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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     星は遥か遠く、幾星霜の時を経たと言われてる。
     その億年分の輝きに目と心を奪われてしまったのか。人の手が入らない神秘的な存在に胸を膨らませて、身勝手な信奉を持ってしまう。
     ……小さき星も大きな星も、いつの日か終わりを迎える。青白い新星は赤く燃え、真っ逆さまに零れ落ちて、空から消えてしまう。流れ星は死に際の姿と知った時、震撼に悶えた。
     もう無邪気に綺麗と思えない……そう思うのに、その瞬きの閃光は眩しい。消えいく瞬間の星が、悲しみや不安や怖れを何もかも明るく照らして未来への啓示と感じた。
     美しいと、綺麗だと、ずっと見ていたいと思ってしまうのは、そこに価値を求めていたからでしょうか。目を閉じることが許されない星の空に何を見るか、何を思うのか。
     ──それは、女神でも知る由のない、何人にも侵されない私だけの煌めき。

    ☆☆★

     曇り空のない快晴の夜空の下、静かな平原が続く中に足音が響く。

    「あっ、リズじゃん。見回りの当番だったんだ?」
    「ええ。もう交代の時間でしたか」

     見知った顔同士なので談笑しながら、現れたハピに引き継ぎと交代をお願いする。だだっ広い平原で警戒するのは、野生動物くらいだった。

    「なーんもないね。こんな所に敵なんて来ないと思うけど、しなきゃいけないんだよね……」
    「万が一の事がありますから。と言っても敵地から離れた場所で、明日にはガルグ=マクに帰還しますから何も起こらないでしょうが」
    「近隣の村への救援は済んでるし、あらかた片付いて暇だなー……あっ、ため息出そう。今夜は良い天気だし、星座でも探して潰そうかな」

     さらっと言い放つ、彼女の職務放棄宣言にリシテアは耳を傾けた。

    「ハピは星座を知ってるんですか?」
    「うん? そうだよ、ハピの村で教わったんだ。星がよく見えるからかな。星座って知ってる人いないんでしょ? ユーリが言ってた」
    「そうですね。わたしも本で少し知ってるくらいです」
    「ふーん、なら一緒に見る? ハピ、暇だし」

     一応夜間の見回りなのだが、危険の少ない渦中では退屈凌ぎがほしかった。軽く誘うハピに驚くが、お言葉に甘えてリシテアは付き合うことにした。
     今夜は寝るのが勿体ない、精悍な星空だったから。

    「あれが、わし座だよ。全然見えないのに、なんで付けたのかハピにはわかんないよ」
    「ふふっ、そうですね。本と違って、実際に見てみるとわし座には見えませんね」
    「昔の人は暇だったんだねー。星でも眺めて、みんなで形作って遊んでたのかな?」
    「身も蓋もないですよ……。でも、そうかもしれませんね。いつまでも空を眺められる平和な時だったんでしょう」
    「だろうねー。朝方までやってたのかな? ……ハピ、眠くなるよ」

     連なる星座を眺めながら、大きい星、小さい星、青い星、時々溢れる流れ星と共に夜の囀りを鳴らす。

    「せっかくだからガーティとも見たかったな」
    「ガーティ? ……もしかして、エーデルガルトのことですか?!」
    「うん、そう。三人揃ったらお揃いじゃん。たしか、三つの星座を合わせて大三角形というのもあるんだよ。いいじゃん、ハピ達で大三角形!」
    「この状況で、そんな事言うなんて……。それに、お揃いってなんですか?」

     キョトンと首を傾げるハピにリシテアは警戒心を高める。心当たりはあるのだが、こうもあっさり告げられると別の事かと思案してしまう。

    「えっ、リズもガーティもあいつらに何かされたんでしょ? ハピも同じ、おばさんに色々やられたよ」
    「っ?! よく平然と言えますね」
    「まあ良い思い出なんて何もないけど、過去は変えられないからねー。色々あったけど、こうして生きてるわけだしー」

     あんまりな言い様とあっけらかんとした様子に、リシテアはまた面食らう。口にしたくない壮絶な事をされたであろうに、こんなに考え方が違うとは……と、リシテアは唖然とする。ため息を吐きたくなったが、捉え方は人それぞれだと思い直す。……あのエーデルガルトだって、例の闇に蠢く者たちと協力しているらしく何を考えているのかわからない。
     ハッと気付いて辺りを見渡すが、誰もいないことを確認して安堵する。

