シュークリムル(ヴェルドラ視点)光、と呼ぶには鈍すぎる色だ。が、日の照る場所ならば眼を細めないと眩しいほどには存在感のある銀糸の髪をキラキラ輝かせながら、リムルは我の横を駆けていく。
「そこにいろよ。ぜったいに、ぜったいに! そこにいろよ!」
なんて、まるで我が小さく分別のない子供のような物言いだ。しかし我はかっこいい大人の男であるから、いちいちそんな事には腹をたてん。了解したと手をひらひらさせて合図すれば、リムルも肩を竦め、ようやく目当ての店に駆けていく。
(全く、心配性なものよな……)
リムルの性質上仕方がないとはいえ、我に対して過保護な扱いをしてくる。それがこそばゆい時もあったりするので、まあ我もリムルの事をとやかくは言えんのだが。
「ふ~む。しかし、人間の街の空気は久しぶりよな。相変わらず小さいが……ううむ。しかし以前よりは整備されたようにも見える」
まあどのように整えようが、人間の住む街など、我にかかれば一瞬で破壊されるであろうが。だが今はそれすら勿体ないと思えるのだ。それはひとえにリムルの胃の中から観察し続けた光景のおかげでもあったりするのだが。
ふん、我だって成長しているのよ、と思いながら大人しくベンチに座って、邪魔な脚を組む。ちょうど季節は落ち葉の季節らしく、紅葉した木の葉が辺りを舞っていてとても美しい。髪を撫でてなびく風の温度もちょうどよく、思わずぽかんと口を開けながら眺めているとだ。
「ねえねえ、あの人格好よすぎない?」
「モデルかなー。声掛けてみる?」
「えー……!」
我の前を通り過ぎた二人組の女が、なにやらこそこそと騒ぎながら通り過ぎていった。うむ。こういう状況は聖典で読んだことがあるぞ。まさか現実にもこういう事が起きるとは、さすがは我が盟友の聖典である。
なんて思いながら、我を待たしているリムルをチラ見する。
そこには我に見せたことのない、行儀正しく笑うリムルが見えてだ。
(むう。あやつめ……。我を待たせておきながら、あの人間と楽しそうに話すとは)
そうやってずっと見つめていると、リムルと話している人間がギョッとしながら我の視線から眼を逸らした。(これは……しまったな。後からリムルに文句を言われるやつよ……)
リムルに嫌われるとなったら、さすがの我も堪えるものがある。まあ幸いながら、あの料理人っぽい人間の方が空気を読んでくれたようだ。慌てたようにリムルに笑いかけているようだが、何故だろうか。その仕草さえ腹が立ってくるぞ。
「むう……」
此度はひさびさのリムルからの誘いだ。なるべくは奴に従おうと思っていたのだが……。いやいや、しかし我も大人である(二回目)。リムルの言いつけ通り事を起こさず、脚を組み直した。それだけでこの胸のもやもやした気分が落ち着くわけではなかったのだが……。
「ねえ、あの人彼女じゃない?」
「あー……、ねぇ。綺麗すぎだし、やっぱ……さぁ」
ベンチの背にだらりと腕を投げ出した我の耳に、先ほどの声が入ってくる。その視線をチラリと辿ってみると、やはりというかそこにはリムルがいてだ。クリーム色のぶかぶかセーターに細身の黒ズボンというシンプルな出で立ちながらも、可愛さは隠しきれないのだろう。
そうしてみて、改めて気がつく。我に向けられる四方からの視線と同等ほどにはリムルが注目されていることに。
(あやつ。我には口うるさく目立つなというくせに、自分の方がよほど視線を向けられておることに気がついておらんな……)
確かに、リムルは美しい。滅多にみないほどの白い肌に金の眼に、腰ほどまである不思議な色をした長い銀糸の髪。纏う清廉な空気は美しく、その場にいるだけで場が華やかになるのはさすが八星魔王だというところか。
この我が見惚れるほどなのだ。人間を瞬時に魅了してしまうのは分かりきったことなのだが。と、考えているうちにまたも胸の内がもやもやしてきたぞ。
