神に愛されるなんて聞いてない! 甘やかされている。
デイビットがこのミクトランパに来てから、ずっと感じていることだ。
どうせ映画を観るなら大きい画面で観たいと独り言のように呟いたのが数日前。
今、目の前には巨大なシアタールームができている。まるで映画館のような作りで、正直なところデイビット一人のために作られた、とはにわかに信じがたいが現実である。
「テスカトリポカ……これは?」
「あぁん?オマエがデカい画面で観たいって言ったんだろうが。忘れたか?」
褒められ待ちの猫のように(本来は蛇神だが)得意げに嗤うテスカトリポカを無視して、今日見る映画を選ぼうとする。と顎を肩に乗せて来て「デイビット〜〜?オマエのために作ったんだぜ?何か言う事あるだろ?」とあからさまに催促して来た。
「あぁ、ありがとう」
短くお礼を言う。それだけなのに、神は嬉しそうに鼻歌を歌い始めた。そして、デイビットが選んだ席の隣に上機嫌に座って、出来たばかりだろうキャラメルポップコーンを差し出してくれる。
テスカトリポカらしくない行動ではないか?
という疑問が頭を過ぎるも、深く考えないようにした。今のテスカトリポカは何を言ってもきっとこのままなのだから、考えるだけ無駄だ。
こんな甘やかしを受け始めてから、はや数ヶ月。デイビットの感覚は確実に麻痺していた。
映画を見終わると、テスカトリポカは当たり前のようにキッチンで夕飯の用意をしてくれる。まさに至れり尽くせりという奴だ。
「今日は何が食いたい?」
「……オムライスが食べたい」
「りょーかい」
デイビットの素直な言葉に、小さく笑って料理を始めたテスカトリポカはもはや慣れたものだ。
少しだけ待っていれば、トロトロ卵のオムライスがデイビットの目の前に差し出される。最後の仕上げ、トマトケチャップだけはデイビットの仕事だ。
「冷めないうちに食え」
「うん」
向かい合わせに座って、柔らかい笑みを浮かべてこちらを見つめてくるから、少しだけ照れくさい。
本当に甘やかされている。確実に。
その後、一緒に風呂に入り、同じベッドで眠る。
いつも通りに抱き枕よろしくデイビットを抱き寄せて、1日が終わろうとしている。
微睡み始めた目蓋は今にもくっつきそうだったが、今日は少しだけ違う事が起きた。
「なぁ、オレはオマエを甘やかしていると思うか?」
突然の問いかけにデイビットの眠気は吹き飛んだ。
「……自覚がなかったのか?」
「あ〜〜、やっぱそうなのかよ」
ぎゅうっといつもより強く抱きしめられる。戸惑いながらも、デイビットは次の言葉を待った。
「カルデアの奴らにいわれたんだよ……甘やかされてるデイビットとか想像出来ないとか……デイビットの事が好きなんだね、とか、なんとか、」
珍しく尻すぼみになっていく声に、なんと返事をしたらいいか分からずにデイビットはテスカトリポカを見つめるばかり。
「甘やかしてるつもりはないんだが」
腕の中にデイビットを囲いながら、本当に分からないという顔をしているテスカトリポカに全く説得力は無かった。面倒になったデイビットは、一見、冷たそうな見た目をしているくせに温かい神の身体にぎゅっと抱きついて「別に問題ないならいいんじゃないか?」とぐりぐりと肩口に頭を押し付ける。
「まぁ、システム的にエラーは出てねぇしな」
そんなデイビットの頭を慈しむように撫でて、テスカトリポカも考えることをやめたようだった。
そして、その日はそのまま二人とも眠りに落ちる。
後日、カルデアの過酷な周回から戻ってきたテスカトリポカに「もしかしたら、オマエを愛してるかも知れない」と真顔で言われたデイビットは、この日の選択を大いに後悔することになる。