、二つ並んだブランコに腰掛けた。軽く手招きされて隣を指さされるから、キィ、と音を立てて揺れる座面に座る。
    「おもしろいよね、この椅子」
    「椅子....って、ブランコ?」
    「ブランコって言うんだ」
    「知らなかったの?」
    「うん、乗った事はあるよ、誰かと乗った事は無かったけれど。だから名前を聞いたのは初めてだ」
     同い年くらいに見える彼が楽しげに揺れているのを見ていると何だか自分もつられて漕ぎ始めてしまう。
     見ていて漸く彼が今自分が纏っている制服と同じものを着ていることに気付く、こんな美少年が同じ学校に通っていたなら噂所か大騒ぎになりそうなものだが。
    「どうしてあんな所に隠れてたの?」
     なんの脈絡もない急な問いかけだった。今1番聞かれたくない事だよ、僕のアンニュイな雰囲気を見て察せないの?と少しだけ怪訝な顔をして見せても彼はこちらを見て花のように薄く笑う。その笑みには僕を素直にさせるまじないでも掛かっているのだろうか。
    「君には関係ないだろ」
    「言いたくない?」
     言いたくない、と言おうとして口を開きかけて止める、言いたくないわけじゃないな、僕の邪魔をしているのはちょっとしたプライドだ。神様のように美しい彼に、本音を話して情けないと思われる事が何処となく嫌だった。
    「笑ったりしないよ」
     僕を安心させるような声色だった、不思議と緊張が解けて、話してしまっても大丈夫、と言うよりは既に見透かされているような気がする。
     柔らかな笑みが段々僕に何を隠してもお見通しとでも言いたげな意味深なものに見えてきた。ああ、どうせ今日たまたまあった人なのだ、捨て恥と思ってしまえば良いじゃないか。
    「家出...」
    「ひとりで?」
    「家出は大抵1人でする物だよ」
    「ああ、そうなんだ....家出って2人でするものだともってた。でも荷物は?」
    「...きゅ、うに出てきちゃったから、無いよ」
    「ひとりでこんな所に居たら危ないんじゃないかな」
    「女の子ならともかく、僕は男だし....」
    「男だからと言って大丈夫な訳じゃないからね」
     それってどういう意味?と聞き返す前に彼はまた軽く地面を蹴ってユラユラと揺れ始める
    「なんで家出したの」
    「....君ってそんな感じなのに、遠慮ないんだね」
    「?」
     聞きなれない言葉とでも言うように首を捻った後、ああ、エンリョと声に出すものだから、初めに感じてた神様みたいな儚さはいつの間にかどこかに行ってしまったようだった。
    「家出の理由を君に言っても、何も解決しないじゃないか」
    「それは分からないよ、もしかしたら僕が解決策を知ってるかもしれない」
    「君が?」
    「うん」
     一体どこから湧いてくる自信なのだろう、もう放っておいて、と言いたかったが家出をしていると言ってしまった手前、言葉の1も2も同じかと思い直す。
    「喧嘩、したんだ、一緒に住んでる子と」
    「へぇ、どんな事で?」
    「この前の....あ、ええと....部活の大会で僕がちょっと無理したんだ、独断行動って言われる程じゃなかったけどさ」
     きっと一般人にNERVでの事を話すのはまずい、同じ学校みたいだから僕のこと知っててもおかしくはないけれど、知ってるようには見えないし。
    「心配されるのは苦手?」
    「ううん、そういう訳じゃない、でも僕には僕の考えがあって、それで....動いたんだ」
    「だから家出したの?」
    「....違う、と思う。今回のはきっかけで、多分ずっと不満だった」
    「みんなが君を思い通りにしようとする事に?」
    「....僕には、僕の考えがある、意思がないなら生きていない事と同じだって、最近やっとそれを理解したんだ。僕は僕を生き始めてた、でもそんな僕を誰も見てくれないんだ、僕がどう思ってるか聞くくせに、ああしろこうしろって、結局僕のことなんか見てないんだよ」
    「見る」
    「僕の本心を知ろうとしてくれない、僕に興味がないんだ、僕が何を考えて感じているのか、聞くフリはするくせに本当はどうだっていいんだよ」
    「この世界ではみんな、自分が生きる事に精一杯だからね」
     重く沈んだ心を言葉で具体的に表してしまうと心がつきりと痛む、僕はその痛みから目を逸らすようにぎゅっと瞼を閉じて身体を縮めた。
    「ねぇ、君に教えてって言えば教えてくれるの?」
    「......」
     そんな単純に素直になれたらどれほど楽になるんだろう、そしてどれだけ傷付くんだろう、心を知られることは僕自身を他人に評価されるって事なんだ、僕を知った気になって悟られるって事なんだ、誰かに見せるための心の上澄みだってまともに掬って見せれない。
     中途半端に自分を守るための優しさに一体いくつの点数がつくのか分からない。
     僕と言う人間に価値がないって思われるのは怖い事なんだ。


