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    kochi

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    ロレレオ。ノリと勢いのすれ違いコメディです。慣習は適当に捏造してます。

     くま──。ぬいぐるみにおいては絶大の人気を博しており、愛らしい見た目も相まって愛好家は多い。少しでも触れれば癒し効果を齎し、子どもを中心に心身の健康を促すと言われている。
     それが転じて、息災祈願や魔除けとして扱われることもある。くまのぬいぐるみ専門の職人がいるほどであり、その存在は貴族はもちろん、平民でも多く知れ渡っていた。
     しかし、その平穏と癒しの象徴は時折、ごく一部で不穏の種を撒くこともあった……。

     ローレンツは悩んでいた。情報を仕入れた時から準備していたのだが、いざ目前になると不安が大きくなっていた。

    「気に入ってくれる……だろうか」

     弱々しく机に突っ伏しそうな彼の呟きは、答えが出ていた。
     それも仕方ない、レスターは面倒くさい慣習の貴族体質が残るお国柄。長い事その世界に身を置いている彼にとっては、鬱陶しくても由々しき事態。例え、外野からはくだらなくとも……。

    「白くまならまだ良いかと思うのだが……。限定のようだし、見劣りはされないだろう」

     ごく一部だが、貴族間は奇妙な慣習が蔓延る。それは愛好家の威厳を保つための見栄なのかもしれないが、広まってしまえば倣う方が賢明となり、そして風習になってしまう。ローレンツ自身も馬鹿馬鹿しいと思っている慣習が多数あるが、排除するのは容易ではないと痛感している。
     グロスタール領付近の貴族間である奇妙な慣習……くまのぬいぐるみの有無で愛情の深さが試される、と。
     なんだそれ? と思うだろうが、貴族間の価値観は理解不能なものがあるのだ!
     元は息災祈願だったのだが、愛する者にはくまのぬいぐるみを贈り、またそれの価値が高ければ高いほど愛情が深いと揶揄されるようになってしまった……。まあ旧レスターは工芸品が盛んで、芸術分野に特化していたので、ぬいぐるみ専門職人も多く顕在していた。そのため、流行りやすい環境だったかもしれない……?
     『なんだ、それ? 貴族って本当に変わってるな……』と、言いのけそうなレオニーの呆れ声が頭に過ぎる。

    「だが、このままではグロスタール家の名折れだ! 例え、レオニーさんが気に入らなくても、贈らなければ僕の愛情がないと思われかねない!」

     『そんなこと思わないって……』というレオニーの否定の突っ込みは聞こえてなかった。

     さて、奇妙な慣習でも蔑ろにできないローレンツだが、相手に気に入らない物を贈る行為は渋る。特にレオニーは倹約家なので、くまのぬいぐるみに資産を投じたことを知られれば好感度ダウンは免れない。
     ……といって、しないわけにもいかない彼は、以前仕入れた『ファーガス限定で販売される白くまのぬいぐるみがあるんですよ!』と言っていた旧友情報を伝手に、交易を通して、ついにエドマンド領にて入荷手配完了していた。
     高価な物だと謙遜するレオニーには限定品の方が良いと思い、その判断は間違ってないと思うが……彼女の意思は問うていない。聞いたところで、ぬいぐるみに興味を示さないだろうからと強行してきたが、やはり気にはなる。彼とて、興味ない物を贈られても困る。

    (まあ最近は、じょうろや狩猟用の短剣を贈られても構わなくなったが……)

     かつて恩師に贈られた時、露骨に拒絶の態度を取ってしまったことを恥じた。好意を無碍にすることはなかったな、と思い返していた矢先、現在いる書斎のドアが開かれた。

    「よお……じゃなかった。ご、ごきげんよう!」
    「僕しかいないのだから普段通りで構わないさ」
    「ま、まあ、そうなんだけどさ! ……ほほほほ」

     貴族らしい振る舞いは未だ不得手のようだが、それは致し方ない。彼女なりに慣れようと努力している姿は健気だった。

    「話があるって、何なんだ?」

     いきなり直球本題を振られて、ドキッと心臓が跳ね上がるが、呼び出した手前言い淀むわけにいかない。笑い飛ばされる内容でも聞かなければならない、とローレンツは覚悟を決める。

    「レ、レオニーさんは、くまが好きかな?」
    「───熊。何処かに現れたのか?」

     レオニーの瞳がギラリと光る。その鋭い眼差しは、一流の狩猟者の顔をしていた。
     熊──。その牙と爪は鋭く、あらゆる生物に深い傷跡を残し、学習能力の高い生物。大柄な見た目に反して俊敏な動きには舌を巻き、慄いて背を向ければ格好の餌食となる。遭遇すれば命はない、と熟練の狩猟者でも戒めて警戒を緩ませれない、非常に危険な動物である。
     熊の被害は甚大であり、時間をかければかけるほど被害が大きくなり、人間に対しての恐怖が薄れていく。山を下りてきた熊によって、サルウィン村や近隣の集落が襲われた事があるので、当然レオニーは警戒心を高めた。……ローレンツの言っている『くま』とズレていると知る由もなく。

