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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     珍しい事なのだろう。最近は慣れてしまって、突然の声かけも待ち伏せも気にならなくなった。

    「ちょっといいかしら?」

     訓練所に忽然と現れた次期皇帝陛下に問われて、無言で頷いた。いつも通り素っ気ないのだが、さすがのフェリクスとて他国の王位継承者に露骨な態度は見せない。……面倒くさいと顔に描いているが。
     連れ立って訓練所から出て行く二人を遠くから食い入るように見つめる監視者を知ってか、知らずか……渦中の者達の心は女神でも覗けない。


     隠れるほどではないが、毎度個人的な見解が含まれているため人目を避けて話すのが常だった。今回は訓練所から少し歩いた先、アビスへの通り道付近で密会が行われた。

    「今日も具合悪そうにして当番をしていたのよ」
    「……はあ」

     気怠い返事をしてもエーデルガルトは気にせず続けて、フェリクスは早く時が過ぎるのを祈った。

    「自分から不調を告げたり、交代を申し出ればいいんだけど、それはプライドが許さないと思うのよね。わたしもわかるから……つい、誰かが気付いてほしいと思ってしまうのよ」
    「……それで」
    「そうね、他力本願は良くないから申告しやすい環境を作りたいと考えているわ。黒鷲学級に移ってくれればの話なんだけど……クロードに言ったら探られてしまうから難しいわね。妙なところで鋭くて厄介なのよ」
    「…………はあ」

     『なんで、それを俺に言うんだ!』という思いが、何度も喉から出そうになっては飲み干す。一度言ってしまい、強く捲し立てられてからは面倒臭さが勝ってフェリクスは失言を発さないようにしていた……口が悪くても発言しなければ露呈しない。

    「……まだ続くのか」
    「毎回嫌そうに聞かないでくれる。貴方だって知らない振りしないでしょう!」
    「はあ……そんなことを他人がとやかく言わなくていいと思うが」
    「だからよ! 自己管理ができていないのだから第三者が伝えないと気付かないでしょ!」
    「余計なお世話だろ……母親でもないんだから」

     感想を述べた彼の言葉、『母親でもないんだから』にエーデルガルトは言葉に詰まる。少し前にリンハルトに似たようなことを言われてしまい、反省していた矢先だったので堪えた。

    「で、でも、私達より年下だし、体力もないのに無茶ばかりしていたら取り返し付かなくなるかもしれないでしょ……」
    「なら、そうやって本人に言ってみたらいい」
    「貴方、わかって言ってるでしょ? そんなこと言ったら余計に話を聞いてくれないわよ!」
    「だから放っておいていいだろ。懲りないと学習しない」

     こういった堂々巡りが何度か続いていたので、最近のフェリクスは強気になっていた。
     しかし、エーデルガルトがこの程度で怯むわけがない。伊達に次代の皇帝陛下を背負っていない。

    「薄情なこと言ってくれるけど、それで大変な目に遭ったのは一度や二度じゃないでしょ、貴方は。いつも見てくれたり、付き添ってくれたり、倒れたら背負ってくれるなら良いけど、そうもいかないんだから! 貴方だって困るでしょ」

     なんで、この皇女は知ってるんだ……とフェリクスは畏怖を抱いた。つい最近、体調を崩して倒れかけたのを目撃したため部屋まで送ったり、怪我を隠して訓練を続けようとしていたのを忠告したが、どちらも人の気配はなかったはず……少なくともエーデルガルトはいなかったと思い返す。

    「見張ってるなら自分で何とかすればいいだろ」
    「監視までしていないわよ。それに、私やヒューベルトだと警戒されるの」
    「監視"まで"……だから、怖いんだろ」
    「仕方ないでしょ、見た目通り怖いし冷徹なんだもの。私だって夜中に声かけられたら驚くわよ」
    「………自分は違うと思ってるのか」

     誰だって見張られてるかのように忠告されたら怖いと思うが……。だが、エーデルガルトのこのような言い草は既に五回を越えていたので、下手に刺激せず聞き流した方が良いとフェリクスは冷静に下した。なに、いつも十五分くらい聞いてれば、勝手にすっきりしていくのだ。

