のりたまが幼稚園に来る話夢ノ咲学院付属の幼稚園のお誕生日会に招待された俺たちは、子どもたちと楽しめる事を翠くん、忍くんと話し合った結果、子どもたちと一緒に誕生日の歌を歌うことになった。
年少、年中、年長組と3度歌った俺たちは、最後の年長組のクラスで先生から「良かったらヒーローショウまでの間子どもたちと遊んで頂けませんか?」と提案を受け、ヒーローショウまでの時間もあったのですぐに承諾した。そして、俺たちは子どもたちとの交流ということで、クラス内の至る所におもちゃを出して遊ぶ子どもたちの中に入って一緒に遊ぶことになった。
3人はそれぞれの場所で子どもたちと遊んでいた。
俺は玩具の線路が入ったカゴをせっせと運んでいた男の子2人に声をかけられ、部屋の中央辺りの地べたに腰を下ろして線路を一枚ずつ手に取って並べ始めていた。
すると俺の座っている所の近くの机で折り紙を折っていた忍くんが、その折り紙に向かって何かブツブツ言っている声が聞こえた。
「こう折って...ここを中に入れると...出来たでござる!手裏剣!」
忍くんは何かと器用だなと思っていたが、折り紙も折れるのかと感心していると、傍で折る様子を見ていた男の子と女の子が
「しのぶおにいさん、おれにもつくりかたおしえてよ!」
「わたしも!かっこいいにんじゃになりたい!」
2人の声が聞こえてきた俺は、自分の好きな事をこんな風に憧れられたら嬉しいだろうなと羨ましく思った。
「いいでござるよ〜
順番にお作りする故もうしばし待たれよ!」
その気持ちは忍くんと同じらしく、先程の折り紙を折っていた真剣な表情は、太陽のような輝かしい笑顔に変わった。
「...!まつでござる!ししょう!!」
子どもたちもその笑顔に圧倒されたのか少しの間をおいて、忍くんに応える様に嬉しそうな表情をし、ニンニンっと人差し指を立てて忍くんと話しているのを見た。
一方で翠くんは机がある方向とは反対の方向にあるおままごとのコーナーにいた。2人の女の子が眉間に皺を寄せながら何かを言っていたので、大丈夫だろうかと心配になりながら様子を見守った。
「みどりおにいさんはわたしとけっこんするのよっ!」
「いいやちがうわ、あたしのおむこさんよ!」
「ム〜〜〜〜!!
みどりおにいさんはどっちのだんなさんになりたいの?!」
「わたしがさきにいったからわたしのだんなさんだよね?」
「ちーがーう!あたしのほうがはやかったもん!」
手裏剣を2人の子どもたちと作っていた忍くんも聞こえていたらしく、驚いた表情をしていたまま手が止まってしまっていた。こんなに幼いのにその剣幕は大人と変わらないと思う程、迫力のある言い合いをしていた女の子2人に迫られていた。流石に「鬱だ...」とは言わないとは思うが、事を荒立てるような事を言わないかそわそわして見ていた。
「ちょっと...俺の事で喧嘩するのは嬉しいって思っちゃったけど...仲良くしよう?」
大丈夫そうだった。というか、2人の女の子から迫られて嬉しそうだった。そして女の子達も翠くんの恥じらう顔にときめいたのか嬉しそうな悲鳴声を上げ、
「そうだね、みどりおにいさんのいうとおりだね」
「うん、じゃあふたりのだんなさんにしよう!」
と2人の納得のいく方向に話が収まったようだった。その後、女の子たちの様子を見ていた他の子どもも加わり、騒がしくなったのもあってか翠くんはいつもの鬱そうな顔で遊んでいた。
とりあえず落ち着いた様で良かったと胸を撫で下ろした。それにしても、2人の女の子から猛アプローチを受ける翠くんはこのくらいの子達にもモテモテなのか、羨ましいなと思いながら眺めていた。
その間線路作りに誘ってくれていた2人の男の子達はどんどん進めており、部屋に入り口である扉に迫る勢いだった。俺も進めないとと思い、手に持っていた線路を並べ始めた。まだ小さい頃の俺もこんな風に過ごした時期があったな〜とか昔の自分に思いを馳せていると、じーっと俺の事を見つめていた一人の女の子が、すたたと傍まで駆け寄ってきて、雑に組み敷いていた脚を退かし、太ももの間にすとんと座った。
急な事でどうしたらいいのか戸惑っていると、女の子は俺を見上げて
「鉄虎お兄さんは何でアイドルになったの?」
と聞いてきた。幼いながらそんな事を考えていたのかと驚き、どう答えていいのか分からず、戸惑っていた。嘘をつくようなことは出来ないし、そもそもそんな上手な話を思いつくはずもなかったので正直に話した。
「俺は...元々なろうと思ってなったんじゃないんスよ」
女の子の純粋な瞳と合わせられなくなり、小さな額に視線を向かせながら、自分のアイドルになった理由は守沢先輩や大将のように漢っぽくないなと不甲斐なさを感じていた。
「成り行きっていうんスかね
いつのまにかなってたって感覚ッス」
なってたという言葉はアイドルとして未熟な自分には適切じゃなかったかもしれないと考えたが、きっとこの子はこの時間が終わる頃には、この会話を忘れているんだろうなと思い気にしないことにした。
「ふーん、そうなんだ」
「アイドルって楽しい?」
その言葉が意外で、すぐに今日の自分を振り返った。自分では楽しく歌えていたと思っていたが楽しそうに歌えていなかったのか、最近後輩が入ってきて忙しかったのもあって疲れが顔に出ていたのだろうか...など悶々と考えてしまっていた。暫く黙り込んでしまっていたらしく、返答がすぐになかったことに不安を感じたその子は心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
"こんな小さい子に心配させるなんてヒーローじゃないぞ!"
