フラグ阻止2 恩師から頼まれる課題は、今週いっぱい続く。課題というより依頼に近いもので、別段珍しくもない。
「……瓦礫拾い、ですか」
廊下でぽつりと呟いた今週の課題が、リシテアは憂鬱だった。よくある課題内容だが、自らの体躯と特性に合わない瓦礫拾いは、彼女自身も不得手だと自覚している。誰かと代わってほしいと思うが、信頼している恩師からのものとなれば無碍にできない。
それに、リシテアは人を頼るのが苦手なため、代わってほしいと思っても実行まで移せない。
「ヒルダは、どうやって頼んでいるのでしょう?」
おねだり上手な仲間の仕草を思い出しながら、晴れ渡る空の下……壁が崩壊した大聖堂へと向かった。
──懸念は杞憂に終わった。というか、パーフェクトである!
恩師から労いと感謝の旨を告げられたが、リシテアは内心複雑だった。何故なら、彼女は何もしていないも同然で、もう一人の同じ課題の相方がほとんどやってくれたから。
「すみません……ありがとうございます」
「別に。課題だからな」
礼を述べても素っ気ないのは、フェリクスにはいつも通り。どことなく機嫌が良さそうな彼は用が終わると、その場を後にした。おそらくディミトリの様子を見に行ったり、訓練所で研鑽を積むのだろう。
予想外に疲れなかったリシテアは、彼に倣って己の課題を見つけて勤しんだ。
「ちょっと見直しましたね!」
フェリクスは、リシテアの分まで多くの瓦礫を拾っては運んでいた。彼女では到底持てない瓦礫に大きな岩は砕いてと、黙々と処理していった。
かなりの重労働をさせてしまったのに苦労を見せず、恩を着せることもなく、課題を終わらせた。その結果、ほんのすこーしリシテアの心がドキリとしたのは言わずもがな。
そして翌る日も、昨日と同じようにフェリクスは率先して多くの瓦礫を拾って、運んでいた。大い貢献して、リシテアは散らばってる破片の掃き掃除をするくらいだった。この日も彼女は大して疲れず、感謝と好感を募らせた。
そして、翌る日も同じように課題をこなし……で、リシテアは気付いた。
(そうでした……この人は、こういう人でした! わたしを気遣ってるわけではないですよね!)
どことなく機嫌が良いフェリクスを見て、リシテアは悟った。重い荷物を持ってくれる優しい男性にドキッとする気持ちは、この日を境に崩れた。
女性に良いところを見せたいとか、力仕事が苦手なリシテアに配慮してるとかではない。フェリクスにそういった考えはない。──好きなのだ! 瓦礫拾いが!
「……あんた、瓦礫拾い好きですよね」
「まあ鍛錬になるからな」
つまり、訓練好きの延長だった。課題内容が得意だから率先してやっているのであって、それ以外の理由はないとリシテアは思い知る。勝手に勘違いして好感度を上げてしまった自分を悔しく思うが、彼女の頭はある事に囚われた。
──わたし以外にも、同じような事をしているんじゃないだろうか、と。
自分のように勝手に勘違いして、思わぬ優しさにグーンと好感度を上げてしまって、どこかでフラグ立てているのではないか、と。
「フェリクス!」
そう考えると居ても立っても居られない。この状況はまずいと考えて、瓦礫を運ぶ彼を呼び止めて、リシテアは駆け寄る。
「なんだ?」
「あんた、何でも全部やらないでください!」
「……は?」
「わたしも瓦礫を拾いますし、運びます!」
リヤカーに似た荷台を奪うかのようにリシテアは手を出したが、バランスを取るのが難しく中身と共に崩れ落ちそうになる。慌てる最中、フェリクスが荷台を支えて持ち直す。
「急に動かすな。瓦礫が落ちたら二度手間だ」
「す、すみません! ですが、やらないと覚えられません」
「無理に覚える必要もないだろ。お前のような細腕じゃ扱うのが難しい」
「……くっ」
サラッと良いこと言って、心臓が速くなる自分を急いで諫める。……フェリクスの言う事に意味はない。他意なく、優しさもなく、誰でも言うのだ! と言い聞かせて、リシテアは感情を冷めさせた。
