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    kochi

    主にフェリリシ

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    kochi

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     ハッピーハロウィン! トリックオアトリート! という文化はフォドラにはない。ないのだが、それを識る者がいた。
     どこかの東方で……いや南方だったか? まあ何処だっていいか。そこにこんな風習がある、とフォドラの外から来た者が語ると、可愛い〜みんなでやったら絶対楽楽しいよ! と嬉々と鼓舞する者が現れ、フォドラの伝統を疎かにするつもりはないが、他の文化を知るのは貴族の努めだとそれっぽい理由を述べたり、お菓子があるのなら考えてもいいですが……と渋々な様子を装ったり、ご迷惑でなければ……主がお許しになるのでしたら……と儚げな意思を示してはと、皆一同賛同していくのが常だった。
     楽しそうでいいじゃん! な空気が出来たら、あとは流れのまま。滝を下る水の如く、あっという間に決まってしまう。


    「大司教とセテスから許可が下りた。奉公活動の一環とし主に近隣の住人と子ども、参拝者を対象に。過度な仮装は聖職員以外禁止の条件付きだ」
    「先生、今から仮装しなくていいんじゃないか……」
    「サイズ合わせらしい」

     教壇で伝達していくベレトは、どこで手に入れたのか知らないハロウィン向けの衣装を着用していた。

    「話を続けるが、初めての風習だから周囲の理解は薄い。羽目を外さず、慎ましくするようにとのことだ」
    「先生ーノリノリで仮装した姿で言っても説得力ないですよー。いいな〜あたしもしたかったな」
    「参加は任意だが、不参加の者はこの日は大人しくしておいた方が良い。それで各自の準備だが──」

     大真面目に話合っていく中で、仮装をしたベレトがシュールだった。
     そして、他の学級にも伝わり、よく知らないけど楽しそうだからハロウィンをしよう! となるのも必然。ガルグ=マクは娯楽が少ないので、こういった催しは歓迎される。
     無論、その勢いに付いていけない者もいた……。

    「……理解不能だ。金鹿学級はいつもあんな感じで決まるのか」

     仏頂面で祭りの材料を教室に運ぶフェリクス。手にした大きい籠にはオレンジ色の果実が幾つも詰められていた。

    「金鹿学級はいつもあんな感じですよ。大体クロードが発端ですが、ヒルダやローレンツが乗れば一気に話が進みます」
    「お前もけっこう乗り気じゃなかったか?」
    「こ、今回はです! べべ、別にお菓子に釣られたわけではありません!」

     運ばれた籠の物を選別していくリシテアが、彼に応答する。青獅子学級から移動してきたばかりのフェリクスは、あれよこれよと勢いで決まる金鹿学級の波に付いていけず、嘆息しながら謎の祭りの代名詞の果実だか野菜を手にして祭りの準備を進める。
     彼らは、その果実の目と口をくり抜いてジャックオーランタン作る係だった。

    「いつの間に、こんなに調達したんだか……」
    「パルミラ経由の珍しい品ですよ。たしか、この果実って独特の甘味とコクがあって料理やお菓子に使われるんですよ。旬の食材ですし、お菓子の方は甘味大辞典にも載っていましたからきっと美味しいです!」
    「どうせ、お前は菓子目当てだろ」
    「異文化交流です!」

     言い訳をしてから、二人は取り分けた籠に詰められたカボチャによく似た果実の細工を試みる。
     中身は既に抜かれて皮だけなのだが、この果実の皮は堅く、目や口の型取りは骨がいる。器用さはあれど力のないリシテアが、見本を参考に施した果実は不恰好で不気味な笑みが刻まれていた。

    「……おばけみたいですね」
    「元が幽霊だから見た目が悪くてもいいだろ」
    「はっきり見た目が悪いって言わないでください! もうちょっと言い方があるじゃないですか。そう言うフェリクスのはどうなんですか?」

     チラリとフェリクスの手元を見ると、綺麗に目と口が整えられたハロウィンデザインの果実が並んでいた。参考にした物とほぼ同一の出来、ジャックオーランタンそのものだった。

    「……か、可愛らしいですね」
    「見本と同じように彫ってるだけだ」
    「制作者は可愛くないのに、出来上がる物が可愛いのはずるい気がします」
    「お前の言い方もどうかと思うぞ」

