チョコを貰った。それはいい、今日はバレンタインデーだから。昨今は男女問わず、友達や家族に贈ったり、自分へのご褒美で購入することが増えた。
だからチョコを貰うのは不自然じゃない……だが!
「要らないからやる」
そう言って渡されたバレンタインチョコは自分宛ではなかった。違う相手へのチョコレート……それを貰っている。
「……なんですか、これは?」
「さあな」
「さあな、って何言ってるんですか?! どう見たってチョコじゃないですか!」
「開けてないから知らん。どうせ食えん」
「あ、あんた!? 何から言っていいかわかりませんが、とにかく最低ですよ!」
なんで他の女性から貰ったチョコを渡されているんだ!しかも、自分が渡そうとしている相手から! と、叫びたい欲を抑えるリシテア。
「な、何ですか……自慢ですか? それとも遠回しの拒絶ですか?」
「何を言ってる? 知らん間に鞄に入ってた」
「あんたへの想いが詰まったチョコをわたしに渡して、お相手の好意を受け取った振りをして誑かすつもりですか!」
「相変わらず理解不能だな……。甘いものは食えんから好きな奴に渡った方が良いだろ」
『好きな奴』の言葉にドキッと心臓が跳ね上がるが、すぐに理性が違うと否定して首を振る。
落ち着け……今日はバレンタインデーだからフェリクスがチョコを貰うのは不自然ではない。たが、彼は信じられないことに甘いもの嫌いであり、チョコなんて見向きもしない。というか、バレンタインデーを知ってるのか? と聞きたくなるくらい興味と関心がなさそうだ。
「……一応尋ねますが、今日が何の日か知ってますか?」
「何の日? ……あー、食えん物を押し付けられる日か」
「バレンタインデーです! 自慢ですか? チョコを貰えない人のこと考えてください!」
「要らんから貰ってほしいくらいだ。鬱陶しい上にあちこち甘ったるい匂いがして気分が悪い……考えた奴の気が知れん。早く廃れたらいい」
「チョコに何の恨みがあるんですか!」
フェリクスは心底嫌そうな顔をして、バレンタインデーを辟易している。
モテる男は辛いアピールですか! というツッコミを抑えて、リシテアは改めて自分に渡されたチョコを見た。二つともラッピングが施されており、中身がどうなのかわからないが一つは見覚えがあった。
「これ、ベルギー産のチョコで有名なお店の物ですね。……義理にしては気合入ってますね」
「知らん、興味ない」
「もう、食べてもらえないチョコの気持ちを考えてください! あんた、バチ当たりますよ!」
「チョコの気持ちってなんだ……」
どうせ食えんから要らない、と言葉と態度に出してるフェリクスに悪意はない。貰ったチョコに何も感情が入ってないのはどうかと思うが、彼相手に甘いお菓子を渡すのは選択肢が悪い。塩気のある煎餅の方が喜ぶだろう。
「ま、まあ、こちらはいいです……よくはないんですけど、あんたの言い分は理解できます。どうかと思いますが」
「いちいち口煩い。たかが菓子くらいで何を言ってる」
「"たかが"じゃないです! 人の気持ちになんてこと言うんですか!」
「勝手に入れられて気持ち悪い……」
容赦ない返しにリシテアの胸が苦しくなる。フェリクスらしいのだが、もう少し優しくしてほしいと思う。だが、これはこれでハッキリしてて良いかもしれない……最低だが。
「悪いとも良いとも言えない……複雑です。それで、こっちは開けないのですか? ラベルがないから開けてあげた方が……」
「要らん」
「……馬に蹴られて死んでしまえばいいのに」
呪詛を吐きながらリシテアはもう一つのチョコを検分していった。綺麗にラッピングされているがラベルがなく既製品じゃないので、おそらくお手製のチョコだと窺えた。……同じ境遇だからわかる。意外とラッピングは大変だ!
「……こちらはたぶん手作りですよ」
「気味が悪い」
「フェリクス! 気持ちを込めたチョコに対して酷いですよ!」
「名も明かさない知らん奴の料理など怖くて食えるか。何が入ってるかわからん……渡しておいて何だが、お前も食べない方が良い」
「こ、こんな時にまともなこと言って?! 変な物入ってないですよ……たぶん」
ないとは言えないですが……と心の中で付け足した。せっかくの手作りチョコなのに酷い! と思うが、彼の意見も納得だ。何処で調理したのか、何が入っているかわからない、差出人も不明、忍ばせるように鞄に入れられたのだから余計に怖い。
警戒されるのは無理からぬこと……だけど、乙女心は複雑だった。
「ま、まあ……その、だからって人に上げるのはちょっと……どうかと」
「気にするな。毎年あいつらにやってる」
「尚、悪いです! 贈り物なんですよ!」
「そう言われても食えん。食えん物を渡されても迷惑だ。だが、食べ物を捨てるのはな……イングリットに知られたら面倒だ」
「人に処分を頼まないでください」
釈然としないのに、何故か納得してしまう。やってる事酷いのにフェリクスらしくて安心するというか……でも、どうかと思う。
見た目通りというか、甘いもの嫌いにはバレンタインデーは苦行の日だろう。リシテアとて嫌いな野菜を渡されたら同じことをするかもしれない。
(ちゃ、ちゃんと食べますよ! …………減らしてほしいですが)
何にせよ、プレゼントが必ずしも喜ばれるわけではない。リサーチは大事だ。
複雑な乙女心に揺られながら、リシテアはチョコの引き取りを受け入れた。フェリクスは封を開ける気さえないのだ……罪のないチョコを無駄にしたくない。手作りの方は怖いので断った。
そして、そうなれば……。
「あんたとって、チョコは嫌いな物なんですね」
「食いたいと思ったことはないな」
「最近はビターやカカオ成分が高い物があるのですが。……興味なさそうですね」
「遭難時には良いと聞いたが」
「そこまで危機的な状況じゃないと食べないんですか……」
色んな種類が増えてるが、まだまだチョコレートは甘いお菓子として名高い。リシテアも当然チョコは好きだ。だから、フェリクスが食べないのは理に適ってる。迷惑な物、と思われても仕方がない。
リシテアは鞄の中に潜めているチョコを取り出すのを渋る。
(いえ、ここで怯んでどうするんですか! 甘くならないように何度もレシピを考えて、試作を重ねてきたんです。わたしの貴重な時間を費やした力作なんです。渡さない選択肢はありません!)
幾度と繰り返したチョコ作りの日々を思い出して、リシテアは自身を奮い立たせる。
──断られても受け取ってもらう。そんなのいつものことだし、その後チョコがどうなったって、今この時のチャンスを不意にしたくない。
「い、いいでしょう。交換条件で、と、特別にわたしからのチョコを贈ってあげます!」
震えた声と素直になれない言い方で、フェリクスの目の前にチョコを差し出す。紺色の箱に添えられたリボンの包装は彼には可愛過ぎたな、と自省した。
「要らないと言っても受け取ってもらいますよ! あんたが食べれないチョコを引き取るんですから、わたしが作ったチョコを食べてくれないと──」
「貰う」
「割に合わないですから。わ、わかったならさっさと…………え?」
驚く間にチョコは彼の手に渡っていった。予想外の展開にリシテアは唖然とする。
「……散々嫌がってませんでした?」
「なんだ。返した方がいいのか」
「いえ、結構です!」
拍子抜けしてしまうが、目的は達成できた!
(あんなにバレンタインデーを嫌悪していたのにどういう風の吹き回しなんですか……まあいですけど)
チョコが無駄にならなくて良かった。今のリシテアはそれで十分だった。