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    むりはり(はり)

    感想/ネタバレ/男女カプ置き場

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    むりはり(はり)

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    夏あん/あんずさんへの私からの思いを逆先夏目に託しすぎた代物です。推敲一切できてないけど、眠すぎるのでとりあえず書き上げた記念。

    今は、これで 夢ノ咲学院の平和的支配において、情報は非常に重い価値を持つ。学院内に協力者を増やし、ネットワークを張り、隅々まで何が起きているのか逐一把握している。だからボクはそれなりに知っている。自分の目の届かない場所となった、新設された学科のことも。その第1号である、今はもう教室が離れてしまったあの子のことも。

     学院内に張り巡らした抜け道を使い、プロデュース科の校舎へと足を踏み入れる。よくもまあ、この1年で学び舎として整備したものだ、とやや揶揄を込めた感想を浮かべながら目的地へ向かう。
     どれほど整えられ、その場で学ぶ者が増えても隙間は存在する。きっと今のあの子ならその場所を選ぶだろう。この人目のない空き教室を。
     夕焼けが残した赤も去り、夜に差し掛かった広くて冷えた室内。1番奥の隅の席に伏せた人影を捉える。自分以外いないのに、ここにいることを申し訳ないとでも思っているような場所だった。
    「やっぱリ。子猫ちゃん、起きテ...!」
     風邪を引く、と続けようとして、彼女の手に光るものを見つけて思わず早歩きになる。
     彼女の細く白い手首を掴み、意識が落ちても離さなかったらしい針を抜き取る。
    「...はァ」
     寝落ちしても針と、もう片手に衣装を掴んだままの姿は執念すら感じる。自分の全てを投げ打って、それでもこちらを放すことはしない。そんな彼女に何度も救われていた。楽しそうに仕事をこなす姿は眩しかった。でもこうして暗い場所で独りで眠る姿を見ていると、それにも勝る苛立ちを覚える。
     先程まで彼女の顔のすぐ傍にいた細長い針を睨みつけ、力任せに針刺しへ落とす。こんなことをしても気分は晴れない。
    「……なんで、全部抱えるのかな」
     眠る彼女に魔法のかかった言葉を向ける。ただでさえ効きづらいこの子には、なんの効力もないだろうけど。
     どれだけ伝えても、きっと彼女は自分を二の次にして誰かのために全力を尽くしてしまうんだろう。それは彼女にとって愛し愛される人達だけじゃなくて、彼女に対して良くない感情を向ける存在にも及ぶ。
     恨み、妬み、嫉み、そういう感情は浴び続ければ猛毒になる。そんなものからはさっさと逃げてしまえばいい。でも、この底抜けに献身的な子はその全てから逃げずに歩み寄っていくんだろう。
     美しくて賞賛されるべき姿だろうか。ボクには愚かに見えるし、何より気に食わない。君は人間だ。人間は壊れる。どれほど言葉が強い力を持っていたとしても、君の心の全てを守れるわけじゃない。その「大丈夫」は無敵ではない。
     深く刺した銀色を見つめて、小さく息を吐く。本当に苛立ちを覚えているのは彼女だけじゃない。それより、今ここで彼女を救うことも連れ去ってしまうこともできない無力な自分にだ。
     夢ノ咲学院には自分の勢力がそれなりにいる。彼女を良くないと思っている連中をどうにかするくらいわけない。「五奇人の末裔」逆先夏目として彼女を守る準備はできている。
     でも、他でもない彼女自身がそれを是としない。実行してしまったら誰よりも傷つくのだろう。彼女を納得させる術がボクにはない。ボクが最前だと考えることが、彼女にとってはそうでないことを知っているから。それが歯がゆくて、悔しい。魔法使いの名折れだ。いいや、大好きで大事な女の子の目元に浮かぶ黒いクマと、涙の後をどうにもできない「逆先夏目」が情けない。
    「でモ」
     小さく言いながら、首を振る。自分の無力に打ちひしがれている時では無い。今はできることをすればいい。色んなものを背負いすぎた背中を、一時だけでも軽くすることくらいはできる。ひとまず彼女を起こすところからだ。そもそもここまで足を運んだのはその為だった。
     肩に手を置いて、ふと考える。今、ここで目をさました彼女はきっと瞬く間に「プロデューサー」に戻ってしまうのではないか。
     少し逡巡して、そっと肩から手を外す。代わりに脱いだブレザーを伏せた身体に被せた。これは今思いついた小さな小さな魔法の下準備だ。
    「会いに来てネ」
     身動ぎもしない頭に小さく笑いかけ、そっと教室を後にした。

