陸続きで無くとも、川や海を渡って来たならば、その国に入国手続きを迫られるだろう。そこ迄大袈裟で無くとも、コミュニティにまみえるのならば誰何故何処から等々聴取が有るものだろう。そうして内部に居る者は、自分を含めたそこに居る者が得体の知れた者だと思うのだ。ところで、ワームホールと言うものが有る。これは安全を思い込む人々を容易く裏切る来訪手段で有るが、使える魔法使いとまみえる機会はそうそう無い故、人々は安心されるがよろしい。それが分かったところで、諸君にはどうせ何も出来無い。ただ、来訪者が温厚で有ることを祈ることしか出来無い。「ここは平和ですね。」滅茶苦茶にしたく成ります、とうっそりと笑う来訪者の案内人は、諦めて居るのか呆れた顔を浮かべるだけでそれ以上をしようとはし無い。「宿を取るにも証明書が居るようなところでは困るからな。」歩き出す案内に任せきりで付いて行く長身痩躯は忙しなく始終辺りを見回して居た。そんな二人に周りは、旅の人かい、観光かな、やあ目を引く方々だ、等々気さくな調子だ。朗らかだが気安い人々に案内人の方は辟易して居た、目立ちたく無いのだ。反して連れは目立ちたがりのきらいが有る。それも案内人を辟易させる要因だった。「ここは穏やかですねえ。わたし、ここを気に入りました。何処か、特にここ、と言う場所は有るのでしょうか?」そりゃ嬉しい、きっと領主様もお喜びに成る、そうだ主様のお屋敷に行きなよ。「…おれ達みたいな奴が、そんなお偉いさんのところなんか。」案内人は人々から連れを引き離したかった。人々の思惑も、連れが何を言おうが関係無く。大丈夫さ、寧ろ歓迎してくれる、あの人は良い人だよ。お屋敷には綺麗な絵が沢山有るんだ。「へえ、では是非に!」やあ背の高い人、あんた主様のお連れの人によく似て居られる!何より案内人が気掛かりだったのは、人々のそんな眼差しだった。宿も人々がなんとかしておくと言う話にも乗せられて、案内人の静止は掻き消された。何せ人々と敵対なんてなろうものなら、それこそ宿どころの話じゃ無く成るからだ。強い拒絶なんかそもそも出来やし無かったのだ。あれよあれよとそのお屋敷とやらに案内もとい連れて行かれ、人々が言って居た通りの美しい絵画の数々が飾られて居た。並びに規則性は感じられ無かったが、おそらく同じ作者によるもので有り、そしてどれも、大切に手入れされて居る様子だった。主様はお忙しいから今はこちらには来られ無いってさ。そりゃ好都合、案内人は何かの予感に胸がざわついて居たのだ。だけど背の高い人、主様が来てほしいってさ。「は?」思わず案内人の口から剣呑な音が出る。絵の感想が聞きたいんだって、あんたはあんまり興味無いんだろう?言われて仕舞えば、反論は出来無い。しかし善意のつもりだか知ら無いが、ここ迄好き勝手連れ回されるわけには行か無い。反論なんて、論じる必要は無い、黙らせれば良い。「ええ、では伺いましょう。」連れがなんと言おうとも、だ。しかし、主とやらの元へおそらく角を曲がって行くように示されたのだろう長身の背を追おうとしたところで、突然横から手が伸びて引っ張られた。そこには確かに扉が有ったが、蝶番である筈の方からくるりと隙間が出来て、開店するように引き込まれたため反応が遅れた。しかも扉の中へ引っ張られて直ぐに目を覆われ両腕は金属の枷を嵌められた。そして浮遊感で方向感覚を失った後に衝撃を受け、おそらく引き込まれてたその場で地下牢に落とされたのだと当たりを付けながら、案内人は昏倒した。一方主の元へ向かった来訪者は、その主から手厚い歓待を受けて居た。「よろしいのですか、お忙しいと聞いて居ましたが。」手づからお茶を入れられた来訪者に、主は目深に下ろした布の向こうから告げた。「君の話が興味深くて。忙しくして居る暇もなくした。」おやまあ、来訪者は主の言葉に気を良くして笑った。お茶も独特な香り、とろとろと優しく眠気を誘うようで気に入った。「観光と聞いたが、この邸で眠ると良い。」連れの方にもそうしてもらうさ、耳馴染む声は、来訪者をまるでいつものように眠りへといざなった。来訪者があたたかい光に揺り起こされるように目覚めた時、柔らかい寝床には見知った顔が横から見詰めながら言った。「早いな。」「まあね。」軽く言葉を交わす。「よく眠れたか?」「ええ、大丈夫です。」「何か飲むか?」「まだいいです。」特段変わら無い、何気無い会話だ。それを機嫌良さそうに身支度する男は相変わらずこちらを見詰めて居た。「ご機嫌ね。わたしのお陰です?」「勿論だ。」軽口のつもりだった返事さえ、機嫌の良い瞳で大真面目に返される。