     軽口を叩くが、可愛いと連呼されて悪い気はしなかった。剣の扱いに長けているフェリクスなら果実の細工は造作もなく手早く施していく。

    「何かコツはないんですか?」
    「……外側より内側の皮から切り込む方が良いか」
    「なるほど。内側から攻めた方が効果的なんですね」

     彼から助言をもらったリシテアも徐々に慣れて、見本に近付いた物が出来上がっていく。彼女の習得の早さには毎度舌を巻く……甘いものが関わると特に。

     黙々と作業を続け、机には不気味な果実が並び、太陽は谷へと姿を隠し冷気を帯びた風が流れ込んできた。

    「……ああ、もうこんな時間でしたか。夏が終わると陽が落ちるのが早いですね」

     ふと外を見たリシテアが声を上げる。それにつられてフェリクスも周囲を見て、教室に誰もいないと気付く。二人とも集中すると没頭してしまう傾向がある。

    「今日でこれだけ出来たら十分ですね」
    「ああ。お前はサボらないし、加減ができなくて壊さないから早く進む!」
    「その人達と比べないでください」

     出来上がった物を籠に詰めていく中、リシテアは小ぶりの果実を手にして眺める。

    「これ、目と口が丸くて可愛らしいですね! おばけっぽくないです」
    「堅い部分を避けたらそうなった」
    「見本より良いですよ。……一つ頂いてもいいでしょうか」

     詰められていく完成品の籠とまだ手を付けていない果実が入った籠を見比べて、リシテアはフェリクスの反応を窺う。

    「少しくらいならいいだろ」
    「ですよね! ふふっ、蝋燭立てにちょうど良さそうですし、魔除けになるそうですよ」
    「そんな物でなるのか?」
    「でも、ハロウィンだけ飾るのは寂しいじゃないですか。あんたが作った中では可愛いですし」

     特に愛らしく見える物を手にして、リシテアは嬉しそうに微笑む。おばけもこれくらい可愛ければいいのに……と、ぼやくほど。

    「では、代わりにフェリクスにはこちらを差し上げます」
    「は?」

     突然フェリクスの手に置かれたのは、リシテアが最初に作った果実だった。怪しい不気味な笑みを浮かべている……。

    「見た目が悪いくらいで気にするな」
    「フェリクスが気にしなくても、わたしが気にするんです。人目に晒すのはちょっと……クロードに見られたら絶対笑われます」
    「誰が作ったかわからないだろ」
    「いいえ、あの男は気付いてほしくない時に気付くんです!」

     そう言われるとそんな気がする……。
     フェリクスは気にしないが、最初に作った物は大体失敗作になる。かと言って捨てるのは忍びない。

    「フェリクスが作った物と並べるには出来が激しいですから……あんたの部屋飾りにいいんじゃないですか? 魔除けになりますよ」

     自分の部屋に飾るには怖い……と、心の中で付け足すリシテア。
     なんとなく察したフェリクスはどうしたものかと考え伏せる。たしかに不細工で不気味で、所々失敗した傷跡もあるため見劣りする。数が足りない訳でもないのだから、無理強いして人が多い所に飾る必要はない。
     それに、よく見ると味のある顔をしている……見つめていると呪われそうな空虚の目、闇へと誘う尖った口元が魔除けに拍車をかけている。

    「そこまで言うなら受け取ってやる」
    「助かります。あっ、お菓子入れにもちょうど良さそうですよ」
    「そんな予定はない」

     話がまとまったので、二人は片付けをして帰路につく。
     秋でも陽が傾いたら沈むのは早い、山頂なら尚のこと。薄闇の石畳の道に影が二つ伸びる。

    「当日は、お菓子の用意をしてくださいね。せっかくの日にお菓子がないと悪戯されますよ」
    「俺は参加しない」
    「何言ってるんですか。そんな事言ってると、みんなであんたの部屋に押しかけますよ!」
    「……個人の意思は無視か」
    「元々各部屋に回る予定でしたから」
    「尚、タチが悪い」

     部屋に籠ったら扉越しに騒ぎ立てる様子が目に浮かぶ。……金鹿学級はアクも強いと思い知る。

    「フェリクスが食べれるお菓子も用意しておきますから楽しみにしてください!」
    「参加したくないんだが」
    「お菓子の用意しておかないと、とびっきりの悪戯が待っていますから覚悟してください」
    「悪戯の方がマシだな……」

     お菓子が関わるとリシテアは話を聞かないと今更ながら思い出す。本来は子ども向けの催しじゃなかったか? と言えば、きっと面倒になるから皆に倣って用意しておく方が賢明か、と彼は悟る。……甘いもの嫌いなのに甘いものを準備しかおかなければならないのは何の因果か。

    「……菓子が魔除けになるわけか」
    「甘いお菓子の方が効果上がりますよ! 今度おすすめを教えてあげます」
     
     煩わしい魔法使いを払うには、お菓子が効果抜群のよう。
     寮までの短い歓談は、互いの微笑む魔除けが添えられていた──。
     
     余談だが……最初は机に置いていたが夜に見ると不気味さが増して、目にし難い部屋の片隅に再配置された。たまに来訪者を驚かせている。
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