唯一届けなかったもの一枚だけ、渡せなかった“遺書”がある。
四年前の、秋のことだった。木枯らしが吹いては、冷えた風が隙間から入り込んできていた。曇り空、日が傾き薄暗い雰囲気を纏った校舎。
足取りは重いまま、自分の教室へと向かっていた。
忘れ物をするなんて最悪だ。そんな悪態を心の中で吐きながら。
ガラリと扉を開ける。人気のなくなった教室は誰も居ないかと思いきや、窓際の席に座る人影があった。無機質な机や椅子とは違い、唯一の生きているもの。瞬きを幾つか繰り返して、こちらを見やる。
「ああ、乙亥正くん」
そう、彼女が言葉を発する。薄茶色の髪を後ろで纏めた、端正な顔立ちの少女。こちらを呼ぶが、彼女の名前が思い出せない。
ただ、秋のような雰囲気だったことは覚えている。
1895