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    kochi

    主にフェリリシ

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    POIPOI 73

    kochi

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    異教

     接触してきたのは村に、彼らが到着した翌日だった。ちょうど祈祷の期間だかで遅れたことを詫びていた。

    「ご挨拶が遅くなって、申し訳ありませんでした。此処はいつでもあなたの寄る辺です。ようこそ、歓迎いたします」

     名のない集落の長は告げる。貧しいはずなのにそんな気配は見受けられず、どこか場違いに思えた。腰まで伸びた艶ある髪を靡かせて微笑む姿は、柔らかみを帯びた白いクチナシを彷彿させる。
     対面した時から腑に落ちないでいたフェリクスは、警戒心を隠さずに睥睨する。それでも尚、相手は怯まずに嫋やかに佇んでいるので、毒気を抜かれてしまう。

    「不慣れでしょうけど、良き生活が送れるようお手伝いしますね」
    「……ありがとうございます」

     辛うじて、礼を述べる。自分でも素っ気ない態度と思うるので、知られたら真面目にやれと文句を言われそうだ……と自嘲する。
     どこにでもいそう女、そう言われればそうだ。──こんな奴は珍しくない。何か企んでて、信用できない人間なんて腐るほどいる。

     §§

     リシテアは不貞腐れていた。かれこれ五日経過したというのに、彼女は役目を全うできずにいた。村の中すら出歩かず、与えられた住処のみでの生活を強いられていた。

    「もういいじゃないですか! いい加減、外に出ないと体に毒です」

     フェリクスが帰還すると、リシテアは開口一番に心情を伝えた。このように同じ要求をする事が増えていた。それもそう、目的が一緒なはずのフェリクスから家から出ないよう言い付けられていた。

    「普段のお前なら異論はなさそうだが」
    「人をなんだと思ってるんですか! いくらベルナデッタでも、一週間は部屋に閉じこもっていませんよ。わたしじゃ役に立たない、と言われてるみたいじゃないですか」
    「そんなつもりはない」

     愛想がないので聞き込みも満足にできていないフェリクスには、リシテアが協力してくれる方が助かる。彼女の指摘は尤もなのだが、それでも……彼は不安を拭えなかった。
     適性がないなりに幾度と村や周囲を偵察しては、村人達から話を聞いているのだが奇妙に尽きていた。……皆、優しくしてくれる。親切に食べ物や衣類を分けてくれるし、都度必要な物は先回りするかのように用意されている。あの村の長から託宣を受けて、と。
     試しにとフェリクスは入手困難な凶鳥の爪がほしいと言ったら、その日の夜に調達されていた。

    「わざわざこんな所にいる必要がない奴らがいる。警戒して損はない」
    「狩りの腕が良くても、仕事がなければありつけないんじゃないですか? その爪だって、元は狙った獲物のついでと言われたんですよね」
    「お前の言う通りだが……ここの連中でも、対処できる代物だと確認はできたからいいだろ」
    「あんたにしては歯切れが悪いですよね。なんかやり方が合わない感じがします……」

     不審な目を向けるリシテアから、そっと顔を逸らす。
     別に変な事はない、むしろよくしてもらっている。不遇や嫌がらせもなく、平穏に過ごせているのだが……ただ、なんとなくリシテアを"知られたくなかった"。特に……。

    「でも、体が弱くて臥せっているにしても限界ですよ。怪しまれて不審者扱いされそうです」
    「わかっている。こうしてても仕方がないわかっている……」
    「まったく、いつから過保護になったんですか。 子ども扱いしないでください! それに、気にかける相手を見誤ってません? わたしもフェリクスも、さっさと終わらせてガルグ=マクに帰還するのが最優先ですよ」

