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    スドウ

    @mkmk_poipoi

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    スドウ

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    【主明】明智にベタ惚れなぺごが、オフの明智と普通の高校生らしいことをしようとする話。コープランク5くらい。多分ぺごは無印を経ている。

    ★フォロワーにもらったシチュお題「秋の涼しくなってきた夜」のつもりが全然違うことになった。
    ★運命のふたりになるのよとは言うが、このぺごは明智の運命になれない。かなしいね
    ★作業用BGM「新・チョコレート事件」

    運命のふたりになるのよ こうして、俺の中に好きが降り募っていく。出会って三ヶ月だというのに、こんなにもベタ惚れなのは、あいつが俺にそう思わせるせいだ。
     吉祥寺、ダーツバーの入口横。二人の間で、暗黙の了解となった待ち合わせ場所。肩の高さで左手を掲げた好きな人の姿を見て、俺は自然と小走りになった。夜になって突然冷えてきた風が、火照った頬を撫でる。四軒茶屋を出る時は肌寒いくらいだったそれが、今は心地良かった。
     胸を高鳴らせながら、そいつの真正面で足を止める。同じ高さにある瞳が細まって、探偵王子の名に相応しい完璧な笑顔を浮かべた。夜の挨拶が、二人だけの時間の始まりを告げる。
    「待ったか?」
    「近くの喫茶店に入ろうか、考えてた所だよ」
     今みたいな明け透けな言葉が好きだ。でも本当は、今来た所だと言ってほしかった。そういう気遣いがほしいわけじゃない。肌寒い中、相手を外で待たせてしまった事が心苦しかった。
    「そんな早く着いたなら、連絡入れてくれても良かったのに」
    「待たせたお詫びに、と君が言い出すのを期待してたりなんかして」
    「じゃあ待たせたお詫びに、良い事を教えてやろう」
     自分が着ている服の胸元を摘む。出掛けにダンボール箱から引っ張り出した、黒いカーディガンだ。相手を呆れさせると思っても、言わずにはいられなかった。
    「今日の俺たち、ペアルックだな」
    「まったく同じ服を着てるわけじゃないから、厳密には違うけど。でも、そう言われるとなんだか変な気分だね」
     あとどこがお詫びなの、とやっぱり溜め息を吐かれた。いつもと同じ光景が新鮮に感じられたのは、相手の服装のおかげだ。
     超名門校のブレザージャケットじゃなく、アイボリーのカーディガンを羽織った明智吾郎は、まるで「ごく普通の高校生」のように見えた。手に持ったアタッシュケースだけが、そんな学生像から浮いている。
     頭のてっぺんから足先までじっくり観察しそうになるのを、一瞥するだけに留める。でもやっぱりレアだから、何度もチラ見してしまった。
     いつものジャケット姿は、テレビ出演している時の事を思い出させるからか、正装としての印象が強い。その制服自体も着られる人間は限られている。それに比べ、カーディガンというありふれたアイテムは、明智に付加された様々なフィルターを外してくれるようだった。
    「そんなに珍しい? 私服も似たようなの着てるけど」
    「袖があるのとないのとじゃ全然違うだろ」
     というか、夏場にベストは暑くないか? 確かに部屋の冷房が寒いと感じる時もあるけれど。
     これは思っても口にしない。話題の人物として、大衆の目を意識した服装だということは察している。清廉潔白・品行方正な明智吾郎らしい服装。こいつなりのセルフプロデュースの結果だろうから、俺が口出ししてもしょうがない。今の格好だって、ラフだけれど、明智らしさから外れていなかった。
    「仕事帰りだって言ってたよな? 上着持ち歩いてるなんて準備良いな。探偵はこの気温差も予見済みか」
    「まあね、と言いたいところだけど。今朝は天気予報をチェックしないまま、家を出ちゃってね。カーディガンはここに来るまでに買った、新品だよ」
