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    スドウ

    @mkmk_poipoi

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    スドウ

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    【主明】お節介焼きなぺごと焼かれる明智の6月13日と17日。正義コープ2と通学イベントまんまの話。
    ロイヤル1周目、軽い気持ちで吉祥寺見たら明智の名前があって、本当にいる・動いてる・喋ってるでめちゃくちゃ感動した思い出。忘れられん。

    まどろみプラム -mad roam- 雨の日。レンズの中の世界は、まるでまどろみのように輪郭がにじみぼやけ、蓮に非日常を運んでくる。
     ぱつぱつ、ぽつぽつと、そこら中から雨粒が弾けては蓮の鼓膜を震わせる。濡れた路面に街灯や店舗の光が混ざり落ち、優しく色付く。視線の先、光に透けた柔らかな髪が、耳に掛けられる。露わとなった横顔は顎を緩く持ち上げ、黒く煤けた六月の空を見つめていた。
     四軒茶屋から電車に揺られ約三十分。雨の中、吉祥寺まで足を運んだのは怪盗お願いチャンネルに書き込まれた人物を調査するためだった。
     ターゲットの情報は予想より早く手に入り、さてこれからどうしようと首を捻る。折角だから、竜司と行ったダーツバーに寄ってみようか。モルガナもダーツって出来るのかな。そんなことを呟きながらハーモニー横丁の酒気と喧騒の中を突っ切り、ペンギンスナイパー目掛けて十数歩。蓮は今日二度目の偶然と巡り合った。
     店へと続く上り階段の横に、白い影が佇んでいる。覚えたてのシルエットだった。
     初めて会った時、相手はブレザーに黒の革手袋という出で立ちだったせいか、剥き出しの腕はやや心許ない。今朝、渋谷の地下鉄ホームで声を掛けられた時もそう思った。素手なのも、余計に目を引く。だからつい、彼の指先が自らの髪に触れるのを追ってしまう。
     横風に乗った雨が、蓮の腕に降り掛かった。傘に入っていても、半袖シャツはうっすらと湿ってしまっている。
     彼も濡れていないだろうか。店舗テントの下に居るとはいえ、彼の足元には歪んだ水玉模様がまばらに散らばっている。
     そもそもどうしてあそこにいるんだろう。誰かを待っているのか、傘を持っていないのか。顔を上げて、何を見つめ、何を考えているんだろう。
    「なぁどうしたんだ。そこのダーツバーに行くんだろ?」
     鞄から飛び出たモルガナが、左肩にのしかかってきた。蓮にはその訝しげな声が聞こえたが、普通の人間にはにゃあにゃあ愛らしい鳴き声が届いたのだろう。高い声はよく通る。
     空を見上げていた顔が、やおら振り返った。遠目からでも、その瞳がより肥えてまん丸になったのがわかる。見つかってしまった。
     微笑みと共に左手をひらつかされたら、応えないわけにもいかない。げぇっアケチ、と引っ込んだモルガナを鞄ごと抱え直しながら、蓮はテントの下へと入り込んだ。
    「驚いた。今朝ぶりだね」
    「ほんと、偶然」
     居心地の悪さを覚える蓮の前で、明智は吉祥寺にはよく来るんだとつらつら話し始める。蓮もそうなのかと問い掛けられたので、たまたまだと素直に答えた。
    「今日は時間が空いちゃって、暇していたんだ。……ねえ君、時間はある? もし良ければなんだけど、上の店でビリヤードに付き合ってくれない?」
     思わず目を瞬かせる。
     今をときめく(らしい)探偵王子に、先週知り合ったばかりの自分がお誘いを受けるとは。恐らくとんでもないレア体験なのだろうが、相手は怪盗団否定派の名探偵(らしい)だ。そんな人物の前でボロを出さずにいられるか、まだ自信がない。だが逆に利用出来るかもしれない、というモルガナの言葉が脳裏を過ぎる。
     蓮が天秤を揺らす最中、明智の指先が自身の耳介を再び撫でた。淡い朱色を引いた肌が、唇が、息づく。
    「どうかな?」
     傾いだ首の上で長い髪が揺れる。肌にひたりと纏わり付いた毛先を辿れば、今朝見た時よりも彼の形良い頭の輪郭がより浮かび上がっているのがわかった。
     騒がしい雨音と重苦しい湿気が、蓮を追い縋る。天秤が、カタリと傾いた。
    「……初めてなんだけど、それでも良いなら」
    「構わないよ。そんなに難しくないから、話しながらでも出来るし。ほら言っただろう? 君とはゆっくり話してみたかったんだ」
    「社交辞令かと思ってた」
    「本気だったのに、ひどいなあ」
     じゃなきゃ連絡先も交換しないし、朝も声なんか掛けていない。
     肩を竦めて苦笑する明智に、蓮は自身のうなじをさすった。だって、テレビの出演者と観客――怪盗と探偵という立場ならば、そう思って当然だろう。
    「なら、思い切って誘ってみて良かった」  
     囁くような、その甘ったるい声が雨音と混ざり合う。微笑みが、レンズの中でぼやけて淡い光に彩られた。

