慢心それは少しの慢心。
1度目の浮気を簡単に許されたから。
こいつらなら多少の事では離れていかない。
許してくれるだろう、と。
最初から『そういう奴』という風に演じてきたからもう少し大丈夫だろう。
ここまでしてもあいつらはまだ自分を好いてくれるだろう。
どこまで行っても、きっとあいつらは俺を見捨てはしない。
だって俺の事が好きだから。
許される度に歯止めが効かなくなってくる。
「しゃーないなぁ…俺らじゃなかったらとっくやでとっく!!」
「ほんまにな!次はないからな!」
そう言いながら笑って迎え入れてくれる2人の腕の中は自分のした事とは裏腹に大層心地が良かった。
そんな事を何度も何度も繰り返す。
その心地良い時間を味わう為に何度も何度も。
次第に疲弊していく2人に気付きながら。
「零、また浮気したやろ」
ぽつり
騒がしい居酒屋の喧騒にかき消されそうなほど小さな声が落ちた。
「バレちまったか」
いつも通り悪びれもせずに笑って酒を飲む。
だって2人は許してくれるから。
「…いい加減もう疲れたわ」
「…ぇ、」
ぐわんと視界が揺れた。
「次は無いって何回言った」
怒りも悲しみも何も含まない無機質な声が次々と襲いかかってくる。
「なんかもう悲しくもない。またかって感じや」
「知っても怒る気力も湧かん」
「こんなんで俺ら付き合ってるって言えるん?」
「もう零が好きかどうかも分からん」
「一緒におっても心揺さぶられへん」
「楽しくないんや」
まるで打ち合わせをして来たかのようだ。
自分が口を挟む余白の一つもありはしない。
「別れよか、俺ら」
そう言い残し2人は席を立つ。
「勘定は済ませとくから適当に帰ってな」
「ッ、俺の意見は聞かずにその一言で終わらせようってのは虫が良すぎねぇか?」
どの口が言うんだ、と返してほしかった。
怒ってほしかった。
それなのに2人は「ごめんな」と謝る。
「ほな、ね」
「次は打ち合わせで」
それは少しの慢心。だったはずなのに。