     観察すれば、生地は一切毛羽立っていなかった。肩のラインも、まだ明智の形に馴染んでいない。鼻を近付けたら、きっとおろしたて特有の涼やかな香りがするだろう。
     しかし、わざわざ「新品だ」と付け加えたのが引っ掛かる。自分の隣を歩くなら服装にも気をつけろ、と言われているような気分になった。梅雨の時期、俺を値踏みするように見た後で「君なら大丈夫だよね」なんて言われたことを思い出す。
    「新品って気分良いよね」
     にこりと爽やかに、明智が笑い掛けてくる。
     そうだな、新品って良いよな。俺のカーディガンなんか、去年から使ってて、肘とか脇に出来た毛玉が気になってるからな。
     カチンと来るより先に、明智が俺に向けたささやかな嫌味とマウントに気付けた事が嬉しかった。出会った頃の俺なら、額面通りに言葉を受け取った筈だ。言外の意味に気付いた時には、ヤなやつと眉を顰めていただろう。今の俺は、明智のそういう底意地の悪い所がすっかり癖になってしまった。好きに、なってしまった。
     それはそれとして、苛立ったのも事実。そっちがケチを付けてくるのなら、俺もそうしてやろう。
    「でも、それはない方が良いと思う」
     胸元から垂れ下がる、縦ストライプのタイを指す。ブレザージャケットと同様に、明智吾郎を構成する断片だ。世間で話題の探偵王子の胸元を飾るもの。俺の目を引き、「ああ、明智だなあ」と胸を切なくさせるもの。それが、凡庸な市販品のカーディガンとミスマッチに見えた。
    「ああ、君もそう思う?」
    「も……」
    「鏡で見た時、どうしようか考えたんだけど。時間なかったから、そのままにしてたんだよね」
     明智はあっけらかんと言い放った。
     俺を見つめたまま、二、三歩寄って、タイをカーディガンの中から引き出す。俺の影で暗くなった首元に左手をやり、人差し指をタイに引っ掛けた。生地を傷めないためか、結び目はゆっくりと解けていく。
     吉祥寺の穏やかな雑踏の中に、衣擦れの音が紛れる。人知れず、「探偵王子の明智吾郎」が「ただの明智吾郎」になる。その瞬間を、俺だけが目の当たりにしている。頭が沸き立つくらい、強烈で煽情的な視覚情報だった。
    「どう?」
     タイをスラックスのポケットにしまって、明智が目を細めた。優しげな瞳には、これで満足かと問うような挑発の色が混じっている。そんな視線さえ心地良かった。
    「うん、良くなった」
    「珍しく君と意見が一致したけど、まさか服装のことで、なんて。君への認識を改めなきゃいけないね。ほら、例の変装の時なんか酷いものだったからさ」
    「あれはわざとやったことだから。あ、写真残ってるけど見る?」
    「もう一度言っておいた方が良い? 肖像権って知ってる?」
    「知ってる。写真も嘘。撮ってない」
    「その言葉、信じるよ?」
     軽い口遊びも終わったし、行き先の算段を始める。明智が知ってる、ちょっと背伸びした大人な遊び場。上京一年目の俺が知ってる、生活圏内と観光スポット。本当は今日も、ビリヤード勝負のリベンジを挑もうかと思っていたけれど。
    「たまには、普通の高校生らしく過ごしてみないか? 明智、この後完全フリーなんだろ?」
    「そうだけど。前も言ったように、僕はそういう感覚がズレてるみたいだから。君の言う普通の高校生って、どこへ遊びに行くものなんだい?」
    「今まで行った場所を除くと。カラオケ、映画館、漫喫、……どっちかの部屋?」
    「へえ。人目が気にならない密室ばかり、だね」
     思案するように、明智が顎に手を当てた。声のトーンを抑え、ひっそりと呟く。明智が時々出す低めな声も好きな俺は、思わずドキリとした。
    「ああ、ごめん。着眼点が違うよね。仕事柄、つい」
    「普通の高校生はそういう言い方をしないので、気を付けるように」
    「あはは。でも、気になるのは本当。君は、僕と一緒にそこへ行って、何をするつもりなのかな」
     隠されたものを探るため、明智が囁いた。
