西の辺境の戦場にて・2敵兵が撤退するのが見えて、戦は一段落した。味方の兵士や傭兵たちは一様に疲労と安堵を表した。リカルドは一通り辺りを見渡した後、漸くライフルを収めた。硝煙や砂塵が舞う中、味方の無事を確認しながら歩いていると、ハスタが槍の穂先を地面に刺して蹲っているのが見えた。彼の周囲には一際死体が──原型を留めていない形も多く──堆く倒れている。血肉がそこかしこに散らばっている。あまりの悍ましさに、味方の誰も彼に近付こうとはしない。リカルドはハスタの様子が少しおかしい事に気付き、眉を顰めながら彼に歩み寄った。
「ハスタ、何をしている」
声を掛けると、ハスタはゆっくりと振り返ってきた。特に何でも無さそうな──というより、何を考えているのかさっぱり分からない──表情をしている。しかしよく見ると、口元が僅かに歪んでいるような気がする。
「……どうかしたのか?」
心配という訳ではないが、一応リカルドは問い掛けてみる。
「えー。さてさて、オレは一体どうしたのでしょうか?と言いたいところだけれど緊急事態なので問答は却下させていただくポン」
小さく開かれた口から全く淀みなく言葉が紡がれた。相変わらず頭が痛くなるような話し方をする。リカルドは早くも声を掛けた事を後悔した。そんなリカルドの気持ちも知らずハスタは言葉を続ける。
「膝に矢を受けてしまったのでオレ様一歩も動けないのです。そういうワケでせっかくなのでリカルド氏に介抱してもらおうと考えちゃいました」
「膝に矢、だと?」
リカルドは疑惑の目でハスタを凝視した。真っ赤な服を着たハスタの全身は返り血で染まっていて、全く怪我の様子が解らない。膝に矢を受けた、と言ったが膝にも何処にも矢らしきものは見当たらない。既に抜き取った後なのだろうか。ふと気が付いた。腹部のベルトが斬り裂かれ、肌に裂傷ができている。そこから多量に出血している。驚きと同時に怒りにも似た呆れをリカルドは感じた。
「貴様……ふざけたことを。頭に血が回らなくなってとうとう壊滅的におかしくなったのか」
怒りに滲んだ声を出しつつ、リカルドはハスタの傍らにしゃがみ込み、傷の具合を確かめた。別にハスタを労る気持ちは無い。この“戦場”において、仮にも“味方”が、生命に関わる事象を冗談交じりで伝えてきた事が許せなかった。
「いやはやこの通り意外と元気デスよ。それよりもキレたリカルド氏の恐ろしさに寿命が縮みそうなオレなのでした。きゅっぴん」
しかしやはりリカルドの気持ちもよそにハスタは薄ら笑いを浮かべている。緊急性皆無なこの顔にリカルドは殺意を覚えそうになる。
「死にたいのか貴様は。見捨てられても文句は言えんぞ」
「いやん、酷いリカルド氏。なに?ここはアレですか、死にたくなーいと叫ぶところデスか?」
「……何ならここでトドメを刺してやろうか」
「キャー、こわーい!ボクちん泣きそう!」
言動はともかく傷が深い事は確かなので、リカルドは観念しつつハスタを助ける事にしたのだった。
リカルドはハスタに肩を貸してやった。ハスタは細身そうな外見に反して長身であり、かなり重量がある。まるで巨大な──例えば、ハスタが普段扱っている長大な槍のような──武具でも抱えているかのような重み。それに加えてべっとりとした血の感触、至近距離からの軽口。凄まじく嫌になりながらも前線基地まで運んでやった。
治療を務めた衛生兵が恐々としていて気の毒だった。ハスタはそんな風に周りから忌避される存在だ。リカルドの他には誰も彼を助けようとはしなかった。
「やー、助かりましたワ~リカルド氏。感謝感激感涙でございマス、このご恩は一生忘れません」
テント内の簡易ベッドの上に大の字で寝転びながらハスタは言う。貧血のせいで元々色白の肌が更に白く、蒼褪めており、包帯に身を包んだ姿はなかなかに痛々しいものがある。が、言動は全く変わらぬ調子。
極めて不快だが、大事がないのは何よりだ。そう思い至ってから、リカルドは深い深い溜息を付いてハスタから目を逸らした。
「二度は無いぞ」
言いながらリカルドはハスタに背を向け、その場を去ろうとした。
「リカルド氏ってばツンデレですわね」という言葉が最後に聞こえた気がしたが無視を決め込んだ。