守沢先輩の声が聞こえた気がした。
頭の中でも声が大きい。五月蝿いなと思いながらもそれもそうだなと思い、笑顔で答えた。
「楽しいッスよ!
大変なこともあるけど、こうやってみんなで楽しく歌ったりすることが幸せだなって感じるんスよ」
そう言うと、女の子は安心したような顔をみせ、立ち上がった。
「わたしてとらおにいちゃんのうたがすき!」
女の子は恥ずかしそうに、でもはっきりとその丸い瞳を輝かせながら言った。こんな風にはっきりと好きだと言われたことをあまり経験していなかった俺は少し恥ずかしくなった。
「その『あかい』ふくもかっこいいなっておもったの!えっと...だから...」
女の子はもじもじしながら何か言いたげにしていた。可愛いなと思うのと少しむず痒い気持ちになった。
「はずかしいからおてがみかくね!」
女の子はそう言うと担任の先生のところまで走り、何か書いているようだった。手紙を書くのを手伝ってもらっているのだろうか。
少ししてさっきの女の子が少し頬を赤くして、ピンク色の折り紙で作られた便箋を渡してくれた。
「見てもいいッスか?」
女の子が小さく頷いたのを確認して、便箋に貼ってあるたんぽぽのシールを破れないように剥がし、中身を取り出した。
2つ折りにされていた手紙を開くと、「てとらおにいちゃんだいすき」という文章と周りに散りばめられたピンク色のハート、その下に、赤い衣装を纏った自分と手紙を書いてくれた女の子が仲の良さそうに手を取り合っている絵が見えた。
俺は自分の目元が熱くなるのを感じた。
ずっと不安だった。赤い衣装に手を通すことが正解なのか、隊長を名乗っていいのか、ずっと疑問に思いながら活動していた。
俺は『赤』が似合っているのだろうか。
1年生の頃、何も分からないまま無我夢中で2人の大きな背中を追い続けていた。そして、2年生になり守沢先輩から流星隊の赤い衣装を受け継いだ。それはきっと自分を信頼して渡してくれたのだと思い、嬉しいと思う感情とは裏腹に隊長としての重圧に苦しさを感じていた。思いの外、流星隊には新しい後輩達が加わり、隊長という立場から後輩達を導き、また、大人の様々な意見を聞かなければならない。以前、イベントで流星隊を使いたいとおっしゃってくれたディレクターに「守沢くんは?」と聞かれた。今の流星隊の状況を知らなかったのだろう。とりあえず簡単に説明し、流星隊Nの隊長である自分に話が届いたので守沢先輩は来ないのだという話をすると、ディレクターはがっかりとした表情を見せた。間違いだったとしてもその態度は失礼じゃないかと思ったが、その気持ちは飲み込み「守沢先輩に話しておきましょうか?」と提案した。ディレクターは、待ってましたと言わんばかりに「頼むよ〜!」と口角を上げて言った。
_____ 時々思う。
守沢先輩にこの衣装を返して、黒のままでNの隊長としていても良かったのではないかと。
赤い衣装は守沢千秋という男の象徴であって自分ではない。
でも守沢先輩が託してくれた「赤」への思いに応えられるように、これまでの努力も無駄にしたくなくて、自分の気持ちに背を向けていた。
自分は何色が似合うんだろうか。
あの日、流星隊としてアイドルを始めた日、黒の衣装を着て何となく自分に合っていると感じていた。
今は、似合う男にならなければならないんだ。
その後、俺たち3人のヒーローショウは大盛況にて終わった。あの年長組クラスの子たちもとても嬉しそうに笑顔を見せてくれていた。
俺は、自分のことをまだまだだと思っている。
漢としても、隊長としても。
けれど、自分に人を笑顔に出来る力があるのなら頑張りたい、そう感じた。
2人と一緒なら大丈夫だ。
それから数日して、守沢先輩に話があると言われて流星隊Nのメンバーが呼ばれた。
その話の内容は、事務所は流星隊M・Nを廃止して今までのように流星隊として売り出したいこと。俺たちの後輩達はその流星隊の中に含まれないこと。
そして__________
守沢先輩と深海先輩は脱退するということ。