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    ume8814

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    グリクリグリ

     雨が酷く降っている。嵌め殺しの窓に打ち付ける雨の音はどこか遠く、くぐもって響く。磨りガラスに叩きつけられた雨は、普段から不鮮明な外の景色を引き伸ばし、抽象画のように曖昧な色をガラスにうつしていた。そんな窓をクリーデンスは眺めている。特に何を写すわけでもない窓の方へ視線を向け1人、雨音だけが響く部屋でぼんやりと、しかしどこか落ち着かない様子で。


     クリーデンスがグリンデルバルドの元へ来てから数週間、ようやく彼との生活にも慣れてきた。それほど長くは無い期間だが、クリーデンスは魔法の存在に慣れ始め、外では季節が移ろっている。厳しい寒さが落ち着きを見せ花のほころぶような穏やかな暖かさが日増しに強くなっていた。ここ数日は天気も穏やかだ。1週間ほど前までは気まぐれにやって来ていた寒さも、ようやく春へとバトンを渡したようで暖かな日々が続いていた。
     今日も最近の例に漏れず穏やかな天気だったのだ。ほんの数時間前までは。


     昼過ぎにグリンデルバルドは1人で出掛けていった。
     大きな磨りガラス越しに明るい日が差し込む部屋で普段と同じようにクリーデンスとグリンデルバルドは2人で昼食を食べ、食後に紅茶を飲んでいた。すると急に「これから出掛けてくる」と一言、グリンデルバルドは紅茶を飲み干し席を立った。
     グリンデルバルドは出会った頃よりも幾分生地の薄いジャケットとコートを呼び寄せ、するすると袖を通しながら誰とも知れない男へと姿を変えていた。様変わりしたブルネットの髪を緩く撫でつけたグリンデルバルドは、特に鏡を見ることもなく今にも渦になってどこかへ飲み込まれていこうとしていた。
     その様子をテーブルの向かいで眺めていたクリーデンスは、今自分も紅茶を飲んでしまえば彼について行けるかもしれないと他愛もない考えが頭をよぎった。しかしカップにたっぷりと残った自分の舌には熱すぎる紅茶を手のひらに感じながらクリーデンスは大人しく彼を見送った。

     その時の天気は穏やかなものだった。クリーデンスは温められ手のひらと窓から差し込む日差しが心地よく、食後の眠気を強く感じた。彼が何をしに行ったのか、これから一人で何をしようか、考えようにも1度眠気を覚えた頭は普段よりもゆっくりとしか動かない。その間もカップは手を温めて、日差しに眇めた目はそのまま閉じていくばかりである。
     このままではカップを落としかねないと思ったクリーデンスは、テーブルに置きっぱなしにしていたソーサーの上へカップを戻した。眠りを誘う熱源の一つを手放せば少しは眠気から逃れられるかと思ったが、紅茶を零す心配から解放される安心感の方が大きかったようだ。予想とは裏腹にクリーデンスはゆっくりと眠りに落ちて行った。
     それから暫く、クリーデンスは寝苦しさと肌寒さを覚えて目を覚ました。いつの間にかテーブルへ突っ伏していた体を起こし辺りを見回すがグリンデルバルドはまだ帰って来ていないようだった。
     随分と部屋の中が薄暗かった。テーブルの上では熱かった紅茶もすっかり冷め、カップの底には細かい茶葉が薄らと積もっていた。クリーデンスは部屋の様子の変化に日が暮れるほどの時間なのかと驚き時計を見たが、針は三時を少しすぎた頃を指していた。
    席を立ち、外の様子がよくわかる隣の部屋の窓を覗いてみれば外には曇天が広がっていた。眠る前の穏やかさがまるで夢であったかのような重い鉛色の空だ。雲はまるで水を吸いすぎて今にも水が滴ろうとしているスポンジのようで、今はまだ雲は耐えているが雨が降り始めるのも時間の問題だった。