     はっと意識が覚醒して顔を上げる。目の前に広がる教室は暗く、夜が来たと突きつけてくる。
     随分時間をロスしてしまった。この衣装は今日中に直してしまいたかったのに。
     そこまで思い、ふと自分が手にしていたはずの衣装と針が手の中にないことに気づく。慌てて辺りを見回すと、隣の机に針刺しと丁寧に畳まれた衣装を見つけた。ついでに、背中に重みがあることにも気づく。
     振り返ればみなれた水色。自分が着ているものより少し大きなそれが被せられている。持ち主はふわりと飛んできた香りですぐにわかった。
    「...これ」
     彼のイタズラが成功した、こちらをからかったような顔が不意に浮かぶ。なんとなくおいでと誘われているような気がした。何にせよ肌寒い季節だし、ブレザーなしで明日を過ごすのは堪えるだろう。...それを口実に学校へ来ないかもしれない。……それに。
     あちらの学科へ行くのはあまりよろしくないことだけど、このまま持ち帰ってしまう訳には行かないから、と誰かに言い訳をしながら立ち上がる。

     いるかどうか確かめもせず、かの部屋を訪ねれば、当たり前のようにドアが開いた。
    「おはよウ」
     白衣に身を包んだ逆先くんは時間にそぐわない挨拶をしてくる。私がここに来ると分かっていたように、楽しそうに笑っている。なんとなくその顔を見ているのが辛くて、目を逸らした。
    「ブレザー、ありがとう」
     一応お礼を言ってブレザーを差し出す。
    「どうして起こしてくれなかったの」
     まずい、と思った時には心の中で呟いた言葉が口からも出ていた。彼にそんなことを言う筋合いは無い。いつもと変わらない飄々とした彼と、居眠りをしてしまい作業が押して余裕が無い自分を比べて、どうしようもない劣等感に襲われた八つ当たりだ。
     ごめんと謝罪しても、一度発した言葉は戻らない。いたたまれなさが凄まじい勢いで押し寄せる。逃げたい。ブレザーを渡したら走って教室へ戻ろう。
     逆先くんの方をちらりと見れば、不快そうな様子はなく、何故かさっきとは違う、柔らかな微笑みを浮かべていた。
    「気持ちよさそうに寝てたからネ」
     言いながら、早く受け取って欲しい私の気持ちを無視するみたいに、差し出した水色を受け取らない。それどころか両手を白衣のポケットに入れて踵を返す。
    「入りなヨ。それは中で受け取るかラ」
     一瞬こちらへ視線を寄越し、私が口を開く前にさっさと部屋の中へ入ってしまう。 本音を言えば断りたいけれど、きっと彼はそれを聞いてくれない。荷物とブレザーを抱え直して、言われた通り彼の後を追った。

    「どうゾ」
     促されてソファに腰掛けると、すぐにティーカップが置かれた。ほっと落ち着く香りがする。きっと彼が調合したハーブティーだろう。
    「あ、ありがとう。...あの、これ」
    「その前ニ」
     改めてブレザーを差し出そうとした私を遮り、どさっと隣に腰掛けてきた逆先くんは、さっきまでの優しい顔から打って変わって眉間に皺を寄せて顔を近づけてくる。急なことに驚いて、思わず手に持っていたそれを胸に抱え半身を後ろに逸らしてしまう。
    「針を持ったまま眠るのは感心しないナァ。どうせ子猫ちゃんのことだから休憩もしないで没頭してたんだろうド。顔の近くにあるのを見て慌てたヨ。ボクが見つけなかったらどうなってたカ」
    「う...それはご迷惑をおかけしました...ごめんなさい」
     怒っている、と全身から伝わってきて思わず頭を下げる。
    「別に迷惑じゃないヨ、それにボクに謝る必要はなイ」
     はぁ、と頭の上からため息が聞こえてくる。ぐうの音もでない正論に居心地が悪くて、胸に抱えたブレザーを一瞬強く握ってしまった。シワになってしまうと気づいて慌てて手のひらを緩める。
    「...ごめン。言いすぎたネ」
    「え?」
     更に説教を受けるつもりで構えていたから、予想外の謝罪に驚き顔をあげる。逆先くんはなぜか気まずそうに少し目を泳がせて、ぎこちなく笑っていた。今日はいろんな笑い方をするな、と的外れな感想が浮かぶ。
    「ううん、言われたことは最もだから。気をつける。針も衣装もありがとう」
     気にしていない、と伝わるようにこちらも笑ってみせると、逆先くんも肩の力を抜いてくれた。と、思ったのもつかの間。
    「でも、もう少しここに居てヨ」
     よく見慣れた、からかうような表情を向けてくるから思わず半目気味になる。逆先くんはそれを気にする様子もなく、むしろ更に笑顔になって、机の上の指さした。
    「とりあえずこれ飲んデ。結構自信作なんダ」