    「そういうことだから貴方も目をかけてあげて」
    「はあ……」
    「さり気なく、怪しまれないように、傷付けないようにね。女性なんだから優しくするのは鉄則よ!」
    「……毎回、俺に同じことを言って飽きないのか」
    「貴方が適任だから言ってるの。クロードは当てにならないし、帝国の人間が言っても反感持っちゃうからちょうどいいのよ」

     再度フェリクスに言い放つと、エーデルガルトは満足げに去っていった。
     なんで俺に言うんだ、と愚痴をこぼしてからフェリクスもその場を後にする。
     そして、二人の声が聞こえるか聞こえないくらいの距離で、偶然たまたま奇遇に聞いてしまった者はしばらく動けずにいた……。

     ★★

     意を決して、部屋のドアをノックする。出てきた部屋主を見るが否や、早々に口を動かす。

    「フェ、フェリクス! お前に聞きたいことがある。その、決してやましい気持ちがあるわけじゃなくて、お前がどう思っているのか知っておきたくて……何かする気はないんだが、それでも俺は」
    「──気持ち悪い」

     ドキドキと捲し立てるディミトリに対して、昔馴染みは容赦なく切り捨てた。まあ、いつに無くソワソワして不安が入り混じった耳が垂れた犬を彷彿させる様子を見せてきたら、フェリクスもつい正直な感想が出てしまう。

    「…………悪い」
    「……いや、こっちも突然で悪かった」

     蒼白になっていくディミトリを見ていくと、フェリクスは素直な謝罪が口から出た。落ち着きのない様子から、何か余程の事があったのだろうと察して部屋へと招いた。

     あからさまに様子がおかしいディミトリを前にすれば、何かあったと感じるのは当然だ。
     つい辛辣な事を言ってしまったのを内心反省して、話を聞いてやる姿勢でいたフェリクス……なのだが、いくらディミトリに話を促してもそわそわしては言い淀んではと早十五分経過したので、いい加減苛立ちが沸いていた。

    「おい、いい加減何の用かくらい言え! さっきから挙動不審で気持ち悪……蛙を踏み潰した時の様子でいるな」
    「言い換えた方が酷くないか」
    「うるさい! お前が、とっとと言わないからだろ!」
    「わ、悪い……」

     さっさと聞くべきだとディミトリも理解していた。なんだかんだ話を聞いてくれるフェリクスだが、いつまでも待たせるわけにはいかない。
     男らしく、ファーガスの皇子らしく、毅然と告げよう!

    「え、え……エエ、エーデルガルトとは、どういう関係なんだ!」
    「は?」

     噛みながら聞きたいことを問うディミトリ。意を決した真摯な問いかけなのだが、尋ねられた当人は何のことだか理解不能だった。

    「何を言っている?」

     どういう関係も何も、何もないので答えられない。質問の意図すら読めずにいるフェリクスに対して、ディミトリは覚悟を奮い立たしていた。

    「ここ最近、エーデルガルトとよく話しているからな。何をしているのか気になっていたんだ。その、一国の後継者として、幼馴染として……お前の気持ちを確認したくて」
    「は? よくわからんが、別段普段と変わらん。勝手に喋って、勝手に満足して、勝手にどっかに行くの繰り返しだ」
    「勝手に話して満足!? そう言う割には仲が良さそうに見えるのだが……」

     何言ってんだ、こいつ? と態度に出しているフェリクスだが、気になって仕方がない者の目は曇っていた。
     話だって大したものじゃない、と言いかけてフェリクスは口籠る。じゃあ何の話をしているんだ? と聞かれたらどう答えようか。
     やましいこと何もないから言っても構わないけど…………正直言いたくない。ディミトリは茶化さないとわかっているが、言いたくないものは言いたくない。プライベートに関わるし、エーデルガルトが命令するかのように言いつける内容は個人に対してのものだ。

    「…………何でもない」

     咄嗟に口を濁してしまう。やましいことも意図もないけど、言いたくないことはあるし知られたくないこともある!
     フェリクスにしてはハッキリしない言い方なので、当然長年の付き合いのディミトリは訝しんだ。

    「俺には言えないことなのか……」
    「面倒くさい事言い出すな。お前だから言えないわけじゃない。向こうが勝手に話してくるとはいえ、ベラベラ他の奴に明かす気にならん」
    「そ、そうか。まあ、そうだよな」