     暫くして案の定激しく窓を叩きつけ始めた雨音を聞きながら、クリーデンスは数時間前に家を出ていったグリンデルバルドが雨に濡れていないか気になっていた。久し振りに雨の中1人でいる状況に、路地で雨に降られる冷たさや寂しさを思い出していたのかもしれない。
     落ち着かない気持ちのまま、長い間放置していたティーカップを片付けたクリーデンスは、後どれほどしたら彼が帰ってくるのか気になりふらふらと玄関へ足を向けていた。
    照明のつけられていない薄暗い廊下の先でも僅かな光を受けて一際艶々としている扉が、この家で唯一、外に向かって開かれる扉である。磨き込まれた木の深い艶が美しい扉ではあるが小窓はなく、ドアノブはシンプルな真鍮製の丸いもの、鍵も頼りなく感じるような物が1つだけ。外から見れば恐らくノッカーが付いているだろうが内から見た限りでは他の部屋のドアと大差ない。扉の前に置かれたマットだけが辛うじて玄関らしいと言える箇所かもしれなかった。玄関らしさを欠く理由は扉の様子だけが原因ではない。そもそもクリーデンスがこの玄関から外へと出たことは片手の数で足りる程しかなかった。その上、片手で足りる外出では必ず隣にグリンデルバルドがいた。初めて1人で扉の前に立った今、クリーデンスにとっては玄関というよりもこの家の行き止まりのようだった。

     クリーデンスは扉の前まで来たものの、扉に手をかける気は起きなかった。扉に手をかける気もないが大人しくソファに座っていられる気分でもないクリーデンスは玄関を眺めた。そこでふと気付いたが、扉の横、壁の隅にひっそり置かれた傘立てに、大きな黒い傘が1本だけ入っている。クリーデンスはその傘立と傘の存在を今まで意識した事が無かった。少なくともクリーデンスがグリンデルバルドと外出した際に傘を使ったことは無い。いつからここにあったのか、そもそも彼がこの傘を使ったことがあるのか、クリーデンスはちらりと疑問に思ったが、2人で入れそうなほどの傘があるのならそれでいいと思えたし、この傘を持って彼を迎えに行こうとも思えた。傘を握ると、大きさの割りに軽く持ち手がやけにしっくりと手に馴染んだ。
     傘の存在によって扉が外へ繋がっている事を証明されているように感じたクリーデンスはドアノブへと手を伸ばしていた。

     まさにドアノブを捻ろうとしたタイミングで、近頃やっと聞き慣れた音が辺りに響いた。
     クリーデンスが後ろを振り向くとそこにはグリンデルバルドがいた。

    「ぁ……」

     二人の間にクリーデンスの零した小さな声が転がっていく。声に振り向いたグリンデルバルドの顔をちらりと見れば、普段より見開かれたせいで良く見える白目がやけに目についた。なんとなく気まずさを感じ、傘の柄を握りしめたクリーデンスの視界は下がって行った。そこで初めて、目に入った彼の靴には水滴の一つもついていないことに気がついた。どうやら雨に濡れてはいなかったようだ。グリンデルバルドの靴もズボンもコートも雨の匂いすら漂わせてはいなかった。

    「クリーデンス、ただいま」
    「お、かえりなさい、ミスタ」

     かけられた声に顔を上げて答えればグリンデルバルドはクリーデンスの持つ傘を見ていた。クリーデンスは咄嗟に傘を自分の背に隠そうとしたがやめた。一呼吸置いて口を開こうとしたクリーデンスは、振り向いた時には驚きのあまり気付かなかったが、グリンデルバルドが朝出ていく時に別人のものへと変えていた姿は元に戻っていることに気づいた。

    「貴方が濡れているんじゃないかと思って」
    「なるほど。確かに随分雨の音が騒がしいな」

     得心のいったような顔をするグリンデルバルドとは打って変わって次に不思議そうな顔をするのはクリーデンスの番だった。

    「降っていなかったんですか?」
    「ああ、あまりいい天気ではなかったが雨は降ってはいなかった」

     会話をしながらコートを脱ぎ家の奥へと進んでいくグリンデルバルドの後を追って、クリーデンスも傘立てへと傘を戻しついて行った。

     クリーデンスが少し遅れてリビングへ入ると、いつものソファに沈みこんでいたグリンデルバルドが少し寒いなと零しながら暖炉に火をいれていた。
     クリーデンスはそんなグリンデルバルドを見ながらソファに座り、確かに彼が出掛けた先で雨が降っているとは限らないと少し前の自分の行動を恥ずかしく思っていた。まして彼は魔法で移動しているのだから行く先が雨が一滴も降らないような地域かもしれないし、雪が降っている地域であっても何もおかしい事ではない。

    「食材はこちらで買おうかと思っていたが、向こうで済ませてきて正解だった」

     薪の燃える音などかき消すような雨音を聴き、そう言うグリンデルバルドだが、家に帰って来る時は荷物など一つも持っていなかった。その事を疑問に思ったクリーデンスは口を開きかけていたが名前を呼ばれ未遂に終わった。