(リムルめ……。シュークリムルに免じておったが……)
隣にリムルがいない空しさがこみ上げてくる。リムルは嫌がったが、あのシュークリムルを売っている店の中でも同じものが味わえるならば、こんな我一人になる時間など作らずに一緒に並べばよかったのではないか。
リムルにイングラシアに共に行こうと誘われた時には、我とて心が躍った。それゆえ今は我慢するしかないのであるが。
「ふん……」
思わず唸ってしまう。ま、まあ我は大人なので(三回目)こんなに人間がたくさんいる所で覇気などは出したりせんのだが。しかし、しかしだ。そろそろ待ち飽きてきたのも事実。もう一度脚を組み直せば、視界の隅で我に近づいてこようとしていた、さきほどとは別の女共もそそくさと去っていく。
「おーい、ヴェルドラ! シュークリーム! ほらー!」
と、その時ようやくリムルがぶんぶんと手を振りながら嬉しそうに戻ってきた。その様子からして、自分こそが見られているということに全く気がついていないようで。我の方が思わずため息を吐いてしまうレベルよ。
「オレンジジュース、好きだろ? シュークリームも新しいのがでててさー、これ秋の新作でモンブランとカスタードと混ぜてるんだって」
我がひらりと振った手をパチンッと叩いて、当たり前のように隣に腰掛ける。その時にどこからともなく沸き起こった小さな歓声さえ聞こえていないようで。こやつ、これでも本当に魔物か。もっと周囲を気に掛けてもいいのではないか、と思いつつも、まあリムルであるしな。で済んでしまう。
我も寛大になったものよ、としみじみしながらもリムルからオレンジジュースを受け取り、新作だというシュークリムルを一口囓る。
「うむ。うまいな!」
やはり並ぶだけはあって、絶品である。シュナのシュークリムルもそれはそれは美味であるが、これも負けず劣らず……いや、今のところこちらに軍配があがるか。むむむ、やはり人間というものは侮れん。
「そ、そお!? そんなに美味いか」
「うむ。こうしてリムルと二人、シュークリムルを食べれるのだからな。不味いわけがなかろうよ」
すぐ隣には、可愛い仕草でシュークリムルを頬張ろうとしているリムルがいるのだ。先ほどまでの不愉快な気分など、もはや必要ないのである。と、我が笑えばなにやらリムルは真っ赤になってごにょごにょ言うではないか。
「は、恥ずかしくないのかよ……」
「そうか?」
などと、一体なにを言っているのか分からないことを言う。まあ我としては、あれだけ周囲の視線を釘付けにしておきながら、今更恥ずかしがっているリムルの方がどうかと思うのだが。
現に我がシュークリムルを大口で食べている間にもだ。我の高性能な耳が、我とリムルの関係を密やかに騒ぎ立てておるのを分かっておらんのだろうな。
なんて、大口を開けながらシュークリムルを食べ終えて、オレンジジュースを飲む。うむ、魔国のものと比べて、果実の質は劣るがうまい。やるではないか、イングラシアめ。などと品評している我の横で、リムルがシュークリムルを一口囓って。
「うっま……!」
などと眼をキラキラさせて言うではないか。その瞬間、我の心核……とでもいうのか、体の中心が燃えるように熱くなってだな……。幸せそうに微笑みながら頬張るリムルを、今すぐ我で一杯にしたくなったのだ。それは我らをこそこそと覗き見ていた男どもも、女どもも同じようだったらしく、あちこちから生唾を飲み込む音が聞こえてくる。
「全く、いけ好かんものよ……」
などと我が小さく不満を述べたのも気がつかない鈍いリムルである。人間共にあれこれ騒ぎ立てられるのも不満である。脚を組み直し、なんとかこの苛立ちを押さえる方法を究明之王にて探ってはみるものの、だ。
「うあ~、やっぱり吉田さんのシュークリーム、最高だ~」
