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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     その日は食事当番だった。好きではない作業だが、食は体の基礎だから役立つ事は多い。口に入れば何でも良いと思うが、美味ければ言うことはない。
     だから、食事当番はそれほど嫌ではない。洗濯よりマシだ。だが……。

    「おやおや。クックックッ……本日は貴殿と当番でしたか。奇なる組み合わせに、少々胸が躍りますな」
    「…………」

     なんで、わざわざ含み笑いをしてから意味深な言い方をするんだ……。
     気味が悪いと頭に浮かんだが、奴にとっては普通なんだろう、おそらく。

    「貴殿は、隠し事が得意でないようで助かりますな。私はさぞ、薄気味悪く見えるのでしょう」
    「……何も言っていないだろ」
    「目は口ほどに物を言う、という格言もございます。よく言われますので、お構いなく。それに、実直な正直者は賞賛しています。……まあ、口も態度も思考も正直なのは考えものですが」

     面倒くさい! 何を考えているのかわからん奴はこの学校に多いが、こいつは別の意味でわからん。わかりたいと思わんが……できれば、あまり関わりたくない。
     今日の当番の相手は、次期皇帝陛下の重鎮中の重鎮だった。……こんな奴でも、学校の当番なんかに従事するのは意外だ。

    「私もこの学徒の一人です。一学生として、当番も掃除も授業もこなしますよ。無論、何も思わないわけではありませんが」
    「……勝手に思考を読むな」
    「失礼、非常に読みやすかったもので。周囲の者が貴殿のような方ばかりでしたら、大変助かるのですが。ええ、本当に……」

     もういい……早く終わらせて帰ろう。

     ★★★

     定刻より十五分ほど過ぎたが、金鹿学級の当番が来なかった。

    「今日は二人か」
    「そのようですな」

     当番は各学級一名〜二名選出されるのだが、誰かがいなかったり、代わることはよくあった。ついでに言うと、金鹿学級の生徒はサボりがちな者が多かった……。
     気に留めず、料理長の指示に従って食事当番に準じていくヒューベルトとフェリクス。会話はないが、畏怖を抱かれたり、無愛想な二人なので沈黙は慣れていた。

    (声をかける必要がないのは助かるな)

     相手が相手なので、気を使わなくて良いのはフェリクスには気楽だった。
     チラリと隣に目を向けると、黙々とニンジンの皮むきをしているヒューベルトがいた。その手は澱みなく、俊敏な動作には無駄がない。

    「クッ……そう不躾に見られますと、私も少々愉快になりますな」
    「手元が正確だな」
    「ええ、エーデルガルト様の要望には、いついかなる時も応えたいと思っています。ですので、相応の処理ができなければなりません。手元が狂って仕損なった……となれば、私の首を差し出しても足りません」
    「……その心配はなさそうだな」

     なんで物騒な表現をするんだ、とフェリクスは思うが、ヒューベルトには似合っていた。
     たくさんある野菜の皮むきを率先してやってくれて、手早く熟してくれるなら言うことはない。ジロジロと見てしまったことを反省して、フェリクスも隣で器用に魚を捌いていった。……側からは、なかなか恐ろしく映るのだが、当人達は作業が捗っているよう。
     フェリクスから見てもヒューベルトという男は得体が知れず、近付きたいと思えなかった。さっさと作業を終わらせようと、包丁を握り直してまな板のホワイトトラウトを見やる。
     魚より肉の方が良かったな、とフェリクスが思い馳せた時、ようやく最後の当番が現れた。

    「すみません……遅くなりました。急いで、やります」

     遅れた旨の謝罪を伝えると、本日の食事当番の一人、リシテアは厨房へと向かう。
     急いで来たようで、息を切らして歩く様子に違和感を覚える。その矢先、底冷えした声が彼女に降りかかった。

    「ほう……リシテア嬢は、今何よりも優先すべきものが食事当番なのですか。わざわざ士官学校に入ってまで、おままごとをしたいとは驚きました」
    「なっ?! なんですか、急に!」
    「思ったことを口にしたまでです。料理を学びたいのでしたら、他に適した場所があると思うのですがね」

     嫌味を含んだ言い様に、リシテアと耳に入ったフェリクスの体が強張った。
     ヒューベルトへの冷徹な印象は変わらないが、意外だった……エーデルガルト以外の者にも苦言を言うのが。少々熱が入っているようにも感じ取れた。

