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    sakura_bunko

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    2022.07.24発行予定の環壮R-18本
    センチネルバースもの(ガイド×センチネル)

    ※進捗は性的な部分を省略しています

    ##環壮

    環壮進捗「混乱状態に陥ったのが原因? ガイディングは受けなかったのか?」
    「先立つものがなかったんですって。次男なのをいいことに、ふらふらと音楽なんてやってたから」
    「確かに。家のことを兄にすべて押し付けた天罰かもな」
     うるさい。うるさい、うるさいうるさい! あなたたちに叔父のなにがわかる。あの人は裕福な暮らしこそできなかったけれど、確かに幸せだった。天罰なんてこと、あってたまるか。――壮五の拳に力が入る。
    「そういえば、お兄さんは?」
    「会長さんは取引先との会合だって。いくら仲が悪かったとはいえ、弟の葬儀の途中なのに、仕事で抜けるなんてなぁ」
    「ねぇ、あの子、こっち見てない? 聞こえてるんじゃないかしら」
    「どこ? ……あぁ、会長の息子さんか」
     叔父との別れを惜しむ様子もなく、小声でくだらないおしゃべりをしていた男女と目が合った。
     彼らに近付いて皮肉のひとつでも言ってやりたかったが、逢坂家の長男という自分の立場が、それを許さない。たとえ子どもであっても、逢坂の名前はついて回る。己の言動には常に注意を払え。それが、父から言われていることだ。
    (叔父さん……ごめんなさい……)
     聞こえなかったふりをして、ごく自然な動きで視線を逸らした。叔父が悪く言われていることからも目を背けたみたいで、自分で自分に腹が立つ。
    「気のせいだって。この距離で聞こえるわけないだろ」
    「それもそうね。ねぇ、そういえば知ってる?」
    「ん?」
     女が口にしたのは、ファイブスターカンパニーのグループ会社社長の名前だ。三ヵ月前に就任した彼は、妻帯者でありながら、複数の女性と関係を持っているらしい。壮五も面識があるその人は、優しそうな雰囲気で、わりと好印象だった。しかし、噂が事実だとしたら……そう遠くない未来、就いたばかりの社長職を追われることだろう。残念だ。
     それにしても、ここは逢坂聡の葬儀の場なのに、あの男女の口から出る言葉はお悔やみではなく、週刊誌に載るような話題ばかり。いったい、なにをしに来たんだか。……葬儀より仕事を優先した父にがっかりしたが、個人的な感情でくだらないおしゃべりをしない点では、彼らよりずっとましかもしれない。
     逢坂家の恥とまで言われた叔父の葬儀。親類と、ファイブスターカンパニーの関係者しかいないこの場に、彼との別れを惜しんでいる人間はいるのだろうか。心の中にぽっかりと穴が開いたような――
    (僕だけ、なのかな)
     ――虚しさ、さみしさ、哀しさ……いや、どんな言葉を当てはめても、違うような気がする。言葉で言い表せられないとはこのことか。近しい人を亡くしたのが初めてということもあって、どんな表情で、どんな気持ちでこの時間を過ごせばいいかわからない。
    「こんなにたくさんの人が見送りに来るなんてすごいわねぇ」
     叔父を慕っていたから来たのではなく、逢坂家の人間の葬儀だから顔を出しただけのくせに。視線に勘付かれないよう離れたところから観察していると、案の定、適当に焼香を済ませて男のもとへと駆け寄った。婿養子に迎えた夫を一年ほど前に追い出し、若い男を連れ込むようになったという噂を耳にしたが……なるほど、彼がその〝新しい男〟か。
     年齢のわりに、大人たちの裏事情を知り過ぎている自覚はある。そういうことを初めて耳にした日は、人のプライバシーを知ってしまった罪悪感に苛まれたものだ。しかし、壮五とて知りたくて知ったわけではなく、聞こえてしまったのだから仕方がない。噂話で空腹は満たせないのに、三度の飯より噂話が好きな人たち。不可抗力とはいえ、それらを聞いてしまった自分は不快感が募って、胸やけしそうだ。
     冠婚葬祭の場は人が多く集まるからよくない。せめて自分だけでも叔父をきちんと見送りたかったのに、頭痛がしてきた。自分のような年齢の子どもでも、逢坂家の長男というだけで周囲の人間に見られてしまう。体調が思わしくないと知られたら、恩を売る好機だと捉えた誰かが駆け寄ってくるに違いない。
     視線を素早く動かし、葬儀会場の隅と出入口に配置されている使用人たちの中で、初めに目が合った者のもとへと、足音を立てないように近付く。
    「少し、外に出てきます」
     相手が外にいる使用人に連絡を取っている隙に、もう一度、叔父の写真を見た。カメラを見据えているものの、その表情からは、なにを考えているかは読み取れない。壮五が生まれる前の写真だ。写真が趣味だという父の知人に撮ってもらった――聡と壮五の――写真があるのに、それを使ってもらえなかった。壮五の知る限り、聡が写った中では、あれがもっとも生き生きとした写真だったのに。かなり前の写真を使う理由なんてわかりきっている。逢坂家が、音楽に生きる逢坂聡の姿を葬儀の場で見せたくないからだ。
    (叔父さん……)
     駆けつけてきた使用人に付き添われ、できるだけ早く戻ってきますと心の中で告げ、会場をあとにした。

