8話「今日はこの辺で終わりにするわ。道具とか、片付けておくように」
折れた剣の廃材や、原型を無くしてしまったマネキンが散乱する中、シラー達もまた、その中で倒れ込んでいた。
「ねぇ!おかしくない!?初日の鍛錬量じゃないんだけど!!」
ノースが去った後、ヘルラは訓練中ために溜め込んでいたらしい苦言を大空へと言い放つ。
「日もでてない頃に叩き起されたかと思ったら中央の坂で走り込みだよ!?どれだけあると思ってるの!やっと休憩時間かと思ったらすぐに打ち込みの練習。それも終わったかと思えば次はあの人との対人戦!!しかもめちゃめちゃ強かったし!!」
これが⋯毎日⋯と軽く絶望気味なヘルラの横で同じく仰向けになっていたシラーはゆっくりと立ち上がるとヘルラに手を差し伸べた。
「ごめんね、付き合わせちゃって」
「ううん、シラーさんのせいじゃないよ。
「ありがとう。ちょっと休憩しようか」
相当剣を振っていたからだろう、立ち上がらせたヘルラの手はボロボロで、血が滲んでいるのに気がついた。
「あ、怪我してるじゃない。手当しなきゃ」
「平気だよ」
「跡が残るといけないから、ね?」
腰に着けていた鞄を漁り、シラーは薬箱を取り出す。いつも怪我をしてしまうヘルラの為に治療用の薬草を仕舞っていたのだ。
しかし、開けた薬箱の中には包帯や絆創膏は入っていたが、肝心の薬草の姿が見当たらない。
「あれ、きらしちゃったかな⋯」
「どうしたの?」
「薬草がなくなっちゃったみたい。⋯買いに行くついでに食べ物も買いに行こうか」
「ほんと!?やった!」
先程の疲労は何処へやら。次なる買い物という行事の為にヘルラは急いで辺りを片付け始める。その様子を微笑ましげに眺めた後、シラーは、薬箱を再びしまうとヘルラの手伝いをしに向かった。
「まさか⋯まさか今日に限って薬草屋さんが閉まってるなんて⋯」
CROWSOUTの文字が掲げられた年季の入った扉の前で、シラーは悩ましげに唸る。
もう既にお店は三件目を巡っており、どうやらここらの薬屋はどこも閉まっているようだった。
「困ったな⋯」
現在進行形で怪我をしているのに明日まで店が開くのを待っていられない。仕方ないと忌々しい木板を背に大通の方へと視線をみけた。
「こうなったら空いてる所を聞くしかない」
正直知っている店は巡りきった後ではあるため、聞き込みで有益な情報を得れる確証は無い。
案の定、暫く聞き込みをしていたがどの通行人も首を振るだけだった。
「も、もう大丈夫だよシラーさんご飯だけ買って帰ろ?」
傍らでその様子を見ていたヘルラから遂に待ったがかかってしまった。
「わかった⋯⋯最後に一人だけ聞いてから終わりにしよう」
漸く諦める気になってきたらしいシラーはちょうど目の前を通っていた男性に声をかける。
期待半分、諦め半分といった気持ちで問いかけてみれば、男性は暫く悩んだ後口を開く。
「薬草っすか」
「はい、ここら辺のはしまっていると聞いたので、どこかありませんか?」
「そうっすね。この先を真っ直ぐ昇って、横道に行くと一つあるっすよ」
「え!本当ですか!」
「っす、基本開いてる店なんで多分今日も空いてると思っすよ。当たってみるといいと思います」
ぱぁっと急に明るくなったシラーはヘルラの手を取って喜んだ後、感謝の言葉を男性へ述べる。
「良かった!じゃあそこに行ってみよう!」
カランカランと扉に備え付けられたベルが音を鳴らす。
扉を開けた先には、多種多様な商品が綺麗に陳列された商品棚が目に入った。
他の店と比べ、比較的小さめの店にしては品揃いが良さそうだと思いつつ、この品揃えの良さなら、求めていた薬草が手に入るかもしれないという期待に胸を高鳴らせる。
「これはこれは、いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
店の奥にあるカウンターに立っていた店主らしき男性は手に持っていた瓶を机に置き、こちらをにこやかな笑顔で迎えている。
「ポーション、食料、飲料⋯武器から薬草までなんでも取り揃えておりますよ。⋯って、おや。お客様は先日中央広場でぶつかってしまった方ですね。」
「⋯あぁ!あの時の!」
「ヘルラのお知り合い?」
「シラーさんとはぐれた時にぶつかってしまった人なんだ⋯」
「あの時はとんだご無礼を、どうかお許し頂きたい。」
「いえいえこちらこそ⋯!あの時はごめんなさい」
「それで、お客様は何をお探しで?」
「この薬草を探していて⋯別の店を当たったのですがしまっていて⋯」
「あぁ、薬榎草(やっかそう)ですね。少々お待ちください、確かここに⋯。」
店主は手渡した残り少ない薬草を見た後、背後にずらりと並ぶ商品棚へと体を向ける。
暫く探すような素振りをしていた彼はひとつの瓶を取り出すとシラーの目の前へとそれを置いた。それは正しくシラーの探していた薬草の瓶である。
「こちらですね。他にはございませんか?」
「あぁそれです!ありがとうございます!ほかは大丈夫です」
「ではお会計を⋯では先日の御無礼を鑑みて半額、ということで如何でしょう?」
「良いんですか!?で、でもやっぱり悪い気が⋯」
「えぇ構いませんよ、そうでなくては私の気が晴れません。⋯では、薬榎草1瓶、銀貨1枚です」
「はい、いまだします⋯って⋯」
巾着の中身を見たシラーは少し苦い顔を浮かべる。その様子にそばにいたヘルラも何かを感じたように巾着を軽く持ち上げた。
「⋯随分軽いね⋯お財布⋯」
「村から帝都までの旅費が高かったからかなぁ⋯節約してたつもりだったけどそろそろ働かなきゃ⋯」
「⋯何かお困りでいらっしゃいますか?」
「い、いえ!ここのお会計は払えますので!!」
「ふふ⋯あぁいえ、お金に困っていらっしゃるようなら丁度仕事をご紹介できるかと思った次第でして。」
「仕事?」
「えぇ、ご依頼ですね。ちょっとした花の採取をお願いしたいのです。」
「ただの花でいいんですか?」
「今回ご依頼したい花はただの花では無いのです⋯。数年に一度しか咲かないという"ウェルーシャの花"を採取して頂きたいのです。」
「確か〜〜の森に生えているんですよね」
「そうです。その花を取ってきて下されば金貨3枚を報酬としてお支払い致します。」
「き、金貨3枚⋯!」
「金貨3枚ってことは⋯最低でも3ヶ月は遊んで暮らせるよ⋯!!しかもおやつ付きで!」
興奮気味に三本指を見せてくるヘルラに、シラーは提示された金額に驚きつつ考えるような素振りを見せた。
「足りませんか?」
「い、いえ十分です!!是非受けさせてください!」
「それは良かった。では見つけられましたらまたこちらへお越しください。」