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    ak1r6

    @ak1r6
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    ak1r6

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    KOPより後のコウヒロ

    #コウヒロ
    kouhiro.

    せめてこの4分間は ヒロの爪のぎざぎざに、もう長らく触れていない。青いプラスチックのベンチの上で、コウジは突然そのことに思い至った。
     関係を修復してから、コウジはヒロの手に触れる機会があると、しばしば彼の爪を指先でなぞった。リアス海岸を思わせる繊細な凹凸を楽しんだ後、そっと指の腹を押し込むと、ハリネズミの牙のような尖りがコウジの肌に噛みついた。動物の子供がじゃれつくみたいに。そのうち、それがコウジの癖のひとつになった。自分のささくれを弄るのと同じ、無意味な手遊びだ。
     あるとき、いつものようにヒロの爪のラインを撫でていると、カヅキがコウジの腕を取った。
    「ヒロが痛がってるだろ」
     コウジはずいぶん驚いた。だってヒロは、今まで一言もそんな事を言わなかったから。ヒロの顔を見ると、「深爪だからね」と苦笑してカヅキの言葉を否定しないので、コウジは静かにショックを受けた。どうやらカヅキの言うとおりらしい。カヅキが止めてくれなかったら、コウジの指先はいつかヒロの肉に到達して、無言のままヒロにひどい苦痛を与えたことだろう。
     隣に座るヒロは、まっすぐ前を見ている。奇跡的なバランスでパーツが配置された横顔は、コウジを気にする様子もなく、どこか遠くを見ている。
     ヒロの肉。ヒロの粘膜。爪や皮に護られた内側に触れたら、彼はどんな表情をするのだろう。
     目の前にある唇や目蓋のふちの粘膜は、赤く潤んでつやつやしている。コウジはその柔らかさを知らない。コウジとヒロには、あまりにたくさんの事があったから、色々な人が色々なことを言ったけど、彼らの想像と違って二人は粘膜を触れあわせるような関係じゃなかった。
     コウジの視線に不純なものが混じり始めても、強靱なグラスファイバーみたいな睫毛はくるんと立ち上がり、変わらず前を見続けている。
     中等部のころは、こうやって、よくヒロの横顔を盗み見ていた。ヒロも気づいていたと思う。三割ぐらいの確率で、目線を寄越して微笑んできたから。見られることに慣れている子供だったのだ。
     ヒロの気分を害していないか怯えながら、それでもコウジはたびたびヒロを見ていた。座学の授業中も、プリズムショーの練習中も、練習を終えて、ロッカー室で着替えているときも。ベンチに座ったヒロは、眠いのか、やけにゆっくりタイツを脚から剥がし、靴下を脱いだ。まっすぐな脚の先には、日焼けを知らないくるぶしと甲がくっついていた。肌の白さで痣の青さが際だった。ところどころ皮膚が硬く変質していて、指の付け根を覆う肉から骨が飛び出しているのが皮の上からでも分かった。野生動物の脚みたいだった。細い指先に載った冗談みたいな小ささの爪はひび割れて歪んでいて、それはジャンプを跳ぶのに最適の形だった。コウジの知るどんな足よりきれいだった。
     このごろ、ヒロの手の指先の凹凸が、なだらかになってきた気がする。彼の母親が、爪噛み防止マニキュアを塗ってやったりしているらしい。その甲斐あって、指の長さに不釣り合いに縮こまっていた爪は柔らかく伸びて白い縁を覗かせ、エッジがゆるやかになったように見える。
     このまま、ヒロの爪がすっかり丸くなってしまったら。きっとコウジはさみしく思うだろう。それを口にする気はないけれど、ふとした時にヒロのぎざぎざを、懐かしく思い出すだろう。
     アリーナから歓声が聞こえる。
     ヒロの掌が、滑らかな樹脂のベンチの上をさまよった。顔は相変わらず前を見たままだったけれど、ヒロが何を探しているのか、コウジにはちゃんと分かった。
     コウジが手を載せると、ヒロの掌がくるりと反転して指が巻き付いてきた。爪の細かな尖りがコウジの手の甲に喰いつく。
     司会がヒロの名前を呼んで、氷上へ誘う。
     ヒロの指の強さに負けないように、ぎゅっと強く、コウジは丸い爪を彼の手の甲へ食い込ませる。
     あんなに広いステージの上で、残酷なほど強いライトの下で、ヒロが孤独じゃないように。手の甲に残したコウジの爪痕が、どうか彼を護ってくれますように。



    (せめてこの4分間は・了)
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    ak1r6

    MENU▶︎web再録加筆修正+書き下ろし約40頁 (夭折した速水ヒ□の幽霊が、神浜コージの息子13歳のもとに現れる話)
    ▶︎B6/66頁/600円 予定
    ▶︎再録は 下記3つ
    酔うたびいつもするはなし(pixiv)/鱈のヴァプール(ポイピク)/せめてこの4分間は(ポイピク)
    【禁プリ17】コウヒロ新刊サンプル「鱈のヴァプール」書き下ろし掌編「ヤングアダルト」部分サンプルです。(夭折した速水ヒロの幽霊が、神浜コージの息子13歳のもとに現れる話)
    ※推敲中のため文章は変更になる可能性があります

     トイレのドアを開けると、速水ヒロがまっぷたつになっていた。45階のマンションの廊下には、何物にも遮られなかった九月の日差しが、リビングを通してまっすぐに降り注いでいる。その廊下に立った青年の後ろ姿の上半身と下半身が、ちょうどヘソのあたりで、50cmほど横にずれていたのだ。不思議と血は出ていないし、断面も見えない。雑誌のグラビアから「速水ヒロ」の全身を切り抜いて、ウェストのあたりで2つに切り、少し横にずらしてスクラップブックに貼りつけたら、ちょうどこんな感じになるだろう。下半身は奥を向いたまま、上半身だけがぐるりと回転してこちらを振り返り、さわやかに微笑む。
    1931

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