     予想通り、あんずちゃんはブレザーがボクのものと気づいて秘密の部屋を訪ねてきた。しかし、顔色は悪くずっと気まずそうにソワソワしている。先程の「失言」を気にしているのだろうか。彼女らしいといえばそうだが、どちらかといえば余裕のなさを感じた。思っていたより心が欠けてしまっているのかもしれない。
     ここでブレザーを受け取ればときっと逃がしてしまう。それは絶対に避けなければならない。
     そう考えて白衣のポケットに手を入れた。差し出されたそれを受け取らないとポーズで伝える。困惑したあんずちゃんには部屋で受け取る、とやや苦しい繋ぎをしてさっさと中に入ってしまうことにする。その場に置いて行かれたら強硬手段にでよう、などと考えつつ。
     幸いあんずちゃんは素直に中へと招かれてくれた。
     ソファに座るよう促して、彼女がやってくるまであれこれ考えて調合したとっておきのハーブティーを差し出す。彼女の顔が一瞬明るくなる。香りはお気に召したらしい。
     しかし、彼女はお礼を述べながらもそれに手をつけず、やや急いた様子でブレザーを差し出してくる。その姿に、心の真ん中がチリチリとする。あぁ、やっぱり早く「戻りたい」んだ。
     引き止めたい気持ちと、さっき収めたはずの苛立ちが混ざりあって気づけばあんずちゃんの隣に乱暴に座っていた。顔を近づければ仰け反る。ブレザーは彼女の胸に抱えられた。それでいい。まだ受け取りたくない。
    「その前ニ」
     ついでにさっきの危険な居眠りについてお小言を言わせてもらおう。
     針を持ったまま眠るのは感心しない、とだけ言おうしていたのに思った倍以上に口から言葉が出た。気づくとあんずちゃんはご迷惑をおかけしました...と小さくなって頭を下げている。やってしまった。
    「別に迷惑じゃないヨ、それにボクに謝る必要はなイ」
     咄嗟に素っ気なくて棘のある言い方になってしまった。こんな事が言いたかったわけではない。空回りしていると感じて、ため息が出る。
    「...ごめン。言いすぎたネ」
     口の中に苦いものが広がる。怒ってるわけじゃないと伝えたくて笑ってみるが、引きつっているのを感じた。
     あんずちゃんはしばらく呆けていたが、やがて優しい顔でゆるく首を振り、次いで感謝を述べてくる。その表情に、その声に、強ばっていた肩が解けるのを感じた。
     さて、気を取り直して魔法をかけなければ。彼女をここへ導いただけでは足りないのだから。
    「でも、もう少しここに居てヨ」
     努めて気安い顔を作る。
     あんずちゃんは一瞬目を開き、胡乱げな顔をする。それがなんだか嬉しくて、笑みを深めた。
    「とりあえずこれ飲んデ」
     (君のためだけに考えた)
    「結構自信作なんダ」