    「君は、今の自分が何度目の自分か分かるかい?」

     彼は唐突のスペシャリストなのだろうか、僕の話聞いてた?と小突きたくなる気持ちと、少しだけ今の問いかけに興味がある自分の2人でせめぎ合う。
    「それは...前世的な話?」
     その言葉に彼は少し切なげに微笑む。
    「うーん、違うかな、......たとえば...」
     そう言って足でブランコの揺れを止めると長い指を地面に伸ばして小石を一掴みに拾い上げる、反射的に彼の手が汚れてしまう、と声を上げそうになったがそんなことは気にも止めず掌の石ころを僕に向けた、大小さまざまな石が数個。
    「これを、こうして投げたとしよう」
     砂の上に投げ出された小石達は各々が別の方向へ飛んでいきそのどれもが無秩序に転がっている。
    「この位置を仮に基準として、この石達を拾って何度も 投げ続けたら、...また寸分違わず同じ位置に転がる確率は億分の1より低くとも、0でない事は分かるよね」
    「...そうだね、何億回投げても難しそうだけど、可能性としておかしくない...のかな」
    「うん、それがこの地球にも、宇宙にも言える事だと思わないかい?」
    「......」
    「きっと途方もない時間の中で、何度も地球は生まれては滅びてを繰り返している、と。」
     当たり前みたいに語られているが、僕の脳味噌は彼の言葉を噛み砕くのにラグが要った。
    「つまり、どういう事」
    「それに住み着くヒトも、数多の可能性の中から2度同じことが起こる、君という個体が数度として生まれる事があり得ることだと思わない?」
    無限に続くこの時間の中で、僕は何度と存在してて、何度と生と死の繰り返しを経る。

    「だからきっといつかの君も同じような事を悩んでる、そしてありのままの君も他人も、受け入れることが出来る日がいつか来る。」
    「....何を言いたいの?」
    「ふふ、焦らなくて良いって事だよ」
     目を細めて口角をきゅ、と持ち上げる彼の笑みがあまりにも眩しくて目を逸らしてしまった。
     彼が言うことには1度起こりうる事は2回目があるという事、それはこうした出会いも同じ事なのだろう、
    なら。
    「....もしかしたら僕ら、初めましてじゃなくて久しぶりだったり、するのかな」
     冗談めかして笑われることを前提に漏らした言葉で彼は徐に立ち上がって2本の細腕を僕に伸ばした。
     え、と声を出す前にそのまま遊具ごと僕を抱き締めて、僕の襟ぐりに顔を埋める、全てがスローモーションに感じられる程ゆったりした動きだったのに僕は逃げ出す気になれなかった。
    「.....きっとそうだ」
     時間が止まっていたけれど彼の堪えるような呟きで胸を押し返そうと彼の制服を掴んだ所で進み始めた。
     彼は僕を抱く腕を解いて今度は両手を握り込みながら急にごめんね、と顔を覗き込んでくる。全身の毛が逆立って落ち着かない気分で、僕は気にしてないと首を横に振るしか無かった。
    「でもね、今のは知人の受け売りなんだ」
    「....難しいけれど、面白い事を考える人なんだね」
    「うん、今度会えたら伝えておくよ」
     一体どんな人なんだろう。彼に似て美しい人なんだろうか。
     気付けば僕の心は彼に対する不思議や想像でいっぱいになっていたのに気付いた、胸がスッと軽くなっている。宇宙の事や膨大な時間と僕の悩みを比べてしまってはもう何もかもがちっぽけなのだろう。
    「....はは」
    「?どうしたの」
    「ううん、君と話してたら、家出の理由もなんだかもうどうでも良くなっちゃったなって」
    「良い事なのかな」
    「少なくとも僕は、苦しくなくなったよ」
    「そう?なら、本当に嬉しいよ」
    「君の─...」

     そうして僕はやっと気付く、僕は彼の名前を知らない。
    「ね、ねぇ、名前を教えてよ」


    「僕の名前はカヲル、渚カヲル。よろしくね碇くん」
    「何で僕の名前を....?」
    「それは、僕が君に出逢う為に生まれてきたからだよ」

    初めて見た時から今まで彼はどんな時も美しかったが、
    僕の名前を呼んで瞳の赤を細め、蕾が綻ぶような笑みを浮かべる姿は格別にうつくしかった。




















     あの不思議な一日から数日が経ち、ほんの数時間の家出を断念してミサトさんの家にまたお世話になっている、アスカとは特に言葉で仲直りした訳じゃないけど、僕の作った食事を黙って食べているから、暗黙の了解、と言ったようだった。
     僕はあれから気付けばいつも彼のことを考えている。
     自分からこんなにも会いたいと求めている事に気付くのが遅れてしまって名前は聞いたものの連絡先なんて交換していない、登下校のとき、移動教室で他学年の教室の前を歩く時、僕はなるべくあたりを見渡していたが彼のアッシュグレーの頭髪が僕の目に飛び込んでくることは無かった。
     それなら自分から会いに行こう、彼の出現時間なんて知らないが一度公園で出会えたのだからきっと闇雲に歩き回るよりは公園に行くのがいい。
    「おかしなことを言う少年に心を奪われたんだ、一度俺たちが安心できる奴なのか見極めてやる」とお節介を焼くトウジとケンスケの目を掻い潜り、なんとか放課後、僕はあの日と同じ公園に来ていた。
     彼は居た。



