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    二人の遠乗り

    【フェルヒュー】春のピクニック朝を迎え、自然に目が覚めてまぶたをゆっくりと持ち上げた。今日が休日だということに気付き、再び目を閉じる瞬間とはどれほど甘いか。
    フェルディナントはまだ意識が朦朧とした状態で横に腕を伸ばした。腕の中に入ってこない広い背中が手に触れた。そこにはいつもなら早く寝床から出たはずのヒューベルトが気持ちよさそうに眠っていた。休日にだけ味わえる大切な時間だ。

    長い戦争で苦しんだフォドラを収拾すること、かつてなかったアドラステア帝国を築くこと、新時代を開いた若い皇帝の改革に歩調を合わせていく毎日のため、宰相と宮内卿は戦争の時と同じように疲れていた。しかし、そのような日常があるからこそ、短い休息が貴重で輝くもの。フェルディナントはしばらくヒューベルトの寝顔を見ながら寝室にそっと吹いてくる心地よい朝風に再び眠りに落ちた。

    ふとフェルディナントの頭の中に何か浮かんだ。今日はアドラステア帝国建国記念日を無事に過ごし、2人が辛うじて日付を合わせて得た休日だった。終戦記念日を迎える前にヒューベルトとともに過ごせる最後の休日でもあった。こうやって向かい合ってベッドに横になって寝転がるのもいいが、今日をそのまま流すには春風がとても爽やかだった。

    「ヒューベルト」

    カーテンにかかった春の日差しより穏やかにヒューベルトの名を呼んだ。

    「うん…」
    「ヒューベルト」

    宮城で、いや帝国で最も殺伐で鋭いと知られているベストラ宮内卿は短い寝言の後にのっそり目覚めた。

    「……おはようございます、フェルディナント殿」
    「おはよう、ヒューベルト」

    緊張感は全く感じられず、むしろ緩んだ目つきからどれほどヒューベルトが熟睡していたかを見せてくれるようで、フェルディナントは少し申し訳なかった。

    「ごめんね。よく寝ているのに起こして」
    「結構です。そろそろ起き上がる頃になりました」

    そう言ったものの、フェルディナントの髪の毛を指先でぐるぐる回すヒューベルトは、別に体を起こす気がなさそうだった。その軽い手遊びに交わってヒューベルトの髪の毛をかき乱したいという衝動をフェルディナントはじっと我慢しなければならなかった。

    「ヒューベルト、今日郊外にピクニック行かないか?」
    「ピクニックですか…」
    「ピクニックていうかお花見がしたいなと思って。今日が大樹の節に一緒に休める最後の日だったんだ。 最近天気もいいのに忙しくて花見などちゃんとできなかったじゃないか」
    「花なら宮城の庭園と温室にでも充分気を使って育てていますが...」

    フェルディナントはいまだに彼の巻き毛をくるくると巻いていたヒューベルトの手を握った。

    「そうではない。春の風に当たりやすく、日当たりの良い静かな所で君と二人きりで花見がしたいということだ」

    かなり断固たる口調で意志を表明するフェルディナントだった。ヒューベルトは目を丸くしてしばらく見つめ、フェルディナントの手を離して立ち上がった。

    「それなら、急いで出掛ける用意をしなくては」
    「ああ!」



    通例、家族で楽しんだ春のピクニックを考えて、キッチンに入って昼食の弁当の準備を指示したフェルディナントは、日よけと大きなかご、敷物を探しに忙しく邸宅を歩き回った。馬小屋に行ってきたヒューベルトは、両腕にピクニック用具を抱いているフェルディナントを急遽引き止めた。

    「フェルディナント殿、馬車ならともかく、馬に積んでいくには荷物がもっと軽くする必要があります」

    「2人きりで行こうとおっしゃったのではないですか」と付け加えたヒューベルトの話を聞いて、やっとフェルディナントは荷物を置いてキッチンにまた駆けつけ、昼食用にパンを新しく焼くなと叫ばなければならなかった。

    紆余曲折を経て簡素な荷物で準備を終えた2人は、馬に乗って北アンヴァルの郊外に向かった。普段食欲のなかったヒューベルトには食べ物はどうでも良かったが、フェルディナントの主張で食事用にパンとドライフルーツ、小鳥焼き、そして紅茶とテフ、それに添えるお菓子を2人分に合わせて持ってきた。こんな素朴なピクニックはフェルディナントにとってはじめてだった。何か忘れ物がないか少し不安にもなった。しかし、馬に乗って街中を抜け出し、人気のない平原が目の前に広がり始めると、フェルディナントの心の焦りは消えた。気持ちいい春の気配を全身で感じながら、思いっきり走ると胸がどきどきした。清々しく生命力で満ちた風景を視界に収めながら、横に並んでるヒューベルトをちらっと見た。 一瞬の視線に気づいたのか、ヒューベルトも顔をそむけてフェルディナントを見て微笑んだ。