    「レオニーさんは興味ないかもしれないが、こちらではくまは別の意味もあって……」
    「そうだな、熊なら色んな話があるよな。──貴族だろうと関係ないよな」
    「そ、そうか! じ、実は、此処ではくまを持つのは魔除けや息災祈願の他に別の意味もあってだな……それで、レオニーさんに持っていてほしいんだ!」

     ローレンツなりに精一杯の告白は、狩猟者としてのレオニーの大きな認識の違いにより意図を計り兼ねた……。

    「そうだな。高値で取引されたり、お守りで持っている人は村でもいた」
    「そうだったのか。なら、レオニーさんも持っていたり、だ……誰かから貰ったことがあるのかい?」
    「それはないよ。あの頃のわたしはまだまだ未熟だったし、そういったのは子どもに配ってたから」

     戦利品の熊の毛皮や牙を。ついでに言うと熊肉は美味しく、滅多にない御馳走だ。

    「なら、僕からレオニーさんに贈ってもいいだろうか! も、もちろん、君の気持ちも考慮する。興味のない物に贅を尽くすことはしない」
    「何言ってんだよ、熊相手なら贅沢したっていいさ。苦労した分、自分を労うのは良いことだし、わたしだって、その時は節約とか考えないよ」
    「れ、レオニーさん! そうだったのか、てっきり興味がないかとばかりに……すまない、僕が勝手に思い込んでいたようだ」
    「仕方ないさ、滅多に出ないんだから話題になり辛いよ。熊の時は、わたしも全力だよ!」

     熊は油断のならない狡猾な生き物だ。一流の猟師でも対峙する時は矢の節約など気にせず、全力で挑む。少しでも怯んだところを見せれば、こちらが危ない。手負いの熊など最悪だ!
     という意図だと、当然ローレンツには伝わっていない。

    「実は、交易が盛んなエドマンド領に頼んでいたんだ……それで、もし良ければ」
    「場所は其処か。ちょっと遠いけど、今から飛ばせば行けるな!」
    「えっ?! い、今からかい!」
    「当然だよ。自分の領地じゃないからとか言ってられないよ。時間が経てば経つほど、大変なんだから!」
    「し、しかし、明日でも構わないのでは?」
    「何言ってんだ、熊なんだぞ! ゆっくりなんてしていられないよ!」

     悠長な事を言うローレンツに声を上げてしまうレオニー。直に被害を受けた事がある分、他人事に考えられなかった。
     対してのローレンツは、当然多大な誤解をしていた。レオニーさんがこんなにもくまのぬいぐるみが好きだったなんて?!、と。

    「わかった。レオニーさんが、そう言うのなら急ぎ手配しよう!」
    「ああ、急いだ方が良い。……そうだ! ローレンツも一緒に行こう!」

     ローレンツの腕をガシッと掴んで懇願した。その瞳はメラメラと炎のように燃えて、とても情熱的だった!

    「えっ!? い、いや、そのつもりだったのだが……そんなに熱烈に誘われると驚いてしまうな」
    「何言ってるんだよ、ローレンツがいれば百人力だ! 一緒に来てくれると心強いし、安心できるよ!」
    「レ、レオニーさん!」

     ローレンツにバッチリ好印象を与えてしまうレオニー。こうまで言われて、応えないわけにはいかない! ……無論、レオニーは戦力として言っているのだが。上級魔法が使える者がいれば、熊の対処は楽になる。

    「すぐに馬の用意をして向かおう! マリアンヌさんには早馬を出しておこう」
    「わかった! わたしも急いで準備してくる!」

     互いの意図がすれ違いのまま、二人はエドマンド領へと急行していった。
     到着した後のレオニーは疑問符を浮かべながらぬいぐるみを手にして、ローレンツは嬉々として急な遠出を楽しんでいた。

    「えっ……白くま?」
    「ファーガスより北方のアルビネ地方にいるようだ。観測できるのは稀だが」
    「……そ、そうなのか。なあ、わたしの知ってる熊は?」

     終始何が何やらわからないレオニーは、ふわふわの白くまのぬいぐるみを抱きながら新たな熊の知識を手に入れた。熊が出没したわけではないのでよかった……のか?
     誤解は解けず勘違いが続き、レオニーの部屋にはくまのぬいぐるみが増えていった──。
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