     そう、許可なく話すのはエーデルガルトに失礼だ。それに話題は毎回とある少女についてばかりなのだ……尚更、口を割りたくない。

    「そんなの直接本人に聞けばいいだろ。俺に訊くな、面倒くさい」
    「えっ?! そ、そんな大胆じゃないか!」
    「何がだ? 俺は話を聞いているだけだ。相手なら誰でもいいだろ」
    「し、しかし……彼女はフェリクスを選んだのだから何か理由があるんだろ。話しやすいとか、お前じゃないとダメだとか……」

     話していくうちに声が沈んでいくディミトリに気付かず、言葉通り受け取ったフェリクスは二の句を続けた。

    「まあ、お前じゃ無駄だろうな」
    「なっ?!」
    「あいつと接点がない。話に出た事もなかったし、傾向が被らないから機会すらないだろうしな」
    「接点がない!? 話に出た事もない!」
    「面倒事に関わらなくて羨ましい……いちいち変な事を言われなくて済むし、押し付けられる事もないからな。天気を読む方が楽なくらい機嫌もわからん」
    「そ、そこまでの仲に?!」

     話題の人物がすれ違っていることに気付かない二人。動揺していくディミトリとは対照的に、フェリクスは饒舌になっていった。

    「まあ……あいつがお前と対峙したら、どう切り返すのか興味はあるな。正反対だから面白そうだが、加減ができない馬鹿力を放っておくわけにいかないから現実的でないか」
    「お、俺とは……夢でもあり得ない……ことか」
    「自分の力をもっと操れるようになってからでないと難しいだろ。面倒事が増えるし、何かあったら寝覚めが悪い」

     魔法を避けては返してと一気に近付いたディミトリの槍に穿たれる姿……想像ができてしまう分タチが悪く、身震いしてしまったフェリクスは頭の未来予想を追い出した。

    「何か起きたくたくても起きないと思うが……そうか、俺では無理か」
    「まだ早いだろ」

     わかりやすくどんどん沈んでいくディミトリを不審に思うが、彼に心の機微はわからない。原因も不明なので、そんなに落ち込むことか……? と理解不能に陥る。ますますわからない──リシテアとの訓練ができないことに。

    「いつか機会はあるだろ」
    「お前にとってはよくあるのかもしれないが……俺では……力不足のようだからな」
    「有り余ってるだろ! 一対一でなければ何とかなるんじゃないのか」
    「それは、俺とお前と彼女……でか?」

     心はどん底に落ちているが、フェリクスを介してエーデルガルトと対話するのは良き計らいに思えた。例え、相手が誰をどう思っていようと自分の想いは変わらないのだから。

    「そうだな、二人きりだとうまくいかないかもしれない。お前達の邪魔をするつもりはないが、何か力になりたいと思っている!」
    「何も変わらない気がするが、お前がそう言うのならいいか……新しい戦法も良い訓練になる」

     ……ん? 訓練?
     何か不似合いな単語が聞こえて、ディミトリの頭に疑問符が浮かんだ。

    「訓練って、どういうことだ?」
    「ん? あいつと対決したいんじゃないのか」
    「いや、対戦は望んでいない! 万が一、怪我でもさせてしまったら会わす顔がない!」
    「お前だと洒落にならないな……」
    「そうだな……できたらだが、俺は役に立ちたいと思っている。フェリクスの方が良いんだろうが、俺はいつだって歓迎している。エル……エーデルガルトの力になりたいだ!」

     え……なぜ、エーデルガルトの名前が出てくるんだ?
     フェリクスも同様に疑問が浮かんだ。順番に思い返して、ディミトリが自分とエーデルガルトが何を話しているのか気にしていたのが発端だと気付く。
     一時の沈黙が落ちる──。お互いに、どこかで思い違いしていたのかと察した。微妙な空気が流れた後、先に口開いたのは……。