     ◇

    (――……また、あの夢)
     ここのところ、叔父が他界した頃のことをよく夢に見る。すぐに起き上がる気力が湧かなくて、ベッドの中でもぞもぞと寝返りを打った。
     あのあと、頭痛がひどくなる前に薬を飲み、三十分ほど休んで葬儀会場に戻った。案の定、壮五が外に出たことに気付かれていたらしく、戻ってくるなり何人もの大人たちが話しかけてきたものだ。
    〝聡さんは残念なことになっちゃったけど、壮五くんは頑張るんだよ。会長さんも期待してるんだから〟――そう言った男は、その翌月、女性問題が原因でグループ会社社長の座を追われた。
    〝会長さんを手伝えるくらい立派になりなさいね〟――父や叔父をろくに知りもしないくせに上から目線でものを言ってきた女は、そのあと、せっかく捕まえた若い男に逃げられたとかで自暴自棄になったらしい。これは、資産運用のために多くの企業情報を調べる中で得た情報だ。彼女が経営する会社は、ファイブスターカンパニーの取引先のひとつだったから。
     窓を叩く雨の音が、やけに耳に響く。この能力は本当に面倒だ。
     感覚が異常なまでのレベルに発達したセンチネルやパーシャルに該当する人間は、能力をコントロールできているうちはいいが、疲弊すると頭痛や発熱といった体調不良を起こすことがある。体調不良程度ならまだましなほうで、能力の暴走を止められないと、最悪の場合、昏睡状態に陥ってしまう。共感能力を持ったガイドによるガイディングで心身のバランスを保つか、医学が発達した現代では頓服薬を服用するか。もしくは、自分でコントロールできる幅を広げるため、敢えて自身の感覚を研ぎ澄ませて訓練するか。――五感すべてが発達した壮五が選んだのは、休日の訓練と二ヵ月に一度の通院だ。
    (……だめだ、やっぱり予定どおり先生のところに行こう)
     すべてのセンチネルやパーシャルがそうかはわからないが、壮五の場合、聴覚レベルの上昇から始まった。五感すべてが発達した人間はセンチネル、五感のうちいずれかが発達したものはその種類や数を問わずパーシャルに分類されるため、発現当初はパーシャルだと思ったものだ。聴覚のみが発達したパーシャルの叔父とお揃いだと喜びすらした。
     しかし、壮五の両親が、センチネルやパーシャル、ガイドのいずれにも該当しない〝ミュート〟だったこともあり、壮五の喜びは心の奥底に沈められた。彼らは、感覚が発達した人間を真っ向から否定したのである。大人になった今なら、自分が持ち得ない能力への畏怖、羨望、嫉妬などの感情が否定に繋がったと推測できるが、当時は〝存在を否定された〟としか思えなかった。
     頭痛なら頭痛薬、胃痛なら胃薬。身体症状は薬の服用で抑えられることも多いが、あくまでもその場凌ぎでしかない。服薬に頼り過ぎると、今度は、その薬すら効かなくなってくる。能力の安定にもっとも有効なのは、ガイドによるガイディングだ。
     壮五の聴覚レベルが通常の人間より発達しているとわかった時も、両親は聴覚過敏を疑い、耳鼻咽喉科や神経内科を受診させるだけだった。それも間違いではないし、大切なことだとは思う。だが、検査のためにと病院内の各科を連れ回されながら壮五が感じていたのは、自分は叔父と同じ、聴覚が発達したパーシャルではないかということ。
     センチネルあるいはパーシャルとしての発現なら、耳鼻咽喉科や神経内科では話にならない。人口の十二パーセントしかいないガイドを探すには、ガイディングの訓練を受けた医師か、ガイディング専門の民間企業を訪ねるのが手っ取り早い。
     結局、当時の壮五がガイディングを受けられたのは、聴覚の異常を訴えた翌日のことであった。事態を知った聡の計らいで、知り合いの――ガイディングの訓練を受けた――医師が逢坂家まで来てくれたのである。壮五の聴覚が異常なレベルにまで発達していることを認めた彼は、ガイディングがもう少し遅ければ混乱状態に陥っていたかもしれないと言っていた。
    (あの時、来てくれたのが加茂先生じゃなかったら、僕はどうなってたんだろう)
     逢坂家と古くからの付き合いがある加茂家は、代々、医師の家系だ。