「これは、二人でやる課題です。やってもらってばかりじゃ意味がありません」
「向き不向きがあるだろ。お前が持てる瓦礫の量は少ないから、俺がやった方が効率が良い」
「それじゃあ、駄目です! 他の女性にも同じことをしたら……あっ、そうです! 瓦礫拾いは課題であって、鍛錬の時間です。わたしの鍛錬を奪わないでください!」
訓練好きな相手なら気持ちの話より、鍛錬時間や効率を訴えた方が良いとリシテアは判断した。
予想通り、フェリクスには効果的で思案し始めた。
「お前が力を付けたところで、何か有益になると思えんが?」
「物は考えようです! ラファエルじゃないですが、筋肉があれば重たい物を持てますし、鋼の剣も扱えるようになるじゃないですか」
「お前はまず、鉄の剣を持てるかどうかだが……」
「なら尚更です。こういう機会でないと瓦礫拾いなんてしませんし、良い鍛錬になります。何事もやらないと身に付きません!」
再びフェリクスは考えた。リシテアの言い分は最もだ。効率を求めるならフェリクスが色々やった方が良いが、これは課題であり、リシテアがこの時間を自身の鍛錬に充てたいのであれば、その意向を汲み取りたい。
納得しかけている彼の様子を見て、リシテアはもう一押しかける。
「先生がわたし達に与えた課題ですから。何か意図があると思いますし、先生の考えを推し量るのも大事ではないですか?」
「そうか? 適当に割り振ったように思えるが?」
「そ、そうだとしても、せっかくの機会ですから。あんたが何でもやってくれるのは助かりますが、それでは課題達成と言えません。他の人も同じように思ってるかもしれませんよ!」
「……一理あるか」
二人でやってこその課題で、協力して行う意図が含まれているのならフェリクスも考えなくてはならない。時には手を出さず、見守るのも大事である。
「たしかに、お前の意見は聞いてなかったな。それで、どうする気だ?」
「分担が一番ですが、生憎わたしはあんたの言うように非力です。手伝ってもらったり、重い物を運んでもらうことはあるでしょうが、わたしの分は残してください。──フェリクスが何でも全部やるのは、先生の意図に反してると思います!」
「そうだな。やり過ぎもよくないか……」
心の中でリシテアはガッツポーズをした。尤もらしいことを言っている自覚はあるが、間違いではないだろう。相手が不得手だからと言って、何でもやるべきではない。
分担作業の重要性と鍛錬の効率化を説いて、フェリクスの考えを改めさせる。
「なら、荷台を使ってみるか」
「これですか?」
今、手にしている瓦礫の入った荷台を見やる。今はフェリクスが支えてるので、リシテアが持っていても安定している。
「お前の想像以上に加減が難しい。瓦礫の量は減らしてやるから、まずは慣れてみろ」
「わ、わかりました」
鍛錬に充てたいと言うリシテアの意志を汲み取って、フェリクスは荷台の使い方を教える事にした。
見た目に反して、腕だけでなく足腰を使うためリシテアは苦戦しながら瓦礫が積まれた荷台を運んでいく。その様子を見つつ、フェリクスは瓦礫の量を増やしたり、コツを教えたりして作業を繰り返していった。
「……けっこう……厳しく、ないですか……」
ゼェハァと息を吐きながら、リシテアはこぼした。体が疲れるのは嫌いだが、言い出した以上彼女のやり遂げる意志は強い。二日分の課題を取り戻すかのように苦手な瓦礫拾いに取り組んでいった。
「ハァハァ……終わり、まし……たね」
「大丈夫か?」
「課題ですから。……人の訓練の時間を、奪ったら……駄目ですよ」
「青白い顔をして、まだ言うのか」
体力を使い果たしてフラフラになったリシテアは、貧血に陥りそうになる。休息を促して、項垂れている間も『一人で課題をやらないでください!』と、フェリクスに言い続けていた。
彼とて、誰彼構わず何でもやるわけではないのだが……それは知る由もない。とりあえず、これで不用意に色んな人とのフラグが立たない……はず?