笛の音は遠く鵺鏡オリジナルシナリオ
「葉双について」をプレイしての文。
外道終盤→悟道後 →ifみたいな感じ
あなたの手が震えている。
あんなに大きく、強く、雄々しかったのに。
「ああ、長秋殿……どこにおられるのですか。すみませぬが、目が霞んで……よく見えませなんだ……」
「ここに、ここにいますよ。右京殿……」
そっとあなたの手を取る。横たわった身体からこちらへ向けられる手は。初めて触れるその手は、冷たかった。
「……よかった、貴方が無事で」
「あなたのお陰です……あなたがいたから、あなたがいてくれたから……」
「そう、か……」
かすれるあなたの声は、この短い間の全ての中でも聞いたことがないほどに弱々しい。
わたしの所為だ。わたしが弱いから、彼に負担を掛け続けてしまった。わたしが、葉双だから。わたしに自我が、芽生えてしまったから。
百年前に死した笛の名手、源博雅。彼が鬼から受け取り、残した笛『葉双』。そして博雅の残留思念と、葉双の『もう一度、博雅のような演奏をしたい』という思いから生み出された。それが、わたし。
記憶もなく、ただ『笛を吹かねば』という漠然とした思いのみを持つわたしは、源博雅という亡霊にもなれず、生ける人間にもなれず。ただ、薄ぼんやりとした存在だった。
だが、あなたはわたしを「長秋」とよんでくださった。それが人違いによるものしろ、今のわたしを『長秋』たらしめるものは、初めてあなたが呼んでくれたからに相違ない。
わたしを『葉双』と扱う式とも、『源博雅』と言うあやかしとも違い、ただ『長秋』として接してくださった。
「……わたしの所為で、右京殿が……」
「違いますよ。……もう、私の身体は限界でした。それを超えようとしたから、仕方ないのです……」
そう言ってあなたは目を細める。その表情は、どこか遠くへ行ってしまいそうなそれだった。いや、わかっていた。わかっていたからこそ、思わず握りしめる手の力を強めた。
「右京殿……今生の別れのように言わないでください。あなたが、あなたがいなくなったら、……わたしはどうすればいいのですか?」
「わたしは、あなたにもっと教えていただきたいことが沢山あったのに」
「……わたしには、あなたが必要なのです」
懇願するように手を強く握りしめる。右京殿がどんな顔をされているのか見えなかった。涙で視界が歪む。しゃくりあげる声で、うまく伝わったかかどうかも分からない。喉はもうからからで、鼻の奥はひどく痛んだ。たが、それよりも。何よりも、胸が痛んだ。
ただ、行って欲しくなかった。もっと傍にいて、あなたの見る世界を共に見たかった。今が、今までがうたかたの夢でも。それが、叶わぬ夢でも。
「そう言っていただけたことが、何よりの幸せです……長秋殿」
そう言い、あなたは目を閉じた。
思わず緩めた手から、あなたの手が滑り落ちる。
わたしはそこから動くことは出来ず、ただあなたに縋ることしか出来なかった。
「……夢を、みていました」
「そうですか」
視界端の女性がそっと答える。美しい、けど儚い女性。わたしと同じようで、違う。生きる亡霊。
「あれは……夢?記憶?……いえ、どちらにせよ、もう……いいのです」
そっと息を吐いた。意識がだんだんと薄れゆくのを感じる。葉双としての寿命か、それとも残留思念の限界か。
どちらにせよ、もういいのだ。
あの日から、笛を吹いていた。
でも、あの時あなたの為に奏でたそれには遠く及ばない。ずっと、ずっと、手の届かぬ日々だった。
あなたに会いたかった。それが叶わぬことだとしても。気付けば、あなたを探していた。街行く人々の中に、笛の音を聞きに来る観衆達に。でも、あなたは現れなかった。当然だ。あなたはただの人だったのだから、生き返らぬも道理なのだ。
だから、それが余計に空虚にさせた。
「……夢の続きは、望めば……見ることができるのでしょうか?」
「私には、わかりかねません」
「そう、ですか……」
「……ですが、願えば…きっと見ることが叶うはずです」
亡霊は静かに微笑んだ。密かに花のほころぶ様な笑みだった。わたしはその笑みに何故だか安心し、その言葉を信じることにした。
願えば見ることができる。
ならば、もう一度。
あなたと。
気付けば、鵺の浮かぶ空には似付かわしくない、そんな青空があった。
眼前に広がるのは清涼な風が吹き抜ける平安京。朝靄の広がる、美しい景色がそこにあった。
そして、そこにあなたは居た。
あなたの腰に届くような、少し痛んだ黒檀の髪を風が撫でる。振り返り笑うその顔は、とても穏やかなものだった。
ああ、忘れもしない。懐かしい面影。
ずっと求めていた。優しいぬくもり。
「さて、長秋殿。今日はどこへ行こうか?」
「……あなたとなら、何処までも」
かすれそうな声で、そっと答えた。
あなたに見せるこの表情が、どうか笑顔でありますように。