     しかし、当時の加茂が逢坂家と対立する財閥関係の大学病院に勤務しており、壮五の両親は、加茂に連絡を取ることをよしとしなかった。もちろん、彼らがセンチネルやパーシャル、ガイドへの理解がないのが一番の理由だろうけれど。
     着信音が鳴り、耳の違和感に顔を顰めたままスマートフォンに手を伸ばす。
    「……逢坂です。はい、……はい。予約どおり、十一時に伺います。では」
     就寝前の訓練と、二ヵ月に一度の通院。あらかじめ予約してあるとはいえ、急なスケジュール変更もあり得る。壮五の身を案じる加茂は、いつからか、来院予定日の朝にこうして連絡を寄越してくれるようになった。
     二ヵ月以上の間を開けないよう、オフだとわかった時点で通院予約を入れることになっている。聡が生存していた頃は聴覚のみが突出していた壮五の能力は、十七歳の頃より味覚、嗅覚、視覚の順に能力が発現し、十九歳で発現した触覚の能力によって、パーシャルではなくセンチネルだと認められた。とはいえ、人口の七十パーセントがミュート、十八パーセントがセンチネルまたはパーシャル、十二パーセントがガイドという世の中で、壮五は少数派だ。鋭敏な感覚を持つ稀少な存在と言われても、なにも嬉しくない。叔父とお揃いだと喜んだ気持ちも、叔父の他界とともに消え失せた。
     ひと晩休んでも完全には解消できていない倦怠感に耐えつつ起き上がり、緩慢な動きでパソコンの電源を入れる。
     昨夜は聴覚の訓練を兼ねて、気の向くまま音を並べた。普通の聴力ならスルーしてしまいそうな細やかな音の重なりを探しては、こんなアレンジはどうかと試す。練習曲とはいえ、なにかの役に立つかもしれない。普段からこまめに保存する癖をつけていて――
    「pre……なんだろう?」
     ――作成日とその日の作成数を組み合わせた数字のみのファイル名をつけるようにしているのに、目の前にあるものは英文字から始まっている。プレから始まる英単語を思い浮かべてみても、多過ぎて、どれが正解かわからない。
    (適当に打ったら単語の一部っぽくなった? 確かに、余裕はなかったけど……)
     考えてもわからないものはどうしようもない。聴いたところでヒントなんてないだろうけれど、昨夜の成果は確かめておきたい。壮五はヘッドホンを着けた。
    「…………」
     ファイル名こそよくわからないものの、練習曲にしては、悪くない。……と、思う。たぶん。悪くないかもと思えたのはいいけれど、だからこそ、どうしてこんなファイル名なんだという疑問が増す。
     能力がコントロールしきれなくなりそうだと察知して、中途半端なまま慌てて保存したファイル。あのまま続けられていたら、このメロディはどんなふうに続いた? 能力をコントロールできていれば、この練習曲も終止符を迎えられたのでは?
     九十秒ほどの練習曲に、もう一度、耳を傾ける。
    (今からでもこの続きを……)
     そう思ったものの、すぐに「だめだ」という三文字が脳裏に浮かび、後退りするようにベッドに腰掛けた。今の状態では、昨夜と同等レベルまで聴覚の能力を引き出せない。いや、無理をすればできるとは思う。しかし、昨夜は訓練を中断したあと、薬を飲まなかった。今日が通院予定日であったことや、薬の服用に頼り過ぎてはいけないと思っているからだ。倦怠感の残る状態で、能力をコントロールしきれていない自分が無理をすれば、能力が暴走して昏睡状態に陥ってしまうかもしれない。
     ぶるっと身震いがして、思わず、自分の腕をさする。その現場を実際に見たわけではないが、叔父の死因は、能力の暴走だった。
     特定の感覚が鋭敏であること。たとえば音楽家にとって聴覚レベルが高いことは一種の憧れだ。しかし、それはあくまでも、ハイレベルな能力を自分の意のままに扱えるのが前提であって、能力に振り回されている場合は、ただの厄介ものでしかない。
    「……着替えよう」
     予約の時間から逆算してももう少し部屋でゆっくりできそうだが、一人で部屋にこもっているのはよくない。加茂医院に着くまで、能力のことは考えないでおこう。

