恋人ごっこ国都は圭が好きだ。友愛などといった生ぬるい感情ではない。
かつては智将と呼ばれた時期の圭に尊敬と憧憬があったがその時はまだそれだけだった。圭に特別な感情を抱き始めたのは別の高校に入り、試合で再会した後からである。
冷静沈着頭脳明晰だった頃と雰囲気がガラリと変わった圭が野球技術も失っていたことに失意の念を抱きもしたが、その後さらなる成長と遂げて帝徳高校を打ち負かした姿は国都に新たな感情を芽生えさせるのに充分だった。
以前と比べ、壁のようなものが取り払われて接しやすくなったこともあり、圭ともっと話をしたいと思うようになった国都。
しかし帝徳高校の国都と小手指高校の圭では会える機会が少なく、連絡先を交換したわけでもないので関係が発展しようがなかった。
今度圭に会えたら連絡先を聞くと決めて寂寥の日々を送る。そんなある日、休日に買い物へ出かけたら圭と偶然遭遇出来たので、喜びのあまり勢いで告白してしまう。
「君が好きだ。付き合って欲しい」
違う。連絡先を聞くはずだったのだ。口から出す言葉を間違えた。国都は内心酷く動揺して汗をかいていたが、真顔で硬直していたので圭からは国都が慌てているようには見えなかった。
圭はそれはもうびっくりしていた。試合をする時に何度か話しただけの男から告白されたのだからその反応も当然だろう。
圭に引かれただろうか。最悪嫌われる可能性もあった。けれど圭は国都の告白を冗談だと受け取ったようで困ったような笑みで明るく対応する。
「えー、なに急に。圭ちゃん困っちゃう」
「……驚かしてごめん」
「いいけどさ〜、そういうのは本当に好きな子だけに言ったほうがいいよ?」
「あぁ、言う相手は間違えてないよ。君のことが好きなのは本当だから」
「え……」
「ところで連絡先を聞いてもいいかい? 君ともっと話がしたいんだ」
「ちょッ、本気!?」
「勿論。僕は冗談で告白なんかしないよ」
「いやいや、おれたちお互いのことよく知らないよね!? す、好きって言われてもすぐには信じられないというか……」
「……今は信じられなくてもいいけど僕の気持ちは知ってて欲しい」
「ぅ……、でも……男同士じゃん。付き合って何がしたいの?」
「それは…………考えたことが無かったな」
付き合って欲しいとは言ったが、圭とすんなり付き合えるとは思ってない。ましてや両想いになれるなどと想像していたわけでもない。ただ、彼に会いたい。会って話したいとばかり考えていて具体的にどうなりたいかまで考えていたわけじゃなかった。
「僕は君と一緒にいたいだけだよ。恋人になれたら理由が無くても会えるだろう?」
「会う、だけ……?」
「うん。君が良ければ一緒に食事もしたいかな」
「…………なんだ。それなら友達でも出来るじゃん」
「え?」
「国都くん考えすぎ! ようはおれと遊びたいけど他校だから誘いづらかったってことっしょ? 恋人にならなくてもさぁそれくらい出来るよ。おれも国都くんと仲良くなりたいしさ」
「………………」
「じゃ、連絡先交換しよ。メッセ送るから都合の良い日教えて」
「うん……。ありがとう」
自分の気持ちを否定されたようで少し切なかったが、圭に仲良くなりたいと言われて連絡先を交換出来たのは嬉しかった。
偶然会った日からコミュニケーションアプリでやり取りすること数回。メッセージを送り慣れてない国都にギャグスタンプで返す圭。
普通の友達としての交流が始まる。
予定を擦り合わせ、圭が行きたい場所に一緒に行くこともした。二人で楽しい思い出を増やしていく。制限が多い生活の中での貴重な満ち足りた時間。国都は圭が自分と一緒にいてくれるだけで満足だった。
このまま恋人になれなくてもいいかもしれない。そう思うほどには浮かれていた。圭が国都を優先してくれている間だけは圭を独占出来ていたからである。
しかし人間誰しも生きてる限り欲は尽きない。清廉潔白な国都でさえ新たな欲を留めることは出来なかった。圭と会えることが出来るようになったら次は会う頻度を増やしたくなり、会う頻度が増えたら次は圭にもっと感心を向けて欲しくなる。