    そのまま直接日が当たってもいい、食器もなく簡素な食事でもいい、こんなに愛らしい春の日に恋人と一緒にいられる。デイジーの花がいっぱい咲いた草むらに座ってのんびりと時間を過ごすだろうか、満開のアーモンドの花を見上げてゆっくり手をつないで歩いてみようか、フェルディナントは幸せな悩みをしながら浮き立っていた。





    「フェルディナント殿、もっとこちらに···」
    「花木だらけの季節がこんなに惜しいとはな」

    フェルディナントの望み通り、二人は全身で春を浴びることになった。突然外出をしたのはフェルディナントとヒューベルトだけではなかった。春の気配ですっかり緩んでた体をすくめる春雨に出会ったのだ。惜しくも広い草原を訪れたせいで、周りにはまだ葉が生えていない低い花木ばかりだった。背の高い二人と馬二頭が雨を避けるほど立派な木を探すために、しばらく花木の間を転々として雨に打たれながら歩き回らなければならなかった。幸いなのは、パンが濡れる前に口の中に無事入ったということだけだった。

    「ふぅ…こんなにたくさん降っては花も散ってしまうな」
    「本格的な種まきの時期が来る前にこのように雨が降るとは、ありがたいことです」
    「それはそうだけど···」

    せっかくの休日が、それも春のピクニックが無駄になってがっかりしたフェルディナントは雨の中でため息を漏らした。

    「運が悪かったね」
    「今回のことを教訓に、次は天気をちゃんと調べることにしましょう」

    生まれて間もないまだか弱い葉は、空から降り注ぐ雨粒の重さに耐え切れず、しきりに下に水滴を垂らした。激しく降る雨が地面に当たって上に舞い上がった。ヒューベルトは頭頂部と首筋に雨が落ちるのを避けるために姿勢を変えながら髪の毛を手で払い落とした。いつまで雨宿りをしていたらいいのか、フェルディナントは足先に雨粒が飛ぶのを眺めていた。つやつやしたオレンジ色の髪が雨に濡れてぐったりした。ヒューベルトは彼のもとに歩み寄り、雨にぬれて額にべったりついた前髪を撫で上げた。

    「フェルディナント殿、髪の毛がびっしょり濡れていますが、寒くありませんか。私がハンカチを···」
    「ああ、大丈夫。私のを使えばいい」

    ほぼ同時に、ハンカチを取り出した二人は、雨にずぶぬれになった二枚のハンカチを見て、大きく笑ってしまった。

    「ははははは!あんなに雨でびっしょり濡れてたのにハンカチが大丈夫なはずがないな!」
    「くくく…くくくく… 私も知らないうちに···」
    「あはは、ところで君のハンカチの色はもともとこうだったっけ?」
    「え?ああ!」

    ヒューベルトのハンカチはオレンジ色に染まっていた。ヒューベルトはハンカチをしまったポケットから何か湿ったものを取り出した。

    「...はぁ...今日飲む茶葉を急いで 一緒に入れたせいで… こんなあきれたことが…」
    「ぷっ、はははは! 今日私たちが飲むお茶は君のハンカチが全部飲んでしまったね」
    「くくく、そうですね」

    そうやってしばらく向き合って笑って疲れたフェルディナントとヒューベルトは、雨が少し止んだすきに帰ることにした。

    「今年は残念なことになったが、来年もまた来よう」

    「ええ, そうしましょう。まあ···私は雨の中の花見も悪くなかったです」

    ヒューベルトが雨で地面に落ちた花びらをじっと見つめると、フェルディナントもその風景を目にしてにっこりした。

    「なるほど、なかなか経験できない花見だな」
    「ええ, ほんとうに珍しい風景ですな」

    さまざまな花木を転々としながら雨宿りをしていたため、フェルディナントの頭の上に花びらがいっぱい落ちたことを、ヒューベルトは最後まで言わなかった。長いくせ毛に花びらが雨とともにくっついて、一人で花の雨に濡れたようになったフェルディナントの後頭部を見ながら、ヒューベルトは帰宅途中ずっと微笑んだ。
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