     着替えを済ませ、顔を洗う頃には、倦怠感もすっかり治まっていた。そろそろ他のメンバーも起き始める頃だ。朝食当番ではないけれど、時間に余裕がある自分が引き受けようと判断し、部屋には戻らずキッチンへと向かう。
    (……あ、環くん起こさないと)
     彼は十時から雑誌の撮影で、九時少し前には万理が迎えに来る予定になっている。起こしてもいい時間だとは思う。しかし、いつものように環の部屋へと足が向かない。
     どうしようかと、キッチンと階段を見比べていると、環が降りてきた。
    「……はよ」
    「あ、……おはよう」
     環の顔が直視できなくて、壁や床へと視線を彷徨わせつつ、明るい声で話す。自分が感じている気まずさを、彼に悟らせてはいけない。
    「朝ごはんの用意をしようと思ってたんだ。顔を洗ったら、すぐに食べる?」
    「食う」
     寝起きでぼんやりしているのか、それ以上の会話はなく、環は洗面所へと向かった。
     環に勘付かれないよう必死で平静を装ってはいるものの、他人の感情の機微に敏い彼のことだから、壮五の不自然さには気付いているだろう。なにかあったのかと聞いてこなかったことに感謝した。
     センチネルとしての訓練。作曲の勉強。そのどちらも、うそではない。
     しかし、昨夜はもうひとつ、理由があった。

    (中略)