    「じゃあ、お前がさっきから話していた相手は誰なんだ?」
    「うるさい!」

     何げなく尋ねたら牙を剥き出した狼の如く睨まれてしまう。長い付き合いなので、このような態度に慣れたディミトリは、何故フェリクスがこんな態度を取るかわからずにいた。

    「ど、どうした! 詮索するつもりじゃなくて、随分人のことを話すから珍しいなって……」
    「余計な世話だ。で、お前は俺にどうしろと?」
    「どうしろって……じ、じゃあ、今度俺も混ぜてもらっていいか聞いてくれないか」
    「……一応言っておく」

     無駄だろうな、と言わなかったのは彼なりの優しさか、詮索されるのを避けるためか。まあエーデルガルトが良いと言うなら構わないし、面倒な事から解放されるから歓迎する……ちょっと複雑だが。

    「用はそれだけか?」
    「えっ……そ、そうだな。エーデルガルトとのことが気になって、だから」
    「そんな事を聞くのに時間をかけるな! さっさと言え」
    「悪い! ……予定では平静なつもりだったんだが……」

     言葉に詰まるディミトリだが、フェリクスには雑事なので甘んじて叱責を受けた。

    (ただ聞くだけなのに、こんなに緊張するとは……不甲斐ない)

     うだうだしてしまった自分をディミトリは反省した。ずっと気になっていた相手だし、機会を窺っているうちにフェリクスと仲良さげになっていたのだから気が気ではなかったが故。

    「用が済んだなら訓練に行く。お前も来い、くだらん事に付き合わされたんだ」
    「ああ、構わない」

     深く追及してこないフェリクスに内心ホッとしたディミトリは、言われるまま訓練に付き合っていった。気になってた事は確認できたし自分の意向を伝えれたので、この日の彼の槍さばきは絶好調だった。……対戦相手の錬成石は減った。

     そして、数日後──。

    「話があるみたいだけど、何かしら?」
    「いや……そう言うわけではないのだが」

     問い詰められるように中庭のテラスでお茶するエーデルガルトとディミトリがいた。どうやらイベントフラグが勝手に立ったようだ。

    「何故、こうなった……」
    「貴方の旧友が言っていたのよ。私に用があるみたいだけど、機会がなくて俺にぐちぐち言ってきて鬱陶しいって」
    「どうしたら、そうなる?!」

     心の中でフェリクスに問い正したくなる気持ちを抑えながら現状を受け入れようと試みる。今日は突然エーデルガルトに誘われて、中庭のテラスでお茶会をする事になった……既に訳がわからない!

    「話がしたくないわけではないが、何か特別な用があるわけじゃない。その……差し支えなければ、君の力になれたらと考えていて……」
    「大丈夫よ、私も大して用はないもの。でも、貴方が貴方の友人に何か企んでると思っているのなら誤解を解きたかったのよ。そう見えても仕方がないわよね……変な組み合わせでしょうし」
    「い、いや! そんな風に思っていない。エーデルガルトを詮索する気はないんだが、俺が気になっただけで……」
    「別にいいわよ、自分でも少しやり過ぎたと思ってたから。彼にはちょっと言っておきたい事が色々あったの。はあー……でも、また母親みたいって言われちゃった」

     しどろもどろになるディミトリに意に介せず、エーデルガルトはため息と愚痴を吐いてしまう。ディミトリの戸惑う心境を知らず、彼女は燻んだ気分を晴らしたくなっていく。

    「まあ、これも何かの縁よね。いいわ、あまり時間は取れないけど付き合ってもらうわ」
    「えっ? 何を」
    「此処はテラスよ。する事なんて決まってるでしょ」
    「は、はあ……?」

     訳がわからないでいるディミトリの前に紅茶とお茶菓子が、すっと差し出される。動揺していたため、予め用意されていたティーセットに気付かなかった。

    「話の一つや二つは聞いてもらうわ。貴方が甘いもの好きかどうか知らないけど、これは甘さ控えめのお菓子だから大丈夫よ。試作品と言っていたけど、美味しいから貰ってきたのよ」
    「いや、甘いものは嫌いじゃないが……味がよくわからない」
    「じゃあ良い機会と考えて。まったく、お菓子ばかり食べてたら体に悪いのに……でも、せっかく見つけた楽しみを邪魔したくないのよね。趣味にまで口を出したら『あんたは、わたしの親なんですか?』と言われちゃうもの」