どうしたら圭に好きになってもらえるか国都はそればかり考えるようになっていた。それが恋愛感情で無くても構わない。圭の特別になりたかった。
寮生活中の国都はスマホを使える時間が決められている。その時間が近付くとソワソワとする国都を古里と増村がどうしたんだと気に掛ける。圭の名前は伏せて、片想い中の相手と連絡していることを明かす。そこから根掘り葉掘り聞かれて進展具合を話すことになり、性的な部分まで話は及ぶ。
もうキスはしたのか?と興味津々に聞く彼らに悪意や揶揄いの意図はない。単純に男子高校生らしい猥談である。
国都は「そんなことは出来ないししたいと思ったことは無い」と答えた。古里と増村は顔を見合わせ、国都にその子のこと好きなんだよな?と確認を取る。国都は頷いたが先輩たちは納得出来ないようで、本当に恋愛感情として好きなのか?と再度聞いてきた。何故気持ちを疑われるのかわからない国都。そういえば圭に告白した時も気持ちを信じてもらえなかったことを思い出す。
先輩たちは国都が淡泊であると結論つけ後輩へアドバイスを送る。
下心が無いことは悪いことじゃない。お前がその子の友達のままでいいならそれで構わないよ。でもな今よりもっと仲良くなりたくても親友と恋人は全然違うもんだ。お前がその子にとってどういう特別になりたいかをよく考えた方がいい。
先輩にそう言われて自分の気持ちを見つめ直す国都。紛れもなく恋愛感情だと思っていた自分の気持ちに自信が無くなる。
今現在ハッキリしていることは親友ポジションでは圭の幼馴染である清峰葉流火に絶対に勝てないということだけだ。
圭と連絡先を交換してから数ヶ月後。圭と何回かお出掛けして友人として仲良くなった頃のこと。
冬の気配が漂い冷たい空気で満ちる季節。お互い防寒具を身に纏い温かいものを食べに行く約束をする。約束の日、予約していた店で個室に通された。二人はまったりとお喋りしながら食事を楽しむ。そこで珍しく圭が国都との関係についての話を切り出した。
「実はさ、おれ、国都くんがおれのこと好きって言うのは勘違いだと思うんだよね」
「……どうしてそう思うんだい」
「んー、なんて言うか……、国都くんがおれと一緒にいたいって思うのは同じ高校で野球が出来なかったからそう思うようになったのかなって。叶えられなかった願いを別のことで埋めてる、みたいな?」
「……それは……」
「それならそれでいいんだけど、本当は国都くんがおれのことどう思ってるのかが知りたい。例えばおれが野球下手でもおれのこと好きになった?」
「どう、だろう。出会った時から君は上手かったし、記憶喪失になった後もすぐに上達してたから野球が下手なままの君は想像出来ないな」
「そっか、今のは意地悪な質問だったかも。ごめん」
「いや……。君に気持ちを疑われても仕方ない。僕も最近よくわからないんだ」
「そうなの?」
「君のことは好きだよ。間違いなく。今も君の特別になりたいとは思ってる。付き合えたら君の一番になれる気がしたんだ。でも君に好きになって貰えないならせめて親しい友人として近くにいたい。僕には恋人になる資格が無いかもしれないんだ」
「どういうこと?」
「……好きな相手には……キスを、したくなるものらしい……。僕は君とキスをしたいわけじゃなかったから……」
「…………。それって、今も? 今もしたくない?」
「わ、わからないから困ってる」
「ふぅん……」
圭は下を向いて何か考え、パッと顔を上げた。それから掘り炬燵から脚を抜いて、向かいに座っていた国都の側までにじり寄る。
国都のすぐ隣まで来た圭が桃色の艶めく唇で「じゃあさ」と国都へ提案する。
「恋人ごっこ、してみる?」
上半身を前へ傾け上目遣いをしながら小悪魔のように国都を誘惑している。本人にその自覚が無さそうなのがまた恐ろしい。
国都は唾を飲み込んで声が震えないよう「何、するんだい?」と聞いた。
「だいじょぶ。ごっこだから本当にはしないよ。フリだけ」
「そうか……」
圭にテーブルとの隙間を開けてと言われその通りに座る。圭は国都の膝の上に跨がって座り、近距離で向き合う形を作った。ここで悲鳴を上げなかった自分を褒めたい。バックンバックンと心臓が早鐘を打つ。「手はこっち」と両手で圭の腰を支えるよう言われる。両手を添えているだけだが、圭の腰の細さにヒヤッとした。力を入れたら折れるとまでいかずとも痕は付きそうだ。
