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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     帰還すると見慣れた姿と声がなかった。朝早いか夜遅くなければ、必ずと言っていい出迎えがなくて訝しんだ。
     ……体調でも崩したか? と思い当たり、傍に控えていた従者にその旨を尋ねた。こんな質問をするのは初めてではないのに、従者はソワソワと落ち着きなく、目をキョロキョロしていった。

    「あ、あの、旦那様。実は、奥様は──」

     意を決して告げる返答に、フェリクスは目を丸くした。


     帰城してから、かれこれ一刻ほど過ぎた。すでに外は夜の帳が下りており、月と星が瞬いている。

    「ねぇ、まだ帰ってきてないの?」

     城の者は時間が経つにつれて慌ただしくなっていく中、廊下には侍女達が集まって囁き合っていた。

    「そうなの、連絡がなくて。王都に出向いたことは確認取れたんだけど、その後は行方知れずなの……大丈夫かな、奥様」
    「えー!? あっ、まって! も、もも、もしかして───愛人と会ってるとか?!」

     女三人寄れば姦しい。突拍子もない噂話に発展するのはよくあること。

    「あり得ないとは言わないけど、どっちかというと『実家に帰らせていただきます』じゃないの?」
    「リシテア様の実家ってなかったんじゃ? あー……でも、レスターに帰れば誰か彼か助けてくれそうよね〜。リーガン家とかグロスタール家とか、ゴネリル家のお嬢様とか」
    「そうじゃなくて、ただの連絡忘れじゃないの〜? 毎日毎日いちゃいちゃしてるし〜!」
    「奥様は伝達忘れない方よ。ほら、あれよ……ついに来た倦怠期!」

     おい、さっきから聞こえてるぞ! と、フェリクスは乱入したくなった。
     実は丸聞こえで、部屋で報せを待っていた彼は一言言いたくなったところで囁き声が止み、代わりに侍従が入室してきた。

    「……今ほど入った伝令ですが、奥様は王都を出た後、誰かと連れ立っていたと情報が入りました」
    「付き人も一緒だったんだろ。一人でないのなら当然だ」
    「はい、そうなのですが……どうも親密そうな殿方がいたという話でして……。ハッキリと詳細はわかっていませんが」

     歯切れ悪く報告してくる従者に少し苛立ったが、相手に対してより入った情報への感情であった。
     まあ……うん。フェリクス自身も愛想が良いわけではないし、器用でもないし、心の機微には疎いと自覚している。ショックはあるが、貴族社会ではそう珍しくない。
     ──リシテアに愛人ができても!

    「正確な情報でなければ伝えなくていい。所在と無事が分かれば十分だ」

     努めて平静に告げるが、眉間の皺が寄っているのは誰もが見て取れた。怖い顔だ。
     何がなんやらであるが、リシテアの無事を確認したいのは皆共通だった。今は雪が降らない節だし、付き人もいるし、彼女は戦場を駆け抜けた魔道士なのだから、そう心配することではない。
     ……とはわかっているのが、焦れた心が鎮まる気配はなかった。ふと窓から眺めた木々は、フェリクスの心を表すかのように大きく揺れていた。

     それから数時間後、事態は進んだ。

    「ずみまぜぇぇーーん! 遅くなってずみまぜえぇぇーーーん!!」

     泣き喚きながら一人の天馬使いが、フラルダリウス城を訪ねてきた。随分と風に煽られたのか天馬共々疲れた様子だ。
     半ば放心してフェリクスが眺めていると(泣く女性は面倒だし……)、近くの侍女たちが宥めながら伝達を聞いていった。

    「……奥様の詳細がわかりました」

     天馬使いは新人のようで、要領を得ない説明を根気よく聞いた侍女がフェリクスに伝えに来た。
     なんでもリシテアは、密かに研究している魔道兵器の助言を求められてゴーティエ領に赴いたが、強風と豪雨が続いていた領内の帰り道に土砂崩れが起こってしまい帰る手段がなくなったため、ゴーティエ領の方で世話になっている……ということを新人の天馬使いが伝令に行ったのだが、嵐のような天候に呑まれて迷いに迷って、ようやく辿り着いたとのこと。

    「間違えて、ガラテア領にまで行ってしまったそうです」
    「伝令として致命的だな……」

     気象の荒い天候に振り回された方向音痴の伝令者によって、騒動は治った。
     外は嵐の如く強風だが、フェリクスの心は凪いだ海のように穏やかになった。無事であれば、よし!

    「ほら、やっぱり何にもなかった!」
    「……何もなかったら何もないで、つまんないね」
    「いいな〜! 今頃、ゴーティエ産のチーズとかヨーグルト食べてるのかな〜。低脂肪で美味しいのよね!」

     侍女たちの囃子が聞こえてしまい、釈然としない気持ちは湧くが、こんな日もある。
     別にリシテアが誰と会おうが、誰と何しようが、誰と過ごそうが構わない。……とは、いくらフェリクスでも思えなかったのだった。

     リシテアの帰還は、それから三日後だった。
     お礼の品と土産を携えて、ほくほく顔を綻ばせての帰城であった。

    「良かったですね! 色々くださいましたよ」
    「まあ、そうだな」
    「思ったより留守にしてましたが、変わりなかったですか?」
    「…………何も」

     領内の統治に問題ない。連絡統制がうまく働かず、リシテアの行方不明疑惑があったこと以外何事もない。あれは事故みたいなもので、伝令が遅いや来ないは珍しくないから誤差の範囲で、彼女に伝えるほどでもない。
     内心、かなり動揺していたことも、もちろん言う必要はない!

    「……今度」
    「何ですか?」
    「いや、たまには……遠出するか」
    「遠乗りですか? いいですね、久しく行っていませんね。外で食べるお菓子も格別ですよ!」
    「ああ……」

     ちょっと頑張って誘ってみた。侍女達の噂話が、また増えた。
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