    「渚くん!」
    「やぁ碇くん」
     彼の姿を見て思わず大きな声で駆け寄ってしまった。
     ベンチに足を組んで座りふんわり笑う彼が読んでいた本を閉じて腿の上に置いたのを見て、僕はそれに視線を取られたまま、彼が隣を叩く仕草で素直に隣へ座った。
     思ったように動いてみて良かったと本当に思う、5日ぶりくらいに見た彼はあの日と変わらず美しい、むしろ真夜中に会った時とはまた違って、夕日に照り付けられる彼はまた情熱的で、更に神々しい。
    「君に会いたかったよ」
     耳元で囁かれて掌を重ねられる、本当にワザとやっているとしか思えない彼の行動はいちいち心臓に悪い。
    「え!?あ、いや、僕もあの日のお礼が言いたくて、会いたかったから....」
    「同じ気持ちだったんだね、嬉しいな」
    「あはは....これ、何を読んでいたの」
    「貰った本だよ、叶わぬ恋をして自らを殺してしまう青年の話さ」
    「ふぅん.....、悲しい話だね」
    「そうかな?碇くんも読んでみたらいい」
     そうして僕は白茶けた年代物の本を手渡される、1ページめくって唇をぎゅうと結んでしまった。
    「....読めないよ」
    「ふふ」
     本の中身は見る限りドイツ語らしく、一行目からなんとなく追ってみるが単語と単語をまるで繋げられなくて、おまけに読み慣れないと目が滑ってしまって飛ばしてしまうから余計にややこしい。
    「ドイツ語は、楽譜の速度標語位しかわからないんだ」
    「少しでも知っているなら大したものだよ」
     そう言って腰を浮かせ僕と膝が当たるくらいまで寄って来て白い指先を一文字目に置く、ゆっくりと行に沿う様にして滑らせると薄い唇から軽やかな発音で異国の言葉が放たれ、続け様に耳馴染みのあ言語が聴こえてくる。
    「思い切って出かけてしまってよかった、人の心はおかしなものだ」
     原文を読んでから僕が分かるように訳してくれたのか、声の静かな抑揚が心地良い、それに距離の近い彼から香るやさしげな香りは、落ち着く空気感とは裏腹に僕をドキドキさせた。
    「耳と目で言葉を追ってごらん、君ならすぐ覚えられるよ」
    「えっと...出かける、人、心が...」
     彼は僕が理解出来るまで何度でも繰り返し言葉にしてくれた。
     こんなに心地いい事って世界に存在するんだな、と思った。
     
     ゆっくりと一行一行を反復しながら読むと1ページ読むのに中々の時間がかかってしまったが、ページ末まで来たところで聞き入っていた僕はページをめくろうとする、それを彼の手にそっと掴んで止められてしまった。
    「?どうしたの」
    「今日はここまでにしよう、もうそろそろ日が落ちるし...此処に来てくれたら1ページ読んであげる、続きが気になるんだったらまたおいでよ」







     夢見心地で帰路に着いた、夕飯中も上の空の僕にアスカが「ニヤニヤしたり青ざめたり赤くなったりして気持ち悪い」と率直な文句を直接伝えてくるから申し訳ないが、それでも笑みを堪えずにはいられない。
     彼からまた会う口実をくれるなんて思ってもみなかった会いたかった人が僕にも会いたがってくれてるなんて、こんな事は生まれて初めてだ。
     ベットの上で彼の香りが薄らと移っている本を胸に抱いて背中を丸める、1ページめくって今日読んでもらった文章を指でなぞると耳元で彼の声が聞こえてくる気がした。
     