    「朝飯つくるの手伝ってっつったの、そっちじゃん。なにしてんの」
     はっとして顔を上げる。環は洗顔も着替えも済ませ、しっかり目が覚めたようだ。
    「ちょっと考え……その、寝る前に勉強を兼ねてつくった曲のことを思い出してて」
    「えっ? 曲つくったん? 聴きたい!」
     驚かれてやや不機嫌そうだった環の表情がぱっと華やぐ。
    「練習用だから、途中までしかないよ。それに、眠くなって、中途半端なところで終わらせてしまったんだ」
     自分がセンチネルであることは、メンバーにはもちろん、事務所にも言っていない。たとえ教えていたとしても、ここで正直に〝能力を使い過ぎたから〟なんて言ったら、優しい環を不安がらせてしまう。
    「そっか。続きやる?」
    「どうかな。今朝、自分で聴き返したんだけど、続きをどうするつもりだったのか、全然わからなかった。練習用だし、未完成のままでもいいかな。……朝ごはん、つくるね」
    「……うん」
     きっと、未完成であっても聴きたがっているに違いない。壮五が音楽に向き合うのを誰よりも応援して、誰よりも支えてくれているから。
     なにかを応援するには、その対象を知る必要がある。アイドルとファンもそうだ。興味を抱いたアイドルがいれば、どんな番組に出演しているか、どんな歌い方をするのか、雑誌のインタビューでどういった質問になんと答えているのかと、ファンは知るための行動を起こす。そのあとは、もっと知りたいと追求しながら自分なりの応援の仕方を試行錯誤したり、やっぱり自分には合わなかったと判断して離れたりと、次の行動に移る。
     中途半端なところで終わっていても、環なら応援してくれるだろう。他の曲をつくってみようとも、この曲を完成させてほしいとも求めず、ただ、傍に寄り添うみたいに応援してくれるのがわかっている。だからこそ、壮五から作曲の話を切り上げてしまえば、環はそれ以上、踏み込んでこない。昔と違って踏み込んでこないところをありがたく思うと同時に、出会った頃みたいになんでも知りたがってほしい気持ちもある。
    「そういえば、今朝は一人で起きられたんだね」
     いつものように起こしに行かなければと思っていたのに、行きづらさを感じている間に環が起きてきた。もし、一人でも起きられるようになったなら――
    「あー……うん、寝返り打った時に肘ぶつけて、それで、起きた」
    「あはは。痛くなかった?」
     ――今後は起こさなくてもいいのではないかと思ったが、どうやら、そうでもないらしい。眠っている間の小さなドジを微笑ましく思いつつ、環の腕に触れる。
    (あ、しまった)
     環の頬がわかりやすいくらいに紅潮した。昨夜、壁を隔てた向こうから吐息混じりに特定の名前を呟いていた理由に思い至ったばかりではないか。しかし、ここで慌てて手を離しては、環に不審がられてしまう。
    「い、痛いの痛いの飛んでいけー……」
    「ふは、なにそれ」
     できるだけ自然な動作で手を離すためとはいえ、小さな子どもにするようなことを言ったのに、環は怒らないでいてくれた。そのことにほっと胸を撫でおろす。
    「別に痛くなかったけど、飛んでった。ありがと」
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    sakura_bunko

    MOURNING最初ははるこみ新刊にしようと思っていたのが、別のを書きたくなったので続きを書くのを一旦白紙にしたもの
    ただ、これの着地点も考えてはいるので、どこかで本にするか、短編集に入れるかなりしたい
    無題 十八年近く生きてきて、何度か「変なところで勘がよくて怖い」と言われることがあった。そのたびに、失礼なやつだなと笑い飛ばしたり、どこが変なんだよとむくれたりしたけれど、自分の勘のよさに鳥肌が立ったのは、たぶん、これが初めて。
     それでも、勘がいいイコール正しいルート選択ができるとは限らないから、世の中って難しい。もっとこう、勘のよさを活かして、正解だけを選べないものだろうか。
     こんなときだけ、普段は信じてもいない神様に縋りたくなってしまう。あぁ、神様、今すぐ俺とこの人だけでも五秒前に戻してください! ……なんて。
     手のひらがしっとりしてきたのは、自分の手汗か、それとも、腕を掴まれているこの人の汗か。汗なんてかかなさそうな涼しい顔をしているくせに、歌っているとき、踊っているとき、それから、憧れの先輩アイドルに会ったときは、見ていて心配になるくらい汗をかく。ちょっとは俺にも動揺して、同じくらいの汗をかいてみればいいのに。そう思ったのが、最初だった気がする。なんの最初かは、恥ずかしくて言葉にしづらい。
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