溺れるより早く担当行員の梅野が話す度、コロコロと角張ったハートが足元に散らばって行く。
「確かにお前の言う事は……正しいみたいだな」
きょろりとした丸い目が瞬く。一見無表情で言い回しもおかしな男だが、曲者の多い行員の中では相当に『いい奴』だ。
いくら馬鹿げた話でも、証拠もある事だし信じないといけない。例え、【他人の感情がみえる様になるペナルティ】だなんて言われたとしても。
這々の体で自宅に帰り着くと笑顔の真経津に迎えられる。昼間賭場に出かけた際には居なかった筈の面々。
「おかえり。獅子神さん、勝ったみたいだね!」
ぱちんと弾けるような衝撃と共に、オレの片手からはみでるようなサイズのキラキラしたハートが目の前の空間に生まれる。クリスタルと云うよりも鏡面加工されたような、周囲を反射しながら光るハートは、受け止めると重さを感じるより先に弾けて消えた。
「……何?どうしたの獅子神さん」
「あ〜、いや、別に……試合は見てねーか」
「叶さんが配信するってさっきまでしてたから。楽しかったよ。でも少し前に飽きたから終わりにしようって」
話す間も空間にハートは生まれ続ける。不審気にしたときには少し輝きの落ちたハート、配信の話をしてるときにはキラリと輝いて、やっぱりオレに触れると弾けて消えていった。
「あー、試合にゃ勝ったんだけどよ、ペナルティ食らっててちょっとおかしいんだよな。だから、今日のところは」
帰ってくれ、と言い切る前に腕を取られてリビングへ引っ張られる。
「村雨さーん!急患急患!」
「いや話聞けって!」
「つまり?あなたは今自分に向けられた他人の感情――主に好意を――ハート形の物質として捉える事が出来る、と言うのか」
踏ん張ってみても叶や天堂に囲まれてしまえば一人では太刀打ちできない。結局皆の前に引きずり出されてリビングに座らされている。
「そうだな、そんな所。特に話してる相手が好意的だとさ……ええと、ちょっと本気で感情を隠してみてくれよ」
村雨の診断中は一切出てこなかったハートは、今足元にゴロゴロと積み上がっている。オレの顔を見た瞬間に薄い水色のハートがその胸からひとつこぼれて、床に落ちた。それは真経津のハートの様に弾けることなく床にあるままで、診察中も新たなハートは生まれなかったが、終わった途端にほろほろとこぼれて降り積もっている。
「ふむ。獅子神、ハートとはどの様な質感だ?色や手触り、重さも教えて欲しい」
表情も消して、平坦な話し方。混み合ってる病院の先生と言った風情の村雨だが、それでも胸からハートはこぼれて行く。
「あ〜、隠してみても出てくるかも。村雨のは、なんか小さめの枕くらいかな。触れるとちょっと暖かくて、少し…、あ、丁度高反発素材の枕みてーな中身詰まってる弾力がある。色は最初水色だったけど、だんだん、うわ?」
膝に落ちたひとつを確かめるように抱きしめてみると、水色から淡紫に変化していたハートは一気に深い赤に色を変える。ほろほろ、なんでものではなくボロボロと勢いを増してこぼれて足元を埋め、膝に迫る。
「おい、なんかコレ……!」
「面白いな!敬一君!オレのも解説!」
「わ」
横から叶が思い切り抱きついてくる。それと同時にふわふわでもっちりとした流行りのクッションの様なネオンピンクのハートが奔流のように押し寄せる。
「お、い!叶!窒息する!」
オレに抱きついているはずの叶の姿も見えない程にピンクのハートがオレを襲う。押し潰されて呼吸が出来なくなると思った瞬間、伸ばした腕にナニカが絡みついた。
「叶、咎人になるつもりか?獅子神を離すといい」
ネオンピンクの隙間、目を向けると、腕に絡んだ一つ目の蛇の様なナニカ、まるで物語に出てくる怪物のようなそれはすんなりとした体躯なのに何倍もの大きさのハートを一口で丸呑みする。オレの顔周りにあるピンクのハートを粗方飲み込むととぐろを巻いて輝く黄金の林檎にしか見えないものに姿を変えた。
「天堂……お前、スゲーな……」
ペナルティを食らったオレにしか見えないはずの林檎……ハート?を手にとって天堂はニコリと笑う。お決まりの文句、『神は万能だ』と唇が動いたのを視界の端に留めたが、叶のハートよりも激しくて重い、気づかぬ内に量と勢いを増していた濁流の様な赤いハートに呑み込まれて、オレは意識を飛ばした。
ああ、これは故意じゃない。好意じゃ済まない。こんなに重くて熱くて激しい、これは。
翌朝、起きるとハートは一つ残らず消え去っており、天堂に叱られ、真経津に呆れられた村雨になんだかんだと看病され、それから多少はゴタついて、まあ。
「礼二君が敬一君が溺れる位にハートを注いでくれるって?」
「叶のハートに押し潰されるより先にな」
「神が立会人になろう」
「おめでとー!幸せにね!」
「ああもう!オメーらサンキューな!!」
皆に祝福されたのだった。