遡行し続ける鶴丸といつも救えない彼女、その一回目の追憶 故人のことは声から忘れていくというが、俺はそれが嘘だと知っていた。何度も時を遡り、この体の齢が数百を数えようとも、俺は覚えていた。声も言葉も記憶から消えはしなかった。少し震えて、常よりかは上擦って、珍しくこちらを真っ直ぐと見ながら唇をひらめかせた女の。
『墓の下はどんなですか、鶴丸。私の知ってるこことどれだけ違いますか』
いつも緊張に体を固くして、青白い顔をしていた。最初の彼女は本丸から一度も出ずに亡くなった。二十五年生きて、一度たりとも箱庭の外を見なかった。女の世界は動かぬもので埋め尽くされて、ぴたりと整った景趣と刀剣男士たちとがすべてだった。動くものといえば己くらいだろうかと思うと、残酷な動揺がよく胸をときめかせた。女の世界の、おそらく九割ほどを自分が占めている実感は快いものだった。まるで刀のような人生だったと思う。使われない限りは永劫にしまい込まれて、しかし錆び朽ちぬようにと命だけは守られて、まんじりともせずに目をひらいているしかない置物のような。女は生まれた時から人間だったけれども、人もどきの刀よりよほどつまらない人生を送っていた。「人生を送る」という積極的な言葉が似つかわしくない、座敷にぽつねんと置かれているだけの女だった。
最初はそうして在って、そのまま死んだ女だった。
『いくさは凄まじいですか。どれほどおぞましいですか。落とされた右腕を抱えて帰ってきた日があったでしょう。私はあのときぞっとしてしまって、はじめていくさというものをわかった気がしましたよ。転送ゲートは綺麗だけれど、光にくるむようにしてあなたたちを送り迎えするけれど、だから私はそういうものかと、光っておしまいのものがそこにあるのだと思っていたけれど。向こう側が本当にあるんだと、あのとき本当に知りました。本丸の外とはそのようなものかと……。父様が私をどこにも連れてゆかないのは…………もしかすると…………』
無機物がきゅうに血の気を得た。あの時の女はいやに熱っぽい目をして、きっと人生で初めて期待をしたのだろうと思った。声ひとつかけもしない、痛々しい夜泣きにも眉ひとつ動かしたことのない、あの父親の愛情をそこに見つけようとしたのだ。どうしようも無いことだと思った。この女が経験したもの、感受したもの、容易く陳列できるその一覧を鑑みれば。
だから俺は頷いてやるべきだったのだろう。
外の世界は酷く恐ろしい。だから娘のお前はずっと本丸の中にいる。父親の意思で、安全な座敷にしまわれている。それは愛情の証に他ならぬ。
――言えなかった。あまりに残酷なことだった。ただでさえ何も無い女の世界を嘘で補強し、古い絵のように扱おうなどと。
思えば俺の情というものはすべてきみによって育まれ、いつのまにかきみへと向けられていたのだろう。
『外へ出てみるかい』
弾かれたように上向いた、目。皿のような。
『どうってことないさ。きみの父君がきみをどこへも連れて行かず、何も教えやしないのは、単に忙しいからだ。ほっといても二十五まで育つくらいだ、自分自身で手をつけなきゃいけないことじゃあないと思ったんだろ。きみだって好きにすればいい。きみの行きたい所へ行って、見たいものを見て、おもしろおかしくしても怒られやしない。怒れやしないんだ、あの男にはな』