     端を切ったようにエーデルガルトは紅茶で舌を潤かせながら滑らせていく。多忙を極めている日頃の鬱憤を晴らすかのように、ちょうどいい話し相手を見つけた彼女は止まらない。
     その様子を真正面から見ていると、懐かしいような切ない想いが募っていった……。

    「自分の体調管理をちゃんとしてほしいと思っているだけなのよ。言う人がいないと、どんどん悪化しちゃうから言ってるのに、それを疎まれるなんて……そりゃあ、お節介かもしれないけど、こっちが言いたくなる生活をしているのがどうかと思うのよね。リンハルトは、特にそう!」
    「は、ははは……なんだか俺も耳が痛いな」
    「言われたくないなら世話焼かせないでほしいわ。なのに、母親だの何だのってあんまりよ! 私が口うるさいみたいじゃない!」

     エーデルガルトの口はたゆまなく動く。お茶を飲んで渇きを癒し、お菓子を食べては舌を動かしてと忙しないが、年相応の片鱗が見えてディミトリはホッとする。
     威厳と凛々しさを備える次期皇帝陛下でありながら、他愛ないお喋りに夢中になっていく様はアンバランスだ。だが、それは彼には懐かしく、心地良かった。

    「エーデルガルトは世話焼きだからな」
    「何よ、急に。知った風なことを言うのね」
    「えっ……あっ?! す、すまない、変な事を言ってしまった」
    「いいわよ、別に。そうね……以前は、もっと気軽に話したり、人に教えたりしていたわ。兄弟も多かったし、もしかしたら私は誰かに何かするのが好きかもしれないわね」
    「それは……」

     誰に何を教えていたのか──。
     聞こうとしたが、喉詰まって言葉にならない。……別の誰かとの思い出話かもしれない、自分との泡沫の日々は忘れているかもしれない。問いかけたいのに答えを受け止めれる自信がない。
     でも、それでも……君の心に触れたい。

    「君から教われば、相手は上達するんじゃないのか。世話焼きなら尚更」
    「そう上手くいかないから、ため息が出るのよ。わからないわよ、リンハルトやベルナデッタやリシテアにどう伝えたらいいのか……」
    「エーデルガルトが苦心しているのは伝わってるはずだ。厳しくなるのも相手のためを思っているから、だと理解してもらえるさ」
    「え、ええ……? なんで見てきたように言うのかしら。まるで、私の教え方は厳しいと言われてるみたいなんだけど!」

     ムッとするのは図星を刺されたからと察せれるのだが、ディミトリはそう捉えれなかった。実際に彼女から手解きを受けた者の感想だから真に迫っている。
     だからこそ、今伝えてもいいのかもしれない……かつて、君から踊りを教わった男の子はこうして成長していった、と。踊りはまだ苦手なままだが、愛おしい思い出があったから嫌いにならなかった、と告げていいのでは。

    「エーデルガルト……実は、君に伝えたいことが」

     この幸運を掴みたい。沈澱していた気持ちが、前を向いて放たれようとしていた。

    「──失礼致します。エーデルガルト様、そろそろ時間になります」
    「あら、もうそんな時間だったかしら?」
    「ええ、予定時刻より十分過ぎております」

     降り注いだのは無情なる音だった。いっ時の追想に幕を閉じさせる黒子の如く、漆黒は彼女の背後から現れた。

    「早いものね。まだお茶が飲み終わっていないのだけど?」
    「お喋りに花を咲かせたのと茶菓子を多く口にしていたからでしょう。はあ……本来であれば口を出すところですが、今は優先すべき事態がございますので不問に致します」
    「……わかったわよ」

     苦言と共に主へ進言するヒューベルトの出現は、泡沫の会の終わりを告げる。いや、そもそも始まってすらいなかったか……と、ディミトリは胸中でごちると為政者の顔を作る。

    「忙しい中、時間を作ってくれて感謝する。楽しい時間だった」
    「そう言ってくれて助かるわ。あまり人に見せたくない醜態を晒した気はするけど、最初に言った通り彼に何か企てているわけじゃないわよ。私的な用事だから気にしないで」
    「そ、そうか……」