圭は両手で国都の両頬を固定すると「無理そうだったらちゃんと言ってね」と告げてからおでこ同士こつんと合わせた。
ハ、と息を飲む国都。二人分の息が両者の顔にかかる。圭はそのままの状態で擽ったそうに喋った。
「これね、深夜アニメで女の子同士がやってたの。結構照れるね」
「………………」
圭が喋る度、彼の息が唇にかかり気が気でない国都。国都が動けば今すぐ触れられる距離にあるそれ。しかし今は触れてはならないもの。
酷くもどかしくなって、圭の鼻と自分の鼻をスリスリする。圭の肩がピクリと跳ねて下がろうとしたので片手で抑えて唇がギリギリ触れない距離を保ちながら鼻を押し付ける。動物的戯れなようなエスキモーキスは唇へキスする前に愛玩の気持ちを表現するための手段であるが、圭はそれを知らずに国都からの鼻スリスリを受け入れる。
「……まだ……ちゅう、したくない?」
「どうかな。してみないとわからないよ」
嘘だ。本当はとっくにわかっている。自分はただの男だと。
「いっ、一回だけなら……んむッ」
罠にかかった哀れな子羊をガプリと喰らう。ビクつく細い躰を抑え込み、逃げられないよう項へ手を回した。
ただ押し付けるだけのキスだ。ふにふにと柔らかく温かい。ふと、圭の味が知りたくなって唇を舐める。さっきまで2人で食べていたおでんの味がした。ファーストキスがおでん味というのも悪くないなと思っていると、圭が国都の胸を押し返そうとしてくる。これで力を込めているつもりなのだろうか。大したことのない力だったので気にせず続ける。唇をくっつけながら「要くん、口、開けて」と伝えた。圭は唇を真一文字に結んで首を横に振る。
嫌なら仕方ないか。
国都は圭の唇を角度を変えながらハムハムした。ちゅっ、ちゅっ、とわざとリップ音を立てながら時々舐めたり吸ったり横になぞったりして圭を味わう。
項を抑えていた手を前に動かして圭の顎を掴み、親指と中指で頬越しに臼後三角後方をグッと押して下顎を開かせる。圭は小顔なので片手で容易だった。
「ぁ、や、んん〜ッ!」
空いた隙間から、ぬる、と舌を入れる。小顔なのだから当然口の中も狭いし舌も小さい。
国都の舌に簡単に絡め取られた圭の小さい舌はぢゅるぢゅると好き勝手に弄ばれて、必死に国都の舌を押し返そうとしてきた。折角舌を自ら伸ばしてくれたので先端同士をザリザリと合わせ、ついでに甘噛みすれば、圭は涙目になってぷるぷる震え始める。ドンッと強く国都の胸を一叩きする圭。それでも止めずに圭の舌を絡めて吸っていると、圭は酸欠気味になり、くたりとしてしまう。国都はろくに抵抗出来ない圭にゾクゾクしながら、腰を支えていた方の手で仙骨と尾てい骨あたりを撫でた。敏感になってるのか、圭は身を捩らせる。
可哀想に。告白してきた男に簡単にキスなんて許すからこうなるのだ。
国都は自ら網にかかった獲物を眺めるような気持ちで深いキスをしながら圭を観察していた。
圭は息継ぎが下手だ。彼に呼吸をする時間を与え、また口を塞ぐことを繰り返すこと数分。
すっかりテントを張った下肢を布越しにゴリュと圭の股へ擦り付ける。途端、ガリッと舌を噛まれ長い長いキスが終わる。
「……はっ、ぁ、……えっちなことは、らゃめ……」
「ッ、……嫌だった?」
「やぁっ、ちゅうだけってゆったぁ……」
「そうだっけ……」
ゆさっと腰を揺らして緩く反応している圭のものに当てる。イジメたくなって腰を掴んでまた布越しにゴリュゴリュとすると「やっ、やらっ」と断続的に鳴いた。
はぁ、と感嘆の溜息を吐く。何をしても圭が可愛くて気が狂いそうだ。
「恋人ごっこ、まだしたいな」
「う……」
「もっと君が欲しい」
じっと圭を見つめる。圭は頬を赤らめて視線をプイと反らした。
「……だめ……、今日はこれでお終い」
「"今日"は? 次会う時ならまたキスしていいの?」
「ン……」
控えめに頷く圭に国都の目つきが変わる。捕食者は愛しい獲物の頬へ約束のキスを送った。
「分かった、次は今日よりたくさんキスをしよう」
終