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    st_asjm

    @st_asjm

    カプ名書いてないのは全て台牧です

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    st_asjm

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    【ヴェルドフ】
    原作軸、双方向の愛がそれなりに重い、共依存のようなもの。ヴェルゴが遺した詩の話。

    しじまより愛を込めて ――原始的な衝動のすべてを受け入れて、
    躊躇せず、抑圧もせず、ひたすら抱き合える相手がいる事が、これ程幸福な事だという事をおまえで知った
     そして、肉体が隔てたその向こう側で頼りなく小さなおまえを見付けた時、それが俺の心の輪郭であることを、おまえで知ったのだ――


    「…若、飛ばされてるぜ」
     セニョールは長い指を地面の紙に差し出した。体を折って爪の先でつまみ上げると、その殆ど正方形の黄ばんだ古い紙の文字をなんとはなしに一瞥する。そして少し眉を持ち上げた後、目の前で開け放たれた窓のふちに腰掛けている年若いボスへと差し出した。悪戯な風が、彼の手から紙をさらったらしい。
     ドフラミンゴが「ああ、悪いな」と微笑みながらその紙を受け取る。何枚か同じような紙が、紙を受け取ったのと反対の手にあるのがその時初めてセニョールから見えた。
    「それは?」
    「詩だよ。ヴェルゴが書いた」
     そう返されて、セニョールはサングラスの向こうの目を丸くする。しかしすぐに平時の彼に戻り、へえ、と小さく感嘆した。
    その感情の変遷を見透かしてか、ドフラミンゴは更に口角を上げる。
    「意外か?」
    「ええ、まあ」
     自発的な興味を持つか持たないかではなく、持つべきか否かで目の前の物事を判断するのは、ドフラミンゴにとって好ましいセニョールの性分で、彼を評価する理由の一つだった。
     フフフ、と上品な声がまたやわい風に乗る。あのナリだからな。昔は可愛かったが…別に誰に話すでもない、自らの郷愁に語りかけるような優しい声でそう紡いだ。
    それは時に人を惑わす悪魔の声音だと揶揄される。女を口説く時には酷く甘い響きになり、またそれに抗えた女など居なかったという事もセニョールは知っている。だが今その声は、果たして同じ悪魔の喉から響いたものであるか疑うほどに温柔な音をしていた。
    「相棒は”俺と同じ”で育ちは悪いが、地頭が良いんだ。詩人だった」
     今はここにいない幼馴染から送られた古い紙を、ドフラミンゴはそう言ってすいすいと捲っては後ろに重ねていく。読んでいるのではなく、手触りで懐かしむような動きで。全部で15枚ある、と長く繊細な指先で紙の一枚一枚を愛でるようだった。
     セニョールは酒の席で戯れに耳にしただけのドフラミンゴの過去の話を思い出して、今目の前でしなやかに、或いは女の指よりもよほど感情を乗せて動いている指を見つめている。育ちが悪いなんてとんでもない。そう思える品のある指先。
     ドフラミンゴの過去について、セニョールはそれ以上の事を知らないが、その時は「興味を持つべきではない」ことと判断して聞かなかったまでに過ぎない。
     心とは、深入りすれば良いというものでは無いという事をよく理解している男だった。
     だからこそ、今この場でのセニョールは慎重に言葉を紡いでいた。彼の遥かなノスタルジアを、無粋な音で邪魔してはいけない。
     ややあって、ドフラミンゴが紙片からセニョールの方へ困ったように下げた眉で微笑んでみせる。
    「あいつを任務へやって後悔したのは、これが増えなくなったことだな」
    「楽しみにしていた?」
    「もちろん」
     再びドフラミンゴが手元の紙へ、サングラスの隙間から覗く長いまつ毛を落とした気配があった。
    「…読むか?情熱的だぞ」
     すい、と長い腕をやや伸ばし、紙束を差し出すドフラミンゴの顔が薄い逆光に陰る。セニョールは間髪入れず首を横に振る。
    「全部アンタに当てられたもんだろう、若。俺が読むのは無粋だ」
    「…アア?フッフッフ!…勿体ねェと思うんだがなァ。この才能が、俺にしか見られないってのも」
     差し出した紙束を引っ込めて、再びその紙に目を落としたドフラミンゴが、ため息を吐くように零した。
     セニョールは先程まで手の先にあった紙片に乗せられた言葉を思い出して、それから妻の顔を思い出して、
    「…いや」
     思い出して、やはり首を横に振る。煙草をひと吸いして、首を横に向けて煙を吐き出した。この煙の匂いすら、彼の思い出を穢してしまうような気さえしていた。
    「俺は…アンタだけが読むべきだと思うぜ。それはまるで」
     瞳だけがこちらを見る気配があった。
    「ラブレターだ」

