運命が欲しかった。手紙が来ていた。この間学校で行われた血液検査の結果を知らせる手紙だった。お母さんが一緒に見よう、と震える手を握ってくれる。何も言われたことは無いけれど、学校でどんな扱いを受けているのか知っているんだと思う。この結果が、僕の学校生活を左右することも。
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「今日の検査結果は後日郵送で家に届く予定だ。必ず親御さんと確認するように!それじゃ委員長、帰りの挨拶」
「きりーつ、礼」
さようならー、とクラスメイトの声が響く。帰り支度を済ませてさっさと出ていく人。机の向きを変えてお菓子を開ける人。それぞれの予定に合わせてクラスが動き始める。僕も帰って今日のヒーローニュースまとめよう。スマホを弄りながら立ち上がり、教室を出る。下駄箱で靴を履こうとしゃがんだ時、背中に強い衝撃を受けた。
「どーせカツキはαだろうな!俺もαだといいなー」
「ハ、当たり前だろ。お前には無理だな。せいぜいβ止まりだろ」
「カツキ言うなぁ~!ま、俺もそうだと思うけど。お前がαは無理あるわ」
笑い声と共に、聞き慣れた幼なじみの声が聞こえる。幼い頃は頼もしさを感じていたこの声に、今は恐怖ばかり感じていた。絡まれる前に帰ろう。靴紐を結ぶ手を早めるけれど、その間も後ろでの会話は続く。
「とりあえずΩじゃなきゃなんでもいいわ!」
「ホント、Ωだけは勘弁だよなぁー」
「可哀想だよなァ。ま、その可哀想な運命の奴もいるけどな」
どうせ、その「可哀想そうな運命の奴」は僕のことを言ってるんだろ。紐を無造作に結んで、さっさと立ち上がる。もう早く帰ろう。後ろから刺さる視線を無視して、逃げるように校舎から離れた。
検査から1週間。検査結果が届き初めているようで、クラスは第二性の話題でもちきりだった。
「カツキαだったのかよ!?マジかぁー!」
「ま、想定内だろ。むしろβの方が驚くわ」
「当たりめェだろ。俺はテメェらモブとは違ぇんだよ!」
「なんも言えねー!」
ガヤガヤ話すグループに気づかれないよう、気配を薄くして席に座る。僕はまだ結果が来ていないけれど、かっちゃんはαだったようだ。まぁそうだよな。小さい頃から才能マンで、大抵のことはすぐ出来る。何にもできない、無個性の僕とは大違いだ。ヒーローノートを出して、かっちゃんのページに小さくα、と書き加える。気づかれる前に別のページへめくり、朝のヒーローニュースをまとめる。ノートを書くことに集中していて、後ろから近づく悪意に気づけなかった。
ガッと肩を掴まれて、驚きで肩が大きく跳ねる。
「ヒッ…かっちゃん」
「なァ、テメェは第二性なンだよ」
「ま、まだ結果届いてないから、わかんない…」
「ふぅん。手紙が届くのが楽しみだなァ?」
彼はそう言い残すと興味を無くしたように僕から離れていった。君は僕が1番底辺でないと気が済まないのだろう。これでαだったりしたらどんな反応をするんだろうか。きっと、有り得ねぇ、どんな手使ったんだって掴み掛かられるんだろうな。どうしたら波風立てずに関われるんだろうか。ため息を吐いたところで先生が教室に来たため、それ以降考えることは無かった。
…そして今手元に、僕の今後を左右する結果を告げる紙がある。ソファに座り、ハサミで手紙の封を切る。お母さんは何も言わずにただただ僕に寄り添ってくれていた。小さく吐く息と共に体から不安を押し出して、手より少し大きい封筒から中身を取り出す。紙を開く手を、柔らかい手が支えてくれた。開いた手紙が告げたのは「β」だった。
「よかった、よかったね出久!」
お母さんはそう泣きながら喜んでくれた。Ωじゃなくてホッとしたはずなのに、胸がぽっかり空いたように、落ち着かない気分だった。
きっと昨夜は想定した結果じゃなかったから混乱しただけだろう。そう自分を納得させて家を出た。教室に行くのが少し怖い。βだと知ったら彼はどうするんだろう。ぐるぐるぐるぐる、第二性を聞かれた時のシュミレーションをする。何通りも試したけど、爆破されない結果が見えなかった。震える手で教室の扉を引く。いつものように気配を消して席に着いたけれど、優秀な彼の目を誤魔化すことは出来なかったようだ。
「よォ、デク。第二性はわかったンかよ」
「え…あ、うん。昨日、届いたみたい…」
「へェ?…で、どれなンだよ」
ニヤニヤしながら聞いてくるその顔には、どうせΩだろ?と書かれている。
「βだよ」
「…は」
「だから、βだよ」
君の聞き間違いなんかじゃないと念を押すように2度、伝えた。爆破されることを予想して、目をぎゅっと瞑る。…が、想定していた衝撃はいつになっても来ることはなかった。そっと目を開けると、見たことのない顔をしていた。驚きと落胆が綯い交ぜになったような、複雑な顔。…自分の予想が外れたことがそんなにショックだったの?ハッと意識を戻した君は何も言わずに去っていく。は…?どうして何も言わないんだよ。いつもはすぐ爆破するか暴言を吐いてくるじゃないか。……底辺じゃない僕には、興味がない?もう自分の感情がわからなかった。昨夜空いた穴を中心に、渦のように感情がぐちゃぐちゃになっていく。
ガラッと扉が空いて、緩く髪を巻いたいかにも女の子らしい子がかっちゃんに近づく。
「カツキくん、αなの?あのね、私、Ωなの…もしかしたら、運命の番かも…!」
「……そーかもな」
隣のクラスで可愛くて有名な女の子が、わざわざウチのクラスまで来て話しかけている。その子はΩらしい。今まで一言も話したことない女に腕を組まれながら、かっちゃんは教室を出ていった。今まで女なんてめんどくせぇって一蹴してたじゃないか。急にどうして。頭が色んな感情でぐちゃぐちゃになって、もうどうしようもなかった。なんで、こんなに彼に振り回されてるんだろう。彼の一挙手一投足を気にして、想像して。
……あぁ、気にしているのは僕の方じゃないか。彼のことが、好きなんだ。そう認めると、空っぽの穴が少し小さくなった気がした。きっと、なんでもいいから僕に興味を持ち続けてほしかった。底辺じゃなくなった僕に彼に彼が興味を持つことはない。Ωじゃなきゃ運命にもなれない。βじゃなくて、Ωに生まれたかった。