神の花籠 それはある特異点で、一面の花畑に子どもの英霊たちがはしゃいでいるのを眺めていたときのこと。
「え、おじさま、大好きな人に花を贈ったこともないの?」
隣に座っていた純真無垢な少女の言葉は、容赦無く戦の神の心を抉った。それも無意識の発言で。
テスカトリポカはその場にうずくまると、自分が今まで“恋”をしたことが無かったためそのような贈り物をしたことが無いと言う事実に呻いた。
「オレは、神だ。戦の神。夜空の神として崇められた煙る鏡、黒のテスカトリポカだ。」
と自分を鼓舞するようにぶつぶつと呟いているが、その事実は消えない。
目の前の少女(の姿をしたサーヴァント)は不思議そうにその様子を眺めたあと、ぽつりとこう言ったのだ。
「おじさまがすごい神さまなら、愛する人にこんな花畑ごとを贈ったらいかが?」
わたしならきっと抱きついて、くちづけをしてしまうかもっ!なんて無邪気に言う。
テスカトリポカは割と繊細で傷つきやすい心を持っていたが、素直に意見を聞き入れる謙虚は無かったはず。だが、恋の力は恐ろしい、その言葉を間に受けて、特異点攻略を恐ろしい速さで終わらせると、大事な元マスターが待っている自身の冥界へと帰っていった。
それがあのミクトランパが花畑になった理由。
デイビットが目が覚めたとき、その訝しげな表情にこれは違ったかも知れないと思いつつあとには引けずに色とりどりの花々を眺めていた。
我ながらやり過ぎたと思う。一応、四季は意識するかと春の花を片っ端から咲かせて、美しい花の園を作ったが、「これは、おまえのせいか。どうしたんだ、明らかに趣味ではないと思うが。」と一刀両断されれば、傷つくものは傷つく。
いくら、精神年齢は彼女たちに近いとはいえ、感性が違うことまで頭が回らないとは恋とは恐ろしい。
「……オレの趣味じゃあない。もちろんな。」
力無い言葉が漏れる。すぐにでも消してしまえばいいのに、花々に囲まれるデイビットも悪く無いと思ってしまって消すに消せない。
ベッドから起き上がり、こちらに向かって来ようとする想い人の為に、道を引いてやりながら、テスカトリポカの言い訳タイムが始まった。
「最近、カルデアによく借り出されてただろ?」
「あぁ、体感で言えば、70分ほど戻って来ていなかったな。」
通常ならこの時間の概念がおかしくなるだろう冥界で、正確な時間を覚えているデイビットにやはり神が気に入った男は違うと惚れ直しつつ、言葉を繋ぐ。
「その特異点で、一面の花畑があってな、ガキの英霊たちがバカみたいに喜んでる様を見てたら、…………オマエに見せたくなった。」
それだけだったが、まぁ失敗だったな、と嘘は言わずに上手く真実を隠した。だって格好悪いだろう、少女に花もまともに贈ったことがないことを指摘されて凹んだなんて。
この事を聞いても「そうか。」くらいで済まされそうだなとデイビットを見れば、目を見開き、明らかに喜色に染まった表情でこちらを見ていた。
「驚いたが、素直に嬉しいよ。ありがとう、テスカトリポカ。」
冷静な声色から滲み出る喜びを必死に隠そうとしながらも、赤い花を一輪の摘んでこちらに駆けてくる姿が愛おしい。
抱き止めると紅潮した顔がすぐ側にあり、可愛らしさに心臓が跳ねた。
この男に恋してる、それは間違いようのない事実で、神には無いはずの感情に揺れるのは人間の器を持ったからだろうか。
「おっと、やっぱガキだなー」
「めいっぱい甘やかしてやると言ったのはおまえだ。」
子ども扱いすれば、駄々っ子のような声色で文句を言ってくるから、頭を撫でてやる。そして少し遠慮がちに差し出されたのは赤いチューリップだった。もちろん忌々しいながらも聖杯からの知識で、花言葉なんてものは知っている。
「いいチョイスだぜ、相棒。」
「たまたま手に取っただけだが?」
「ほーう?そういうことにしといてやる、今はな。」
真実の愛、あなたはわたしの運命の人です、そんな殺し文句を添えて、恥ずかしそうに肩口に顔を埋めて来るデイビットが可愛らしくてその身体をそっと抱きしめた。
こんなにも離したくないと思えた愛する魂をここから旅立たせるのはまだ先だと改めて思い、せめて、テスカトリポカが想いを伝えるまではこのミクトランパから出て行かせないようにしようと密かに誓った。