    彼の指を追って目に入ったカップからは、ごく細く湯気が立っていた。せっかくいれてくれたものをこれ以上冷ましてしまうのはもったいないし、申し訳ない。
    「うん、遅くなったけどいただきます」
     唇をつけても大丈夫になったハーブティーは、素直に染みていく。そこで自分の身体が随分と冷えていたことに気づいた。
    「……おいしい。あったまるね」
    「あんなところで寝ていたんだかラ、余計にあったかく感じるでショ。全ク、暖房くらいつけても怒られないのニ」
    「んー。私ひとりで使うのは気が引けて。そもそもあの教室も勝手に使ってる秘密基地みたいなものだしね」
    「こっちは練習場所が足りなくて生徒会が頭を抱えてたけド。他に使う人はいないんダ?」
    「あはは、衣更くんがよく嘆いてるよね。……みんなアイドルたちに一生懸命だから。意外と教室は使えるんだよね。でもさっきの場所は特に知られてない場所なのに、何でわかったの?」
    「ごの学院でボクが知らないことなんかないヨ」
    「朔間先輩みたい」
    「そウ?零兄さんには及ばないけド、悪い気はしないナァ」
     ひとくち、ひとくち。逆先くんと他愛ない会話をしながら何度か口をつけていたら、あっという間にカップの底が見えた。
     久しぶりにこの学院の中で心が落ち着けた気がする。最初に感じていた焦燥感もすっかり消えていた。言われた通り、適度な休憩は頭の中を整理するためにも取った方がいいかもしれない。今なら残りの作業もぱぱっと終わらせられそうだ。戻ろう。
     ご馳走様と小さく頭を下げて、持ちっぱなしになっていたブレザーをソファの横へ置く。
    「ありがとう。良いリフレッシュになった」
     立ち上がってお礼を言うと、どうしてか逆先くんは急に不機嫌になる。
    「ちょっト、どこいくノ」
    「?戻るだけだよ。衣装の直し、今からやればすぐ終わりそうな気がする」
    「………………子猫ちゃん、それはここでやっていきなさイ」
     腕を引かれ、ソファに戻される。再度圧を放つ逆先くんはきれいな形の眉を釣りあげ、こちらを見つめてきた。金色の瞳が燃えるように揺れるが、それは怒りではなく、もっと切実なものを感じた。
    「あんな寒い教室よりこの部屋の方は遥かにいい環境でショ。また寝落ちしたら今度こそ風邪引くヨ。アイドルだけじゃなくて「プロデューサー」だって身体が資本だって君なら分かってるよネ」
     逆先くんの言っていることはもっともだ。
    「で、でも」
     眼差しの強さに耐えきれず、顔を床に落とす。途端に色んな不安が頭を巡る。
     ここはアイドル科の図書室で。もう私は今この場所に居てはだめな存在で。それに出入りするところを誰かに見られる可能性だってる。いやもう見られているかもしれない。そうなったらなによりも逆先くんの迷惑に、
    「ボクが誘ってるんだから迷惑とか思わないでネ」
     心を読まれたようにぴしゃりと塞がれる。
     「それにここは秘密の部屋……最近は随分存在を知られてしまってるけド。でモ、少なくともうちの新入生もプロデュース科の連中も知らなイ」
     またひとつ塞がれる。
    「あと誰かに見られるようなヘマをボクがすると思ウ?まあそうなっても何とかできるけド」
     浮かんだ不安がすべて塞がれ、思わず言葉に詰まる。いや、それでもここで頼るのは申し訳ない。厚意だけ受け取ろう。ちゃんと断ろう。
    「さ、逆先くん」
     掴まれたままの腕にわずかに力が込められ、その先を拒まれた。驚いて上を向けば、逆先くんの顔は思った以上に近いところにいて固まってしまう。
    「何より、ボクが嫌だ。君をひとりにしたくない」
    「!」
     その言葉だけやけにはっきりきこえて、言葉の意味を理解して胸がじわりと痛む。まるで撃ち抜かれたみたいだ。無理にでも耳を塞げばよかったと後悔する。
    「……友達でショ。ボクが頑張る君の力になりたいと思うのは当たり前ダ」
     ここを貸すくらいしかできないけどネ、と苦笑しながら逆先くんは私の頭に手を乗せる。そして、丁寧に、優しい手つきで撫でてくれる。
    「あの冷たい場所にもどらないデ」
     やめてほしい。全部許された気持ちになってしまう。
    寄りかかってしまったらもう戻れなくなってしまいそうで怖い。なのに腕を掴む手のひらも、頭を撫でる手のひらも、どうしても抗うことができない。
     何も言えなくなって視線を四方へ泳がす。その様子を見ていた逆先くんが呆れ半分、困惑半分で笑った。
    「ンー、こういう時は本当に頑固だよネ。まあそれも君のいい所だけド、」
     逆先くんが突然言葉を切った。そして突然、あぁそうダと声をあげた。部屋の空気には似つかわしくない、明るい調子だ。
    「さっきのハーブティーのお礼ってことでどウ?」
     言われた途端、口の中で爽やかな後味を感じる。「お礼」と言われてしまえばもう降参だった。
     
