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    ume8814

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    ume8814

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    ギブアレ

    光差す方 既に電気の消された部屋。小さな物音で目を覚ました。
    見回す程の広さもないベッドの上、窓から差し込む青白い光に輪郭だけをぼんやりと照らされた彼はベッドから身を起こしている。窓を背にした表情は逆光で,僕から見てもはっきりしない。ただ彼の頬を滑り落ちる涙は微かな光を反射して、僕の朧気な視界にもしっかりと映った。
     
     泣きながらひっひっと引き攣った呼吸を繰り返すアレックス。細切れに呼ばれる名前や謝罪の言葉を聞きながら、僕はただ彼の震える肩を擦り続けている。
     彼は時々、夜中にベッドの上で迷子の子供ように泣きじゃくる。期間はまちまちで週に2度もあることや、1月あいだが空くこともある。一緒に暮らすようになってまだ半年だけど、もう片手では足りないくらいアレックスは暗闇の中で迷子になっていた。
    「大丈夫だから。落ち着いてアレックス」
     アレックスは嫌々と首を振る。彼にとってはなにも大丈夫では無いのだろう。ぐらぐらと揺れるアレックスの瞳は、出口の無い遠い過去を見ている。彼にかかる柔らかなシーツもお気に入りのテディも、彼の視界には入っていなかった。恐らく、目の前に居る僕さえも。
    「アレックス。これ以上泣いたら君の目が溶けちゃうよ」
     ボロボロと目からこぼれ落ちる涙で濡れた頬を両手で包む。そのままふやけてしまいそうな目尻を拭うと、アレックスの腕がぴくりと動いた。そのまま、普段の彼からは想像もつかないような、酷くゆっくりとした動きで腕は持ち上がり、僕の手首をぎゅうと掴んだ。冬の水に晒した後のような冷たい手だった。
    「ギブソン」
     やけにはっきりと発音された名前。きっと過去の僕を呼んだのだろう。虚ろな瞳が僕を見ている。
    「なに?」
     たった一言。その返事にアレックスはひどく肩を震わせた。まるで返事が来るなんて思ってなかったみたいに。
     ひゅうと息を呑むと彼は僕の手首をつかむ手に力を入れた。彼の好きなようにさせれば、そのまま僕の手を自分の首に添えさせる。
    「アレックス」
     碌でもない予感に思わず彼の名前を呼んだ。それがいけなかったのだろうか。彼は一層僕の手首を握る手に力を込め、堰を切ったように喋り始めた。
    「ギブソン、なぁ……、あの時、どれくらいくるしかった?もっと?これくらい?なぁ……そんなわけないだろ、なあ…………なあ……ギブソン……」
    Please, Please tell me Gibson……
     彼の首にぎゅうぎゅうと押し付けられる自分の手から、彼の鼓動が伝わって来る。僕の心臓も負けじと血液を送り出す。僕に君の鼓動を止めろというのか。冷たい汗が僕の背中を滑り落ちていった。
     彼の言葉すら掻き消す勢いで聞こえ始めた低い耳鳴りの中でも、彼の言葉はやけにはっきりと聞き取れた。
     懐かしいフレーズを絞り出すように発した後、アレックスはそれ以上話そうとはせずに、また引き攣った呼吸を繰り返している。それでも必死に声を出すうちに涙はいくらか引っ込んだらしい。僕の手を掴む力も段々と抜けてきていた。僕はそっと手を離してもらい彼の背中を擦る。
    「ねえアレックス」
     呼びかけても彼は反応を示さなかった。彼は時折しゃくり上げながら項垂れて、グラグラと頭を揺らしている。
    「また君の質問に答えられなくて申し訳ないのだけれど、僕はあの時の苦しさを覚えていないんだ」
     アレックスを慰める為の嘘のように聞こえるかもしれないが、それは本当の事だった。あの時感じた筈の息苦しさは、恐怖や諦めや水の冷たさばかりに記憶されることを譲っていた。
     アレックスが中途半端に膝に掛かったままだったシーツを握りしめた。どうやら話を聞いていたらしい。
    「だから君の質問には答えられないや」
     そのまま俯く彼の項を眺めながら背中を擦り続けていると、ぱたぱたと何かが垂れる音がした。
     見ればアレックスがまた泣いている。
    シーツの上では吸いきれない程の涙がつやつやと光っていた。 これ以上泣けば本当に彼の目が溶けてしまいそうだった。
    「ねぇアレックス……そんなに泣かないで」
     鼻までグズグズさせ始めたアレックスはごにょごにょと何かを喋っているが僕の耳まで聞こえてこない。
     なんだか僕まで泣きたくなってきた。
    「アレックス顔を上げて」
     困り果ててそうお願いすれば、アレックスはのろのろと顔を上げてくれた。なかなか酷い顔をしている。明日は腫れぼったく熱を持った瞼に難儀するだろう。 朝になるとすっかり忘れているアレックスになんと説明したものか。
     明日僕が彼の腫れた目にどんな理由をつければ良いのか考えている間にアレックスはやっとの事で顔を持ち上げてくれた。
     僕はアレックスがなんとか持ち上げてくれた彼の頬を掴みもみくちゃにした。そりゃもうもみくちゃに。突拍子もない行動に彼も驚いたらしく、今度こそ涙が引っ込んだ。ついでに過去を見ることもやめさせられたらしい。
    「そんなに教えてほしいなら教えてあげる」
     そう言って、アレックスの瞳にまた暗い影が落ちるより早く、僕はキスをした。がっつりキスをしたままチラリと彼の顔を除きみると開いたままだった彼の目と視線があった。慌てた様に目を閉じるのが彼らしい。
     そのまま暫くキスを続けていると急に彼の腕が突っ撥ねるように僕の胸を押しはじめた。泣きすぎたせいで詰まった鼻では碌に息継ぎも出来ないからだろう。わざとゆっくりキスを終えて離してあげる。
    「ごめん、苦しかったよね?でも僕が覚えてる息苦しさなんてそれと比べたってほんの少しのものだから。君が変に気に病む必要は無いよ」
     咳き込みながら突然の事に驚いて目を白黒させているアレックスが僕の言葉を聞いて理解しているかは分からない。でも本当に彼が気にすることなんて一切ないし、僕ですら覚えてない過去の苦しさを知ろうとする必要なんて全く無い。
    「もう寝ようアレックス」
     呼吸も落ち着いた様子のアレックスを有無を言わせずベッドに押し込んだ。彼のテディも定位置に入れて片手を繋ぐ。少し暖かくなっている手に小さく安堵する。アレックスは何か言いたそうに口を動かしているが続きは明日にしよう。泣き疲れただろう彼はこのままベッドが温かくなれば眠れるだろう。腫れぼったい瞼もそれを後押ししてくれるはずだ。
    「おやすみ。また明日」
     明日、朝起きて君がさっきの事を覚えていたらゆっくり話をしよう。覚えていなくても話をしよう。きっと必要になる冷たいタオルをお供に、砂糖とミルクをたっぷり入れた熱い紅茶を飲みながら。
     いつの日かどれだけ苦い記憶も飲み下せるだろう。シュガーポットいっぱいの砂糖とミルク、時にはバターの良い香りがするクッキーの力を借りればきっと難しい事じゃない。幸いな事に僕らには向き合う時間も、会話をする術もある。
    あの時君が僕にしてくれたように暗闇の中で迷子の君の肩をたたき、一緒に日の当たる何処かへ行くなんてもっと造作のないことだろう。
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    ume8814

