Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    kochi

    主にフェリリシ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 73

    kochi

    ☆quiet follow

    ぬくぬく 冬が近付く秋の中頃。
     風が強い日は、特に寒波を感じる。フォドラの中心地であるガルグ=マクは、雪こそ降らないが、山の上にあるため気候の変動が大きい。朝が快晴でも、昼は土砂降りになって、夜は極寒に見舞われるのは珍しくない。
     それも国の特色であるが、幾多の諸外国の者が集う場では、難色を示す土地だった。特に体感温度は個人差が大きく、生まれ育った環境に左右されてしまう……。


    「くしゅん!」

     身震いした後に、くしゃみが出た。
     フォドラの南側に位置する帝国や帝国寄りの者には、ガルグ=マクでの寒波は堪えた。気温差が激しい場所なので、いつ不調を来たしても不思議ではない。

    「……寒い。……マフラーでは足りないでしょうか」

     厚手の服を着て、マフラーもしているが、姿なき息吹は容赦なく襲ってくる。
     暦では秋なのだが、もうコートや手袋をした方が良いか……と考えつつ、まだ防寒具を揃えてないことに気付いて絶望する。自国だと、ここまで寒くないのだ……準備を疎かにして悔いた。
     暗い気分になったところで、偶然目撃した者が声をかけてきた。少し話した後、十分ほど時間が過ぎた後…………彼女の体温は急上昇した。

     次の日からの彼女───リシテアは、ご機嫌だった。憂鬱だった悩みが解消されたからだ!

    「リシテアちゃん、なんだかあったかそうだねー! いいなー、あたしもそろそろ出そうかな」
    「女性に寒さは大敵だからな。早めに備えておいた方が良いだろう。……僕も用意しておくか。覚悟はしていたが、予想以上に堪える」
    「ああー、ローレンツ君もリシテアちゃんと同じで南の方だったね」

     教室でのヒルダとローレンツの会話を聞きながら、リシテアは頷いていた。
     レスターは温暖地域なので、山の寒波は辛い。ローレンツとリシテアは、レスターの最南端で隣国同士なので、気持ちは同調していた。

    「その耳当て? かな。いいなー、そういうのあるんだね。ちょっと可愛いし!」
    「声が遠くなりますが、あったかいですね。顔が寒くならないのは助かります!」
    「そうだね。……リシテアちゃんには、大きいみたいだけど。マフラーも」

     耳当て、もといイヤーマフとマフラーをしているリシテアは、見ているだけでぬくぬくしているのが伝わった。サイズは合ってないが、暖かそうにして気分は良さそうだ。……イヤーマフは音が処断されるのが気に食わなかったようだが、彼女は気にせず着用しているよう。

    「リシテア君、一つ尋ねたいのだが、そのマフラーはどこで調達したんだ? 僕も肖りたいのだが」
    「グロスタール領は、うちより暖かいですから辛いですよね……。これはお古で貰い物なので、詳しくは知らないのですがファーガス産ですよ」
    「なるほど、本場の雪国の品なら防寒性が高いのは頷ける! ふむ……一考するか」

     南側の二人は、気候が似ている故に寒さの耐性も似通っていた。あれこれ冬対策の話をしていくのを耳に入れながら、ヒルダは小さく嘆息した。

    「いいな〜……あたしもファーガスの男の子からくれないかな〜」
    「ヒルダのおねだりが聞かない連中ばかりだからなー。望みは薄そうだぞ」
    「クロードくーん? 一言余計だよ!」

     実はいたクロードが相槌を添えた。今日も金鹿学級は平穏に賑わっている。

     リシテアは、ぬくぬくしていた!
     大きめのイヤーマフとこれもまたサイズの合ってないもこもこなマフラーをしており、顔の半分は隠されていた。小柄の彼女には不釣り合いだが、肌に当たる面積が広がる分、防寒性が上がるので満足していた。

    「これで、コートと手袋を揃えれば完璧ですね!」

     黒と茶色で構成されたリシテアに合っていない防寒具……お洒落とかけ離れた無骨な……ぶっちゃけるとダサいのだが、寒さの前では関係ない。女性に寒さは大敵、風邪を引かない方が重要だ!
     何かと体調を崩しやすい季節で、体が丈夫でない彼女には必需品になっていった。邪心なく、暖かく過ごしたい思いに溢れていた。


    「いいね〜! 毎日毎日、どこ行くにも付けているよ〜!」
    「そっかー。まあ、女の子に冷えは大事だからなー!」
    「そうそう、シルヴァン君はわかってるね! あたしはもうちょっと可愛いのが良いかな〜」
    「あういうのは機能性が大事だからな。色くらい似合う物が良いと思うけど、気に入ってるならいいんじゃないかー」

     場所は食堂──。
     ちらりちらりと視線を送られるシルヴァンとヒルダの話を素知らぬ振りをして、フェリクスは悪態を吐いていた。
     シルヴァンとフェリクスが食事を取っていたところにヒルダが同席してきて、こんな流れになってしまった……。早いところ立ち去ろうと、急いで食べ進めていく。

    「おい、しっかり噛まないと腹壊すぞ」
    「そうだよ〜、早食いは良くないよ」

     うざい!!
     食べる手は、ますます早まっていった。

    「そんな顔しなくていいだろ? 喜んで使ってるって、話なんだからさー」
    「そうそう。ほら、使われないより使ってもらった方が良いでしょ!」
    「俺達は此処の寒さは平気だからな。色々持っては来たけど、案外使う機会がなかったからちょうど良かったよなー!」
    「…………」