    「ハピの話は聞いた事ありましたが、誰かが流した根も歯もない噂だと思ってました。本当だったのですね……」
    「うん、どんな噂か全部知らないから違うのもあるけど。大柄の化け物みたいな奴、なんてのもあったんだから! ハピと全然違うじゃん!」
    「怒るところはそこなんですか……」

     楽天的な思考のハピにつられて、リシテアの心も軽くなった。彼女の言う通り、過去は変えられないのだから今をどうやって生き抜くべきか至高した方が賢明だ。戦時中の最中では殊更に。

    「あの、その話を誰かに話したことは……」
    「ないよー。ハピもあんまり知られたくないし、まだ変な噂が立ったら嫌じゃん。うーん……リズだと危険な魔法を使いまくる大魔王って噂されそうだね」
    「そのくらいの噂ならわたしは構いませんが……」

     懸念するのはそこじゃないが……と、リシテアは苦笑する。

    「あっ、闇魔法少女の方が良いかな! 似合いそうじゃん」
    「似合いません! 子ども扱いしないでください!」
    「そう? 魔王より魔法少女の方が可愛いと思うよ」
    「魔王も魔法少女も嫌ですよ!」

     ハピの望んでない喩えにリシテアは声を張り上げた。夜の見回り中の大声は、寝ている兵士達にも迷惑なので、慌てて声を潜めて咳払いする。そんな中でもハピは平常運転だった。

    「もう、変な事言わないでください!」
    「ごめんごめん。でも、誰かとこんな事話せると思ってなかったよ。楽しい話題ではなんだけどさー」
    「わたしもそうですよ」
    「それと、リズと星座の話ができるなんて意外だな。知られてないしー」
    「わたしはたまたま知っていただけで、こうして空を見上げて探したことはないですよ。昔、士官学校の頃に星占いが流行ったんですよ。その影響かもしれません」
    「あー知ってるー。その占い師さん、今はアビスにいるよ」
    「……えっ?」

     思わぬ情報にリシテアは間の抜けた返事をした。今の今まで忘れていた星占いだが、ハピと会話する中で思い出していた。……妙な事を言われた5年前を。

    「まだ居るんですか?」
    「たぶんねー。けっこう人気だし、先生も覗きに来ていたよ。縁結びもやってくれるからおすすめだよ。誰か気になる人いる? リズなら……あー、バルトは勧めないかな」
    「い、いませんよ! そんな状況じゃないですし」
    「そうかな? 恋愛はいつしたって良いと思うけど。バルトなんか、しょっちゅうお金取られてるし、お酒入ると初恋のいい女の話ばかりしてるよ」
    「比べないでください……あの人は例外です」

     人物の話になったのを機に、身近な人やアビスでの生活に話題は逸れていった。数十分の賑やかな雑談をした後、リシテアは仮眠を取るためハピと別れて、充てられたテントに向かう。

    「星……まだガルグ=マクにいたんですね」

     『燃え落ちる星に価値を問うのは貴女ではない』
     記憶力の良いリシテアは、かつて告げられた星詠みの託宣を思い返した。落ちる星……あっという間に消えてしまう流れ星。忘れられてしまうものに価値を見出すことに何の意味があるのだろうか。
     瞼の裏に依然と変わらない疑念が浮かんで、溶け込んでいった。
     
     ☆☆☆

     もう一度占い師の元へと行きたい欲はあれど、あやふやなものを当てにしたくなかった。若かりし学徒の頃ならいざ知らず、成人した今は合理的に考えていくべきだ。

    「勉強した方が確実ですから」

     知識と努力は裏切らない、とリシテアはよく知っている。
     ということで、アビスに赴いても彼女は真っすぐ書庫に向かい、幾多の書物を読み耽る。気になった事柄や戦術に活かせそうな項目を見つけては記載して、頭に叩き込んでいく。
     写本の如く紙束を積むのは慣れたものだが、夢中になって寝食を忘れたことが何度もあったので気を付けねばならない。陽が明るい内は良いが、暗い時分のアビスは姿を変える。ガルグ=マクの中とはいえ独り歩きは推奨できず、先日恩師に咎められたばかりだ。

