それは、フォドラでは強烈だった。だが、とても珍しいわけではなく、難しい技術でもない。香料や花や果物などを入れて、お菓子に色を付けるのは──。
「ふふふ、できました。新たな至福のお菓子の誕生です!」
意気揚々と嬉しそうな彼女の目線の先には、釜で茹でられるドロリとした液状の物があった。……まるで何かの生物のような、色とりどりのスライム状のナニカがぐつぐつと茹でられている。それはもう、虹色の如く色鮮やかに。
「あとは取り分けて、冷やして固めれば良いですね。フェリクス、容器の用意をお願いします」
「…………ああ」
そっと視線を外し、渋い顔を隠して返事をする。傍らにいた彼は、リシテアとは対照的に青ざめていた。
言われた通り、食器棚から手ごろな容器を探すフェリクスは、沸き上がってくる感情を秘していた。水を差したら悪い。新作のお菓子を考えて作り出す彼女の邪魔をしたくないし、成否はどうあれ喜んでいるのなら何よりだ。──例え、新しいお菓子の色が凄くて、目に痛くて、一欠けらも食したいと思わなくても!
「気持ち悪い……」
人知れず、棚に向かって心境を吐露する。目に焼き付くカラフルな液状の何かよくわからないものは……彼には刺激が強かった。
──虹色のロリポップ。幼き頃に憧れるお菓子の代表の一つであろう。七色の丸い甘いもの……意外に手にする機会も食す機会もないロリポップは、憧れが募る嗜好のスイーツに見えるだろう。
どんな味だろう? きっと、とても素敵なお菓子なんでしょう! と、夢見るお菓子好きは多い。
リシテアもその一人。虹色は求めなくとも、色とりどりのお菓子は目と心を惹きつけて止まない。彼女が着色を施した幾多のお菓子は、あれこれ考えて試行錯誤の果てに出来上がっている。まさに努力の結晶。
「うーん……時間が経つと歪んでしまいますね。固まり具合も柔いですし」
試作品の液状だった不明物体、もしくは七色もどきの小さきスライムがリシテアの口の中に入っていく。グミかゼリーに似たお菓子らしい何かに、さらに手を伸ばす彼女を半ば呆然とフェリクスは見つめる。
「……試作品なら上出来だろ」
「そうですね。これぐらいの固さでも食感が良いですし、口の中で『ぐにゃっ』とするのも新しいです!」
「……そうか?」
秘した思いを隠し、なるべく見ないようにして応えるが、やはりリシテアの食の好みはわからない。さらに、今回のお菓子はスライムっぽい何かよくわからない甘い塊の赤、緑、黄色などの複数の色を含んでいるため尚のこと。……彼の理解の範疇を超えている。
「……よく食えるな」
「ん、何か言いました?」
「何でもない」
「?? あっ、フェリクスも試食してくださいよ」
「断る」
即答して拒絶を示す。キャンディやグミの成分、ついでにリシテア好みの味になれば食べなくてもわかる。見た目で食欲を無くすのに、試作品故で多彩な色は混ざり合って、所々黒っぽい燻んだ色が入っていたため、フェリクスの食欲と胃は強い拒否反応を起こしていた。
「残念ですね。でも、これは食べなくていいかもしれません。どうしても砂糖を多くしないといけませんし、まだまだ配合の調整が必要ですから」
「ああ。あと見た目も……」
「そうですね、混ざっても綺麗に見える色にしましょうか。イグナーツが顔料に拘る理由がわかってきました」
「絵と菓子は別だと思うが……」
「お菓子は見た目も大事ですから! 絵を描くように感性も磨きたいですね」
見た目が重視される、と評するリシテアの言葉にフェリクスはハッとした。今まで理解できずにいた彼女のお菓子論が、この時ようやく共感の一歩を踏み出した!
「見た目も大事なんだな?」
「ええ、もちろんですよ。食べたい、と思うから手にしたくなるものですから」
「そうか……」
フェリクスは意を決した。たまに好きが故に、突っ走ってしまうリシテアを抑制するために。
「なら言うが───色が多い、強烈過ぎて見た瞬間に食う気が失せる。スライム状だから尚更気持ち悪い。味が良くても、これじゃあ食う気にならん。むしろ、一度でも目にしたくない」
「うぅっ! そ、そこまで、い、言わなくても……」
「せめて色を減らせ。あと砂糖が多過ぎだから固まらないんだろ、若干焦げてるしな」
「カ、カラメルっぽいじゃないですか……」
「おかげで見た目が最悪だな。何でもかんでも入れるな」
フェリクスにしては饒舌な痛恨のダメ出しを受けてしまうリシテア。反論したくなるが、彼の指摘は自身も感じていたことだったので言葉に詰まる。見た目が大事と言った手前、『気持ち悪い』『食う気が失せる』などの評価は改善すべき事案だ。
「で、でも……色が多い方が童心に返るというか……お。美味しそうに見えますから」
「ムラが酷くて、色が混ざって黒だか茶色のスライムがか?」
「ううっ! スライムでは……いえ、見えなくもないですが」
「まだ無色の方がマシだな。そんな物を口したいと思わんが」
「うっ……あんた、時々容赦ないですよね」
ぐうの音も出ず、リシテアは受け入れていった。お菓子だろうと色を付けるにはセンスが問われるよう。
「そ、そうですね……緑色は減らしますか」
「他も減らせ、多い」
「な、七色の方が綺麗ですから……」
「七色になっていたらな」
虹色のお菓子の実現は厳しい。理想のお菓子は簡単には生み出せないからこそ、憧れや夢を宿らせるのかもしれない。
フェリクスの意見を大いに盛り込んだグミっぽいお菓子は、そこそこ人気になっていった。