Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    bumilesson

    @bumilesson

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 29

    bumilesson

    ☆quiet follow

    官ナギもどきのぬるい小話。紫陽花の別名は蛇の化身です。

    雨の日には仕事を休んで などと言うわけにはいかずカンタロウは雨に弱い同居人兼恋人を泣く泣く布団に置いて仕事に出て行った。吸血鬼のナギリにとって長雨の続くこの時期は四季を通じて最も苦手とする時期だった。重い布団を頭から被り、膜のように包み込む気だるく憂鬱な眠気に身を明け渡し、仕事がない時以外はほとんどベッドで暮らしている。
     目を閉じても雨音の低い響きが耳に伝わる。時折、船に打ち付ける波のように荒い音を立てるそれは安寧を呼ぶとは言い難い。吸血鬼にとって雨は不死の吸血鬼に、死に最も近い眠りを与えてゆく。吸血鬼の天敵と言えるそれは、安らぎなど与えるはずもなくナギリにただ苛立ちを置いていく事になった。
     早く、早く。この雨が止む事を。
     唇をきつく噛み、布団を引き寄せ眉を顰める。長い手足を丸めてベッドにうずくまる姿は辻斬りとは最も遠い姿だった。

     人の世界から置き去りにされて人ではなくなってから、ナギリにとって雨は憎しみを加速させる効果を与えた。雨に濡れ、誰も居なくなった路地裏、湿気の纏わりついた身体は更に土埃の匂いを強くさせる。襲う相手もいない冷えた路地裏でいつも一人だった。雨を避けて少しでも濡れない場所を探して大きな身体を縮めて狭い軒先を探し続けて一日が終わった事も何度もある。
     
    ―――雨は、嫌だ。この湿り気を含んだ空気が鼻先に触れるのも嫌だ。

     言葉をため息とともに飲み込み、目を閉じる。
     それでいて青空でさえナギリは受け入れる事が出来ない。雨でも晴れでもどちらでも吸血鬼が生きるに適さない天候。人間にとっては雨は恵みとなり、晴天を喜ぶというのに。天から降り注ぐものから何一つ恩恵を受ける事もなく、ただ日陰を這うように息を吸う。
     ナギリにとって雨とはそんなものだった。カンタロウが挿す大きなビニール傘でさえ、男二人では肩や腕を濡らしてしまう。それを嫌がった男はナギリを抱き寄せて、決して濡れないように雨の中を歩くのだ。
     雨は、嫌いだ。
     なら晴天ならどうだ。
     日光に晒されれば青白い肌は灼け、強烈な眠気に襲われる。晴天も吸血鬼の敵、でも今は昔程ナギリは晴天を恐れない。
     傍に居るのが太陽の光を集めたような男だからだろうか。以前ほど、光をナギリは恐れない。それよりも雨に蘇るのは微かな記憶で、ガラスを長い爪で引っ掻いたような不快な軋みを胸に呼ぶ。吸血鬼になってからの雨の記憶と共に混在する何かの断片の映像は、ナギリを混乱させ、胸をかきむしりたくなった。
     

     濡れた髪を少しだけ覆うだけのぶ厚い掌と、脂臭い嫌な臭い。目の端に宿った光は、腐って淀んだ川底に沈む魚のものと重なった。生臭さが口いっぱいに広がるあの味に似た、泥濘を含む目の光がナギリを見ていた。誰かの声が頭に響く。甲高く掠れた女の声に入り混じる、妙に粘ついたものを全身に纏わせた声と共に。
     女は多分あれは母親と呼んでいたものだったのだろう。艶のない乾いた声しかもう記憶に残されていない。雨の記憶は、欠片となった過去を浮かび上がる。男の顔も、同じく何も浮かばない。ただあるのは声の記憶と雨音。雨の日にだけ来ていた男はナギリの頭を撫でた。分厚い掌に浮かぶ汗のじっとりとした湿った感触は、外の雨と重なる。