     そんな風に目と手を動かしている際、引き寄せられるようにリシテアは一冊の本を手にした。星々についての語られた誰かの手記を。

    「日記、でしょうか? ……星のことばかり書いてあります」

     ペラペラ捲ってみると星空の観察記録に思えた。一等星や流れ星、赤い星や青い星とその日見た星のことが記されていた。そして、添えられる筆者の一言二言の感想で日記と言うには短い。
     しかし、その記録こそがリシテアの探究心を擽らせた。

    「……星も人と同じように死がある。太陽や月より小さき星々に惹かれてた私は、何を求めていたのだろう。……天馬の節。この日は寒波が酷く、竜の咆哮のよう風が息吹いていた。雪のないこの地でも辺りは」
    「いつまでいる気だ?」
    「……えっ」

     読み込んでいる時に、聞き覚えのある声をかけられて現実に帰還する。慌てて読んでいた本を閉じて、背中に隠す。

    「な、なな、なんであんたがいるんですか!?」
    「そんなに驚くことか?」
    「驚きますよ! フェリクスが地下書庫に用があるんですか!」
    「……言われると癪だが、俺だって本くらいは読む」

     それもそうだ。フェリクスは読書家ではないが、必要があれば学んで修めている。
     しかし、今は置いておく……何を読んでたか知られるのは罰が悪かった。星の本に夢中になってたと知れるのは気恥ずかしい。

    「まだ陽が暮れてませんから問題ないですよ。何か言われる覚えはありません!」
    「俺はまだ何も言っていない」
    「……さ、先回りしておいたんです」

     墓穴を掘ったリシテアに冷や汗が出る。まあ夜のアビスは治安上、女性一人はよろしくない。今は夕方になる境目だからといって、早めに帰還しておいた方が得策だ。

    「……コホン。それで、あんたはアビスに何か御用なんですか?」
    「セテス殿に見回りを頼まれた。難民の受け入れが増えた分、妙な輩がいないか偵察してくれ、とな。……面倒くさい奴を見る方が多いが」
    「ちょっと、わたしの顔を見て失礼な事言わないでください! アビスの方々より書庫を利用していると自負していますし、禁書は勝手に持ち出してないですからわたしは不審人物じゃないですよ!」

     そこじゃないだろ……と、フェリクスは胡乱げな視線を送る。話しながらリシテアは徐々に落ち着きを取り戻していく。

    「こんな時だと何があっても不思議じゃないですね」
    「ここの統率者が目を光らせているから杞憂だと思うが、見回りを引き受けたからにはしない訳にいかない。お前はそろそろ切り上げておけ、どうせ時間を忘れるだろ」
    「……はい、わかりました」

     ちょっと癪に触るが、フェリクスの言う通り一人で籠るのは危ない。日頃からベレトに注意されているし、今日は研究に身が入らなかったからリシテアは引き上げる事にした。
     積まれた本を片付けていくが、さっきまで読んでいた手記を戻すのはなんとなく阻まれた。続きが読みたい、機密の文書でも無いのだから、と自分なりに理由を付けて借りることにする。

    「……あんたって、流れ星は好きですか?」
    「は?」
    「興味なさそうですよね。わたしもですが」
    「急に聞いて、勝手に納得するな……興味はないが」

     リシテアも興味がない。だけど、以前言われた占い師の言葉は未だ気になっていた。

    「星にも寿命があるそうです。役目を終えた星の落ちる様子が、わたし達には流れ星に映るようです」
    「そうか」

     素気ないフェリクスの返答でもリシテアは気にしなかった。突然、星の話をされたら誰だって彼のような反応をするだろう。

    「最後の力を振り絞って燃え落ちていく流れ星にちょっと親近感が湧きました」

     互いに興味がないからか、ぽつりと心境が声に出た。リシテア自身意外に思う。

    「そんなのに湧くか?」
    「わたしの最後はわたしの好きにしたい、と思っていましたから。流れ星が綺麗なのは燃え落ちる瞬間だからこそと思うと、なんだか感慨深いですね」
    「……よくわからん」
    「でしょうね。こういうのは心で感じるんです!」

     半分茶化して、半分本心で吐露した。
     遥か遠く一生かけても届かない星に余命があり、いずれ空から落ちてしまう事実はリシテアの心をざわめかせた。ずっと空に点在していられない……まるで人と同じようだ。