     時間をかけて調合したハーブティーは彼女の口に合ったらしい。取り留めもない会話をしながら、何度もカップに口をつけてくれるのは素直に嬉しい。
     そのまま、今だけは全部忘れてしまえばいい。まだポットにおかわりはたくさんある。ボクに出来る今の精一杯は、彼女を一夜だけでも「あんずちゃん」に戻して、そばに居ることだった。
     やがて彼女の持っていた器が空になる。
     おかわりを持ってこようとソファから腰を浮かせようとした。
    「ご馳走様」
     その前に机の上にカップを置いたあんずちゃんが素早く立ち上がる。彼女を繋ぎ止めるために返却を躱し続けたボクのブレザーはついにソファの空いている空間に置かれてしまった。
     こちらにお礼をしてくる晴れやかな顔が気に食わない。帰宅するならそれでいい。でも嫌な予感がする。多分、またあの冷えきった教室へ戻って作業を再開する気だ。
    「ちょっト、どこいくノ」
     焦って発した声は酷くぶっきらぼうだった。そして帰ってきた答えはあまりにも予想通りで思わず閉口する。彼女はちっとも「あんずちゃん」に戻ってくれていなかった。
     彼女を出ていくことのないように腕を掴む。不思議そうな顔に子猫ちゃん、と呼びかける。
    「それはここでやっていきなさイ」
     掴んだ腕を引き、強制的に座り直させる。
    「あんな寒い教室よりこの部屋の方は遥かにいい環境でショ。また寝落ちしたら今度こそ風邪引くヨ。アイドルだけじゃなくて「プロデューサー」だって身体が資本だって君なら分かってるよネ」
     本当はこの一晩だけでもひとりの女の子に戻したかったけれど、叶わないらしい。目的を変更する。
    「プロデューサー」のままでもいい。ただ、ひとりにはさせない。行かせてたまるか、と思いつく限りの言葉を並べる。
    「で、でも」
     あんずちゃんは顔を床に落とす。何かを考えているようだった。多分、色んな懸念とかボクに迷惑とかそういうことを。
     だったら先に潰していくだけだ。
    「ボクが誘ってるんだから迷惑とか思わないでネ」
     まずはひとつ。反応を見るに図星だったようだ。
     「それにここは秘密の部屋……最近は随分存在を知られてしまってるけド。でモ、少なくともうちの新入生もプロデュース科の連中も知らなイ」
     こちらの道も塞いでおく。これも当たっているらしい。
    「あと誰かに見られるようなヘマをボクがすると思ウ?まあそうなっても何とかできるけド」
     ……思わずどこぞの毒蛇のような言葉が出た。最悪だ。いや、今はそんな場合では無い。いけすかない信用に足らない笑顔のあのメガネのことは頭の隅に放り投げておく。
     あんずちゃんはもうなにも言わなかった。しかし、迷いと躊躇いが見て取れる。不安材料を除くくらいじゃきっと折れてくれない。
    「さ、逆先くん」
     掴んだ腕にわずかに力が込める。その先を聞く気は無いという意思表示だ。
     それに驚いたのかあんずちゃんが顔を上げる。説得に必死になっていたら前のめりになっていたらしく、彼女の顔がすごく近くて一瞬固まりかける。が、なんとか振り切る。彼女も呆けている今が好機だ。
    「何より、ボクが嫌だ。君をひとりにしたくない」
     今はきっとどんな大魔法より、ボクの本心を伝えた方が威力がある。魔法が効きづらい彼女に伝わるかは少し不安だけど。……それを抜きにしても、どうしても伝えたかった口に出すのは中々恥ずかしい本音だ。
    「!」
     効果についてはどうやら杞憂だったらしい。あんずちゃんの顔が今にも泣き出しそうなほど歪む。こちらも顔を熱くしただけの成果が得られた。畳み掛けるなら今だ。
    「……友達でショ。ボクが頑張る君の力になりたいと思うのは当たり前ダ。マァ、ここを貸すくらいしかできないけド」
     本心に少しの嘘を編み込んで口に出す。同時にそっと形のいい頭に手を乗せる。今は言えないボクの想いがひとかけらでも届けばいいと気持ちを込めて、ゆっくり撫でる。
    「あの冷たい場所にもどらないデ」
     重荷を背負った細い身体を見つめる。今すぐ身を委ねてと腕に中に閉じ込めてしまいたい気持ちが湧き上がる。けど、それはボクの自己満足の行為でしかない。実行したら確実に逃げられるし、下手したら長期間距離を置かれるだろう。でも頭を撫でるくらいは許される関係値を築いている自負がある。だから今は、これで。
     予想通り、あんずちゃんは大人しく座ってくれている。しかしこの期に及んでもなお迷っているらしい。青い瞳が左右に忙しく揺れるのがかわいくて憎らしい。今日くらい素直に傾いてくれればいいのに。触り心地のいい髪を撫でながら、思わず苦笑してしまう。さて、あとひと押しをどうしようか。
    「ンー、こういう時は本当に頑固だよネ。まあそれも君のいい所だけド、」
     ふと、机の上の空になったティーカップが目に入る。これだ。
    「さっきのハーブティーのお礼ってことでどウ?」