     ――セニョールの言葉を聞いて、ドフラミンゴはややあってから背を丸めて肩を揺らした。ふっふ、とまた上品に小さく笑っている。ああ、セニョール、フッフッフ!…
     冗談を言ったつもりは無かったが、セニョールは肩を竦めた。いいや、とドフラミンゴは首を振って、今度は顔ごとセニョールの方を見た。
    「…詩だよ。俺に褒めて貰いたかったのさ。字が上手くなった…言葉が綺麗だ、ってな」
     それは悪魔の声でも、郷愁を抱く青年の声でもなかった。



    「明日、パンクハザード行きのタンカーに乗るよ」
     先程まで触れ合わせていた肌の上に、薄青色のシャツが乗る。隠れていく肢体は、子供の頃とは比べるまでもなく血色が良く逞しくなっていた。
     やがてドフラミンゴの体の上に彼の服が放り投げられる。それでも、重だるい身体をマットレスに投げ出したまま動くのが億劫だという態度を崩さない。その姿を見て、ヴェルゴは口角をすこし持ち上げてみせる。
     おまえは子供の頃から変わらない、と言ってから、やさしく細められていた水色の瞳を、黒いグラスの向こうへ隠してしまった。
     子供の頃から変わらないルーティンのような肉体関係は14の時に始まった。初めて互いの身体に触れてからは枷が外れたように求めるようになり、やがて砂浜を駆ける子犬がじゃれ合うように、度胸試しのゲームのように、或いは寂しさを紛らわす傷心の若者のように求め合った。女を抱くのとはちがう、純粋な安堵感と一体感を求めて抱き合う事は、彼らにとって食事や睡眠と変わらない、当たり前に生活の中にあった行為だった。
     それが互いに不惑を迎えても未だ、触れ合う機会さえあればこうしてベッドにもつれ込んでいる。
    「パンクハザードは冷える。コートを忘れるな」
    「ああ。恋人に貰ったコートがある」
    「…おまえ、恋人なんかいやしねえだろ」
    「そうだ。俺には恋人なんかいなかった…俺にはドフィがいる」
     ループタイを整えながら、ヴェルゴはベッドの上のドフラミンゴを見る。ドフラミンゴは頭の中でヴェルゴの言葉を反芻してから、ややあってふっふ、と口の奥で笑った。
    「――相棒、俺が居れば恋人なんかいらないって?」
    「いらないな」
    ヴェルゴが変わらず、やわく微笑んだまま続ける。
    「――”これ”は、お前のために使うと決めている」

     ――献身が、その尊い挺身が、煩わしいような、悔しいような、そんなふうに感じるようになったのはいつからだったか。ドフラミンゴは口を三日月に歪めたまま、それが戻らないうちにヴェルゴから顔を背けて起き上がる。背に乗せられたシャツを手に取り、羽織った。
     おまえは、俺の為になら簡単に死ぬのだろう。俺のために生きようなどとは、考えたこともないのかもしれない。
     おまえは昔からそうだ。人の気持ちを慮ることを知らない。お前には想像力が足りない。罵る言葉が思い浮かんでは、すべて虚空へ投げ出していく。
     感情の処理は簡単だ。己の求められていない部分を切り捨ててしまえばそれで済む。ドフラミンゴという王は、王らしからぬ自分を知っている。そして、それを切り離す術を知っている。
    「ドフィ。なにか気に触ったか?」
     切り捨てた部分を、律儀に拾おうとする男さえいなければ、ドフラミンゴは寝室でさえ完璧な王に成り得たかもしれなかった。 
     すっかり身なりを整えたヴェルゴがベッドに乗り上げ、ドフラミンゴの背に触れる。振り返ればサングラスの奥の瞳がまっすぐ自分を見据えている。
     恐ろしいと思う。
     この男が与えたものも、この男に与えたものも、この男と歩んだ人生すらも、なにもかもが踏み均された「間違い」であり、それこそが自分が歩むべき道だったと確信しているのに。その間違いの上で築かれたこの感情に未だ名前をつけられずにいることが。
     すっかり下がった口角を誤魔化すように、ドフラミンゴはヴェルゴの唇に吸い付いた。困惑しながらそれを受け入れて、すこしだけ伸ばされた舌先を遠慮がちに舐めてからゆっくりと口づけが解けた。
    「…なんでもねェよ」
     おわりに、ヴェルゴのぶあつい下唇に軽いキスを送る。
     訝しく思いつつふう、と鼻でため息を吐いたヴェルゴは、大男二人を乗せてぎしりとも言わないベッドからゆっくりを降りていった。
     それを見やってから、ドフラミンゴはベッドの横に視線を移す。
     ――この世界で、人間なんてものは簡単に死ぬのだ。だからこそ、残す言葉には慎重になるべきだ。ドフラミンゴは、サイドチェストの引き出しにしまい込んだ古びた紙束を取り出した。
    「…ドフィ、それは…」
    「詩集だ。お前のな」
     ヴェルゴがギョッとする気配があった。ドフラミンゴは歯を見せてにい、と笑う。
    「…まさか、全部取ってあるのか?」
    「ああ。流石に古いのは紙が劣化してるがな」
    「ああ、勘弁してくれ…」
     ヴェルゴが額に手を当てて顔を伏せた。ドフラミンゴは気にせずに紙束をひらひらと振ってみせる。
    「音読してやろうか?」
    「やめてくれ…」
    「もう書いてくれねェのか?楽しみにしていたのに」
    「…潜入任務に着いてからは筆をとる機会が無かった。それに、もう字の練習は…」
    「今書けよ」
    「ああ、ドフィ……勘弁してくれ……」
    「フッフ!ほら、ペンもここに置いておいてやる」
     サイドチェストに紙束とペンを置いて、ドフラミンゴはシャツだけを羽織った姿のままベッドからはね起きると、耳を赤くして項垂れる相棒の頬にキスをして通り過ぎ、放置されぬるくなったワインの残りを煽った。