    「……落ちゆく星の価値を問うのはわたしではない」
    「なんだ?」
    「以前言われたことがあるんです。学校に通ってた時で、その時は怪しい事を言ってると気にも留めなかったんですが。ふと思い出して」
    「お前の話は要領が得ん。流れ星がどうとか言われても俺が知るか」

     フェリクスらしい口の悪い解答に笑みを浮かべる。彼からすれば、興味のない話で抽象的で答えのない話だろう。どうでもいいと捉えられる反応が、リシテアには良かった。

    「まあ、そうですよね! 変な事を聞きました」
    「よくわからんが、何でも消える時は消える。人も物もそんなもんだろ」
    「達観してますね。あんたの言う通りですが……消えていく星を綺麗と思うのは、どうなのかと思ってしまって」

     流れ星に願い事をすると叶う、とよく聞く。だが、流れ星は死の最中にいる。今まさに尽きようとする星に願いを乗せるのは、リシテアには卑劣に感じた。
     燃え尽きる時に誰かの願いを抱えたくないと、いつか訪れる自分と重ねてしまう。

    「どうだっていいだろ」
    「え?」
    「蘇る訳じゃんだ、何をどう思おうと勝手だろ。いちいち気にしてられるか」

     乱暴な言い草に唖然としてしまう。抽象的な星の話だが、フェリクスの考え方はリシテアにはないものだった。

    「あんたは、死ぬ星に価値があると思いますか?」
    「はあ? 知らん、そんなの考えたこともない」
    「流れ星の真相知って、何か思わないんですか?」
    「別に。俺もお前も他の連中も、いつかは同じく死ぬんだ。価値など好きにしろ」

     あまりのぶっきらぼうにリシテアはさらに目を丸くしてしまう。言われてしまえばそうなのだが、彼女の頭にはなかった事で反芻してしまう。
     ……余命僅かな自分と、皆んなが同じなんて思ったこともない。でも、彼からすれば大差ないことなのかもしれない。そう聞こえた。

    「なら、わたし達も空の星々と変わらないのかもしれませんね」
    「何がだ」
    「どんな星でも、いつかは燃え尽きて落ちるそうです。流れ星になって、最後に一条の光を残して深い空の底に仕舞われるんです」
    「……理解不能だ。俺にはわからん」

     素気なく淡白に答えるフェリクスにリシテアは口元を緩める。星の話は唐突で、きっと何の話か意図不明だろう。
     それでも、自分の頭にはない解答はリシテアの燻んだ柵を解いてくれた。

    「わたしが問うのは……傲慢なのかもしれませんね」

     落ちゆく星に何を思うのか、何を問いかけるのかは人それぞれ。皆違うのは当然で、自分の意思でどうにかなるものではない。
     頭でわかっていたはずの理屈が、実感を伴って胸に染み込んでいく。月や太陽に惹かれる者がいるように、赤い星や流れ星に惹かれる者がいる。あるいは空や雲に思いを馳せる者もいる。
     流れ星が消えても誰かの心に残るかもしれない、と自分の知らない未来も拓かれていった。

    「何か言ったか?」
    「いえ……あっ、それで思い出しました。あんた、わたしと同じ星座じゃないですか! なんで、言ってくれなかったんです!」
    「……何の話だ?」
    「星占いですよ!わたしが占いの話をしても素知らぬ顔をしていて! 一緒の星座だったなら色々と恥ずかしいじゃないですか」
    「そう、か?」

     学生の時の話を突然振られても、思い出せないフェリクスは困惑した。星占い……なんかそんなことがあったような気がするが、何の変哲もない日常の一コマのため印象が薄い。
     宣戦布告からの55年間とは、あまりにも状況が違い過ぎた。ありし日の平穏は遠い記憶になってしまう。

    「同じでも問題ないだろ」
    「あ、ありますよ! 同じだと……運勢も一緒じゃないですか。良い時も悪い時もお揃いになるから困るじゃないですか」
    「困らん」
    「困るんです!」

     たかが占いといえど、星占いではリシテアとフェリクスは同じ運命になってしまう。良い日なら構わないのだが、悪い日や恋愛運最高の日まで一緒ってのは複雑だった……リシテアが。どうしても気になってしまう。

    「そんなに拘ることじゃないだろ」
    「そ、そうですけど……誕生日くらい教えてくれても良かったじゃないですか」
    「必要がなかったからな。それに、占いだか運勢がどうとか知らんが一緒でもいいだろ。誕生日は変えれないんだから、俺とお前はお揃いの運命なんだろ」
    「……っ?!」

     不意を突かれて心が騒がしくなるリシテアは、赤い顔をしながら深呼吸をしていく。

    (落ち着いて。絶対、絶対に、何もないです! もう、わざと言ってるんでしょうか! 気のせいです、フェリクスなんだから意味なんてないですから!)