    結局、秘密の部屋を作業場所として貸してもらうことになった。逆先くんは自分も実験があるから、とこちらに背を向けている。
     特に会話があるわけではない。しかしその沈黙は少しも苦しくなかった。自分以外の存在が同じ場所にいるのは思った以上に安心する。
     そういえば、去年は誰かしら近くにいたと思い出す。学科が本格始動してからは一人でいることが多かった。自分を慕ってくれて、いつでも味方でいてくれる優しい後輩はいる。それでも、こうして作業をするのはひとりきりだった。
     情けないけど、寂しかったんだな。
    「……よし、できた」
     綺麗に直せたと思う。シワにならないように丁寧に畳む。使いかけの糸は針に巻いて道具箱に収める。荷物を全部カバンに詰め込んで、一息着いたら帰ろうとソファに座り直す。
     少し離れたところで作業を続ける逆先くんが目に入る。今日は計り知れないほどの迷惑と世話をかけた。気づかないうちに冷えていた身体と擦り切れていた心のどちらも救ってくれた優しい人の背中を見る。
     ここはあったかいな。
     瞼が重くなる。あぁマズいと思う間もなく、そのまま意識を手放していた。
     
     あんずちゃんはこの部屋に留まり、衣装を広げて黙々と針仕事を再開した。ボクもやることはあったから基本お互いに不干渉。しかし沈黙は苦しくない。
     彼女の作業はそう長くかからずに終了した。
     実験を続けるフリをして、衣装を綺麗に折りたたみ、裁縫道具をしまう様子をこっそり眺める。このまま帰ると言い出したらまた止めないと、と考えていたがその必要はなかった。
    「ハハッ...もウ」
     あんずちゃんは一瞬目を離した隙に電源が切れたように眠っていた。さっきまで真剣に衣装と向き合っていたり、終わったらいそいそと荷物を整理していたのに。本当に子猫みたいだ。
    「……かわいいナァ」
     肩と背中に手をやって、起こさないようにそっと横たえてやる。畳まれたブレザーがちょうど枕の役割をする。ちょっと低いだろうけど、まだ返されたくないからそのままにする。
     厚手の毛布を肩までしっかり掛け、彼女の傍で膝を落とす。クマも涙の後も最初に見た時とかわらない。それでも気の緩みきった寝顔だ。ここを安心できる場所と思ってくれているのか。
     起こさないようそっと頬を撫でる。ちゃんと人の体温を感じて、短く息を吐く。
    「おやすミ、あんずちゃん」
     立ち上がり、軽く伸びをする。深夜2時。そろそろ自分も一眠りしよう。
     ボクは君を劇的に救い出せる主人公じゃない。君がハッピーエンドへ進む道のりを手助けする脇役の魔法使いでしかない。君と結ばれることも多分ないだろう。だとしても、ボクは君から目を離さない。
     もう一度だけ、ソファで眠る女の子を振り返る。
    「……そばにいるよ」
     たとえ君が望んでも、君をひとりにはしない。
     
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