     雨は、不快だ。早く、早く。止んでほしい。今欲しいのは雨ではなく―――。

    「遅くなりましたああああ!!!ナギリさあああああん、戻りましたああああああ!!!」



     このマンションの壁にもし自我があるならご苦労様と言ってやりたいが、幸い防音だ。それを分っているせいか、カンタロウは勝ち鬨の声を上げる鳥のような大声で帰宅の報告をしてくる。

    「ああ」

     雨で体力が削がれているせいか、声量の注意も忘れてナギリはノロノロと布団から起き上がった。寝ぐせのついた跳ね上がった髪を抑えて、欠伸と共に玄関へ向かう。もうこのやり取りを続けて幾年が経過したのか、ナギリは既に忘れている。

    「今日はナギリさんにお土産があるのでありまああす!」

     リビングに進んだカンタロウの手には花の鉢植えがある。太い腕に抱えられた鉢はそれなりの大きさで、青い花を付けている。

    「これは何だ」
    「紫陽花でありますよ。この雨の時期になると咲く花でありまして」

     よく見ると小さな花が折り重なって丸く形を作っている。白から青のグラデーションの掛かった美しい花は、この物の少ない部屋にあって色を与えてくる。男二人の家に飾るにしては随分愛らしい。紫陽花くらい知っている、とナギリも言いそうになったが花の形を見て低く呟く。

    「丸い」
    「ですよね!紫陽花は丸くて可愛らしい花なのであります!マル君…いえ、ジョン君に似た姿で実家の庭に咲いていたのを思い出すのであります」
    「買ってきたのか」

     ええ、まあ。と言いながらカンタロウはダイニングテーブルの上に花を飾る。文字通り無彩色の室内が一気に華やいだ。白、青、紫と角度を変えれば様々な色を見せる。

    「この花が本官好きだったのでありますよ。丸くて、きっとナギリさんもこれなら…雨が」
    「雨が、何だ」
    「雨の降る時期しか花が咲かないのですが、きっとナギリさんも雨が少しだけ」

     そうだ、雨は嫌いだ。嫌なものと嫌な記憶を匂いと冷たさが連れてくる。なのに、この雨に咲く花は丸くて、とても。

    「そうだな、綺麗だな」

     ひどく人間じみた言葉だと思うがそれしか浮かばない。

    「この花は土の性質によって色が変わったりもするのであります。白い花が青や紫になるかもしれません。二人で丸い花を、育てていきましょう」

     ナギリの中の雨の中の子どもが少しだけ笑った気がした。雨の匂いはもう消えていた。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖👏👏👏😭😭😭🇱🇴🇻🇪💕💖💖💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works

    まみや

    DONE【12月31日】
    霊体エクボと霊幻の二人で年越し。
    「だから、こっちは大丈夫だって!そっちこそ、あんまり出歩くなよ!」
    「そうねぇ…せっかくのお正月なのにねぇ…」
     パソコン画面の向こうでは霊幻と同じ眠そうな二重まぶたの女が、さっきから何度も同じ話を繰り返している。俺様は霊幻のつむじを見下ろしながら、肩越しにその画面を盗み見た。
     これが霊幻の母ちゃんか…。なかなか美人じゃねぇか。そりゃ、歳はいってるが若い頃はモテただろうな。霊幻の顔がいいのだけは納得出来る。
     今年の冬は例の伝染病があるから帰らないと霊幻が電話したら、向こうからパソコンでテレビ電話しようと言ってきた。最近では年寄りも機械には強いらしい。
    「大体、ちゃんと食べてるの?お節も無いなんて何だか不憫で…」
    「いや、あれはそもそも保存食として作られた物で、今は元旦でもコンビニが開いてるから必ず必要というものでもな…」
    「そうやって!あんたはまたコンビニのものばかり食べて!!!」
    「そういうわけじゃねえよ!」
     えらいとばっちりだ。台所には俺様が材料を吟味して選んだ正月料理の具材が並んでるというのに!
     止まらない話のループに、霊幻の目が斜め上に浮かぶ俺様を助けを求 1764