     つい、腰に掛けている剣を抜きたくなった。

     今更返せと言う気はないし、使う予定がないのだから使ってくれた方が良い。ファーガスの冬をも越せる防寒性に、貴族の仕立て屋の品だから耐久性は優れている。
     彼からすれば、ガルグ=マクの気候に対して過剰な防寒なので、持ってても宝の持ち腐れだ。

    「すみません、ローレンツとエーデルガルトが気になるようでして、職人の店を教えてもらえませんか?」

     教室を向かおうとした際、お古の冬装備をしたリシテアに問いかけられて、フェリクスは言葉に詰まった。
     使ってくれるのは一向に構わないのだが…………そうまで愛用されると、複雑な気持ちだった。

    「俺はあまり知らん」
    「どこら辺か教えてくれれば、二人なら勝手に調べると思いますので。……みんな、南の方面ですから寒さには弱くて」
    「……そうか」

     とりあえず、知ってる範囲で伝えた。調達したのは自分ではないので大まかであるが、次期皇帝陛下と大貴族相手なら十分な情報だろう。
     どうやら、リシテアのもこもこ冬装備を見て、興味を持ったようだ。……フェリクスのお古の防寒具を見て。

    「お前も自分用のを揃えたらどうだ?」
    「あっ……そ、そうなんですが。うちは、あんまり余裕はないので……。他国の品を頼むのは難しくて……」

     家に負担をかけたくないリシテアは渋い返事をした。貴族とはいえ、コーデリア領は小国で裕福ではない。不自由はしていないが、ファーガスの本場の品を調達するには厳しい財政状況だった。
     彼女の旗色を見て、フェリクスはそれ以上言及するのは控えた。詳しくは知らなくても大体は察せれる。

    「わたしは、これで十分ですから!」
    「大きさが合ってないだろ」
    「だから良いんですよ! 大きい方があったかいですから」
    「……顔が埋まっているのにか」
    「別に問題ないですよ?」

     笑って答えているが、『お前、似合ってないからな!』と言いたくなったのをグッと堪えた。見た目を気にしないフェリクスでも、リシテアの姿は違和感があった!
     サイズが合ってないので着せられてる感が強く、色も似合っていない。イヤーマフは耳からズレてるし、長いマフラーはぐるぐるに巻いて顔の半分は覆われている。
     色々と揶揄われた手前、使わないでほしい……まではいかないが、頻度を減らしてほしいような心境でいた。

    「まだそこまで寒くないだろ。厚着は風邪の元だ」
    「そんなことないですよ! 寒いですよ!」
    「まだ秋だろ」
    「コーデリア領では冬ですよ……。それに、わたしはあまり体が丈夫じゃないので、冷やさないようにしたいですから。此処、山ですし……」

     こう言われたら何も返せない。体温は上げておいた方が良いし、リシテアは丈夫ではない。多少過剰でも寒さ対策をした方が良い。
     そう──…わかっている。わかっているのだ!
     そういうことじゃないと、機能性がどうとか関係ないことは!

    「あの……なんで、そんなに険しい顔しているんですか?」
    「…………気のせいだ」
    「そんな顔じゃないですよ?」
    「気のせいだ!」

     リシテアが突っ込むが、フェリクスは気のせいの一点張りで貫いた。

    「そう見えませんが……。嫌なことでもあったんですが?」
    「……別に」
    「はあ……? まあ、教えてくれてありがとうございます。お陰で、無事に冬を越せそうです!」

     彼の変な態度に訝しげたが、話は聞けたし、これから授業がある。感謝の礼を述べて、フェリクスと別れた。似合ってない防寒具を付けたまま……。

     リシテアの去り行く背中を見届けて、フェリクスの胸中は複雑だった! 使わないとはいえ、自分の物を身に付けられているのは落ち着かない!
     そんなつもりはなかったし、寒そうにして風邪を引きそうなリシテアにはちょうど良いと思ってる。締まったままでいるのは勿体ない、武器も道具も使われてこそ真価を発揮する。
     それはわかっているのだが……恥ずかしい!! 妙にざわざわするし、見ていると羞恥心が沸く!
     気のせいだと思おうとしているのだが、どうにもうまくいかない。ヒルダからずっと付けているよと聞いた時は手が止まったし、シルヴァンから揶揄われた時は本気で殴りたくなった。
     別のを購入して渡そうとも考えたが、そんなことをすれば気後れするだろう。リシテアのことだから遠慮したり、相応の何かを返そうとして負担になりかねない。やり過ぎになってしまう……。
     わからない……不可解で理解不能だ。なんで、こんなことを思うのかわからない……胃の中がぐるぐる回って、眩暈を起こしそうだ。
     使わないお古を渡しただけなのに、なんだってこんな気持ちになるのか。別に嫌ではないのが、また厄介だった。

    「……白にしとけば良かったな」

     適当に色を選んだことを後悔した。
     フェリクスの眉間の皺が深まるばかりの秋と冬の境目だった。

     5年後に再会した冬の節も同じ物を着用していた。冬の度に愛用していることを聞いて、また奇妙なざわつきが発生した。さすが、長持ちするファーガス製だ!
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works