    その日は興奮で寝られなかった。








    【2.自己満足】








    「恋をするのは良いけれど、もっとまっとうな恋をしたまえ」
     僕らはあれから毎日のように公園で本読みをしている。いつ行っても此処にいるから学校はどうしたのかと聞いたら、行った事はない、行けとも言われないし自分もあまり興味が無いのだと。
     放任主義な親御さんなんだね、と言ったら放任だなんてとんでもない、って笑ったから僕が言うのも可笑しいけれどなかなか複雑な家庭事情のようだった。
     放課後の数時間を一緒に過ごすだけでも楽しい彼が学校にいたら僕はきっと毎日が今までにないくらい充実したものになるような気がする、でも彼が学校に来るとあまりの美形ぶりに僕1人のために本読みなんかしてくれなくなりそうで、こうして限りある独り占めできる時間を楽しもう、と思うことにした。
     あいも変わらず彼の喉元から響くすずの音は真っ青な草原を優しく抜けていく風のように胸にすっと入ってくる、この声を聞くために毎日公園に通っていると言っても過言ではない、だが同時に僕は段々聴き慣れて読めるようになってきたドイツ語が楽しくて、新しい事を始めるのは久しぶりだが、学ぶ事を楽しいと思えたのも久しぶりだった。
     それもこれも全部彼のおかげでしかないが。
    「今日はここまでだね」
     名残惜しくもページ末まで指先が追い切ってしまって本が閉じられる。
    「...続きが気になるなぁ」
    「古い友人の作品を気に入ってくれたみたいで、嬉しいよ」
     返された本をハンカチで包んで鞄の中へ大事にしまう、そこまでしなくて良いとは言われたがなにせ古い本だ、引っ掛けて製本が崩れたらと考えると身震いする。
     日課の本読みが終わると僕たちは少しだけ話をして日が沈む前に帰るのがルーティンとなっているが、話題は基本的に本の内容か僕の学校の話だった。
    「碇くんはこの本の主人公の様に狂おしいほど焦がれる恋をしたことはある?」
     今日は物語の方に彼の話題への食指が動いたようだ。
    「っう、うーん....分からないな、まともに恋すらした事ないかも」
    「そうなの?一緒に住んでる子は?」
    「!?あり得ないよ、だって僕多分嫌われてるし...」
    「喧嘩するほど君を心配するのに、嫌いだなんてそれこそありえないだろ、本当は君も少し分かっているくせに」
    「...意地悪言わないでよ、....渚くんは?」
    「僕はあるよ」
     間髪入れない即答だった、1拍遅れて心がツキンと痛む音を立てたのがわかる、なんだろう、これは。
    「自ら死んでしまいたい程狂おしい恋だったんだ」
     おかしいな、友達の恋愛話にこんなに心を乱すなんて、トウジや委員長の話を聞いたときにはこんなのはなかった。
     心臓を両手で握って絞り切られるような痛みに僕は耐えられずに胸を押さえる。
     これが彼から初めて与えられた痛みだった。
     この走り出したくなる気持ちはなんだろう、今すぐ此処から逃げてしまいたい!彼が誰かへの愛を呟くところなんて見たくない!
    「ごめん、体調悪いや、帰るね」
     僕の逃げ癖はここでも遺憾無く発揮された。鞄を掴んで急いで立ち上がったから閉まっていなかったらしい鞄の蓋が開いてどさりとハンカチごと本が落ちてしまった。
    「あ」
     しまった、とは思った、思ったけれど彼の言葉も聞かずに立ち去ろうとした僕はもう彼のそばに寄る事すら怖くなっていた、嫌われたくないのに、上手に動けない。
     彼はゆっくりと立ち上がって本を拾い上げ、それを小脇に挟むと僕のハンカチについた砂粒を払う。
    「汚れてしまったね」
    眉根を垂れて申し訳なさそうに本をハンカチで包み直して僕に向ける。汚れてしまった、と言うのは本じゃなくて僕のハンカチに対して言ったんだろう、それを理解した瞬間踵を返して一目散に逃げ出した。
     彼の僕を理解しようとする優しさがあまりにも眩くて、ライトに照らされたみたいに情けない自分がくっきりと浮き彫りになる。
     優しくされればされるほど自分の醜さを自覚する。
     僕は優しい彼が好きだったのに、今度はその優しさから逃げたのだ。きっと彼も僕を救いようのないやつだと思っただろう、幻滅しただろう。
     マンションへの道を今までにない位の速さで帰った、途中ツンと鼻先が痛くなって、涙が出てきた。
     もう彼に会えないかも、会うための口実さえ僕が捨て置いてきてしまった。
     もう会えないかも。
     もう会えない?
     そう自覚したらもう涙が止まらない、今戻ったら彼は笑って許してくれるだろうか、もう居なくなってしまっているだろうか。
     マンション下の共同スペースで棒立ちになって放心状態だった僕を、遊んで帰ってきたらしいアスカに見つかりなんとか部屋まで戻ってきた。
     泣き腫らした目を見たアスカが今日の夕飯は勝手にするから辛気臭い顔を見せるな部屋にこもってろ、と僕を部屋に押し込んだ。
     ベッドに倒れる様に横になると、逃げ出す一瞬前の彼の顔を思い出して苦しくなる。
    (悲しそうな顔、してたな)
     僕のせいでくしゃりと歪められた彼の美しい顔、だって仕方ないじゃないか、君のこと好きみたいなんだ、君の好きな人の話なんか聞けないよ。
     自覚した瞬間失恋する恋なんて馬鹿馬鹿しい、彼に恋をする事自体が僕には厚かましかったのだ。

     こんな不毛な恋は忘れよう、彼と僕を繋ぐ本だってもうないのだから。そうして気が抜け、気付けば浅い眠りへと落ちていた。






















     焦燥感で目が覚めたのは初めてだ。


    (.....ぁ、.....寝ちゃってたのか、僕)

     ぼやけた視界を払おうと目を擦るが違和感がある、擦ってもクリアにならない。鏡を見ようと部屋を出て洗面台へ立つと、瞼をぼってりと腫らして充血した目の男が立ってた。
    「うわぁ....」
     どれ程泣いてたのだろうか、自分で自分の顔の酷さに引いてしまった。
     自室に戻って携帯を確認しようと鞄を開けて、その質量の無さに思い出す。本一冊分開いてしまった鞄は思いの外軽くなっていた。
     目当ての携帯を取り出して時間を確認する、日付が変わって数分、結構な時間寝てしまっていたらしい。聞き耳を立てても今日はミサトさんのいびきは聞こえてこない、帰りが遅いらしい、アスカも寝ているのだろうか家の中は随分と静かだった。
    「....渚くん」
     寝て起きても自分のしてしまった失態は無かった事になっては居なかった、当たり前だ、やり直しが効くなら僕は今頃こんな情けない人間になっているはずがない。
     今更どれだけ後悔してみても全く意味はない、もう彼の事は気にするな、公園でたまに話すだけの仲だった、それだけでいいじゃないか、彼だってきっと僕の事なんて気にしていない、本を読んで言葉を教えてやったのに失礼な態度をとって居なくなった奴、位にしかきっと思われてない、から。