    「あの、どういうこと……でしょうか?」

     冷たい覇気に押されて、強気なリシテアは怯んだ。彼相手では大体の者は委縮する……この時の彼女は、蛇を相手にした蛙のように思えた。

    「皆まで言う必要はないと思いますが、敢えて言うならば、無理を強いれば体に差し障りますよ。自ずと周囲に迷惑をかけますし、余計な恨みや反感を買いかねません。──自身を律せない者は、消えるのが定めですから」
    「……ハッキリ言ったらどうですか」
    「おやおや、また不可思議なことを。自分の思い通りに相手が動く、と考えない方がよろしいですよ。私は、言えといえば言う正直者ではありません。例え、エーデルガルト様のご命令であろうとも、口にできないことはございます」

     咎める者がいないせいか、ヒューベルトの舌は冴えていた。苦々しそうに顔を歪めるリシテアの瞳は、恨めしさと意地と畏怖が混ざっていた。

    「困りましたね……このままですと、私も三枚に下されねませんな」

     テフのような男から一瞥されて、知らず包丁を握る手が強まってたことにフェリクスは気付いた。彼が誰かに皮肉や嫌味を言う姿を見るのは初めてではないのに、意図不明な感情が沸き出していた自身を不審に思う。
     それを他所にリシテアは深呼吸して、改めてヒューベルトと向き合う。

    「わたしが遅れてしまったのはすみません。遅くなった分は取り戻しますので」
    「それでは、先ほどと変わりませんよ。同じ問答を繰り返す愚か者、と貴殿への評価を改めなくてはなりません」
    「……なんですか、それ」
    「虚勢を張るのは結構ですが、然るべき時に願いたいですな。戦場であれば士気を下げないための美談と捉えれますが、平時ですと足手まといです。そうですね、私が敵陣でしたら……まず、貴女を仕留めます」
    「こ、子ども扱い……しないでください」
    「クックックッ、滅相もない。戦いの基本ですよ、弱っているものから処すのは」

     何やら物騒な話に飛躍しているが、ぶるぶる震えるリシテアの様子を見て、最初の違和感の正体がわかった。
     ため息を吐いて、終わりそうにない二人に口を挟む。

    「負傷してるんだろ」
    「えっ?」
    「左足を庇って歩いているのを見れば、想像は付く。怪我か捻挫か知らんが、そんな状態で戦場に出れば死んでもおかしくない」
    「そ、それは、大袈裟ですよ」

     突然入った声に、懸念を当てられてしまいリシテアは罰が悪くなる。
     大袈裟と評すが、彼らの言い分は間違っていない。此処が士官学校である以上、多少の怪我は日常茶飯事だが、疎かにしても放置していいわけでもない。むしろ、適切な処置と休養が重要視される。
     痛む足を引き摺ってまで、食事当番をする必要性は皆無。怪我人を引っ張り出さなければない状況でもない限り……現状は、そのような緊急を要していない。

    「まあ、貴女が授業や演習を差し置いても食事当番に準じたいのであれば構いません。私共に止める権限はございませんので、どうぞご自由になさってください」
    「……嫌な言い方しないでください」
    「おや、そうですか。でしたら、もっとご自分の体を労ってはどうですか? 人を頼るのは恥ではありません。何より、エーデルガルト様の心労を増やさないでいただきたい」
    「……余計、嫌な言い方です」

     エーデルガルトが第一、それ以外はない。そう思わせるヒューベルトの声は澄んでいた。
     彼の主の名を出されるとリシテアは言い澱んでしまう……幼き頃からエーデルガルトの従者である彼が、秘密を握っているのは明らかなのだから

    「……あんたには、エーデルガルト以外ないんですか?」
    「愚問ですな、主君に仕えるのが私の使命であり、生きる意味に足り得ます。主の道を阻む邪魔な茨を刈り取り、虫を払い、憂いを晴らすのも我が役目と存じてます。──貴殿に何かあれば、心を痛める者がいます。リシテア嬢の体は、貴女だけのものではないのですよ」
    「……あんたは、そのためにこんなこと言っているんですか」
    「左様です。ですが、アンヴァルの銘菓子を食べる貴殿の胆力は買っていますよ、フッフッフッ……私には真似できません。テフ無しではとても」
    「ちょっと!? 人を何だと思っているんですか!」