     それはそれで、凄く気になるんだが……と表情に出てしまう。彼女は気付かずいたので、重鎮が苦笑した。

    「エーデルガルト様、私は全く興味ございませんが、その言い様では含みが入って聞こえて渦中の心情を煽ってしまいます。ですから、私は何度も控えよう進言していたのですが……やはり無駄でしたか」
    「う、うるさいわね! 別にいいでしょ、私がしたいんだから」
    「ほどほどにしないと煙たがられますよ、と言っていたのですが」

     そこで言葉を区切る。明確にな意志を持って、ヒューベルトはディミトリを睥睨する。受けた視線は底冷えする圧があったが、皇子には瞬きと変わらない。

    「さて、この通り何の魂胆もない目論見と伝わったでしょう。エーデルガルト様の行動は、私に直結致します。光栄でありますが、私とていらぬ嫌疑を向けられるのは心外です」
    「意外だな。汚名や何でも引っ被る印象があった」
    「必要とあらば、そう致します。ファーガス殿下、一つお教えしますが、近いものほど本質を見誤りやすいです。もしくは、近いと勘違いしているか……今一度、ご自身と照らし合わせた方がよろしいでしょう」
    「なぞなぞのようだな。心に留めておくよ」

     含みを持たせる言い様だが、わざわざヒューベルトが言葉にしているのだから蟠りを持つのは不要とディミトリは悟った。

    (まるで、予め用意していた物言いだな。俺が何かしら警告すると踏んでいたのだろう……煙に巻いて掴ませないようにしてる)

     自身の心中とは違うのだが、それに則る体裁を取ることにする。何か企んでそうだから探りに来た、の方がディミトリにも都合が良かった。

    「エーデルガルト、元から疑っていないから安心してくれ。気になって聞きたかっただけなんだ」
    「なら良いけど……不審がらせて悪かったわ。暗躍するならもっとうまくやるわよ」
    「ははは、冗談に聞こえないから困るな。そうならないことを願うよ」
    「そうね。思った通りに事が進めば、私も嬉しいわ」

     真実を隠しての定型文を重ねて、エーデルガルトとヒューベルトは中庭から去っていった。
     見送ったディミトリはカップに残った紅茶を飲み干して、残った焼菓子に手をつけた。

    「……甘いものが好きなのは変わらないんだな」

     茫洋となった舌では甘さ控えめのお菓子の味はわからない。口の中は、二人で食べた甘い砂糖菓子が回顧されていた。


    「……予定時刻より大幅の遅延は感心しません」
    「その割には随分待っていてくれたのね。気が利くわ」

     道中での小言は主は軽く躱す。言われるとわかっていたから、反し刃は備えていた。
     露骨なため息を吐いてから、臣下は応酬の愉悦を見出そうとする。

    「エーデルガルト様の御身を鑑みれば、煩わしい囀りすら舞台上の歌に聞こえます。盛り上がるための演出とあらば、黙して静観するのが観客の努めでしょう……尤も、私の好みではありませんが。取るに足らないことです」
    「変な言い方しないでくれる……悪かったわよ。憂さ晴らししたかったの」
    「相手を選んでくださるとよろしいのですが、今回は適切でしょうか。いらぬ誤解は正しておいて損はありません。ですが、『過ぎたるは猶及ばざるが如し』とも言いますので、ご留意ください」
    「……わかったわよ」

     倍になって返ってきた口撃に、エーデルガルトは嘆息する。とはいえ、ヒューベルトの心遣いに感謝していた。予定時間を大幅に過ぎても小言で済ませてくれたおかげで穏やかな気持ちでいられたし、何より久方振りに好きに話せて満足していた。

     向くべき先、赫い茨の道の果てに何があるのか。覚悟は出来てる、なんて生温い事は言わない。為すか、潰えるかの二択しかない道に感傷は不要。
     でも、それでも……木漏れ日でのひと時、ただ広い蒼空を眺めてた頃を思い出してしまう。儚く終わった異国の地での尊き出来事を──。

    「たまに懐かしむくらいなら許されるかしら……」

     いずれ相対するのかもしれない。でも、できればどうか血に染まらず、あの頃のまま生きていってほしい。
     遠い地平の先で、彼の人の無事と健やかな未来を願う。女神を疎むくせに途方もない祈りをしてしまう矛盾に、後の覇者はほくそ笑んだ。
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