猗窩煉ワンドロ「黎明」 素肌を滑るシーツ、一人分多く沈むベッド、嗅ぎ慣れた煙草の香り。
自分よりも高い体温、余計に冷たく感じる手指、肌よりも熱い箇所の記憶。
初めて経験する疲れと、長かった夜が明ける安堵感、新しい朝がはじまる。
*
朝が嫌いだった。
新しい一日が、碌な日だった事がないから。
朝よ来るなと、そう願って生きてきた。
夏の日の、あの爽やかな陽を感じるまでは。
白み始めた空が、徐々に部屋の明度を引き上げる。
夜が負け帰って行き、少しずつ次の日が迫って来る。
咥えたままの煙草を揉み消すと、胸に巣食った重たい空気と不安感を纏めて吐き出す。ひと息分の白いもやが真っ白なシーツの上に漂う暇もないまま霧散していった。
物心ついてからずっと、夜空に煌めく冷たい星々がひとつひとつと見えなくなって、空が明るくなるのを見ると、無性に胸騒ぎがして「ここに居てはいけない」と思う。
1886