【幽桑】恋.
繋いだ手が熱をもつ。
見下ろす互いの肌はまさに燃えるような橙色で、そろって炎の中にでもいるようだった。桑原の背後、炎の源たる太陽がギラギラと彼の輪郭をまばゆいものにする。
季節はもう冬。光は激しく目を刺すばかりで、見た目ほどぬくもりを齎すものではない。だから、右手に感じる温度が特別に温かいのだ。
浦飯は唇をきゅっと結んだ。
ただの、何の変哲もない、いつもの帰路だったはず。
どうしてこうなったのか。
自分達にしては珍しく何の挑発もせず、だから道草も食わず、ふたり並んで歩いていた。どうでもいい話をしながら差し掛かった分かれ道で、じゃあなと背を向けたとき、手をとられた。
無言だった。
逆光で相手の表情がうまく見えない。
何か用事があるのか、それとも悪ふざけか。
聞いてみたが、返事はなかった。
ふと、こいつは本当に桑原だろうかと思った。
答えなど聞くまでもない。でも、どうにも“らしく”ない態度だった。
「ンだよ。言いたいことあんならさっさと…」
声を荒げると、桑原はハッとした様子で手を離した。互いの間で篭っていたぬくもりが、外気に放たれて散ってゆく。
なぜだか、もったいない気がした。
「桑原?」
呼びかけると、陰になった顔がふと歪んで見えた。浦飯はとっさに、桑原が泣いていると思った。
自然、相手を気遣うような、戸惑った声が出てしまった。
「おま、」
「なんでもねェよ!」
予想外の大声にビクついてしまったのが、浦飯の中で怒りにすり替わる。胸ぐらを掴み拳を振り上げ、後はいつも通り。
結局、桑原は謝罪の一言を除き口を噤んだままだった。
よろめきながらも今度こそ帰路につく背中を見ながら、自分が罪悪感を感じていることに浦飯は気づいた。それはきっと、桑原の瞳を見てしまったからだった。
『なんでもねェんだ。その、悪かった』
なんでもない顔ではなかった。
背を向ける直前、伏せた目の縁は確かに光っていた。だが、そうと指摘してはいけない気がしたから黙ったままでいた。
暮れる前の真っ赤な太陽よりずっと、あの目にあった光は眩しかった。
あれに触れて、拭って、それのわけを問いただしたい。
どうしてそう思うのか浦飯にも分からなかったが、あの場面がまな裏にしっかと焼きついていて、未だ離れる気配はなかった。
あの体温を思い出し自分の手を見下ろせば、拳に桑原の血の跡が残っていることに気づく。
浦飯は、頭が働くよりも早く、それを舐めとっていた。味蕾がピリと刺激された。
乾きかけていた他人の体液が、自分の唾液と混ざり喉の奥へ落ちてゆく感覚は、繋いだ手の体温より深く、浦飯をその人物へと繋いでくれる気がした。また、桑原という男と誰よりも近く、深く、自分は繋がっていたいのだということも自覚した。してしまった。
もしも、そうと告げたなら、アイツは揶揄うなと怒るだろうか。ふざけるなと泣くだろうか。
たとえ、どんな顔を見ることになろうが、浦飯は相手のすべてを手に入れると勝手に決めていた。
ひとりの帰路、あの切ない表情を思い返して、ひとり笑んだ。足取りは軽い。
明日はきっと優しくなれる。