     ぐうの音もない……リシテアの意見は全面的に同意できた。彼とて、早く帰還してディミトリや仲間達の様子を見たいし、モタモタしていたら帝国に侵攻されてやられている心配ある。端から余裕なんてない……そうとわかっているが、それでも渋る気持ちは消えない。
     奇妙な相違と嫌悪がある。相容れないものがこの村にはあり、その渦中に……触れてほしくない。

    「……お前に異論はない。だが、あと一日待ってくれ」
    「わかりました。別に……あんたの判断が悪いと思っていません。窓から様子を窺うくらいですが、わたしも此処に異質感を持っています……少し懐かしく感じるようで。実際に見ていないから何とも言えませんが、此処にいると戦時中だと忘れてしまいそうになります」
    「あまりにも普通だからな。それなら……」

     大丈夫かもしれない、と言いたかったが、喉からは乾いた吐息しか出なかった。
     あまりにも平穏で、外界とは関係のない平和がある。あるはずがない、と知っているのに錯覚してしまう……数年越しに帝国と相対している当人達だからこそ、今いる集落が異質だとわかる。
     だが同時に、疲弊していた心は奇妙な心地よさを与えてくれていた。気付いたら此処から抜け出せないくらい、心身を侵略されてそうなほど。

    「手持ち無沙汰ですから頂いた資料を改めて見ましたが、英雄の遺産や古代紋章の由縁はなさそうです」
    「そんな事がわかるのか?」
    「調べ物の一環で……この辺って、今は亡き領地だったみたいですから。名前は載っていませんでしたが、このご姿勢ですからどの家か判別できないかもしれません。力を失った家はあっさり淘汰されますから」

     かつてのコーデリア家を思い出して、リシテアは目頭が熱くなる。仕方ないとわかっているが、あの時はどこの家も誰も助けてくれなかった……。
     命からがらで生き残った先は、荒れ果てた領地と戒厳令で苦しんでた領民達。いつ朽ちてもおかしくなかったコーデリア領を思い返すと、生き延びた自身の境遇に感謝し、過酷な生を強いる悪運を植え付けた輩達に憎悪を焦がす。

    「わたし達には時間がありません。悠長に構えているわけにはいきませんよ」

     自身に言い聞かせて放つ声は微かに震え、先への望みが含まれていた。
     時間がない。彼女の口癖になっている言葉はフェリクスの戸惑いを突く。

    「そういえば、村長と会ったんですよね。どんな方でしたか?」
    「……会うつもりか?」
    「情報収集ですよ。あんたが駄目というなら避けますよ」
    「駄目ではないが……まだ、早い気がする」
    「じゃあ、会わないためにも聞いておきます。それに風貌や仕草を聞けば、何かわかるかもしれません」

     リシテアに促されて、フェリクスが感じた印象を伝えていった。……村には似つかわしくない整った容姿、場違いなほどに品の良い言葉遣いに仕草、穏やかな笑みを浮かべて安心を与える、という内容を話していくと、当然彼女の機嫌が急降下していった。

    「へぇー……またフラグ立ててきたんですか」
    「何を言っている。この場にいるには変だと言っている」
    「そうですね、わたしに対して一度もそんな表現使った事ないですから。また知らずに誑かしてきたのかと思いました!」
    「……たしかに、お前は面倒くさいが先に出るな」
    「ふふふ、此処が訓練場じゃなくてよかったですね」

     うっかり闇魔法を放ちたくなるリシテアだったが、無視して説明を続けるフェリクスの話を聞いていくと豹変していった。

    「クチナシを思い出させた。お前とよく似た色をしていた」
    「え……?」
    「白い女だった。顔も髪も」

     共通点、白くて長い髪の女性はリシテアには大きな情報だった。すぐ様確認したい衝動に駆られたが、抑えるために資料と場所を再度見ていった。

    (……帝国から遠くない距離……領土の境目の村落。以前は貴族の領地で、今は亡き跡地……その家は、いつ頃どうして衰退してしまったのか不明。直接探るには情報が足りなさ過ぎる)