     そんなわけない、そんな風に彼が思うわけがない。



    ああ、どうしよう。

     寝起きの焦燥感がまた襲ってくる。今公園に戻ったって彼はもう居ないだろう、でも何かせずには居られなくて部屋を出て足音を立てない様にそーっと玄関に向かう、適当に靴を引っ掛けて外に出た。外気が肌に当たると心臓が急激に萎んだ。
     もし、本当に居たらどうする?何を話す?心を許した人との喧嘩なんかした事がないから、上手い謝り方なんて知らない。逃げ腰の僕が思いついたのは、公園からマンションの頭が見えたのだから屋上からなら公園が見えるんじゃないか?だった。
     突発的に飛び出す癖に実際すぐヒヨる意気地なし、と自分で自分を罵りながら屋上への階段を登った。
     風が強くて髪がぐしゃぐしゃに乱れる、それでも風の冷たさは瞼の火照りを取るには丁度いいだろう。公園がある方の角にしがみついて、よーく目を凝らす。
     彼の姿は見えない。

     当たり前だ、こんな時間に中学生が徘徊するのは不味い、それに非放任主義の家庭だ、門限だってあるだろう。
     会うことが怖かったのに、実際彼が居ないと分かると2度と会えないかもしれない、という恐怖が追いかけてくる。どこまでも自分勝手だな僕は、と自身を鼻で笑ってしまった。






     あれ?

     待って、今何かあった様な。
     慌てて今度は身を乗り出して公園を見つめる。

     ベンチの上に何かある、気がする、

     それからの僕は早かった、階段を駆け降りて夜道をひた走る、適当に履いてきてしまったサンダルは足のサイズに合って居ないから片方脱げてしまって、でもそんなの気にならなかった。今までの重い身体はいつのまにか風の様に軽かった。

     急いで走ってきた甲斐あってかそれは未だにベンチの上で鎮座していた。本だ、やっぱりそうだ。両手で持ち上げて数枚パラパラとページを捲る、間違いない、僕らの本だ。
     と言ってもこれが手に入ったからと言って問題が解決したわけじゃない、それでも彼を感じられるものが手元に残ったのが嬉しかった、もしこの本が別れの餞別として置いていかれたものであっても良かった。
    「....僕のハンカチ、どこに行ったんだろう」
     だがしかし本が戻ってきたとなると包んでいたハンカチの所在が気になる、まさか本は置いて粗末なハンカチだけ持っていくような泥棒もいないだろうしとまで考えて、彼が持ってるんじゃないかと思った。
     本とハンカチを交換というつもりなのだろうか?等価交換というには甚だしいが...と公園を出ようとして。
    ゴヅンッ!
     と後で何かがぶつかる音がした、直感でわかる。

      僕は屈んでいつかの遊具の穴を覗き込んだ、額を軽く抑えている彼がいる。


    「渚くん、何してるの」
    「あいたた....家出だよ」

     彼は両手で僕のハンカチを握りしめて土管の中で縮こまっている、彼の長い手足が折りたたまれて窮屈そうだった。

    「でも、君が来たから家出じゃなくなった、2人だからね。」
     昨日までと変わらない笑顔で僕をみてくれた、それだけで嬉しい、2度と会えないかもしれないなんて思っていた絶望の淵からはこうして声を聞けるだけで多幸感に満ちた。
    「渚くん、ごめん」
    「一体何に対してかな」
    「...君から逃げ出した事」
     彼がまるで何も気にして居ない様な口振りでも、僕の後ろめたさは視線となって逃げ出す。
    「碇くん、おいでよ」
    「ぅえっ...、狭くない?」
    「今は僕も君も側にいた方がいいと思うんだ」
     だから、と手を伸ばされる。こういう彼の少し強引な所が人をドキドキさせるのだろうが、それに自覚がないだろうから厄介だ。
     本を胸に抱えながら四つん這いになってお尻ひとつぶん離れた隣に縮こまる、するとすぐにその距離を詰めてきた。
    「あのっ、渚くん?」
    「カヲルって呼んで」
    「......カヲルくん、近いよ」
    「近くないよ、これでも遠いくらいだ」
    「...怒ってるの?」
     肩と肩が触れ合い続けるから体温の低い彼の肌に、走って余計火照った僕の体温が移って行く。頭をことりと僕の側頭に押し付けてやっと落ち着いた様に溜息をつくから肩が跳ねた。
    「ご、ごめん」
    「....謝らないで、お願い」
     彼をこんなに弱らせてしまった原因が僕だと喜ぶ自分と懇願する声の弱さに泣きたくなってしまう自分がいる。
    「君が、そこまで嫌がると思ってなかったんだよ」
    「....?」
    「てっきり、君も僕と同じ気持ちで居てくれてると勘違いして居たんだ、近寄る僕の前歯を折ろうとはしなかったし、怒りもしなかったから」
    「???」
    「手を握っても拒まなかったし、...でも僕の独りよがりで君を嫌な気持ちにさせてしまったのは本当に」
    「待ってカヲルくん、待って、何のこと?」
    「僕が君を好きだって話の事だよ」