     * * *

     都会の高校生は随分と洒落た趣味を持っているけど、明智は特別そうなのかもしれない。
     ダーツの時とは違う高揚と緊張に満たされながら考えたのは、そんなことだった。ダーツエリアには高校生らしきグループの姿があったが、ビリヤードエリアには自分たちの他に一人で黙々と練習する中年男性しかいなかった。
     明智との勝負には結局負けたが、初めてにしては上出来だったと思う。次はもっといい線を行くはずだ。そもそも相手は利き手でなかったのだから、勝つためにはより研鑽を積まなくてはならないが。
     階段を下りながら、覚えたばかりの感覚を反芻する。キューの握り方、姿勢、ボールを突く時の力加減。ボールが小気味良く弾ける音と、勝負と議論で熱帯びる明智の声。
     異世界とは違う非日常感を存分に堪能した後、日常へと帰還した蓮の前に現れたのは六月の憂鬱だった。
    「まだ降ってるのか」
     テント屋根からしとしと垂れる雨水に傘を紐解き、濃紺の花を咲かせる。夕方までは傘要らずだったのに。
     そういえば、明智はアタッシュケース以外の荷物がない。
    「明智は傘ある?」
     一歩先に外へ出て、振り返る。雨の中を濡れて行かなければならないのだとしたら、さすがにかわいそうだ。
    「折り畳みは持ってきているよ」
     怪盗と同じく、探偵も準備が良いようだ。
     明智はアタッシュケースの底を右腕で支えながら、固そうな留め具を指先で跳ね上げた。持つ時は必ず片手が塞がり、開閉の時には置き場がいちいち必要になる。頑丈そうだし、中身も探られにくいだろうが、アタッシュケースという物は少し不便そうだ。お洒落は我慢とも言うし、そういう類なのかもしれない。明智ならありえそうな話だ。
     風に煽られ、屋根下にまで雨が入り込んできた。荷物を探る明智の服や腕に、細かい雨粒がまぶされていく。蓮は自然と足を半歩踏み出し、傘の中棒を左肩へと預けた。紺色に陰った明智が、二拍ほど置いて薄型の平べったい折り畳み傘を取り出す。かさ張らない物を選んでいる所も何だか彼らしい。
     そのままケースを閉めようとした所で、天秤のように銀色がぐらりと揺れた。あ、と思わず漏れ出た声は一体どちらのものだったのか。
    「……っぶな」
     両手に冷たい金属の感触が伝わる。他人事のはずなのに、嫌な冴え冴えしさが後頭部を撫で上げ、脈も一瞬にして乱れてしまった。
     は、と息を吐きながら顔を上げる。同時に、目の前で雨粒がきらめいた。
     雫を飾った睫毛がひらめき、瞳が、視線が、真っ直ぐに絡み射抜いて離すことを許さない。きっと、先に離した方が負けになる。
     爪が、相手の指を緩く掻いた。肌の震えが伝わる。雨音が、纏わり付く湿気が、息遣いが、息苦しい、重くて、溺れそうに――――パチン。指を鳴らすように、アタッシュケースの留め金が閉まる音が響いた。
    「ごめん、助かったよ」
     離れていく重みに、蓮は両手を下ろした。
     肺に満ちた空気が内壁を心地良く刺す。冷ややかなそれは、ぼやけた意識の輪郭を鮮明にしてくれる。
     視線を落とせば、アタッシュケースを引っ掛けた手が折り畳み傘を握っていた。左手がカバーのボタンを外す光景に、蓮の指と両唇が疼く。抑え切れず、問い掛ける。