     必死に落ち着くように自分に言い聞かせるが、フェリクスの無自覚発言はリシテアにクリーンヒットしていた。よくある。
     不自然なくらい深呼吸しては、咳払いをする彼女に訝しんだ時にフェリクスは睨まれる。

    「そういうこと言うから、あんたはあちこち誑かすんですよ!少しは自覚してください!」
    「は?」
    「あんたみたいな人は流れ星にぶつかって、痕跡残されても仕方ないですよ! 頭に落ちて痛い目に遭ってください!」
    「……星とぶつかったら潰れるだろ」

     急に訳の分からないこと言われて、フェリクスは呆然とする。漠然とした星で揶揄されても彼には、理解不能のまま。
     アビスの見回りのはずが、白い金平糖に纏われて、なし崩しに二人で見て回っていった。星の周りを歩む衛星のように。


     リシテアはまたアビスへ赴く。今回は階段を降りてすぐの地下書庫ではなく、奥の居住区の方へと歩みを進めた。

    「お久しぶりですね。ご存命なのは視ていましたが、こうして再度相見えると心に沁みます」

     思い切って彼女の元を訪ねると、忘れていた透き通った声で迎えられる。

    「……わたしのこと覚えていたんですか?」
    「ガルグ=マクに集う星々は、どれも鮮烈な光を放っていましたから。貴方は今も尚……いえ、以前お会いした時より焦がしていますね」
    「──星が好きなんですか?」

     早速本題を切り出したリシテアは、水晶玉が置かれた机に一冊の本を差し出す。それは誰かが書いた星への手記、アビスの地下書庫で見つけた物。

    「勝手に見てしまってすみません。星の観察記録ですよね?」
    「……これを見られるのは少々恥ずかしいですね。子どもの時分から習慣で書いてました」
    「わたしには星空への恋文のように感じました」
    「そう見えましたか。想いを込めて綴っていましたから合っているかもしれません……ふふ」

     初めて見せる占い師の人間らしい側面にリシテアは驚く。一呼吸置いて、さらに問いかける。

    「アビスの書庫で見つけました。どうしてそこにあったのか知りませんが」
    「人気のない本棚に隠していたのですが、お恥ずかしながら保管していた場所を忘れてしまいまして……貴女が見つけてくださりありがとうございます」

     古びた羊皮紙の表紙を撫でて、愛おしげに手に取る様は思い入れが深いと察された。

    「すみません。失礼だとわかっていましたが、引き込まれて……全て読んでしまいました」
    「構いません。どう思いましたか?」
    「はい……あなたの星への期待と不安、願いや祈りに似た想いにだんだん共感していきました」
    「──なら、星も人も変わらないと知った時の絶望はご理解いただけましたか?」

     元の調子に戻った占い師は、同じ人間かと疑ってしまうほど冷淡に感じた。

    「いえ、わたしは自分と家族以外の事に強い関心を持っていないですから」

     鋭い切れ長の瞳に見据えられ、リシテアは慄きながらも伝える。わたしは理解できなかった、淡い期待から始まって希望を委ね、未来を願った星への執着心を。

    「星は過去も現在も未来も識っており、私達に導べを示している。いつからか覚えていませんが、私はそう思い込むようになりました」
    「……でも、いくら星を頼りにしても視えない。瞬きの間に揺らいで、何も示してくれない。そう書いてありましたね」

     整った形式から始まった記録はページを捲る毎に乱れていき、雑言な書き殴りが増え、玲瓏な占い師とは似ても似つかない激しい感情が記されていた。何かを追い求めて、朽ち落ちた様が読み取れた。

    「遥か遠く長い時を過ごす星々を知れば、この世界の未来も識れると思いました。その手立てを星の形で女神が残している……私は怖がりの臆病で、先のない未来をいつも畏れてましたから、そう思い込んで安心したかったのでしょう」
    「……わたしには不合理に感じて、その辺りはよくわかりませんでした」