     顔を逸らして嘆息するリシテアは、何とも言えない表情をしている。呆れと諦観が混ざる複雑な心境だが、ヒューベルトの言いたいことは伝わった。……最初から回りくどい言い方をしなければいいのに、と思うが。

    「わかりました……。忠告を受け入れます」
    「おや、私はした覚えはありませんよ。あちらの彼の方が明快だったと思います」
    「ああ、もう! 嫌な皮肉はいりません。人を子ども扱いしないでください!」
    「心外ですな。これでも誠実にお伝えしたつもりなのですが」
    「どこがですか?!」

     側から見ると大人と子どものやり取りだがな……と、フェリクスは思う。素直じゃない兄妹の方が適切か? 何にせよ、皮肉めいた小言は治まりそうだ。

    「では、すみませんが、当番よろしくお願いします。怪我をしてしまって、安静にするよう言われてるので……」
    「ならば良い生薬があるので、後ほど部屋に持って行きましょう。飲んで休めば、すぐに良くなりますよ」
    「いえ……その、遠慮しておきます……」
    「苦いのはお嫌いでしたか? テフより甘いですし、早く治した方が適切かと思うのですが。それとも、戯れに傷を長引かせたいご趣味がおありでしたか?」
    「…………わかりました。ありがたく頂きます……」

     今ならわかる。ヒューベルトは愉しんでいる、と。リシテアの反応を見ながらうまく誘導している、と。
     なんとなく、幼き自分の身勝手さを嗜める兄のことをフェリクスは思い出してしまった。遠回しな物言いだが、素直に聞く相手でない場合は有用なのかもしれない。
     下手に意地を張られてしまったら大袈裟で済まなくなる。もしかしたら、そんな時が来るかもしれない……。

    「フェリクス」

     呼び掛けられて、我に帰った。そういえば、包丁を手にしたまま獲物を放っていたことに気付く。

    「すみませんが、当番は休ませていただきます」
    「……ああ」
    「今度埋め合わせをしますので」
    「要らん。負傷したら療養が当然だ。当番なんかで、いちいち貸し借りする気はない」
    「ありがとうございます!」

     礼を告げると、リシテアは左足を庇いながら食堂から去って行く。消えていく小さな背中を見つめてると、いつの間にか近くまできた声が入った。

    「送ってきても構いませんよ。大した作業ではありませんし、私も貴殿もほぼ終えていますから」
    「……わざわざ付き添うほどじゃないだろ」
    「そうですか。此処は二階ですから足を負傷しての階段は、少々危険かと思いまして。うっかり足を滑らせて、転倒しないと良いですな。……石畳に打ち付けると、骨が砕けてもおかしくありません。最悪の場合、生涯歩くことさえできなくなるやも……まあ、私は構いませんが」

     嫌な言い方するな……と、リシテアと同じ感想を抱いた。今度は自分相手に誘導して愉悦を得ようとしていると悟ったが、厄介な事にヒューベルトの忠告は現実味があった。

    「お前が行けばいいだろ」
    「私が行くと、驚いてしまって本当に足を踏み外しかねません。ベルナデッタ嬢で実証済みですから貴殿の方が適任でしょう」
    「…………少し離れる」

     今回は彼の掌で泳ぐことにした。警戒心は一層高まるが、いくら警戒したところで、さらりと懐に入り込んで心臓を一突きにされる……、そんな怖ろしい未来が浮かぶ。ヒューベルト相手に抵抗したり、慈悲を乞うのは無駄な行為だろう。
     そう悟りながら、フェリクスは足早に出入り口に向かっていった。綺羅星の如く、不吉な未来を振り払うために。


    「私は心配して声をかけたのですが……。なかなか伝わらないものですな」

     意図しなくても、彼の言葉は意味深に聞こえてしまう。それすら利用して愉しんでいるため、主君やうるさい貴族からの苦言は後を立たないが、それも鳥の囀りと大差ないのかもしれない。

    「……子ども扱いしかしていないのですが。何故か警戒されてしまいますな」

     心に零して、再び皮むきに励んでいった。
     連なる皮は渦を巻き、彼の従者の真意は見えないまま──。
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