    「代わりに差してやろうか」
    「……そこまでしてもらわなくても、大丈夫だよ」
     傘が開き、くるりと回転する。
     蓮に向き直った明智が瞳を細めた。
    「今日はありがとう。ビリヤード、初めてにしては上出来だったね」
    「だろ? 次は勝つ」
    「それはどうかな。始めたばかりの初心者に勝ちを譲るほど、右手の僕は甘くないよ?」
    「目標は高ければ高い方が燃えるし。次までに腕磨いとくから。だからまた、誘ってくれ」
    「ふふ、わかった。時間が出来たら、その時は連絡するね」
     楽しみだなと目元を緩ませ、明智が歩道へと踏み出した。靴底が濡れた路面を擦り、水滴を散らす。
    「それじゃあ、また」
     背を向けた明智は、そのまま遠ざかっていった。駅の反対方向に何があるのか蓮は知らない。今の所、足を伸ばそうとも思わなかった。
     さて、と蓮はアーケードの方へ向かう。気を利かせて散歩へ行ったモルガナを寺の前まで迎えに行かなくては。もしかしたら回転寿司屋に魅了されているかもしれない。
     傘の柄を握る指を自らの爪で引っ掻いた。ちりちりと、こそばゆい。
     また。また今度。帰宅してから取った明智からの電話でも、またねと言われた。言葉が頭の中で不思議と巡っていく。
     またね。意外にもそれは四日後の朝、一度目の偶然と全く同じ場所で起きた。
    「また会ったね」
    「それはこっちのセリフ」
    「またすっきりしない天気だし」
    「それも同じ。今日は長傘?」
    「さすがにね」
     だから、彼の手は両方とも塞がっている。やはりアタッシュケースは不便そうだ。
     すっきりしないと言えば、と明智は連想ゲームのように心の怪盗団を話題に挙げた。劇場型犯罪を行う自己顕示欲の強い輩と表されたのは癪だが、次のターゲットについて見当もつかないと眉を下げる姿は少しだけ胸がすいた――渋谷マフィアのボスについて、手がかりがほぼゼロな自分たちも同じようなものだけれど。
     蓮が胸中で苦笑いを浮かべるのに対し、明智は思考迷路に夢中なようだ。疑問符を形作る傘の柄に両手を置き、石突きから滴った水溜まりへと視線を落としている。
     その後ろ髪が、彼の視界を遮るように揺れ落ちた。長い髪も不便そうだ。しきりに耳へ掛けるくらい。手を伸ばすと、それが届くより先に明智が後ろへ撫で付けた。空を泳ぐ手に驚いたのは、蓮だって同じだ。
    「意外とお節介なんだね、雨宮くんって」
    「……よく言われる」
    「じゃあ、お節介な君にお願い。怪盗団について何か噂を聞くことがあれば、教えてくれると嬉しいよ」
     怪盗団の動きから目が離せないんだ。気になって、仕方がないよ。
     秘め事のように囁いた唇は、何故か彼の肌を掻いた時の感触をよみがえらせた。もう四日も経っているのに、鮮明に。じわり、じわりと、指先が疼き出して、蓮は瞠目する。
     ホーム中を電子音が駆け巡って、ひどく騒がしい。まどろみのようにぼやける輪郭さえも覆い尽くす強い光が、二人の前を駆け抜けていった。


    22.12.26
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