夏の日 ◆ 灰語レイちりん──と。
風鈴が鳴った。
窓から、爽やかな夏の風が入ってくる。
その風と共に、父上と──竈門炭治郎の声も運ばれてきた。
中庭で神楽舞いの稽古をしているのだ。
煉獄千寿郎は、纏めていた煉獄家の鬼殺資料を一旦机に置くと、暫し、風鈴の音に重なる、自分にとって最も大切な二人の者たちの笑い声に耳を澄ませた。
無惨を討った後、呼吸の技は神楽舞いとして生まれ変わった。
各々の呼吸の使い手が、技を取り入れた神楽舞いを完成させたのだ。
煉獄家の《炎の呼吸》の神楽舞いは父上が完成させた。
最後の務めだと笑った笑顔は、幼き頃に──母上と兄上がいた頃に見た笑顔だった。
──完成した全呼吸の神楽舞いを、一堂に会して披露することになったんです。輝利哉くんのお屋敷で──
そう伝言を預かり、自分たちを迎えにきてくれた炭治郎は、明日、共に出発するまではと、父上と一緒に、神楽舞いの稽古に余念がない。
暖かな炭治郎の笑顔は、いつも変わらぬまま。
久しぶりに会えて嬉しいけれど、出発までに、輝利哉様に頼まれていた資料を纏めないといけない。
ちりん──。
また、風鈴が鳴る。
これは、母上の部屋に下がっていたものを貰ったものだ。
兄上が、「千寿郎の風鈴にするといい!」と言って窓にかけてくれた。
母上をあまり知らぬ自分に、思い出すよすがとして。
実際、母上の姿は朧気だ。でも、風鈴の音で呼び起こされる声がある。
凛とした、でも愛情のある──母上が自分を呼ぶ声だ。
──千寿郎──と。
思い出すと、慕わしさが溢れてくる。同時に、母上を失った寂しさと、自分自身への諦めも。
顔立ちは、兄上や父上とよく似ているのに、剣士としての才能も、強靭な肉体も受け継がなかった。
体質は普通の女性であった母上に似ていて、仕方がないことだけれど、悲しかった。
戦えない母上に似た自分は、戦えない。
──そんなことはないよ。戦いかたはみなそれぞれだし、皆の思いは俺が戦いにもっていく──
そう言ってくれたのは、炭治郎。
そして、兄上が鬼に発した言葉を教えてくれた。
──強さとは、肉体のみに使われる言葉ではない──
そうだ、兄上はそう考えてくれる人だ。そして、炭治郎もそうだ。
──自分の心のまま、正しいと思う道を進むように──
それで、自分は、心が決まった。
兄上は強い人だった。兄上は目標で、兄上の素晴らしさは、全て、煉獄家の血からきたと思っていた。
でも、違う。
兄上の折れない心の強さは、母上から受け継いだのだ。
強さとは肉体のみに使われる言葉でないのだから、母上は強い人だったのだ。
自分も強くあれるようになりたい。なるつもりだ。
でも──と。
少し、千寿郎は困ったような笑みを浮かべた。
「……兄上、母上。僕は強くありたいと思っていますけれど……」
天にいる二人に千寿郎は語りかける。
強い炎柱としての矜持を失い、強い母上の思いを失った父上は、立っていられなくなった。
亡き兄上の思いが届き、それを糧に本来の姿を取り戻すまで、とても時間がかかった。
「……父上を絶望させた気持ちが、──今なら解ってしまいます……」
炭治郎を失えば自分はどうなるだろう。
「……そこは父上に似た、なんてないようにしたいです。だから、見守っていて下さいね。兄上、母上」
自分は、自分のやり方で、これからの人生を、戦って生きてゆく。
「休憩だ、饅頭を食べよう!」、と。
大切な二人の、自分を呼ぶ大きな声が、中庭から聞こえてきた。
おまけ
「……千寿郎は小さい頃に病で母を亡くしたせいか、妻が弱かったと感じている節があるが……あれは心の強い、信念をもった女だった……。千寿郎と杏寿郎は、心の在り方が、そんな妻に似ているのだ。……心の折れた、私とは違い……」
「はい! 本当に、そうですね!」
「………………そういうとこだぞ、炭治郎くん……」
おまけ 2
「竈門様を迎えにやったのですか?輝利哉お兄様?」
「資料も持ってくるようにお伝えしたのですか?輝利哉お兄様?」
「うん。少しでも早く会いたいかと思ってね。それに、資料を纏めるのに時間がかかったら、泊まってくるだろうからね」
「まあ、よいことをなさいましたね!」
「本当に!」