     今自分の状態を一言で表すとしたらフリーズか。
    いつそんな事を言われたかな、いや、恋だったって言って、たよね、君は。
    「あっ」
     何かを思い出したかの様に口元を手で抑える、やってしまった、と表情に書いてあるが僕には理由が見当たらない。

    「.....シンジくん、」
     初めて名前を呼ばれた気がしたが思いの外耳に馴染んだ、突然身体が温かな何かに包まれると驚愕で縮こまる身体と反して停止していた脳がまた動き始めた。
     なんとか堰き止めていた涙がポロポロと溢れる、既にかなり不細工なのに抱きしめられて泣き出す、ブサイクは加速するし女の子みたいだ、泣きやめ、泣きやめ、念じれば念じる程は後から涙が押し出されて出て来る。
    「僕は君が好きなんだよ」
     嘘だ、とも、これは本当なんだ、とも思った。あの言葉には確かに僕に向けてじゃなかったし、過去の誰かを指して慈しんでいた。でも今こうして僕を抱いて好きだと伝える言葉に陰りはまるで無い。
     虚実ない混ぜの言葉だと分かって居ながら、彼の好意を跳ね除ける強さは今の僕にはなかった。

    「ぼ、くも、好き」
     丸まった身体をゆっくりと解き、両腕を彼の首に回すと前髪が触れ合うほどの距離で視線を合わせた。
    「僕はずっと待ってたんだ、この時を」
     僕にとってこの世で最も尊ぶべき存在の彼が意志の強そうな赤の瞳から一粒涙を溢した、そしてぽたりと僕の腕に落ちる。宝石から溢れたかけらは当然宝石のようで、腕の輪郭に沿って垂れていくのを勿体ないと目で追いかけて居たが、伸びてきた彼の掌が僕の頬を捉える。



     それはちょっと切なくて、しょっぱかった。










    【3.リスポーンキル】






    「最近、みんなの様子が変なんだ」
    「どんな風に?」
    「ミサトさんとアスカ、全然喋らなくなったし、綾波....、あ、同じ部活の、子....なんだけどね、突然人が変わった、というか.....知らない人、別人みたいで」
    「うん」
    「大きい怪我したんだ、この前」
    「心配かい?」
    「そりゃ勿論心配だよ、友達だから。.....でも、今は友達かどうかさえもう分からないんだ、薄情だよね、僕」
    「そんな事はないさ、人は変わってしまうからね、対する気持ちも変わってしまうのはお互いに仕方のないことだよ」
     
     僕らは恋人となった。恋人としての彼はそれはもう、べらぼうに良い男だ。
     顔や声が良いのは勿論最初からだったけれど、そこに僕への際限ない優しさが加わった。いや、優しいことこそ最初からだったけれど、それとはまたひと味違う。
     ただ恋人と言ってもそれらしいことはあまりしたことはない、デートどころか公園から出たことすら無い、でも代わりに本を読むより目を合わせて手に触れながら会話をすることが多くなった。
    「僕、カヲルくんに甘やかされてばかりだなぁ」
    「そんな事はないよ、頑張っている君を出来る限り応援したいだけさ」
    「それを甘やかすっていうんだよ」
    「知らなかったな」

     僕を取り巻く環境は、時間が経つにつれてどんどん悪くなっていった、でも僕にはそれを止める力も気力もない、だから余計に夢心地で居られる彼との時間に溺れて行く、彼と一緒にいると何もできないちっぽけな自分も、今更もうどうにもならない複雑な人間関係も忘れられてとても居心地がよかった。
     




     その日は珍しく、彼は公園の砂場に立っていた。何故だか神妙な顔をしている、開けた場所にある公園で彼の存在は遠くから確認できた。口元が動いていて、会話をするように時々途切れた。
    (一体誰と話してるんだろう)
     漂う雰囲気からなんとなく声をかけ辛くて、公園の花壇の側にしゃがみ込んで終わるのを待ってた。
    「いや、それは問題ないよ。........分かってる、僕が今まで君たちの願いを叶えなかった事はないだろ」
     怒っている様な、呆れている様な声色を聞いたのは初めてで、少し怖い。
    「此処には干渉するなって言った筈だけど?.....うん、.......そうだね、従うしかないけれど、 だから強行突破した、君たちの予定が繰り上がる事はすまないとは思うよ、微塵くらいは。

    ......サードチルドレンは今まで通りだ、特に問題ない」

     ─聞こえてきた単語にガラガラと心がブロックみたいに崩れていくのが分かった、サードチルドレン?僕の事だ、でもそれはNERVでの呼び名だ。
     君は父さんと関係してたの?
     僕のことを最初から知ってたの?
     僕を監視していたの?
     僕の心を支配するために優しくしたの?
     僕に好きだと言ったのはうそなの?