    DOODLEグリクリグリ
    読書 サイドテーブルを挟み緩く向かい合うように置かれた1人がけのソファで、クリーデンスとグリンデルバルドはそれぞれ本を読んでいた。日が落ちてから随分経ち分厚いカーテンの下ろされた部屋では照明も本を読むのに最低限の明かるさに絞られていた。その部屋には2人のページを捲る音だけが静かに響いている。


     クリーデンスが本を読むようになったのはつい最近、グリンデルバルドについてきてからのことだった。最低限の読み書きは義母に教えられていたが、本を読む時間の余裕も、精神的な余裕も、少し前のクリーデンスには与えられていなかった。
     義母の元でクリーデンスが読んだ文字と言えば自分が配る救世軍のチラシ、路地に貼られた広告や落書き、次々と立つ店の看板くらいのもので、文章と呼べるようなものとは縁がなかった。お陰でクリーデンスにはまだ子供向けの童話ですら読むのはなかなかに骨が折れる。時には辞書にあたり、進んだかと思えばまた後に戻ることも少なくないせいでページはなかなか減らない。しかしクリーデンスはそれを煩わしいとは思わなかった。今までの生活とも今の生活とも異なる世界、新しい知識に触れる事はなかなかに心が惹かれる。クリーデンスにとっては未だにはっきりとしない感覚だがこれが楽しいということなのかもしれないと、ぼんやりとだが思えた。それに今日のように隣で本を読むグリンデルバルドのページを捲るスピードは、自分のものとは異なり一定で、その微かに聞こえてくる紙のすれる音が刻むリズムがクリーデンスには酷く好ましかった。
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