     ドレスローザの空は相変わらずの快晴だった。電伝虫の通信を切り、針を上げただけで回り続けている蓄音機の横に本を投げ出す。
     その瞬間ドアがノックされ、入れと声で返事をすると、ややあって大きな影がドアからのそりと入り込んだ。
    「ドフィ」
    「ピーカ。最高幹部に招集をかける。一緒に来い」
    「…ドフィ」
     まるで始めから自分が呼びつけていたかのように話し出す王を後目に、窘めるような声でピーカが呼ぶ。高く異様な声音だが、ドフラミンゴには、彼がその声に乗せている感情等とうに分かっていた。
    「…なんだ」
    「ヴェルゴは良い友人だった」
    ス、と息を飲む音が部屋に響く。
    「…よせ。招集だと言っただろう」
     ピーカには背を向けて、窓から最小限に入り込む陽光を浴びて佇む。呼吸を整えている気配がする。ピーカは空気の振動を敏感に感じ取っている。
    「……寂しくなるな」
    「……行くぞ」
     ドアを開ければ、廊下は白く輝く光に溢れていた。城中の影を集めたような部屋のドアが、主の不在を惜しむようにゆっくりと閉じて行く。



     まっさらなシーツに取り替えられ、シワひとつなく整えられたベッドの横、黄色く変色した古い紙束は、サイドチェストの上に変わらず鎮座していた。
     ドフラミンゴの長い指先が、そっとそれをすくいあげる。一番上にある紙面の文字は、筆圧がまばらで、ペンの持ち方すら危うかった幼なじみの姿を鮮明に思い起こさせた。
    「――――如何におまえを語ろうと、ただひとつ、今目の前のおまえの一切に、適う言葉などありはしない…フフッ…大層なことだ」
     何度も読んだ言葉をなぞり、ただなんとはなしに、ドフラミンゴは懐かしい紙束を愛でるだけのつもりで手首を回して、その裏面を見た。

     音が消えたようだった。薄汚れた古い紙のはしに、全神経がフォーカスされている。見覚えのない文字列。明らかに新しいインクで、ひどく揃った美しい文字が並んでいる。

     ああ、おまえはまた、字が上手くなっていたのか。知らなかった。

     文字の意味を、言葉を飲み込もうとして、それを必死に拒否しているのが”心”だとわかった時に、己にもまだ”そんなもの”が残っていた事を思い知る。
     感情の処理は簡単だ。望まれないものは切り捨てて、なかったものだと笑えば良い。
     果たして、では、これは望まれないものであると、誰が決めるのだろうか。長らく名前すらなかった、おまえと俺の間にあった、この温かい泥濘にも似た、離れがたく手放し難い胸懐を。
     人は死ぬのだ。そうして言葉だけが残ってしまう。ここに。こんな古びた紙のはしに。

    ――――ドフィ、愛してる。



     ありとあらゆる喪失は、常に前触れなどなく訪れる。だからこそ敢えて覚悟などしていない。目の前で喪われるものを惜しまぬように。或いは許せるように、それは天命なのだと、ただ「この世界」にだけ責任を押し付ける為に。

     愛は人間の付属物に過ぎない。愛のない者たちが如何に歪に成り果てようとも、人間は人間なのだ。その本能は闘争で出来ている。争うことが生きることに他ならない。

     夜叉が並べ立てる。己が己たる所以を。全てを破壊する者であるべく奮い立たせようとする。

     だのに、指先は紙面のはしを摘むほどの力すら抜けていくようだ。

     雪原に燃え盛る炎、今はただ白になりゆくしじまの中、お前は寂しくはなかったか。
     痛くはなかったか。
     苦しくはなかったか。

     名前をつけてくれるのか。俺とお前の間にあった、行く宛のなくなった心のむくろに。

     その愛に報いることが、おまえを失くした俺に出来ると思うか。

     おまえに「俺も愛している」と返すことすら、もはや出来ないとわかっているのに。
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