     そうだ、嘘だ
     こんなの嘘だ

     問い詰めたくなる言葉が山の様に喉から溢れ次第に呼吸の間隔がつまり始める、は、と浅い呼吸を繰り返し、酸素過多の身体は手足の末端から痺れて来た、両掌を持ち上げると微かに震えていて、このまま死んでしまうんじゃないかとも言う恐怖が余計に呼気を乱す。
     気付いたら目の前に白いハイカットのスニーカーがあった、膝を追って同じ目線にしゃがみ僕の丸まった背中と折り畳んだ足を引き剥がす様に強引に解く、僕は抵抗して伸びて来る手を震える手で払う様に動かす。

     触るな、触るなってば。裏切り者。

     まともに喋れないなりに言葉にならない呻き声で威嚇するけれど彼の手は僕を押さえつけるのをやめない、今の僕は赤ちゃんがぐずってるみたいだ、でも今彼には触られたくなかった。今までで1番強い力で顎を掴まれ上を向かせられる。
     彼の表情は今にも泣きそうに歪んでいて、その表情のまま口付け、僕の目元を掌で覆い隠した。
     カヲルくん、教えてくれなきゃ分からないよ、どうしてそんな苦しそうな顔をしてるの。

      ちゃんと教えてほしいよ、僕は君が好きなんだよ。

     僕にはもう君しか居ないんだから。





    「シンジくん、ごめん」
    「謝られたって、許さないよ」
    「許されなくても良いよ、でも僕が君の為に在ることは、疑わないで」
     呼吸が落ち着いて正面から抱き合ったまま花壇に凭れて話していた。僕の頭を胸に抱いてゆっくりと撫でる掌に安心してしまって、目を閉じたまま不貞腐れる。
    「君がもし誰も信用できなくなって、僕のことすら嫌になったら教えて」
    「.....どうするの?」
    「壊すのさ」
     穏やかな声から物騒な言葉が当たり前みたいに吐き出されるから、尚更恐ろしく感じる。
    「僕が君にできる、最大限の努力だ」
    「はは、なにそれ、しなくていいよ僕のためになんて」
    「違うよシンジくん、僕がしたいだけなんだ」
     彼のは誰が聞いたって自己犠牲だ、神様が人間として生まれてきたらこんな感じなんだろうなと漠然と思った、成る程信じてしまいたくなるわけだ。



     でも彼は突然居なくなってしまった。

     使徒襲来に街が半壊した途端いつもの公園に彼は現れなくなった、ああ、学校のみんなと同じように家族と何処かに行ってしまったんだと思った。
     当然だ、こんな街で暮らしては行けない、それでも彼だけはずっと僕のそばを離れないと、そう思っていた。

     僕にはもう戦う理由がなかった。





    「もういやだ、もう嫌だ、嫌だ、嫌だ」
     コックピットの上で頭を抱えて体を丸める、自分すら守れないのに、それでも何かに縋る。

     アスカが乗ったエントリープラグが目の前で捻り潰されるのを見てた、
     綾波が使徒もろとも血飛沫をあげて破裂するのを見てた、
     僕には見てることしかできなかった。

    「もういい、もう要らない、こんな世界は救いたくない、僕の大切な物を奪っていくんだ、全部消えて無くなってしまえ......」





    「そうしようよ」




     久しぶりに聴いた彼の声はいつもハイトーンなのに、平坦で抑揚のない声だった。
     目の前に彼がいる、操縦席を跨ぐ様にして、いつもみたいにポケットに手を入れて笑ってる。
     ミサトさんが耳元で叫んでる、なんだろう、何を言ってるのかわからない。
    「初号機の彼女がアイツを倒してくれてよかった、僕ら現れていいのは一体ずつって決まっているから」
    膝を抱えていた両手を取られ顔を上げると彼は手を引くようにゆっくりと立ち上がる、彼に触れられたことに驚いた、強引さはなかった。僕の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだけど、お互いの表情を少しの時間見つめた。
     僕は現状を忘れ、何処に居たのかどうして此処にいるのか聞きたかったけど、彼が何かまずいことを初めてしまうんじゃないかと思って必死に様子を伺った、いつもと変わらない笑みで不安げな僕を安心させる。周りの空気が変わったのがわかった。




    「離れないで」

     
     瞬間。コックピットからエヴァ、何から何まで彼の足元へ全て飲み込まれて行くのが見えた。
     僕らはエヴァの中にいた筈なのにいつの間にか外に放り出されてた、なのに僕らはその場から動いてないみたいに中に浮いていて、地面が剥がれて行くのが見えた、アスファルトが何の力に押し潰されて行くのか分からない、でもお互いに押し合って質量に関係なく圧縮され続け、ついには空間が歪んで光も届かない真っ黒な穴が空いた。
     どこまでも黒くて深いのか浅いのかも分からない大きな穴は広がっていった。
     もう僕の脳は受け止めきれなくてキャパオーバーを起こしてる。これから何が起こるのか分からない僕はただ黙って彼の顔を見てた。
     半壊した街から穴に向かって次々に飛んでくる。見覚えがあるものも混じってた、ミサトさんのマンションのベランダ、学校のフェンス、あ、あれはカヲルくんと2人で並んで本を読んだベンチだ、パラパラと木片になって崩れて行く、初めて一緒に話したブランコが紙みたいに簡単にぐしゃぐしゃにねじ曲がる、不思議な力で世界が壊れて行くのを僕は黙って眺めていた、多分、僕は今夢を見ているんだと思うんだ、だってそうじゃないとこんな事ってあり得るのかな。
     ぼくは彼と出会った時から、ずっと夢を見ているんだと思う
    「カヲルくん」
    「なんだい」
     集中していた彼に話しかけると世界が崩れて行く速度が緩まった、
    「僕は夢を見ているのかな」
    「君がそう思いたいなら、夢なのかもね」
    「そんな風に言われてもよく、わからない、よ」
    「夢や心、曖昧なものは嫌い?」
    「嫌いじゃない、けど、不安だ」
    「なら、これは現実だよ」