     正直に話すと占い師は、優雅に微笑んだ。リシテアに同調の意を見せてから耳に通る声が入り込む。

    「火が付いたと思えば、あっという間に焦げました。太陽、月、星は私達を導いてくれる術だと信じて、たくさん星のことを調べて学んできました」
    「けれど、星は万能ではなかった。私達と同じ時を過ごして、そこに存在して、光を照らすだけ……と、あなたは記してましたね」
    「当時の私は、そこまででした。今にして思えば、浅はかな願い事を勝手に託していたのでしょう」
    「そんな言い方しなくても……」

     リシテアの事は気にせず、彼女は紡ぐ。夜空に広がる星座を教えるように。

    「私は本質を見誤ってました。私も貴女も、このフォドラの行く末も──何も決まっていないのです。定まっていない未来は、誰にも、星にも視えない。知りようがないのです」
    「……わからないのですか」
    「わからない事を知れました。私ができるのは未来への道をほんの少し照らすだけ。でも、それでいいのです。命の灯火は星ではなく明日を生きる者が決めますから」

     未来は誰にもわからない。未知のものに縋っても不確かで、自身で決断しないと定まらないと締められる。
     リシテアにとっては眩しい解答だった……短い未来しか残されてない自分には空より遠い託宣だった。

    「私は貴女の傍の星は覗けます。以前は、幾つもの星が集っていました。貴女の炎を消し去るもの、揺らぐ火を留めるもの、ただ見つめるものと多彩な星々が」
    「もう、いないのですか」
    「貴方の揺蕩う火は日毎を増しています。火はやがて炎になって燃え尽くす、もはや消す事は不可能でしょう」

     死の宣告を改めて受けて苦笑するしかなかった。そこまで観られてしまうのに恐れを感じるが、今更言われたところで……と冷めた自分もいた。

    「ですが、その火に惹かれ、寄り添う星がいます。燃え落ちるのを見届け、残された欠片を抱えて暖を取る姿が見えます」
    「燃えカスを持つのですか?」
    「ここでは隕石と言っておきましょうか。隕石の欠片は、とても珍しく吉兆石とも言われて御守りになり得ます。同様に、燃え尽きて輝きを失った石は誰かの礎になることもあり得ますよ」

     昔と変わらず、抽象的な表現なのでリシテアは戸惑う。自分なりに解釈するが、どうにも納得いかない……彼女は寄り添ってほしいとも、自身の残影を抱えて欲しいと思っていないのだから。

    「わたしは望んでいません……」
    「貴女が決める事ではありませんから。落ちた物を後生大事に持つのは、残された者の自由で貴女の価値は貴女の物差しでは計れません。私が先行く未来を畏れて星を頼ったように何を拠り所に光明の導べにするかは、誰一人関与できないのです」
    「……どうしようもない、ってことですか」
    「そう捉えて構いませんが、御心の赴くままに歩むのがよろしいと思います。誰にも関与できないとは、己が気ままに進んで良いと言えますよ。それに、貴女の星は孤高を望んでいるように視えません」

     リシテアの脆い所に棘を刺された気分に陥った。戦争中だから考えることを避けていたが、終結して生き残って、平和になったら自分はどうしたいのか……本当に両親と余生を過ごすだけの望みしかないのか。好きな事もやりたい事もある。本当に独りの余生を望んでいるのかと問われると……。

    「欲の張り過ぎはよくないと思います」
    「未来を良くしたいと願うのは、誰もが持つものでしょう。経験則ですが、矮小な夢より傲慢な明日を臨む方が光を増していきます」
    「……あんたでも、戦争の結末やその先は視えないのですか?」
    「ええ、星は全て知り得ませんから。人の目でフォドラを視るにはさらに狭いのです」

     貴女は自由、と言外に伝えられた言葉は突き放してるようにも寄り添っているようにも聞こえた。
     遥か遠く数千の時を経た存在でもフォドラの行く末も人の未来もわからない。きっと誰にも、女神でも知り得ないのだろう。
     リシテアがどんな未来を迎えたいのか、どのような結末を迎えたいのか。例え、短い余生だろうともわたしと他者の自由……。

    「悲惨な未来しかなくてもですか?」
    「人間は逞しい生命体です。悲惨で残酷な現実でも希望を見出して、信念を抱いて進む強さを持ち得ています。未来や願いを決めつけてしまうのは傲慢そのものです。余人に計り知れない想いがあるのは、貴女がよく存じているでしょう」