などと、我の気も知らず隣で脳天気な事を言うリムルである。と、ふとその口端にクリームが残っているのが目にとまる。ふぅむ、なるほど。『こういう時』、恋人ならば舐めて取るというのが、リムルの聖典に描かれていたな、と究明之王の検索に引っかかってだ。
「リムルよ」
我の心核の熱さなど関係ないとばかりに、リムルは「ん~?」と満足そうにシュークリムルを頬張っている。その小さな体を腰ごと引き寄せて、リムルの口端に零れたクリームをペロリと舐める。心地よく清廉なリムルの魔素が舌先に触れる。同時に甘ったるいクリームと、ふにふにした柔らかい感触を味わってしまう。うぅむ。これはもっと味わいたいが……。
我がリムルに口付けした途端に、ひそひそ声が悲鳴のごとき声になって湧き上がった。
「きゃあああっ!! きゃああああっっ!!」
「やっぱ彼女じゃん! じゃん!!?」
「くっそおおおおっ……!! 畜生リア充め……!!! 見せつけやがって!!!」
「うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
一部、野太い絶望の雄叫び声が聞こえたが、これは負け惜しみという奴であろうか。であるならば、なんと心地よい悲鳴なことよ!
単純なことなのだが、我は途端に気分がよくなった。しかし我に唇を奪われてからのリムルの反応の可愛いことよ。
「ばっか! ヴェルドラのバカ! 少しは恥ってものをだな!?」
「うむ……?」
それにしてもリムルの奴が今更なにを恥ずかしがっているのか分からん……。散々周りから見られておいて、まさか気づいていないわけはないであろうが、まあリムルであるしな……。とことん鈍いこいつの事ならあり得るか。と、我はリムルに『解らせる』ために、その細腰に手を回して我と密着させる。と。
「うおぉぉぉぉぉ!!!!! ちくしょおぉぉぉぉ!!!」
「滅べ……滅ぶがいい顔がいいだけのイケメン……滅べ……」
「みちゃった……みちゃってる……みちゃってる、わたし……」
様々な声が上がる。クァハハハと我は笑う。すると、ますますリムルは混乱したようだ。
「えっ。なんで、ヴェルドラ……っ!? 急になに……」
「まあ、よい! 今日はこのまま歩こうではないか。別に嫌ではないのであろう?」
ぐいっと腰を引き寄せて隙間もなく密着していても、リムルはただ真っ赤になって焦るだけなのだ。これではもう、我にこうされるのが嬉しいと言わんばかりではないか。
少し前までの胸のもやもやは完全に晴れ、今はもう鼻歌でも歌いたい気分である。
「……なんか丸め込まれている気がする」
我が気分よくオレンジジュースをすすると、ようやくシュークリムルを食べ終えたリムルがぽつりと呟く。しかし、なんだ。これだけ騒がれていても、自分事と思わないリムルは何なのであろうな……。しかし時折視線をきょろきょろとさせているので、騒動の気配だけは感じ取っているようだが。
「難儀なものよ……。しかし、まあよい。さて小腹も膨らんだことであるしこのまま歩こうではないか」
と、リムルの腕を引っ張り上げて、恋人よろしく腰を抱く。今だってそうするだけで羨望の眼差しやら悲鳴やらが聞こえてくる。それが心地よくて、思わず笑う。
「なんかさあ、なんっかさああ……。まあ、お前が機嫌いいなら、いいんだけどさ」
「クァハハハ!」
「なんっか、丸め込まれてる……っ! 絶対いいようにされてる気がする……!」
美しい銀糸を振り乱しながら困惑するリムルだが、それでもなお我の腕からら抜け出そうという考えはないのだろう。そんな小さな事でさえ気分がよくなるのだから、本当に我が盟友はとてつもなく偉大なのである。
「……まあ、いいんだけどさ! 次、次はさ、ヴェルドラの好きそうなところに行こうぜ! そこはさ……」と、リムルは満面の笑みで我の腕を引っ張るのだ。