隅の記憶 千が目を開けると見覚えのある景色が広がっていた。何が起こっているのかわからない、周りを見渡せば記憶の最後に残る大型分霊との戦いの末に荒れ果てた下区そのもの。己は今、何故か鳥居の前に居た。
わけも分からないまま大地を踏みしめる。感覚からして自分は死んだものだと思っていた。攻撃を受けてから意識を手放したこと、動かない身体に急速に冷えていく感覚。あれはいつもの眠りではなく……だが今自分は生きているようだ。あの後の記憶は一切無い。周りには誰も居なかった。
無意識に歩いた先、辿り着いたのは高月に入隊する前に住処にしていた家。まだ離れてから一年も経過していないが管理されていないのと災害の影響でここも荒れていたがそれでも家は若干の面影を残していた。足を踏み入れると木が軋む音がする、中は殺風景で何も無いと言ってもいいくらい生活感のない部屋だ。不思議な感情が込み上げるのか千は目を細めた。もう戻ることは無いと思っていた、なぜ今自分はここに居るのか、千すらもその真意に気づけないでいた。
千には幼少期の記憶が無い、両親の顔も覚えていなければ自分をここまで育ててくれた人間の顔も名前も覚えていない。そんな自分に高月から推薦状が届いたのが全ての始まりで千が人間社会に踏み出すきっかけとなったのだ。疑問にも思わなかった、親のこと、姿だけ朧気に記憶に残る者。……背後からの気配、風の音とは別に音が聞こえる、草を掻き分けるような音。「人」だと認識した頭の次に先に動いたのは─────武器を顕現した己の腕だった。
◇ ◇
この日千は初めて人を殺した。内側に響く声は千とは別の声で身体を勝手に動かしていく。相手は一般人だった。一人の亡骸を足下に気配を探るが誰もいないようだ。「人間を殺せ」の声の主はわからないまま、五月蝿いと思いつつも振り払えない千の中に響く音は絶えず呟き続けている。どうしてしまったのか、考えても答えは出てこなかった。
降りる沈黙。人を見つけた時の強い殺人衝動は落ち着きいまだに遺体から流れ出る血を千は静かに眺めていた。幾度と見てきたはずの赤色、血の色、人の死に直に触れたのは初めてだと思った、はずだったがそれを否定する内側があった。それは忘れていた、覚えていないはずの過去。
───顔も思い出せない両親はこの生まれ育ったこの場所で命を落としたのだと、千が過去を思い出した瞬間だった。
両親が死んだあの日、目の前にいたのは人間にとって脅威の存在だったのかもしれない。でもそれは千や親を狙うことはなかった、だがその化け物に巻き込まれて2人の命が散ったのは現実に起こったことで、そしてその化け物が見えていたのはそこに居た千だけだったのだ。わけも分からないまま目の前で血を流す両親の亡骸を呆然と見ていた。そこに声をかけたのが千に生きる術を教えてくれた男だった。聞き覚えのある声が脳裏を掠める、不透明だが確かにあった過去の記憶。だが思い出したとて沸き上がる感情に名前をつけることも出来ず知ることもできない、ただ思い出す記憶を頭に浮かべながら誰かの亡骸を眺めることしかできなかった。
武器を握り踵を返しその場を後にする。今度こそここに戻ることは無いだろう。過去を思い出したとして、自分がやることは───────
「██を殺すことだ」
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【情報開示】
千は幼い頃に両親を事故で亡くしている。事故の原因は分霊によるもので千はその頃には既に視えていたため元凶を知っていたがショックにより心を壊し感情と記憶を失った。その際に助けてくれたのが高月職員、無口で無愛想で不器用な男が幼い千の面倒を10年近く見守ってきていた。施設などに預けなかった理由も千がその場から頑なに離れなかったのが理由だった。何も感じられない、ただ「生きる」だけに意思を持つだけになったまるで野良のような子供が黒羽千という子供である。
人の言葉を聞かないのも、名前を覚えないのも、育ちの関係もあるが興味関心が極端に薄いのが理由である。高月に入るまでは人の顔を認識できなかったが、入隊を決めたあとは見えるようになって認識できるようになっている。だが興味関心の関係で先述の通り覚えが遅く、人との関わりが極端に無かったが為に非常に無愛想で無口な男に育っている。
「生きる」ために生きていた少年。
享年十六歳、黒羽千。
※特に交流には出てこない情報です。そして思いつき要素でもあります!いえい!
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