     わたしの何を知ってるんだと言うんだ、と感情的な心があれど、達観して受け入れている自分がいて、しばし茫然とする。
     渦巻く胸中は占い師の発言に痛感している……と、自覚した時には既にリシテアの手の震えは治まっていた。

    「不思議な人ですね」
    「占い師の冥利に尽きます。またいつでもお越しください。ですが、貴女は訪れないでしょう。星より頼れる者は掴んでおかないと輝きを失います。ゆめ、お忘れなきよう」
    「……ありがとうございました」

     最後の預言に礼を述べてからリシテアは部屋を出た。茫洋とした話は釈然とせず、心の中は燈火のように揺らめいている。
     だが、一つ理解した。星に願いを託したところで望みは叶わない。己で拓かなければ、明日の命も近き未来すらない。
     ──リシテアはもう星を頼らない。既に十分な道を示してくれた……どう歩くかは、誰も星も知る由がない。

     ☆☆☆

     星の巡りを織ったところで、未来は予知できず視えもしない。当然のことだ。
     けれど、もしかしたらできるのかもしれない。そう思わせる予感が、果てのない空に輝く光にあった。
     もう惑わされないと思うが、ふとした時に空を眺めるようになった。いつかの時に話した星座の話は面白かったし、見ていると頭が空っぽになって心地よく感じる。何故か期待を膨らせてしまう満天の星空は、いつも心を満たしてくれる。

    「……わざわざ、こんな時に見る必要があるのか?」

     言外に寒いと伝えてくる無愛想な声にリシテアは笑って返す。

    「冬の空が一番見えるらしいですよ。ファーガスは空が澄んでて、観測に最適なんです」

     星を観るには空が透き通る時が良い。空気を凍らすほどの寒空はいつもより輝いて見える、と言われてる。
     そして、今は冬の節。星を眺めるならおすすめの月のない夜が到来していた。

    「だからと言って、山に行かなくていいだろ」
    「いいじゃないですか、ちょっと遠出しても。近くの小さい山ですし、空に近い方が見応えありますよ! 地元民のあんたと一緒なら安心です」
    「さあ、どうだかな……」

     リシテアは知らない、幼き頃にディミトリと二人で山に入って遭難しかけたことを……その後めちゃくちゃ怒られたことを……よく無事に生還できたな、とフェリクスは改めて思う。以降、冬の山道や気候に気を付けるようになったが、苦い思い出は消えない。

    「俺はいいが、お前は慣れてない。ほどほどにしておけ」
    「ええ。わがまま聞いてくれてありがとうございます」

     月日を経て雪道に慣れたリシテアの足取りは軽い。フェリクスが先導して進んだ先を付かず離れずで付いて行ってる様子は親鳥に付いていく雛を思わせるが、山に於いては逞しく見えた。
     ファーガスに来たばかりはよく寒いと言って、ゆっくり歩いても転んでいたのに……と感慨深くなる彼の心中を知らず、リシテアは夜空を見上げていた。

    「星に願い事をしたことありますか?」
    「さあな。幼い頃はした事あると思うが」
    「あんたって、小さい時は素直だったからきっとしてますよ!」
    「どこで聞いたか知らんが、星に祈るほど他力本願じゃない」

     余計な事を知っていく妻に懸念を持ちながら、星々に願った記憶を思い返す。過去に願い事をしたことはあるが、どんな内容だったか覚えていない。思い出せるのは……。

    「まあ……山から無事に生還できるように祈願した事はあるか」
    「フェリクスが言うと危機迫ってたものを感じますね。遭難でもしたんですか?」
    「似たようなものだな。──甘くみていたな、お互いに」

     リアリストのフェリクスは、凍えながら必死で暖を取り合ってた過去を悔いていた。
     だから、リシテアが山頂で星を見たいと言い出した時は、頑なに首を下ろさなかった。何度も「死にたいのか?」と、脅しに似た圧をかけて制止していたが、どうしても、一度だけ、と懇願されては無碍にできなかった。
     現在でも、すぐに帰還したいのだが、極寒でも楽しんでる様を見て「もう少しいいか……」と先送りしている。

