【AM 2:30より】喉が渇いた。
目が覚め、起き上がるのも面倒だと寝返りをしながら意識が穏やかな微睡みに溶けるのを待つ。
だが口の中が張り付く不快な渇きに気を取られ、意識は溶けるどころか浮上してしまう。
仕方がないと小さく舌打ち、頭を搔きながら体を起こした。こうなれば水を飲まなければ寝られない。
外はまだ暗い。時計を見ればまだAM 2時をさしていた。
「ん?まだ起きてたのか」
先客がいたようだ。
ダイニングテーブルにコップが1つ。中にはパチパチと音を立てる黒い液体が半分ほど。
適当に返事をして、先客を後目に冷蔵庫からペットボトルを取り出して自分のコップに水を注ぐ。するとぐびぐびと喉の鳴る音と共に、目の前に空になったコップを置かれる。
「俺の分も注いでくれよ」
ジト目で目の前の人物と置かれたコップを見る。面倒くさいとため息を吐きながらなみなみと注いでやった。
二人して静かに水を飲む。自分のは一気に、相手は一口のみ。
苛立ちの原因だった喉の渇きは癒え、自室に戻ろうと踵を返す。
「あれ、もう戻るのか?」
背後から声が掛かった。足を止めて振り向く。
「喉が渇いて寝られなかったからな。用は済んだし寝直す」
「ああ、そう。……実を言うと俺も寝られなくってさ。少しで良いから話し相手になってくれよ」
今日はやけに月が明るく、丁度背後から明かりが差し込んで逆光になり相手の表情は窺えない。声は少し低めで大人しい。
二度目のため息を吐いて椅子に腰を下ろす。テーブルに置いたままだった水をまたコップに注いで小さな欠伸を一つ。目の前からはサンキュ!と嬉しそうな声が聞こえてきた。
「で、何を話すんだ?」
「ん~?」
水を一口飲みながら返事をする相手を変わらずジト目で見つめる。そうだなぁ……と呟きコップを見つめている。
「最近、どうだ?変わりなく過ごしてるか?」
「はぁ?」
何を話すのかと思えばそんなこと……。
「そんなの、お前が一番知ってるだろ。俺達ずっと一緒にいるんだし」
俺だってお前が最近どう過ごしてるのか手に取るようにわかる。そう告げると相手は俯いたまま、口角を上げて笑った。嘲笑や爆笑ではなく、どこか安心したような……寂しさを含んでいるような。
暫くして静かになり、続けて口を開く。
「マットもさ、変わらなく過ごしているよな?」
今は何処かに行ってしまったトードも、不本意でくっそどうでもいいけど隣の3人組も、全員変わらず過ごしているよな?
「……トードは知らん。多分しぶとく生きちゃいると思うが。それ以外は変わってないだろ。知ってる通り元気にやってるし、んな心配すること無いと思うぜ」
「ああ……だよな」
満足したのか、折角注いでやった水を残して席を立たれる。そのまま目も合わさず、背後の廊下に続くドアへ向かっているようだ。
何故か、呼び止めなければと思って声を掛けた。
「なあ」
「ん?」
後ろで足を止める気配に、振り向くことなく呟いた。
「……おやすみ、エッド」
「……おやすみ、トム」
ドアが開いて、静かに閉まる音が耳に届く。
部屋に向かう足音は、聞こえない。
「あ~、全く」
念のため、出ていったドアを開く。
今まで話していた奴はいなくなっていた。
踵を返し自分のコップを片付け、彼が使った水が残っているコップを手に取り、流しに持っていく。
傾ければ水はいつも通り普通に零れて、流れていく。
「思ったより夜更かししちまったな」
水と一緒に何かがぽたっぽたっと流れていく。
「せめて片付けてから帰ってくれよ……」
空になったコップに、自分の情けない顔が反射する。
「このまま寝られなかったらどうしてくれるんだ……」
彼がいなくなったわけではない。きっと部屋に行けば呑気に眠っているはずだ。
それでも何故か、無性に、どうしようもなく、胸が苦しくて、あのどこか懐かしい雰囲気が愛おしくて仕方なかった。
時計はAM 2:31を指している。
end.