     広がる穴はもう数キロ先まで伸びてる、遠くの方で見たことのないエヴァが見えたがすぐに見えなくなった。
    「....カヲルくん」
    「老人たちの悪あがきかな、あれは僕が乗る筈だったものだね、安心して、魂の無いものに槍が使えないのは本当の事らしい、きっと君が最後の砦だったんだろうね」
    「何を言ってるの、わからないよ、僕を、置いていかないで」
    「置いていかないよ、僕は君と共にある」
    「嘘だ、君は僕を置いていったじゃないか」
    「....違う、...いや、そうだね、ごめん、僕は僕で君を救おうと必死だったんだ」
     でもそれは言い訳にならないねと酷く落ち込んだ。

    「カヲルくんは何をしようとしているの」
    「破壊だよ、僕の力では君の望まない世界を作り替える事も、書き換える事も出来ないからね、壊す事しか出来ないんだよ」
    「僕が望んだからなの」
    「いいやシンジくん、違う。
    この罪は僕のもの、君への想いを形にしたもの

    これが僕の君への愛だ」

     穴はあっという間に広がっていって、気付けば大地は見渡す限りの黒だった、そしてその黒は青い空すら吸い込んだ。ぐしゃりと空に皺が寄る、掃除機に吸い込まれていく新聞紙みたいに、簡単に。

     行くとこまで来てしまっていっそ冷静だった、僕に彼は理解できない、でも彼が僕を愛している事だけは理解した、それでいい、それで十分だ。






     静寂が訪れた。
     雑音のない世界は心地いい。




    「これからどうするの」
    「君が望む地球が生まれるまで、長い時を待つのさ」
    「どれくらい長いんだろう」
    「途方もない、永遠と思える時間だろうね、きっとリリンである君の自我はこの時間旅行に耐えられない」
    「.....カヲルくん」
     急激な眠気が僕の意識を襲う
    「それまで眠っていて、僕が君を、君の望む場所へ連れて行くから」
    「まってよ、かをるくん」
    「どうしたんだい?」
    「ぼくも、きみ、を.....ぁ....」





    「.....おやすみなさい、愛おしき僕だけのリリン」












    【4.スポーン】



    「はぁ、仕事が忙しいとゴミを出す手間さえ惜しいよなぁ....」
     パンパンに詰まった半透明のゴミ袋を2つ、シンジはマンションの狭い通路を身体を斜めに煽りながら進む。
     駅から徒歩五分圏内の立地とエレベーター付きにしては安いマンションだが、何かと古くて狭い廊下やエレベーターは乗り込む時も他の住人がいてはゴミ袋2つは乗り切らない。2度ほどエレベーターを逃してからゴミ捨て場に千鳥足でバランスを保ちながら歩き、いつからあるのかカラカラに干からびた白菜の芯や生うどんの袋が残ったままの管理の悪いゴミ捨て場にゴミを放りカラス除けのネットをかぶせた。
     それだけで朝はなんだかクタクタで、それでも手に残る若干の達成感に浸る。仕事が忙しくあまり家に帰れていないのが現状だが虫が湧く前に処理してしまえてよかった。

    「おはよう」
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    Replies from the creator

    mr53qp

    MOURNINGpixiv投稿用に書きましたが限界を感じたので供養します。
    ⚠️何でも許せる方のみの閲覧をお願いします
    ⚠️エバの設定とやや違ったり辻褄が合ってない場合があります、雰囲気で読んでください
    ⚠️イメージ時間軸は貞と庵の間くらいです。

    途中で終わるしメモから起こしてたので展開急だったりします、推敲終わってないくせに二万字あるので暇つぶしに使うてください....。
    カヲルくんが自分の為に全てを壊す話【1.永劫回帰】


     昔から人と接するのは苦手だった。人から褒められようと貶されようと相手の真意が分からない限り本当の意味で自分の心は満たしてはくれないから。
     それでも傷付くような事を言われれば簡単に傷付いたし、褒められればそれがその場限りの建前であっても嬉しかった。
     相手の真意が自分には分からないと分かっているのに、分かりやすい表面上の良し悪しを結局は求めてしまう自己矛盾をずっと抱えながら生きてきた。
     誰かの良い子でいればまず傷付かない、居場所を用意してもらえる。最低限人の役に立っていればこんな僕でも生きていても良い、それが両親に捨てられた僕なりの生き方だった。

    「父さんが、ですか」
     僕にあてがわれた小さなプレハブ小屋にはベッドと机と、幼い頃新品で買ってもらったチェロ、教科書と貰った本と参考書と...数えればそれくらいしかなかった、買って貰えなかった、と言うよりはそれくらいしか強請った事がなかった。
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