一輪、「はい、どうぞ」
そう言って差し出されたのは、一輪の白い薔薇。
驚きに目を瞬くもアーサーは、少し懐かしさにも似た気持ちについ口元を綻ばせる。
ありがとう、と差し出される花を受け取りながらも「急にどうしたんだい?」と騎士は尋ねてみた。
差し出したであろう当人、マスターの少年である立香はやや照れくさそうに笑いを溢しつつも答えはシンプルなものだ。
「なんとなーく、ってことで」
たまたま素材を集めることを目的とした簡易レイシフト先で沢山の薔薇が咲いているのを見つけたのも、きっかけの一つ。
その際に、最初に薔薇の花を差し出した日のことをふと思い出し、それでひとつだけ持ち帰ることにしたのだと少年は話す。
そういえば、そんなこともあったなとアーサーもふと思い出し、浮かべたのは苦笑。
元は日頃のお礼のつもりで用立てたものが、配分ペースも狂ってしまい、最後には失態を晒してしまったという思い出。
それでも少年は笑っていたし、最後には一緒にお茶を楽しんだこともちゃんと覚えている。
でも騎士は困った。あの時と違って今はお礼の準備など何もできてない。
アーサーの考えていることに気づいたのだろう、立香は小さく笑って「今回はそういうのじゃないよ?」と首を傾げてみせた。
「じゃあ、ひとまず…お茶を入れるということでどうだい?」
今すぐに出来そうなことでお返しをと思い至ったアーサーがそう尋ねれば、向かいに立つ少年の表情が、ぱ、と一段と明るさを増したかのように思えた。
これは急がねば、とでも思ったのか少年は騎士の手を取る。
「お砂糖とミルクもたっぷりね」
甘いのがいい、と表情を緩める少年に手を引かれながら、アーサーも微かに笑いを零し、ゆっくりと足を進めていった。