     「ただの明智吾郎」が、俺の心の内を暴こうと探偵の顔を覗かせる。俺も職業病かもしれない。明智の目を見て、心が踊った。普通の高校生らしくと自分で言ったくせに、怪盗の部分が高らかに笑っている。正体を隠して、翻弄してやりたい。探偵の目を、視線を盗んでやりたい。――いやだから、今日はもうそういうのなしだって。
    「カラオケなら、お互い知らない曲ばかりで微妙な空気になるとか。映画館なら、公開終了間近のやつをレイトショーで観るとか。漫喫なら、ソフトクリームとスープを延々に交互食べするとか。家なら、宅配ピザ頼んで、DVD見たり、ゲームして、そのまま寝落ちる……とか」
     明智は、尚も見つめてきた。俺の言葉の裏、真意、隠しているものを見透かし、暴こうと目を光らせている。
     明智には悪いけど、今の俺は駆け引きしようだなんてこれっぽっちも考えてない。……あわよくば、とかも考えてない。ちょっとで良いから手なんか繋いだり、密着出来たりしないかなとか、全然、考えてない。本当に。本当だって。
    「ダメか?」
    「それが世間一般でいう普通かは疑問だけど……。うん、いいよ。行こうか」
     行き先を問われるが、カラオケと漫画喫茶は難色を示されるだろう。映画館とどっちかの家。俺が一番興味あるのはもちろん――
    「悪いけど、僕の部屋はダメだよ」
     尋ねる前から、しっかり釘を刺された。興味はあっても、返事は一ミリも期待していなかったから、ダメージは少ない。少なかっただけで、入ることは入ってる。
    「……駅前に、映画館が二つあったよな?」
    「決まりだね」
    「最初からほぼ決まってるようなものだって、今気付いた」
    「ええ? カラオケでも漫画喫茶でも、僕は別に構わなかったけど?」
    「じゃあ、漫喫行く?」
    「実は、気になってる作品があってね」
    「そういう所だぞ」
     俺が渋い顔をすると、明智は歯を見せて笑う。爽やかさに悪戯っぽさが混じる表情だった。今の、普通の高校生っぽくて好きだな。ちょっと面倒くさい所があるけど。そういう所も大好きだけど。ベタ惚れだけど!
     駅までの道すがらも、ジトリとした目付きのままでいると、明智が顔を覗き込んできた。呆れたといった具合に、鼻を鳴らされる。俺が機嫌を損ねてると勘違いしたらしい。
    「そんな顔しないで。どれが不満だったのかな? 僕の部屋のこと? それなら近い内、ルブランへコーヒーを飲みに行くからさ。その時、君の部屋でDVDなりゲームなり付き合ってあげるよ?」
     ね、と明智が小首を傾げた。カーディガンの上に、長い髪先が乗る。
    「それで許して?」
     甘やかな声が、俺の鼓膜を震わせた。
     初めて聞いた。なんだそれ。お前そんな声も出せたのか。
     それが俺に向けたものだと思うと、嬉しくて、頬が緩んでしまうのを唇を噛み締めて堪える。
    「……別に怒ってないけど、許す」
    「今、余計に怖い顔になったけど」
    「気のせいでは?」
    「……そういうことにしておくよ」
     その後は、ショッピングセンターの地下にある映画館で、ミニシアター系作品を観た。平日夜で観客数が少なかったおかげもあって、探偵王子に気付く人はいなかった。
     俺と「ただの明智吾郎」は映画を観た後、コーヒーチェーンで軽食を取りながら映画の感想を言い合って、駅で別れた。四軒茶屋に着く頃にはSNSにメッセージが入ったりして、自分の中に溢れてくる慕情を何度も噛み締める。そして、やっぱり手を繋げば良かったなと後悔して、次会える日を心待ちにする。
     心の中で好きだと呟く度、頭に浮かぶ明智は嫌悪の表情をしている。そんな顔見たことないから、不思議な話だけれど。でも、一目惚れだから。どんどん好きになっちゃったから。お前が、そう思わせるようなことをするから。今更、知らない頃に戻れない。
     探偵に心を盗まれるだなんて、怪盗かたなし。葛藤さえもスパイスにして、今日も俺の中に明智への好きが降り積もっていく。


    2022.09.23
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