    「頂上まで行かない。中腹までだ」
    「わかってますよ。何度も言わなくていいです!」
    「信用できない」
    「し、失礼ですね! そんなに子ども扱いしないでください」
    「そういうわけじゃない。危険がある所にお前を連れて行きたくない」

     さらっと言われてリシテアの鼓動が高鳴るが、当然フェリクスに意図はない。よくある不意打ちに毎度ときめかす自分に悔しさを感じてしまうリシテア……。

    「……そうやって、あちこち誑かしてくるんですから。油断も隙も無い!」
    「人聞きが悪い事を言うな」

     変わり映えしないやり取りをしながら歩みを進める。
     こんな寒い中、じっくり天体観測をする気はない。ただ、一緒に夜空を見上げて眺めてみたかった。──遥か天高く輝く恒星、いずれ燃え尽きて落ちる彗星になってしまう星々を。夜の闇を照らす光の粒は、わたし達にはどう映り、何を思うのだろうかと。

    「せっかくですから星座を教えてあげましょう」
    「星座?」
    「星の形をものに見立てて導べにしたり、それを題材にしたお話があるんですよ」
    「作った奴は暇だったんだろうな」
    「ふふ、わたしもそう思いました。でも、いくら眺めても飽きなかったんでしょうね」

     星には神秘的な魅力がある。そして、誰かと何日も星を観て、考えて、語る時間が楽しかったのかもしれない。同じ時を過ごして、同じものを見る──何よりも、かけがいのない時間を星が導いてくれた。
     空を眺めて、リシテアはそう思うようになった。

    「ふふっ、星型のお菓子も可愛いかもしれません! そうそう、ファーガスだと星が綺麗って言われてるから観光産業に使えるかもしれませんよ。視察も兼ねましょう」
    「冬以外ならな」
    「じゃあ、夏もまた見に行きましょう。遠くまでよく見えるかも」
    「まだ星占いだかに興味持ってるのか?」

     博識とはいえ、星に妙な拘りに持つリシテアがフェリクスには不可思議だった。ロマンチックではあるが、彼女は現実的に物事を考える。思い当たるのが星占いだった。

    「もう占いに頼りませんよ。でも、見てみたいんです……自分勝手に頼って縋ってしまう星々を。二度と惑わされように」
    「はあ……理解不能だ」

     神妙に語るリシテアは、フェリクスには到底理解できなかった。
     空を眺める彼女に憂いた様子はなく、何か決意を持っているのはわかった。



    「この辺でいいだろ。長居はしない」
    「はい!ココアを飲んで眺めるのが通らしいですよ」
    「どこの情報だ……」
    「外で飲むとさらに美味しく感じますよね~」

     ようやく眺めの良い場所を見つけて、拠点にしていく。用意した魔法の力を用いた瓶から、熱いココアをカップに入れる。やや甘めのココアは夜空の下では美酒に思えた。
     なんて事のないファーガスの空……遮るものがない闇の絵に煌めく星条の群衆は、言葉を失わせた。

    「奇麗ですね」
    「そうだな」

     短い感想だが、それ以外の言葉が出なかった。ちらちら残る雲の裏からも輝いて、永年の強さを表していた。

    「フェリクスと見てみたかったです。あんたを放っておいて、星空に魅入ってしまうのか」
    「は?」
    「やっぱり、そんな風になりませんでした。わたしはどこまでも遠い光より、目の前の篝火の方が惹かれます」
    「何を言っている……」

     何でもないですよ、とリシテアは笑って答える。星は時々眺めるくらいでいい。届かない光に手を伸ばすなら、すぐそばの大切な人の手を取りたい。
     星は何も教えてくれず、未来を示さない。それでいい。思いを寄せて、何をどう思うかは自由だから、わたし達は好きに観ていられる。大切な至福の時の道しるべにして──。

    「今だったら流れ星に何を願いますか?」
    「わからん。だが、願ってどうにかなると思えん」
    「あんたらしいですね。でも、気持ちはわかりますよ。それに、願い事がしなくても流れ星は綺麗です!」
    「同感だな」

     冷たい夜空に散らばる光を眺めて、他愛無い談笑が雪に吸い込まれていく。寒空の下での思い出は、いつかの先への糧となる。繋いだ点で星座を為すように、一つ一つのかけがえのない想いが人を為していく。
     落ち行く星の運命でも価値や意味を問うのは自由。星と人も同じ運命を辿り、遠い空と時を経ても消えはしない。
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