Many Happy Returns(many happy returns )of the day
「獅子神、これを」
仕事後、用事を済ませてからあなたの家に行きたいがどうかと言われたのは昨日の事、少し遅めの夕食になるがと言われ、一も二も無く了解した。そして今日、いつものようにリビングまで来たところで、手にしていた大きな紙袋から取り出した包みを渡して来た。
それは柔らかな淡いブルーの不織布で包まれ、同系色の濃淡をつけたリボンが巻かれている。
「え?あ、ありがとな…?」
受け取って礼を告げる。硬い缶のような物が中にあるらしい。
「開けるといい」
促されてリボンを解くと、中から現れたのは円筒形の缶。それにその上に乗る小さな正方形の……絵本。
赤い表紙に簡略化された蛇口とオノマトペが描いてある。厚紙製のそれは赤ん坊に向けて作られたものだろう。困惑して下の缶をみると粉ミルクの表記。パステルカラーの天使がこちらに向けて微笑んでいる。
「……なんか間違えてねぇ?」
「間違い無い。あなたへのプレゼントだ」
一人頷き、話は終わりとばかりにソファに腰掛けようとする様子に苛立つ。意味がわからない。
「いや、……どう考えてもオレ宛じゃねーだろ。女もいねぇんだし、子供産まれたりしねぇよ」
オレにはお前がいるのに。何を言ってる?
言外に意味を込めて低く呟く。
並の人間なら竦み上がるオレの視線をなんてこと無いように受け流す村雨は平然と紙袋を畳んでいる。
「少し遅くなったが、年齢を考えれば有り得ることだろう。来年からは誕生日に贈る」
「は?」
全く話が噛み合わない。余りに理由がわからなくて怒りよりも困惑が勝る。
「あなたに」
「オレ?」
「産まれた時のあなたにだ。正式な誕生日からはひと月近くズレがあるが、新生児に当日プレゼントを渡す事は稀だろう。親戚筋でも無いのだからこのくらいのズレはむしろあって然るべきと言える」
「……はぁ?」
わけがわからない。いや、本当に理解不能だとは言わないが、頭が追いつかない。
どこから尋ねたものか聞くより先に、村雨はソファのいつもの場所に座り、隣を叩く。
「座れ」
家主の様な態度だが、今更咎める気もわかず、従う。横並びに座っても話にくいと向かい側に座ろうとするも、無言で座面を叩くので、隣に。
「まず、前提条件として我々は恋人同士として交際をしている間柄だ。そこに間違いはないな」
「あ、あぁ」
普段僅かに下にある村雨の横顔は、ソファにもまっすぐ背筋を伸ばし座る村雨と、腕を膝に置いて前傾みになるオレとで逆転する。少し見上げる横顔は更に鋭利な印象を与えるが、内容はオレに粉ミルクの缶を送る理由の説明だ。
「双方合意の上で肉体関係もある」
「そりゃ、まあ」
「それは人間関係の中では割合に特殊な状態と言えるだろう。文書にして契約を交わした訳では無いが、お互いに相手を唯一とし不断に選び続けるからこそ発展した、今生で唯一つの関係性である」
「あ、ああ、うん」
「だが然し、我々には共通の友人が居るのだ!しかも!三人も!」
至近距離にいるのに?と聞きたくなる声量でまっすぐオレを見つめて村雨が叫ぶ。
ちらと脳裏に浮かぶのは、先月皆で行った南の島。鮮やかな色彩と飾られた花々、かけられたレイとそれぞれが手にする王冠のモチーフ。笑うあいつらより贈られたプレゼントの箱にはふざけたガラクタが入っていて、怒鳴るとその何倍ものプレゼントが詰め込まれた部屋に通され――……
「村雨、おまえ」
むっつりと黙り込み、陰気な顔をするも本気で表情を隠すつもりはなさそうで、そこから見えるのは子供じみた悋気ではないのか。
「おまえ、もしかして、オレの誕生日」
「初めての誕生日だぞ!恋人と二人きりで過ごしたくて何が悪い」
赤く頬を染めたりすればわかりやすいのだろうが、青白い顔色は変わらず、じろりとこちらを見る目付きも陰鬱なまま。
「言って…言ってくれれば、当日はおまえとさぁ……」
「あのマヌケ共が日付をずらしてくれるとでも?」
「いや、それはないな。面白そうだから」
「だろう。だからこそ私は考えた。あなたの誕生日祝いを独占する為に」
膝の上の手が握られる。普段よりほんの少し冷たく感じるのは柄にもなく村雨が緊張しているのか、オレの体温が上がっているからだ。
「産まれてからこれまでのあなたの誕生日を、これから毎年祝おう。今年は産まれたばかりのあなた。来年は一歳を迎えたあなたと二十八歳のあなた」
じわ、と手のひらに汗を感じると、きつく握られる。
「もうプランは建ててあるから安心しろ。問題はあなたが小学生の年頃だろうか、その頃に流行していたゲーム機等を送る予定だが、現在既に生産中止の品だ。新古品として流通するものになってしまうのが心残りだが、外箱の色焼け等ある程度仕方が無い。できる限り美品を入手しているが
気になるか?」
「そんなの、オレに渡すの……十年後とかに、なるんじゃねぇか?」
「なるだろうな」
空いていた手も上から包むように握られる。オレより器用な男の手。
「それまでに、村雨がオレに飽きるかも」
「私が一度好きになったものを手放すと?」
「オレが逃げ出すかもしれねーよ」
「連れ戻して説得する」
「いつか、ギャンブルに負けるかも」
「……つまらん逃げ道を作ろうとするな。獅子神」
きゅうと村雨の口角が上がる。やさしい作り笑いではなく、本心の笑い方で。
「あなたは私に愛されておけ」
「オメーの愛情、重すぎねえ……?」
声が震えずに言えたのはそれが精一杯だった。
しあわせがまた巡り来るように。