     さっきまでと大違いのピリついた空気を纏わせて、リシテアは思案していった。
     その様は何かに取り憑かれた亡霊のように見えて、フェリクスは疑念を増さざるを得なかった。血眼になって形相を目の当たりにすれば……。
     
    「──その人、気を付けてください」
    「は?」
    「おそらく、有益な情報を持っています。わたしが確認できたら一番ですが……」
    「やめておけ。お前、自分がどんな顔しているかわかってないだろ」
    「…………はい」

     我に返ったリシテアは項垂れて、頭を冷やそうとする。こんな状態で、冷静に話せると思えない……目的と手段を間違えてはいけない、と胸に手を当てて言い聞かせた。
     任務に私情を持ち込むのは御法度、一人ならまだしもフェリクスを巻き込みたくない。いや……何があったか知られたくないから。



    空が明ける時が気持ち良い。
    暗闇に覆われた生が終わった時を思い出す。生き延びた瞬間、たしかに変わった。自分の体や心、環境全てが何もかも変貌した。
    それが……素晴らしい価値を与えてくれた。生の意味を身をもって実感したのだから──。

    声をかけられた時、無意識に警戒体制を取ってしまった。

    「おはようございます。どうですか、村には慣れましたか?」
    「……ええ」

    場違いだ、と頭に過ぎる。村の長が新参者を気にかけるのはごく当然な行為なのに、何故か違和感を持つ。
    彼女は、奥深い森の辺鄙な村にいるにはそぐわない……陽の光を背に、白磁の長い髪を靡かせて佇む姿は神々しく思えるのに薄寒い。

    「まだ奥様はお休みでしょうか?毎日、フェリクスさんがお世話していて大変ですね」
    「そうでもありません」
    「よければ、お手伝いしたいと思っています。同じ女性同士の方が話しやすい事もありますから」
    「結構です」

    即答で断ったと知られれば、誰もが叱責を言うとフェリクスは自覚していた。調査する気あるのか、と言われかねない応対だが、本能的に近付きたくなかった。特にリシテアには。

    「そうですか……残念です。何かあれば、遠慮なくお申し出ください」

    瞳を潤ませて、残念そうに顔を曇らせる姿は容姿の美しさも相まって、絵画の貴婦人のを思わせた。立ち振る舞いから気品がある……と、思い立ったフェリクスは一つの解を導き出した。

    「……元貴族ですか?」
    「あら、どうしてそのように?」
    「随分前に……お見かけした気がします」
    「ふふふ、そうでしたか。社交界にいたのはずっと前で、数えるほどだったのですが、貴方に見初められてたなら喜ばしいですわ!」

    咄嗟の嘘だったが、情報を得られた。フェリクスとリシテアが元貴族の出自(という設定だが)は聞いているだろうから、どの国のどの辺りにいたのか直球で尋ねてみる。

    「ふふ、女性に不躾な質問は駄目ですよ?貴族でありながら此処にいるのです……察していただけると助かります」
    「……失礼しました」

    躱された、と直感が囁く。項垂れて答える様子におかしなところはないが、身元を明かさないようにしていると悟れた。
    彼女の言う通り、事情があって言いたくないと考えられるが、フェリクスには用意された定型文に聞こえた。
    ……改めて、思い知らされる。自分が探りを入れるのに向いていないことを。相手の方が一枚も二枚も上手だと感じれば歴然だった。

    「皺が寄っていますが、良い男が台無しですよ。思い詰めていては体に毒です。豊かではない場ですが、ゆっくり静養なさってください」
    「……ありがとうございます」
    「そうですね、ああ良かったら──これからお茶でもいかがですか?」

    嫋やかな笑みを浮かべての誘いは好都合。向こうからの誘いなら、こちらが多少粗相しても許されるだろうし、情報収集にちょうどいい。まさに絶好の機会……早々に接触を図れるのだから断る理由なんてない。
    相手の思惑がどうであれ……。
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