叡智が芽吹く時「────……俺が、貴女の跡を?」
「えぇ」
確認していた資料から顔をあげる。彼女はこれからシティに行くと言う様に俺に告げた。
視線を彷徨わせる。彼女が告げた言葉を理解するために思考を続け、最終的に出てきたのがそんな言葉だった。
「どうして」
「貴女が適任だと、私がそう思ったからよ」
彼女は「ふぅ。少し疲れたわね」と目を通していた資料を机に置いた。
しばらく無言が続く。彼女と俺との間で流れる無言などなんとも思わなかったのに、今は少し居心地が悪い。
「先の戦争で、スメールだけでなくテイワット大陸全土が傷ついたわ」
「………」
「世界樹も……そうね、次に繋げるために芽を出さなくてはならない」
「………その芽に、貴女がなると?」
「えぇ」
彼女は四葉の咲く瞳をこちらに向ける。既にそれは決定事項であるかのような顔に、顔を歪めてしまった。
彼女の中で、彼女が次の世界樹になるのは決定事項であり、俺が彼女の跡を継ぐというのも既に決まったことなのだろう。形式だけ真似して俺にどうかと尋ねてきたが、元より断らせる気はなかったという事だ。
「私の国を………スメールをお願いね、アルハイゼン」
「……………御心のままに、我らが草神様」
またひとつ、無くしてしまった。
◆❖◇◇❖◆
新しい季節が来る。
春が咲き、夏が煌めいて、秋が微睡み、冬が眠る。それらを繰り返してテイワット大陸は今日も時間を刻んでいく。
彼女────前草神であるクラクサナリデビ様から神の心を受け継ぎ、現草神となったこの身体は成長を必要としない。厳密には少し違うが、まぁそれは些事だろう。
顔馴染みも今となってはもういない。いや、彼女が拾った放浪者は度々この聖処を訪れにやってくるので完全にいなくなった訳ではない。
「悠久とも言える命を得るというのは、なるほど。こういう事なのだな」
「今更実感か?」
「………あまりイイモノとは言えない」
「ははは。なら、世界樹にそう記憶させておきなよ。クラクサナリデビが喜ぶかもね」
ぺら、とページが捲られる音が響く。ここ聖処に運ばれた多くの蔵書も読み飽きてしまった。というより、忘れることが限りなく少なくなってしまったからもう一度読もうという感覚が湧かなくなって久しいぐらいだ。
「もう行くのか?」
「これでも忙しくてね。誰かさんのせいで」
「そうか。気をつけて」
「………………はいはい」
ひらりと手を振って聖処の外へと出ていく放浪者を見送る。彼は数百年経った今でも姿が変わらない。それは逆に安心する要素のひとつだった。
放浪者が去ってからしばらくして、聖処のドアが叩かれた。次いで聞こえたのは、世界樹の世話と草神を世話する一族である従者の一人だった。
「…………そちらの子供は?」
「こちらは私の倅になります。私ももう歳ですし、倅に仕事を継がせるべく暫く共にありますゆえ、何卒御許しを」
「ほら、ご挨拶を」と子供の背を従者が押す。彼は特徴的な大きな耳をこれでもかと下げ、如何にも緊張していますと言いたげにしていた。彼はその瞳をうろつかせてから、おずおずと喋り出す。
「…………ティナリです。以後お見知りおきを」
長く生きていると、大抵のことには驚かなくなるというのは経験談からだった。しかしこれほど目を見開いて驚きを顕にしたのは本当に久しぶりだろう。
「……あぁ、よろしく頼む」
こちらが一方的に覚えているだけの、そんな関係。それでも久しく友人に会えた喜びというのはこんな感じなのだろう。
なんて思いながら、仕事を始める従者とティナリを眺めていた。
ひとまずここまで。