    「クリーデンス、座ったばかりのところ悪いが玄関を見てきてくれ。そろそろ荷物が届く」
    「わかりました」
    「すまないね」

     両足を投げ出し、いつもより脱力した様子のグリンデルバルドに興味を惹かれながらもクリーデンスはソファから腰をあげ、また玄関へと向かった。向かった先では、いつの間にか音もなく玄関マットの側へ置かれていた大量の荷物がクリーデンスをまちうけていた。それに酷く驚いたクリーデンスだが荷物を何度かに分けて運びながら、結局開かれることのなかった玄関は本当に開くのか、少しは慣れたと思ったが未だに驚かされてばかりいる魔法の存在、グリンデルバルドが1人で何をしているのかについて考えていた。しかしそのどれにも有意義な答えらしいものがみつからないまま、最後の荷物を抱えていた。

     数ある疑問の中でもたった一つ、玄関に関してはすぐそこにあるドアノブを捻ってみれば分かることだった。しかし荷物で塞がれた両手と夕飯の準備を言い訳に、クリーデンスは扉に背を向けた。
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    ume8814

    DOODLEグリクリグリ
    読書 サイドテーブルを挟み緩く向かい合うように置かれた1人がけのソファで、クリーデンスとグリンデルバルドはそれぞれ本を読んでいた。日が落ちてから随分経ち分厚いカーテンの下ろされた部屋では照明も本を読むのに最低限の明かるさに絞られていた。その部屋には2人のページを捲る音だけが静かに響いている。


     クリーデンスが本を読むようになったのはつい最近、グリンデルバルドについてきてからのことだった。最低限の読み書きは義母に教えられていたが、本を読む時間の余裕も、精神的な余裕も、少し前のクリーデンスには与えられていなかった。
     義母の元でクリーデンスが読んだ文字と言えば自分が配る救世軍のチラシ、路地に貼られた広告や落書き、次々と立つ店の看板くらいのもので、文章と呼べるようなものとは縁がなかった。お陰でクリーデンスにはまだ子供向けの童話ですら読むのはなかなかに骨が折れる。時には辞書にあたり、進んだかと思えばまた後に戻ることも少なくないせいでページはなかなか減らない。しかしクリーデンスはそれを煩わしいとは思わなかった。今までの生活とも今の生活とも異なる世界、新しい知識に触れる事はなかなかに心が惹かれる。クリーデンスにとっては未だにはっきりとしない感覚だがこれが楽しいということなのかもしれないと、ぼんやりとだが思えた。それに今日のように隣で本を読むグリンデルバルドのページを捲るスピードは、自分のものとは異なり一定で、その微かに聞こえてくる紙のすれる音が刻むリズムがクリーデンスには酷く好ましかった。
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    ume8814

    DOODLE転生した記憶ありピタジョがギャングの下で掃除屋をしながら暮らしていくAUがみたいというツイッターでのどうにもならない妄想から生まれたものとなっています。
    ・モブの死とそれに伴う流血描写
    ・ジョージが色覚異常/ネットで得た知識をもとにしているためおかしな点が多々見受けられるかと思います
    ・マスターキー(斧)
    その他諸々なんでも許せる方向けとなっております。
    赤の記憶 ジョージ・ミルズは生まれてこの方、現実世界において、世間一般の言う赤という色を認識出来ないでいた。赤と呼ばれる色に割り振られた色は、一応ジョージの中にも存在する。しかしその色が多くの人が言う赤と同じかと言われると、答えは否だった。
     気がついた時にはセピア色のフィルターが幾重にも掛かっているような現実をみていたが、不思議な事にジョージの見る夢は昔から鮮やかだった。幼い頃は目が覚めると広がるセピア色の世界と鮮やかな夢とのギャップに驚き、母を質問攻めにしていた。どうして起きている時と寝ている時で世界の色が違うのか。どうして与えられたクレヨンに書かれた色の名前が自分の知るものと違うのか。
     幼いジョージの質問はどれも不明瞭で、母を困惑させるには充分過ぎるものだった。先天的に知る由もないだろう色の相違を拙い言葉でつたえられるのは薄気味悪くもあったのだろう。いつしかジョージと母との距離は離れていき、仕事を見つけたからと強引に家を出れば知らぬ間に縁が切れていた。それが16歳の冬の出来事。普段から家を空けがちな父には、最後の挨拶すらしないままだった。
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