手帳を拾った 手帳を拾った。
スーツのポケットに入るくらいの小さな手帳。持ち主を確認しようと開けるとスケジュールがびっしり書かれている。
カレンダーのページを見ると昨日の日付に『七海さんと同行』と書かれていたので、持ち主が伊地知くんだと分かった。
興味本位でページをめくってみると任務地の情報、申請書類の〆切、五条さんのスイーツリスト候補等が小さな手帳にこれでもかと収められており読んでいて興味深かった。
4/20に「誕生日」と書かれている。自分の誕生日を書いておくなんて可愛らしい。他にも虎杖くん等一年生の誕生日から補助監督の誕生日が明記されていた。
そういや「伊地知さんは皆の誕生日にお菓子をくれるけど、どうやって把握してるんだ」と噂を聞いたが成程、この手帳がタネだったという訳か。
7月のカレンダーのページを開くと3日に「七海さんの誕生日」と赤ペンで書かれていた。黒のインクを丁度切らしたのだろうか。
後ろのページを見るとメモのような日記が書かれていた。
2/14バレンタイン。チョコレートを貰う、お返し忘れない。
3/5申請書類提出。
3/27七海さんに会う。少し話せた。
4/1五条さんから嘘を吐かれる。今日はエイプリルフール。
4/5虎杖くんとアイスを食べた。美味しかった
一見味気ないように見える文章に彼らしさが垣間見える。
更にページをめくると最近の事が書かれていた。
5/1家入さんの定期検診。心労以外問題なし。恋煩いについて指摘あり。
「恋煩い」
今まで凪いでいた胸の内に波が立ち始め、先のページをめくるのが怖くなる。
5/4七海さんの任務に同行決まる。気を引き締めて
何を言う、君はいつだって気を引き締めているではないか。
5/6七海さんより差し入れでお菓子を貰う。勿体無くて食べれない。
そのお菓子は明日で賞味期限の筈なので早めに食べてくださいと後で彼に伝えよう。
次のページをめくると「5/10」の文字。ここが日記の最後。
5/10呪霊から逃げる最中、手を握られていた事に気付く。
まだ手が熱い。
『伊地知くん!手を!』
『はい!』
帳を張る前に呪霊が襲ってきた為、確かに彼の手を握って逃げた。
『…自惚れても良いのか?』
彼も私が?と自分の胸の内に問う。
パラパラと終わりまで適当にめくると、白紙が多いページの中に紛れるように書かれた赤い文字を見つけた。
忙しさの中で書かれた文字ではなく改まって綺麗に書かれた文字だった。
『好きです 七海さん』
『許して下さい』
右から靴音がしたので向くと持ち主が真っ青な顔をして立っていた。
「伊地知くん」
「申し訳ありません」
お辞儀をして頭を下げられる。謝るのは勝手に見たこちらだろうと思ったが、もし私が彼の立場だったとしても同じように謝っただろう。
「私こそ勝手に見てしまいすみません…頭を上げて下さい」
恐る恐る頭を上げたが目線を合わせようとしない。
手帳を彼に差し出すと震える手で受け取った。
「君の様に手帳を書いていれば良かった」
「え…?」
「そうすれば私が何を書いているか、何を考えているのか、見せる事が出来た」
伊地知くんの目線が私と合う。
「ですが私は書いていないので直に言います。君が好きです」
彼の手にあった手帳が落ちた
「う、嘘でしょうそんなの……そんな事」
「嘘ではありませんし、同情で言っている訳でもありません」
「急に言われても信じられません!」
確かにこんな状況で言われれば疑うのも無理はない。だが、私には彼のように日々の気持ちをしたためる事はしていない。証拠と呼べる証拠がない。どうしたものか
ふと思い立ち伊くんの左腕を引っ張り、彼を胸の中へ収めた。
「七海さん!?何してっ…」
「そのまま耳をあてて下さい」
疑問符を浮かべながら彼が私の胸に耳を当てる。
「七海さんの心音って…こんなに早いんですか」
「君の手帳を読んでからこうです」
「……本当に私の事、好きなんですか?」
「えぇ。こんなの聞かせるのなんて君だけだ」
彼が顔を上げる。先程まで青白かった顔色は今じゃ林檎のように真っ赤だった。
「私も同じ事を聞きます。私の事好きですか?」
「っ、はい…七海さん、好きです…!」
たまらなくなって抱き締めると彼も背中に手を回す。
幸せを噛み締めながら頭にあった事を口にした。
「先日あげたお菓子…賞味期限明日までですがもう食べましたよね」
「あ」
「君の為に買ってきた物だったのですが……」
「食べてきます!食べてきますから離して!七海さん、なんで腕に力入れるんですか!?」
離れようとする彼に見えぬように私は笑った
5/11 幸せ