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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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    くま 熊──。その牙と爪は鋭く、あらゆる生物に深い傷跡を残し、学習能力の高い生物。大柄な見た目に反して俊敏な動きには舌を巻き、慄いて背を向ければ格好の餌食となる。遭遇すれば命はない、と熟練の狩猟者でも戒めて警戒を緩ませれない、非常に危険な動物である。
     ……といった現実的な生態とは裏腹に、空想上の話や愛玩キャラクターとしては人気である。くまのぬいぐるみといえば、テディベアが連想されるだろう。魔除けや息災祈願の意味も含まれ、愛くるしいデザイン故に幅広い人気を博している逸品。専門の職人がいるほどで貴族はもちろん、平民間でも知れ渡って、今なお愛され続けられている。
     そんな可愛らしいぬいぐるみは、いつの世でも心を惹きつけてやまない。主に女性の……当然、彼女も。

    「…………」

     王都の大通りに連なる店先で、フェリクスは足を止めた。気になる物があったからだが、顔は険しく苦渋に満ちていた。陛下への謁見や政務を済ませて後は帰還するだけなのだが、つい足を止めてしまった自分を悔しく思う。
     だが、その瞳は縫い付けられたかのように店先の広告看板に注がれていた。『本日発売! ファーガス地方限定、白くまのぬいぐるみ入荷しました!』という文字列に。

    「理解できんな……」

     苦々しく毒を吐いて、店の入口に飾られてるテディベアに目を向ける。熊なのに可愛らしい人形と化しているのが、狩猟好きな彼には理解し難かった。実際は、かなり獰猛な生態なのに……と。
     そして、白くまは雪の大地にしかいないと言われており、ファーガスでも観測できる場所は限られているため、知名度は低い。
     だが、その希少価値故に──レア度が高かった! 一般的なくまのぬいぐるみは薄茶色であり、白色のくまはファーガスでないと購入できない……といったことを店員が大きな声で宣伝している。
     『白くま……レスターでは聞いたことなかったですね。アルビネ地方に棲息して、比較的大人しい、真っ白い大きなくまでしたよね』と、意外と知っている妻を思い出す。その時の彼女は、部屋の一角に飾られているリボンが付いた触り心地良さそうな物に目を注いで話していた。フェリクスには全く興味のない珍妙な物体に!

    「みなさん、お待たせしました〜! ファーガス限定の白くまのぬいぐるみが、本日より販売開始でーす! 売り切れ必至の商品ですので、お早めの来店をお願いしま〜す」

     まるで、思い悩むフェリクスに言っているかのように店員は高らかに宣伝していく。
     その店は高級品のみを扱う所ではなく、品質良くお手頃な品物も取り揃えており、平民でも入れる。なので、宣伝を聞いた者は彼と同様に足を止める者が多くいた。……限定と聞けば、つい気になってしまうのが人の心理。ちょっと覗いてみようかな、と言った具合に幾人の女性客が入店していた。
     店先で悩むくらいなら、入って悩んだ方が良い。そんなのは常識だが、こういった店はファンシーで女性向けな造りをしているから男は入り辛い。甘いお菓子屋に入るのと、どっちがマシか? と聞かれれば、思い悩むほど。
     全く興味がそそらない店なのだが、こういうのが好きそうな人物が思い浮かぶ……リシテアが破顔して喜びそうだ。自室に飾っては、こっそりぎゅっと抱きしめているらしいし、嫁いだ際も愛用のそれを持ってきていた。
     『先生から頂いた物ですから! 持って行かないわけにはいきませんよ!』と、聞いてもない言い訳をしていた。
     子どもっぽいと言いつつ、気に入っているのは明白。白くまのぬいぐるみであれば、きっと喜ぶだろうし、興味を持ってる様子だった。……真っ白い毛並みのそれは、彼女によく似合いそうだ。
     帰ってから伝えて、意思を確認してから買えば良いのだが、どうやら人気で待ち侘びてた者が多い品らしい。手間取っている内に売り切れれば、ぬか喜びさせてしまう結果になり兼ねない。
     そう──まさに、今が好機! この機会を活かさずして、どうする! 戦場なら迷いは命取り、降ってきた好機をみすみす逃すなどあり得ない。
     しかし、それでもフェリクスは店に入る気が全く沸かない。ついでに言うと、欲しい人の気持ちもわからない。

    (……こんな物の何が良いんだ?)

     疑問しかない。だが、このまま店の前で足を止めてるわけにもいかない。何事も気になったのなら、行動に移した方が良い!
     ということで、彼は──。

    「適当に見繕ってくれ」

     控えてた侍従に頼んで、その場を後にした。爵位持ちの貴族が一人で出歩くのは稀、当然この日も公爵家直属の侍従が側にいたのだった。
     当たり前のように頼まれた臣下は、ささっと店に入ると抱きかかえるのにちょうど良さそうな白くまのぬいぐるみと白くまを象った焼菓子セットを購入する。こんな形で人を使うことを覚えなくて良いのに……と、内心ごちりながら澄ました顔で任務を果たしていった。

     そして、購入したそれはフェリクスの手に渡る事なく、何事もなく侍従によってリシテアに届けられた。おそらく恥ずかしいのだろう、と賢い臣下は察した。

    「こ、これは!? 今日でしたか……失念していました。ありがとうございます」

     中身を見るや否や、小躍りするのを我慢しているかのようにソワソワして、顔を緩ませる公爵夫人は冷静を装って謝辞を述べていく。

    「去年より早い入荷ですね。事前調査はしていましたが、今次期の販売は予想外でした……い、いえ、少し小耳に挟んだ程度ですよ!」
    「そうでしたか。売り切れ寸前でしたので、購入できて何よりです。旦那様は、奥様が喜ぶかと思って、店先でしばらく悩んでおられましたよ」
    「そ、そうでしたか! 話した覚えはないのですが……」

     バレバレですよ、とはさすがに言えない……。侍従は少し話を盛って伝えたが、既にリシテアの目と心は愛くるしいそれに向けられていた。

    「ま、まあ、フェリクスには似合いませんし、嗜好品ですからね。子どもっぽいですが、お気持ちに感謝してますと伝えておいてください。白いのは珍しいですから部屋に飾っても良いですね!」

     ぎゅっと白くまのぬいぐるみを抱き抱えながら言っても説得力がないのだが、それを伝える者はいなかった。
     似たもの同士だな……と、その場にいた侍従や侍女達は思った。
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